ヒーローと亜人   作:ガジャピン

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第73話 トロフィー

 開世は街灯の光しかない帰り道を歩いている。十二月のため、十七時過ぎの時間でももう暗い。ついこの前までヒーロー公安委員会のあるビルに缶詰め状態で学校にも行けていなかったため、久しぶりに感じる学校生活を今エンジョイしているところだ。

 開世は自身の正確な『個性』が分かり、ヒーローに佐藤を助けてしまったことを告白することで、告白する前の良心の呵責に苛まれる日々から解放された。だからこそ、その反動というべきか、ただの日常に戻っただけなのに何故か幸せに感じる謎テンションになっている。

 開世は後ろから白光を当てられた。振り返ると、逆光で分かりづらいが車のフロントライトだと理解。こんな裏道に車が来るのは稀のため、珍しいと一瞬思ったが、次の瞬間には端に寄り車を通り抜けやすくして自分の思考を再開。

 開世の横に車が来る。チラリと開世が車を見ると、大きめな黒いバンだった。そのリアドアが勢いよく開き、大柄な男二人が降りてきた。

 開世はもう自分の役割は終わったと思っている。後はヒーローに任せ、自分は佐藤の起こす騒動とは無関係な存在として生きていく。そんな人生になる。その確信があった。

 だが、その甘い希望は文字通り目の前が真っ暗になったことで粉々に打ち砕かれたわけだが。

 

「んんッ!?」

 

 ──袋を頭に被せられた!?

 

 反射的に頭に被せられた袋を取ろうと両手を上げるが、その両手を誰かに掴まれた。そのまま両腕を背中に回されたところで頭に強い衝撃を食らい、激痛とともに意識を手放した。

 

 

 開世が意識を取り戻し、頭痛を感じながらもゆっくりと目を開ける。知らない部屋。ホテルのような一室というのが第一印象。窓に藍色のカーテンが掛けられており、シングルベッドが二つ。クローゼットらしきものと家具が一式。浴室がありそうな扉と外に通じてそうな扉。異常なのは、自分が椅子に縛り付けられているのと、同い年くらいの金髪の少年が片方のベッドに不機嫌そうに座っていることくらいか。特に自分の両腕に関しては椅子の足の部分を利用し、念入りに太い縄で縛られている。

 金髪の少年はアサルトライフルの手入れを黙々とやっており、開世の意識が戻ったことをチラリと横目で見て確認すると、携帯電話をポケットから取り出す。

 

「……あの、キミはあいつらの仲間……なのか?」

「俺の顔見て察しがつかねえとは、よっぽどニュース嫌いなのか? それとも、有名人だってのは自惚れだったってか。笑えるぜ」

 

 口ではそう言っても、金髪の少年は真顔で開世の方を見ている。開世は確かにどこかで見たことのある顔だと思い、思い出そうと記憶を辿る。するとすぐに思い出し、「あっ」と小さく声を出した。

 みるみる血の気が引いていく開世の顔を見て、金髪の少年はようやく満足気に笑った。

 

「察しがついたみてえだな」

「キミは愛国者集団(パトリオッツ)の……!」

 

 開世は途端に落ち着きが無くなり、必死に身体の自由を取り戻そうともがきつつ、しきりに眼球を動かして逃げ道がないか探す。その間に金髪の少年はスマホで電話をし、十秒程度のやり取りの後、スマホをポケットに戻した。

 

「誘拐を指示した張本人が今から来るってよ。良かったな、話ができて」

「さ、さ、佐藤なのか!?」

「すぐ分かるさ」

 

 金髪の少年の言葉通り、数分後に扉が開き、佐藤と髪を縛ったメガネの男が来た。だが、開世の目にメガネの男は入ってこない。

 

「さ、佐藤……」

 

 開世は真っ青になりながら蚊の鳴くような声で言った。スケール外の恐怖に直面した時、人間は悲鳴をあげて取り乱すなんてことはしない。恐怖対象が人間ならなおさらだ。悲鳴をあげて恐怖対象を刺激するなど、生存本能が拒否する。

 そんな開世の反応など見えてないように、佐藤は朗らかな顔で軽く右手を上げた。まるで久しぶりの友人に会ったような感じだ。その相手を椅子に縛り付けているところが、佐藤が佐藤であることの証明なのだが。

 

「やあ、久しぶり。元気にしてた?」

「…………」

 

 開世は佐藤の言葉の意図が分からず、ただ佐藤を凝視するだけだった。

 開世を人質にして何かしらを要求するつもりなら、開世とフレンドリーに接する必要は無い。開世を仲間に引き入れるつもりなら、誘拐して椅子に拘束すること自体が悪印象を与えている。佐藤の行動と態度がちぐはぐで一貫していないから、開世の脳が混乱してしまった。

 

「やれやれ、嫌われてしまったみたいだ。悲しいことだよ、命の恩人に嫌われるのは」

 

 佐藤は微塵も悲しそうな表情をせず、むしろ今にも笑い出しそうなニヤけ顔で金髪の少年の方を向いて話しかけた。

 

「アンタにそんな感情ねえだろ」

「はは、(さとし)君は素直なのが持ち味だね。良くも悪くも」

「チッ……」

 

