ヒーローと亜人   作:ガジャピン

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第72話 破滅

 愛国者集団の動画がアップされた翌日。

 世間の反応は冷ややかなものだった。理由は簡単で、世間の人々は今生き残っている国会議員が全員殺されたところであまり影響が無いと考えているから。

 今の日本は佐藤により国会議員の大多数が殺されており、急ピッチで選挙の準備を整えている段階。要は今の国会議員はもうすぐ少数派閥となり、影響力が大幅に弱まっていくだろう。そう予想する人が大勢いたわけだ。

 だから、SNS上では『せめて他の人を巻き込まないよう、人のいないところに逃げてほしい』という意味の投稿が溢れ、現国会議員の身の安全を案じる投稿は少数だった。オールマイトが臨時国務大臣のため、オールマイトを心配する投稿は多数あったが。この辺りはそのまま人望の差が表れている。

 さて、世間の反応はそのような感じであったが、ヒーローや警察にとってはてんやわんやの大騒ぎになっている。

 それは当然の話で、国会議事堂襲撃の際もその前に動画による愛国者集団の犯罪予告があった。あの時は(ヴィラン)連合のメンバーを殺すという内容で、国会議事堂襲撃とは関係無い内容だったが、むしろそのことがヒーロー側を屈辱の渦に叩き落していた。何故なら、あの犯罪予告によって国会議事堂周辺にわざわざヒーローが集められていたのに、国会議事堂襲撃を成功されてしまっただけでなく、主犯である佐藤に逃げられた。これ以上の屈辱があるだろうか? いやない。

 だからこそ、二回目の犯罪予告は絶対に阻止してやるという意気込みでヒーローと警察はいたし、逆にまた成功されてしまったら、地に落ちたと思っていた国民の信頼がもはや悪感情に反転してしまうんじゃないかというプレッシャーを感じている。

 そういった背景があり、ヒーロー公安委員長とホークス、警視総監や警察庁長官の四人は動画がアップされてから間を置かず国会議員と連絡を取り、面会の約束を取り付けた。ヒーローは民間企業の括りになるため、まずはヒーロー公安委員長が話を通してから依頼する形になる。だから、この面会にヒーローは来ていない。

 ヒーロー公安委員長たちが部屋に入ると、今生き残っている国会議員全員が既にソファに座っていた。全員少なからず動揺しているように見える。ヒーロー公安委員長が意外だと感じたのは、前会った時は冷静だった花畑も落ち着きが無いように見えたことだ。花畑は保身だけの男ではないと思っていたため、余計に引っかかった。

 国会議員たちは彼らが入ってきた時、露骨に険しい顔をした。特にヒーロー公安委員長とホークスへの視線に敵意にも似た怒りが感じられる。彼らはよく理解していた。この二人とヒーローが余計なことをしたせいで、愛国者集団からあんな動画がアップされたと。

 

「警備の打ち合わせをしたいのですが、よろしいでしょうか?」

「全く! 何を佐藤に言ったのかね!? この事態は君たちの責任だぞ!」

 

 国会議員の初老の男はソファにふんぞり返り、ヒーロー公安委員長の方を指差しながら怒鳴った。

 警視総監と警察庁長官は怪訝そうな表情でその様子を見ている。この二人はヒーローが愛国者集団と交渉した事実を知らされていない。その話をするためには国会議員たちが先に交渉していたことを説明しなくてはならないからだ。わざわざ国会議員の悪印象になる情報を伝える必要は無いとヒーロー公安委員長は考えた。

 

「申し訳ありません。ですが、いずれこうなっていたと思いますが?」

「……ぐッ」

 

 国会議員たちは苦虫を噛みつぶしたような顔をした。国会議員たちが愛国者集団の条件を呑まなかった場合、同じことが起きていたわけで、その条件を呑む覚悟ができなかった彼らにしてみれば、遅いか早いかの違いでしかなかった可能性が高い。であれば、ヒーロー公安委員長やヒーローを責めるのは筋違いというもの。

 

