ヒーロー公安委員会が入っているビル。深夜、上位プロヒーローとホークス、ヒーロー公安委員長、オールマイト、スターアンドストライプが緊急で集まった。
事の発端は夜遅くに掛かってきた、開世遊矢の母親からの一本の電話だった。
以前、開世が佐藤のいた世界とコンタクトするために送り迎えしていた時、開世の母親にはその理由を電話で話していたため、ホークスの携帯番号を知っている。だから、息子がいつまでも帰ってこない原因がヒーロー公安委員会にまたあるのではと考え、ホークスの携帯番号に電話してきたのだ。
もちろん佐藤のいた世界とのコンタクトが成功し佐藤の情報を得た今となっては、開世を解放し学校生活に戻ってもらった。
それから防犯カメラで開世の足取りを追っていくうち、黒いバンに誘拐された可能性が高いことが分かった。その誘拐した相手を推理すると、
故に、情報共有とこの誘拐について今後の対応を話し合うため、緊急会議を開いた。
「俺のミスです。佐藤の情報ばかりに気を取られて、開世くんそのものの価値に気付けなかった」
ホークスが悔し気に歯噛みした。
「開世くんの価値?」
リューキュウが口を開く。
ホークスはリューキュウの方に顔を向けた。
「これから愛国者集団が開世くんを誘拐した前提で話しますが、何故このタイミングで開世くんを誘拐したんだと思います? 今までの情報を整理すると、佐藤はこの世界に来た時から開世くんの『個性』を知っていたと考えられます。そのうえで、今までずっと放置していた。なのに、急に今になって開世くんを誘拐した」
「交渉の時、佐藤のいた世界について話したからか……!」
オールマイトがハッとした。
オールマイトの言葉に、他の面々もあっと小さく声をあげる。
ホークスは静かに頷いた。
「はい。あの交渉の時、俺たちは佐藤が異世界人だと言った。佐藤はこう思ったんでしょう。開世遊矢は自分の世界と安定して接触できるようになったと。となれば、開世の『個性』で自分の世界に帰れる。だからこそ、俺たちがそれに気付いて護衛するようになる前に、誘拐したんでしょう」
「なんてことだ……」
オールマイトはテーブルの上に置かれている両拳を震わせた。
佐藤と他の愛国者集団メンバーの仲間割れを期待し、あえて言った異世界人という言葉。だが、その言葉は佐藤にとってデメリットだけではなかった。開世が安定して佐藤のいた世界と接触できるという情報を与えるメリットもあったのだ。佐藤の正体が分かるほど佐藤のいた世界の人間と信頼関係を構築するためには、一回のやり取りでは足らない。何度かやり取りをする必要がある。佐藤はオールマイトの言葉からそこまで情報を読み取ったのだろう。
「佐藤のヤロー、このままトンズラするつもりか!?」
ミルコは不機嫌そうに言った。
ホークスは冷静に首を横に振る。
「いいえ。少なくとも今すぐに自分の世界に戻る可能性は低いと考えます」
「……犯行予告の動画を出したからか」
ミルコは冷静になり、佐藤の逃げない理由について心当たりを口にした。
ホークスは頷く。
「ええ。あの動画は交渉の後。つまり、開世くんが佐藤の世界と接触できるようになったと分かった後で撮られた動画です。すぐに自分の世界に帰るつもりなら、あんな動画なんて撮らないッスよ」
「要するにこう言いたいわけだな」
沈黙を貫いていたエンデヴァーが腕組みをしながら口を開く。
「この世界で満足するまで犯罪行為をやった後の逃走手段を、佐藤は先回りして確保した、と」
「そういうことになります、残念ながら」
「開世の監禁場所についての捜査は?」
「今、警察と連携して捜していますが、誘拐が発覚して捜査を開始するまで三時間は経過しています。今のところ目ぼしい情報は手に入れられてないッス」
重い空気が会議室内にのしかかる。