 怜と呼ばれた少年は舌打ちをしてそっぽを向く。

 だが、開世にとってそんなやり取りはどうでもいい。

 

「……僕を……どうするつもりで……?」

「ふむ、そうだね。とりあえず──」

 

 佐藤が腰のベルトに取り付けてあるホルダーから、刃渡り約四十五センチのマチェットナイフを抜いた。開世がぎょっと目を見開く。

 佐藤は開世を縛っている縄を迷いなくマチェットナイフで斬った。唐突に生まれた身体の自由。開世は戸惑いつつ、両手を胸の前に持ってきてふぅと小さく息を吐いた。拘束からの解放感。身体が自由に動かせるという安心感は、たとえ絶望的な状況であっても希望のようなものを感じさせる。

 開世は椅子から立ち上がり、改めて佐藤を見る。

 

「……佐藤さん。あなたを助けてしまったあの日から、あなたを助けなければ良かったと思わない日は無かったです」

「分かるよ。さぞ辛かっただろう。善意で助けた人間が、まさか大量殺人者だったなんて。命は平等なんて恵まれた夢想家は言うが、そんなわけが無い。

ただ一つ気休めを言うなら、キミは私を知らなかった。キミの行動は勇気ある正しい行動だ。胸を張るといいよ」

「…………ッ!」

 

 開世は佐藤への怒りで両拳を力いっぱい握りしめる。佐藤の言ったことは気休めではなく煽りであり、開世の神経をこれでもかと逆撫でしていた。

 

 ──なんだ、この人は。

 

 開世は佐藤という人間の歪さに困惑している。

 こうして話していると、佐藤の印象は助けた時と同じだ。人が良さそうで、丁寧な口調。違うのは佐藤が装備している刃物や銃器、防弾ベストといった見た目と、話している内容に毒があること。

 悪人であれば、悪人だとバレた瞬間から善人の皮を被る必要はない。本性を曝け出して話せばいい。しかし、佐藤は違う。助けた時と同じように話している。まるで誘拐して拘束した事実など忘れているように。

 

「……なんで拘束を?」

「だって、キミの『個性』を使うためには両手が必要なんだろう? なら、拘束してたら使えないじゃないか」

「『個性』を使う!?」

「うん。接触したんでしょ、私のいた世界の人間と」

 

 開世はギクリとした。確かに佐藤のいた世界に繋ぐための画像データは、まだ開世のスマホの中に入っている。その画像を見ながらなら、いつでも佐藤のいた世界に繋げられる。

 

「なら、元の世界に戻るために僕を……?」

「う〜ん、どうだろうねえ」

 

 佐藤は首を傾げる。まるでまだ心が決まっていないようだ。

 

「いや、とりあえず永井君にちょっかいかけたくてさ。どんな反応するかなあ! 私の姿を見せたら! きっとまた色々考えてくれるだろうから、永井君とのゲームを新鮮な気持ちでリトライできそうだ! でも、この世界もまだ遊べるし、正直どっちでもいい、ってのが本音だよ!

それはさておき、まずは元の世界と繋げられるかの確認だね! 繋げてみせてくれない? ちなみに拒否するのであれば、また椅子に拘束しそのままずっと放置する。食事もトイレも入浴も無し」

「なッ!?」

 

 驚愕する開世に向かって、佐藤はニヤリと笑う。

 

「言ったでしょ? 別にどっちでもいいって。帰れなくなるならなるで、この世界を心ゆくまで遊ぶだけ」

「俺は別に拒否してくれていいぜ。見張り役なんて退屈な仕事から解放されるからな」

 

 怜が口を挟む。

 開世は数秒悩んだが、すぐに制服のポケットからスマホを取り出した。そんな死に方、冗談じゃない。そう思ったから、佐藤の命令に従うことにした。

 その動きを武器を取り出すと思ったか、怜は素早く約十センチの金属製の棒を腰のベルトから抜く。怜が手元にある銃を使わないところを見ると、佐藤から殺しの指示があるまでは生け捕りにするつもりのようだ。佐藤は無反応。

 怜の鉄棒を向けられながら、開世はスマホの画面に佐藤のいた世界の画像を出す。そのままスマホを右肩に置き、常に見えるようにしながら両腕を伸ばした。スマホの画像を正確にイメージしつつ、『個性』を発動。しかし、数秒経過しても何も起きない。

 

「……あれ? なんで? イメージは正確な筈なのに!?」

 

 このままでは放置死が確定してしまう!