「とにかく、今は愛国者集団の予告殺人を防ぐことが先決。そのためにはお互いの信頼関係の構築と、盤石な警備体制を敷くのが最優先だと考えます。そこのところの認識は同じでよろしいですか?」

「……もちろんだ。我々とて、死にたくない。できる限りの協力はするつもりだ。だが、一つ不安がある」

「それは?」

「この中にヴィランかヴィランに味方する内通者が紛れ込んでいて、我々の位置情報が漏れるかもしれない。そこにまた旅客機のようなもので攻撃してきたら……」

「……」

 

 ──不安になるのも仕方ないわね。

 

 国会議事堂を旅客機で押し潰すなど、誰も想像していなかったし、あの時の衝撃と絶望はなかなか忘れることはできない。場所が知られてしまったら、警備など問題としない攻撃で殺しにくるんじゃないかと考えてしまうのは当然のこと。

 それはそれとして、実際問題内通者がこの中にいる可能性はあるだろうか? 国会議員の中にはおそらく愛国者集団に味方している内通者はいない筈。もし内通者がいるとするなら、秘書とか直属の部下だろう。なら、ヒーローか警察の中に内通者はいるだろうか? 正直これに関しては、数が多すぎて絶対にいないとは言い切れない。だが、佐藤は異世界人であり、最近来たことも分かっている。となれば、それ以前にヒーロー活動や警察であった者が愛国者集団の内通者である可能性は限りなく低い。だからこそ、最小限の人数かつ上位プロヒーローやベテランプロヒーローだけで護衛をしなくてはならない。

 

「では、どのようにお考えで?」

「バラバラに地方に行くのが、最小限の被害に抑えられる唯一の案というのが、我々の中で話し合った時の結論だ」

 

 でしょうね、という言葉をヒーロー公安委員長は呑み込んだ。保身第一の彼らは狙われれば死亡する可能性が高くなるとしても、佐藤が来ないところなら生存する可能性は高くなると判断した。

 だが、護衛する側としては、護衛対象がバラバラに、しかも遠く離れてしまうというのは非常に都合が悪い。そうなった場合、嫌でも多くの人数を割かねばならず、情報漏洩のリスクが高まるだけでなく、単純に戦力が分散される。護衛とは想定リスクに対処できる戦力を用意するのが基本だが、その想定リスクも愛国者集団が全員で一斉に攻めてくるのか、向こうも人数を分散させて攻めてくるのかで変わってくる。そして、護衛は守りきることが任務であり、よりリスクの高い方をケアしなければならない。

 

「バラバラに移動されるとそれだけ護衛を増やさなければならず、隠れ家等の情報が漏れるリスクが高まってしまいますが……」

 

 ヒーロー公安委員長は一応考え直してもらうためにそう言ったが、あまり期待はしていない。

 

「今はヒーロー社会ではないか。数などいくらでも揃えられる。情報漏洩に関してはその通りだが、細かい居場所だけ護衛の指揮官が知っておくようにすればいい。大まかな場所を知られるのはこの際仕方ない」

「……つまり、地方にバラバラに逃げることは譲れない条件だと?」

「そうだが、逃げるわけではない。むしろ愛国者集団を誘き寄せ、一網打尽にするための撒き餌となるのだ。人聞きの悪い言い方はやめてもらおう」

「…………これは失礼しました」

 

 ヒーロー公安委員長は頭を下げつつ、これは長くなりそうだと思った。

 ヒーロー公安委員長は視線をホークスの方に向けると、ホークスは何か考え込んでいるような表情をしていた。

 

「どうやら平行線のようですし、一旦議員側と護衛側で十五分ほど話し合いの時間を取るのはどうでしょう?」

「……うむ、分かった。我々の意見は変わらんと思うがな」

「失礼します」

 

 ヒーロー公安委員長、ホークス、警視総監、警察庁長官の四人は部屋から出た。

 四人は廊下を歩き、空き部屋に入って扉を閉める。

 