ヒーロー公安委員長はさっさとこの世界から佐藤が消えてくれるなら、佐藤のいた世界には悪いがそれでいいと思った。だが、散々暴れ回った後に消えるのであれば、到底許せるものではない。他のヴィランへの影響を考えれば、佐藤はヴィランの中で伝説となり、佐藤の模倣をするような愉快犯が今より急増するだろう。その場合、他のヴィランに見える形で佐藤を捕らえ、罰を与えてヴィランの気勢を削ぐ必要がある。逃げられるなど言語道断なのだ。
「それにしても、佐藤はよく開世の居場所を特定できたわね」
「別に驚くことでもないだろう。優秀なハッカーが佐藤側にいればな」
ヒーロー公安委員長の言葉に、エンデヴァーは不愉快そうに返した。
そういうことか、とヒーロー公安委員長はエンデヴァーの言葉の意図を察する。
佐藤が開世と初めて会った場所。学生であればその付近の学校か、その付近に住んでいるか。大体はその二パターンに分けられる。もしその時、開世が学生服を着ていて、佐藤が学生服のデザインを覚えていたなら、特定するための作業はぐっと短縮される。後はそこの市役所のデータベースか学校のデータベースに侵入し、佐藤から伝えられた身体情報か、『個性』が別空間を作る十代の男子を探せばいい。現在、誰もが『個性診断』をし、その『個性情報』が市役所や学校のデータベースに入力されている。どういう『個性』か分かっていれば、探し出すのは容易い。
「ハッカーについて、目星は付いているのか?」
エンデヴァーの言葉に、ヒーロー公安委員長とホークスは視線を交わし、ヒーロー公安委員長が小さく頷く。どうやら喋っていいという合図らしい。
「以前佐藤が拠点として使用していた廃工場。そこの管理者がプログラミング能力が高く、佐藤に脅されて協力させられてるんじゃないか、というのが当初の予想でした。名前は猿石誠。叔父からあの廃工場の管理を任されていたようです。話を聞くと、就職できない甥を不憫に思い、プログラミング能力も高いと知っていたから、管理を任せながら事務仕事を手伝ってもらっていたらしいです。ちなみに、ヴィランの溜まり場になっていたことには気付いていなかったようです」
「当初の予想ではということは、今は違う予想をしているのか?」
「ええ。今回の開世くんの件もそうですが、あまりにも仕事が早すぎます。それに、複雑な仕事をこなす正確さも、嫌々やらされているようには感じません。自分から進んでやっていると考えるのが自然です」
「人質が誘拐犯の仲間になるケースか」
被害者側が加害者側に同情したり、協力するようになる心理現象をストックホルム症候群という。そうなってしまう要因は色々あるが、要は自分の身の安全が加害者に握られている状況で他人の助けが期待できないと、被害者側は加害者側につくことで身の安全と精神的安定を求めてしまうのだ。
「厄介だね」
オールマイトが口を挟む。
その場にいる面々は深刻そうな表情でオールマイトの言葉に同意した。
猿石誠はおそらくやむを得ずヴィランになってしまった人間だろう。佐藤に出会う前、ヴィラングループから廃工場に目をつけられ、言う事を聞くことで身の安全を確保してきた。それから佐藤が来て、同じように命令を聞くことで自分の身を守っているのだろう。
そこに、オールマイトが厄介だと言った理由が詰まっている。というのも、ストックホルム症候群は意識的になるのではなく、無意識的になってしまうものだからだ。
今回のケースでいえば、猿石は生き残るために佐藤に同調し、協力的になっている。猿石は佐藤と共に生きることを自分の意思で選んだと錯覚している筈だ。それが生存本能や精神的安定からくるものだと思わず。
これはヒーローにとって永遠のテーマである。すなわち『善人がやむを得ず悪人に染まった場合、守るべきか裁くべきか』。罪を犯したのなら、裁くのが正義ではある。だが、その罪を自己防衛のために仕方なく犯してしまった場合、裁くべきはその善人か、それともその原因を作った悪人か。