 開世は焦り、何度も何度も同じことを繰り返した。スマホの画像だけでなく、初めて水中に繋げた時のイメージでもやってみたが、成果無し。

 

「……そういえば、キミの名前って何?」

 

 佐藤が真顔で唐突にそんなことを言った。

 怒られると思っていた開世は意表を突かれ、困惑。

 

「……えっ……とぉ……」

「ほら、いつまでもキミじゃ呼びにくいし」

「……開世遊矢」

「開世君ね。で、開世君。私のいた世界に繋げていないようだけど。もしかして私のいた世界の人間に、世界を繋ぐための条件とか教えちゃった?」

「……教えてます」

「それじゃ対策されて当たり前だよ! あーあ、残念! 永井君にちょっかいかけたかったのに!」

 

 佐藤は真顔でそう言った。

 開世はそこに殺意のようなものを感じ、血の気が引く。

 だが、佐藤はすぐにさっきまでのニヤけ顔に戻る。開世は我知らずホッと息を吐いた。

 開世はおずおずと口を開く。

 

「あの〜、どうやら僕は役立たずのようなので、帰ってもいいですか?」

「開世君、そんなことを言って自分を卑下しちゃダメだよ! まだまだキミには役割があるんだから!」

 

 ──いや、全然嬉しくない……。

 

 開世はむしろ用済み扱いして切り捨ててくれ、と強く願った。この様子だと、まだまだ解放するつもりはないらしい。

 

「私の世界に繋げなくて、むしろ良かった! これでこの世界のゲームに熱中できる」

 

 佐藤は突然上機嫌になり、うんうんと何度も頷いた。

 開世はなおさら困惑する。

 

「それなら、僕はいらないんじゃ……」

 

 この世界でのゲーム。おそらくこれまでの犯罪行為をそう呼んでいるのだろうが、開世の『個性』は別世界へと繋ぐ『個性』。この世界のゲームを熱中するなら、利用価値は全く無い。

 佐藤は顎に右手を当て、「ふむ」と小さく呟いた。

 

「……キミはテレビゲームをやるかな?」

「えッ!? ええ、まあ。軽く、ですけど」

 

 開世は質問の意図が分からず、戸惑いながらも素直に答えた。この質問に嘘を吐く理由は無い。

 

「最近のテレビゲームって、条件を満たすとトロフィーとかもらえるでしょ? 例えるならキミの価値はそんな感じかな」

「トロフィー……? 僕が?」

 

 開世は話の意味は分かるのに理解できない気持ち悪さで、頭が混乱した。

 

「このゲームはキミが私にコインを入れたから始まったゲームだからね。トロフィーに相応しいよ。

それと、この世界を遊び尽くした、或いは飽きたら、キミは私をどこでもいいから別世界に飛ばしてほしい。それでこの世界から私という殺人者はいなくなる。私は別世界で新たなゲームをスタートする。ウィン・ウィンの関係じゃないか」

「そんな──」

「なんだよそれ!」

 

 開世の言葉を遮り、怜が口を挟んだ。その言葉に怒気が含まれている。

 

「佐藤さんにとっちゃ、俺たちの世界はただの通り道だってのか!? 愛国者集団(パトリオッツ)はどうするんだ!?」

「キミと猿石君が仕切ればいいし、それが嫌なら愛国者集団を抜けて好きに生きたら? 世界の中心は常に自分。怜君はその気持ちがまだ欠けてるみたいだね」

「……くそッ!」

 

 怜はそう吐き捨てると、荒々しく部屋から出ていった。

 部屋に残っているのは、これで開世と佐藤と髪を縛ったメガネの男の三人。

 佐藤は怜の退出などこれっぽっちも気にせず、開世に問いかける。

 

「で、開世君。キミはどっちを選ぶ? 私を別世界に飛ばすか? それとも、断るか?

もし私を別世界に飛ばすなら、私は別世界でもこの世界と同じように大量に人を殺すだろう。

逆に断るなら、その時こそ本当にキミの利用価値は無くなる。だから殺す」

 

 開世は佐藤の言葉を聞き、背筋が凍る思いがした。

 佐藤は暗にこう訊いている。自分が原因で大量殺人が起きようと、それが別世界なら別にどうでもいいと思うか。それとも、自分の命を懸けてでも、佐藤をこの世界から逃さず、ヒーローの手によって佐藤の犯行を止めるか。要はヒーローとしての心があるかどうかを問われている。

 ヒーローならば、別世界の見知らぬ命であろうとも、大量殺人の原因を逃がすなんて許してはならない。たとえそれでこの世界での大量殺人が無くなろうともだ。佐藤を逃がすことは正義でもなんでもなく、ただ自分の都合を優先しただけ。ただの臆病者の選択。言い方を変えるなら、最小限の労力で佐藤を別世界に隔離できるため、この世界にとっては合理的選択とも言える。だが、ヒーローとはそもそも合理主義者ではない。

 

「ま、答えはまだ先の話。それまでよく考えておいて」

 

 佐藤は腰のポーチから丸い物体を取り出し、開世の腹にいきなり押し付けた。押し付けられた瞬間、丸い物体から特殊合金製の拘束縄が展開し、開世の胴体に巻き付いて両腕ごと拘束。開世はそのまま床に倒れる。両腕が巻き込まれているため、『個性』が使用できない。

 佐藤は開世をそのままにして、部屋から悠然と出ていった。その後ろを髪を縛ったメガネの男が付いていく。

 開世一人きりになった部屋。床に転がりながら、佐藤に与えられた選択肢が頭を巡る。

 

 ──……僕の……僕の選択……? どうして僕がこんな目に……!

 

 開世は下唇を血が出るほどに強く噛みしめる。その両目から涙が溢れていた。

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