「ホークス、何を考えてるの?」

「いえ、なんか嫌な予感が消えないんッすよ。具体的にどうってのは分からないんスけど、正直な話、今の国会議員を殺すメリットはありません。そんなのは国民でも分かる理屈です」

「でも、佐藤はそもそもこの世界の人間ではないんだから、愛国者集団の目的そのものが佐藤にとってどうでもいいでしょ? 護衛との戦闘狙いで議員を殺そうとするのは、佐藤の性格を考えれば充分あり得る話だと思うけど」

「ええ。おそらくこの嫌な予感ってのは佐藤を捕まえるまでずっと続くものだと思います。俺たちは自分たちが正しいと思うことを信じてやるしかない。そこで勝負していくしかないんだ」

 

 ホークスは自分に言い聞かせるようにそう言った。

 ヒーロー公安委員長はホークスの言葉によって嫌な想像が止まらなくなり、頭痛を感じて右手で頭を押さえた。

 近い未来、彼らは思い知ることとなる。嫌な予感ほどよく当たるものだと。

 

 

 

   ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 猿石は自室に戻り、落ち込んでいた。(さとし)から言われた言葉が胸に突き刺さっている。

 

《『無個性』のザコのくせに、目障りなんだよ》

 

 ──みんなそうやって、内心僕のことを見下してるんだ。

 

 『無個性』という変えようのないレッテル。結局、自分がどれだけ『個性』があると言おうが、他人の目にはそう見えている。

 部屋の扉がノックされた。

 

「どうぞ」

 

 霧香が扉を開け、部屋に入ってきた。

 

「ふぅ、疲れた疲れた。あれ? 誠さん、どうかした? なんか元気ないみたいだけど」

 

 猿石はそうやって心配されたことが嬉しく、何もかも全部喋った。怜に言われた言葉、それがきっかけで他人の目が気になり始めたこと。『無個性』であることの辛さ。そういったのを全部吐き出した。

 霧香は猿石のことを馬鹿にせず、最後まで真剣に話を聞いた。それからしばらくの間黙って考え込み、やがて口を開く。

 

「誠さん。生まれ変わったら何になりたいとか、考えたことある?」

「それは……ありますよ」

 

 猿石は過去を思い返す。

 オールマイトの救出動画を繰り返し観ていた頃、自分もオールマイトのような超人的な『個性』を手に入れて、人助けやヴィラン退治をしまくり、周りから尊敬を集めるみたいな妄想をしていた。しかし、妄想が終わった後は余計に自分を惨めに思った。

 

「私もあるんだ。エンデヴァーみたいな間近でずっと炎を見ていられる『個性』で来世は生まれたいなって」

「でも、来世とか、ないですよ。僕たちは前世の記憶を持ってないんだから、たとえ魂は生まれ変わっていたとしても、前世とは別人です」

「……じゃあ、死んだら何が残るの?」

 

 霧香は少しだけムッとした。猿石は余計なことを言ってしまったと後悔したが、もう遅い。それに、今の猿石は虫の居所が悪い。だから、普段ならグッと堪えられるところが堪えられなくなっている。

 

「何も残りませんよ。寝る時と同じで、違うのは意識を失って二度と起きなくなるだけで」

「そんな考え方、悲しいよ。それにさ、死んでみないと本当に何も無いか分からないじゃん。だったら、死んだ後も何かあると思って生きた方が楽しくならない?」

「……それは、そうかもしれませんけど……」

 

 そこで、静寂が生まれた。数分の間、お互いに何も話さなかった。

 

「あなたのこと、燃やしたいって言ったの、覚えてる?」

「…………はい」

「本当は今も燃やしたくて仕方ないの。間近で燃えているのを見ていたい。でも、そんなことしたらあなたと話せなくなるから我慢してるけど」

 

 ──この人はこの人で放火衝動と戦ってるんだ。

 

 霧香は火に魅入られている。それはつまり、『個性』のせいで逆に『個性』に縛られるということ。『個性』持ちは『個性』持ちで、『無個性』には分からない苦しみを抱えているのかもしれない。