「猿石誠は採用試験の面接で
「佐藤はある意味、『無個性』のようなもの。共感はしやすいでしょうね」
リューキュウがそう言った。
今、判明している佐藤の能力は『不死』と、透明な物質で分身を作って操る『IBM』と呼ばれる能力。しかし、佐藤がその能力を頼みにしているようには見えない。だからこそ、ヒーロー側は佐藤の能力判明まで時間が掛かったのだ。
佐藤の主な戦闘スタイルは体術と武器。誰もが真似ようと思えば真似れる。だが、誰もあの領域まで到達できていない。それがもはやこの世界でいう『個性』まで昇華され、唯一無二な能力として脅威になっている。
猿石も佐藤と行動する内、気付いたのだろう。誰でも習得できる能力も、それを突き詰め、研ぎ澄ませば、唯一無二の『個性』になると。
「なんにせよ、ハッカーの存在が佐藤の行動をより大規模かつ凶悪にしている。佐藤と同じく最優先で確保するべきだな」
エンデヴァーがそう言い、他の面々は静かに頷いた。
愛国者集団は日々勢いを増している。一刻も早く壊滅させなければ、この国は本当にヴィランに支配されてしまうかもしれない。
この場にいる全員がその危機感を持っていた。
◆ ◆ ◆
猿石がパソコンに向かってひたすらキーボードを打ち込んでいる。あるネットワークを乗っ取り、遠隔操作できるようにするウイルスコード。やるべきことはそれだけではない。ドローンの設定、監視カメラやネットを利用したターゲット周囲の情報収集。ターゲットの行動パターンと仕掛けるタイミングの計画。最適な作戦行動場所の選定。佐藤から頼まれたことはまだこれだけ残っている。
電気を点けることすら忘れ、暗闇の中、パソコンの画面の光だけが猿石をぼんやりと浮かび上がらせている部屋。猿石は夢中でキーボードを打ち込むことに没頭している。その表情はまるでゲームに夢中になっている子どものように楽しそうだ。
だからこそ、部屋の扉が開いても気付かず、後ろから声を掛けられるまで人がいたことすら分からなかった。
「忙しそうじゃねえか」
いきなり真後ろから聞こえた声にビクッと反応した後、猿石は振り向く。猿石のすぐ後ろに怜が立っていた。
「あ、
怜は今、交代制で開世遊矢の監視をしている。怜の監視時間は昼の間のため、怜がこの部屋に来れるのは夜の間ということになる。
「何か用?」
「……いや、ただの事務員だった奴が出世したなって、ちょっと思ってな」
「…………」
怜の言葉から感じる毒気。怒るほどでもないが、人の神経を少し逆撫でするような言葉選び。どうやら怜から良くない印象を持たれているようだ。
確かに怜の言った通り、佐藤と出会う前のヴィラングループでの猿石の立ち位置は、ただ廃工場という場所を提供し、ヴィランメンバーが暮らしていても違和感ないように調整するだけだった。それがしばらく続くと信用されたのか、強盗する前の下準備とかを監視付きで任されるようになったが、結局そこ止まり。
「気分良いよな? あの佐藤さんから、目をかけられて期待してもらってるんだからよ」
「……え〜と、何? 嫌味を言いにきたの?」
「…………ちげえよ! その、なんていうか、俺とどこが違うのか気になってな」
「違い?」
「分かる筈だぜ。お前は『無個性』。俺は『弱個性』。お互い、今までずっと日陰を歩いてきた。俺たちは同じ痛みを知っている者同士だろ? 佐藤さんのために力を尽くしているのも同じだ。けど、優秀だって佐藤さんが褒めるのはお前の方だ。その差がなんなのか、俺には分からねえ」
「あぁ、そういうこと」
──思った以上にどうでもいい話だった……。
猿石は佐藤に認めてもらうことが目的で佐藤に協力しているわけではない。確かに佐藤に認められることは嬉しいが、別に佐藤がいなくなっても、今やっていることのモチベーションは下がらないだろう。
「僕の考えで良ければ話すよ」
「ああ」
「じゃあまず訊くけど、怜君ってずっと銃の手入れと射撃練習してるよね? それが多分佐藤さん的にはマイナスなんだと思う」
「なに?」
「だって、それじゃあ『無個性』と変わらないでしょ。怜君には怜君の『個性』があるんだから、それを活かす形にしていかないと佐藤さんにとっては面白くないんじゃない?」
「それができたらやってるっつーのッ」
怜は目に見えて不機嫌そうになった。自分のやっていることを否定されてイラッときたのだろう。
「あと、怜君にとって相手を銃で撃ち殺すことに何の意味があるの?」
「意味だぁ? そんなもん、決まってんだろ。佐藤さんの作戦に必要だからだ」
「でも、怜君、佐藤さんと出会う前はこう言ってたよね。『俺の個性でヒーローどもを見返してやる』って。銃で殺しても、それは怜君の『個性』の優位性を証明するわけじゃない」
「…………」
怜は黙り込む。
確かにプロ野球選手にサッカーで勝負して勝ったところで、別に自慢できることじゃない。何故なら、戦う土俵自体がそもそも間違っているから。怜が銃でヒーローをどれだけ殺そうが、それは銃がすごいだけで怜自身は別にすごくない。
そんな当たり前のことを、怜は今の今まで気付いていなかった。
「だから、僕が言えるのは、佐藤さんに固執するんじゃなくて、もっと自分のやりたいことや目的に忠実になった方がいいと思う」
「知ったようなことを言いやがって……」
怜は舌打ちした。今にも猿石に殴りかかってきそうなほど、猿石のことを睨んでいる。
猿石は腹の底が冷えていく感覚がした。殴られるかもしれないという恐怖。だが、不思議と頭は冷静のままだった。この状況を客観視している自分がいる。
「佐藤さんの気分次第で左右される目的なんて、やめた方がいいよ」
「……クソッ!」
怜は苛立たし気に吐き捨てた。
「俺だって本当は分かってんよ、そんなこたァ! けどな、佐藤さんはヴィランから一目置かれるだけでなく、この国そのものを揺るがすすげぇ人なんだ。そんなすげぇ人に認められたら、俺もすげぇ人間になれたような気がするんだよ。たとえ前の俺と変わってなくても」
怜の言っていることは、猿石にも理解できる。猿石も、佐藤に優秀だと言われることで、自分は優れた人間なんだと思える。
怜は自分の価値を佐藤に高めてもらうことで、相対的に他人より上に立ちたいのだろう。悪い言い方をするならば、落ちこぼれがエリートに勝つ手段の一つとして、佐藤を利用している。
「けど、お前と話せて良かったぜ。確かに銃を手に入れてからは、ずっと『個性』より銃のことばっかで、『個性』の特訓なんざしていなかった。お前の言う通り、俺は俺の『個性』が優れていると証明することが目的だった筈だ。これからは俺の『個性』の可能性を信じて、また鍛えていくことにする」
「……怜君の力になれたなら良かったよ」
怜は来た時よりは少し明るい表情で、部屋から出ていった。怜の悩みが多少なりとも解消されたのだろう。
猿石は再びパソコンに向き直った。
「さてと、再開するかぁ」
猿石はそう口にしつつ、自分の作業に戻った。
猿石は作業しつつ、佐藤から聞かされた計画について思い返す。毎度のことながら、佐藤の計画には驚かされる。
──でも、普通の神経じゃ考えないよ。雄英高校を襲撃するなんて。
そう。猿石が佐藤から聞かされた計画。それこそ、雄英高校襲撃計画であった。
ヒーロー養成学校の名門校、雄英高校。この高校の卒業生からは優秀なプロヒーローが多数生まれている。そんな優秀なヒーローの素質を持った人間が学生とはいえ大量にいて、その分教員も優秀なプロヒーローばかり。当然セキュリティレベルも高い。
まともな頭をしていたら、まず狙わない場所。でも、と猿石は思う。誰も狙わないような難しい場所だからこそ、やりがいがあって楽しいのだ。
雄英高校に最悪の事態が起きようとしている。今のところ、それに気付いている者は一人もいない。