 そう思うと、少しだけ気が楽になった。

 

「誠さん。もし私が我慢できなくなって燃やそうとしたとして、それが嫌だったら私のこと、殺してもいいからね」

「え!?」

 

 猿石は霧香の顔を凝視する。霧香は儚げな笑みを浮かべていた。そして、その両目から透明な雫が流れ落ちる。

 

「だって、確かにあなたは綺麗な炎になってくれるだろうけど、あなたが灰になった後、自分の人生には何も無くなっちゃうんだって思ったら、悲しくなっちゃって……。それなら、いっそ私の方が死ねばいいんじゃないかって」

「霧香さん……」

 

 こんな風に自分を想ってくれる人、きっとこの先いないんじゃないか。

 そう思うと、霧香のことが途端に愛しく感じる。

 

「あ、でも、私のこと殺す時は最後に燃やしてね。きっと極上の炎が見られるから」

「あ、はぁ」

 

 その時のことを想像して目をうっとりさせている霧香にドン引きしながらも、猿石はこの人となら人生を共に生きていけるかもしれないと、人生に希望を持った。

 

 

 

 その夜、猿石は佐藤に呼び出された。猿石以外には誰もいない。佐藤と二人きりの部屋。

 

「動画をこれから撮るよ」

「へ? 動画……ですか? でも、動画はもう……」

 

 猿石がそう言うと、佐藤はやれやれと言わんばかりに首を軽く振る。

 

「今さら国会議員の生き残りを殺したところでメリットは無い。キミだってそう感じていただろ? 国会議員の予告殺人はフェイクだよ」

「フェイク? ってことは、これから撮る動画が本当の目標……? でも、一体誰を──」

「東京を武力制圧する」

「………………え?」

 

 絶句している猿石を見て、佐藤はニヤリと笑う。

 

「生き残った国会議員は臆病者ばかり。きっと東京から離れた場所に隠れようとするだろう。それに、国会に旅客機を突っ込ませたから、一固まりになるのは危険だと考え、バラバラに逃げる筈。その分、ヒーローや警察の負担は大きくなる。となれば、東京は手薄になるよね。その隙に、とりあえず首相官邸と皇居、東京都庁、警視庁あたりは最低限占拠。そこから警察を掌握し、私がこの日本を統治する」

「日本を統治!?」

「うん」

 

 ──首相官邸において、新政府の首相となることを宣言する。それでこの(ステージ)はクリアだ。

 

 だが、行動を起こす前にやる事がある。

 幸い国会議員たちが隠れるまでには多少時間があるから、その間にできる限りのことを済ませておこう。

 

「……ん?」

 

 佐藤が猿石の顔を見ると、猿石は笑みを浮かべていた。それは理解できる。だが、その目から涙が溢れていた。これは分からない。

 

「泣いてるのかい?」

「え? あっ」

 

 猿石は右腕の服部分でゴシゴシと両目を擦る。

 

 ──ごめん、霧香さん。やっぱり霧香さんと一緒には生きられないよ。

 

 猿石は本当は分かっていた。佐藤と出会った時点で、自分の人生に先は無く、佐藤に付き合い激しく燃え上がって一気に灰となるか、佐藤に殺されるかのどちらかしかないんだと。

 猿石は佐藤から全力で逃げようと思えば、おそらく逃げられる可能性はあるだろう。しかし、逃げて何がある? 逃げたところで、あるのは佐藤と出会う前の軽犯罪を繰り返して生きる人生だけ。そこに霧香がいようとも、そんな人生は嫌だ。

 猿石は佐藤の生き方に魅入られている。だからこそ、これまで逃げることをせず、佐藤に献身的に協力していた。

 

 ──佐藤さんに付いていけば、その先にあるのは破滅だけ。そんなことは分かってる。

 

 だが、佐藤から学んだこともある。人間なんてものは、結局生まれた瞬間から破滅に向かって歩いているのだと。だからこそ、重要なのはどうすれば破滅しないか、ではない。どう破滅するか。それこそ、人生の価値なんだと。

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