雄英高校文化祭当日。
佐藤、
今日の天気は快晴であり、雲がちらほら浮かんでいるだけで、空は青く澄み渡っている。
佐藤はスマホをポケットから取り出し、電話マークをタップし電話する。
「猿石君、どう?」
佐藤は右耳に小型カメラ付きヘッドセットを付けていて、今カメラの電源を入れた。ちなみにヘッドセットはスマホと同期してあり、スマホを取り出さなくてもヘッドセットを通じて電話のやり取りができる。
『問題無さそうです。ちゃんとカメラの映像がこちらにきてます。佐藤さんに渡した無線ルーターのネットワークでやっているので、破壊されたら駄目ですけど』
「気に留めておこう。あとは雄英高校のセキュリティとドローン操作、よろしく」
『はい。全力を尽くします』
「作戦時間が決まったら、また連絡するよ」
佐藤は電話を切った。
佐藤の今の装備は、まるでこれから戦争でも行くかのようだ。服装はいつものミリタリーベストにハンチング帽。ベルトには弾薬ポーチが二つとM八四スタングレネード二つ、M六七破片手榴弾三つ、スモークグレネード一つ、膝下までの大きさの手斧がぶら下がっている。それだけではなく、大型の多目的ポーチがミリタリーベストに取り付ける形で、臀部あたりにある。左太ももには九ミリ拳銃が入っているホルスターと拳銃の弾倉一つ入っているポーチ。
「佐藤さん、本当に大丈夫なのか? そんな足で」
怜が不安そうに訊いてきた。
ズボンで隠れて見えないが、今の佐藤は右足の太ももから先が金属製の義足になっている。義足はズレないように太ももと靴の部分でガッチリと固定してあり、激しい運動をしても大丈夫なようにしてある。義足は簡易的な物のため、支え程度の使い方しか無いが。
「うん、大丈夫。実は長い間片足で生活してたことがあってね、万が一義足が取れてもなんとか戦えるんじゃないかな。前は片腕で戦ったけど、結構不便だったんだよ。で、こっちの方がやりやすいって気付いたわけ」
佐藤はテレビ局襲撃からの撤退戦において、実質片腕で戦った。その時の経験が、今回の判断に役立った。
「こんなの見たら、俺なら卒倒するね」
円来が佐藤を見ながら、体をブルリと震わせる。
佐藤はアサルトライフルの八九式五.五六ミリ小銃を二丁、背中でクロスさせる感じで背負っている。正面には散弾銃のレミントンM八七〇が掛けてあり、ショットガンの弾はスピードリローダー一本につき八発。それが三本、ミリタリーベストの胸部分に取り付けてある。まさに全身武装人間。更には、佐藤の服の中は戦闘の邪魔にならないように爆弾が仕掛けてある。もちろん木っ端微塵になるよう計算して。こんな人間を見て、恐怖を感じない方が無理というものだろう。
「あの中に飛び込んで、スターアンドストライプの『個性』を暴こうっていうんだから、これくらいの装備は必要だよ」
佐藤は雄英高校の方を
「それもそうか」
円来は納得したように頷いた。
ちなみに、佐藤たちがここに来たのは午前四時である。これは当然の動きで、佐藤たちは指名手配犯みたいなものであり、目撃されたら騒ぎになる可能性が高い。佐藤的にはそれで台無しはつまらないので、その辺りはしっかりしている。
今の時間は午前八時三十分。文化祭は九時からスタート。この時間になっても、佐藤はいつ作戦を開始するのか、周りに伝えていない。
「さ、佐藤さん。あれを……」
それから少し経った後、凛が狙撃銃のスコープで異常を見つけた。
佐藤は凛から狙撃銃を借り、スコープでその『異常』を確認。雄英高校の生徒らしき少年とヒゲを生やした男がスコープ越しにぶつかり合っていた。佐藤たちは知る由もないが、緑谷とジェントルという動画配信者が戦っている。ジェントルは雄英高校に侵入することで雄英高校の危機意識の無さを世間に知らしめることを目的としていて、それをすることで自分の名前を売りたい、いってみれば炎上商法をやろうとしている小物ヴィランである。
「さ、佐藤さん。どうする? もう行った方がいいんじゃ……」
怜は緊張しつつ、佐藤に訊いた。
肉眼でも建設中の建物が揺れているのがギリギリ見えたし、微かに戦闘音も聞こえる。それくらい激しい戦闘をしているということだ。
雄英高校の文化祭は厳重警戒でやっており、なにか問題が起きれば文化祭は即中止と避難が開始されると、事前の調査で知っている。そこは雄英高校側が事前に公表していることであり、雄英高校のホームぺージの文化祭のところにも注意事項で書いてあったため、知るのは簡単だった。
だからこそ、怜が焦るのも仕方ない。文化祭が中止になってしまったら、侵入と侵入後の戦闘の難易度がぐんと上がる。スターアンドストライプの『個性』を特定するには、都合が悪い。
佐藤はしばらくスコープで緑谷とジェントルの戦闘を追っていたが、やがてスコープから顔を離して凛に返した。凛は狙撃銃を両手で受け取りつつ、佐藤が口を開くのをジッと待っている。
「…………いや、待とう。ここは賭けだ」
佐藤の言葉に、周囲の三人は静かに頷いた。佐藤が賭けというからには、この賭けに勝てばこちらに有利になる。それくらいの予想は三人ともついていた。
結果として、佐藤は賭けに勝った。ジェントルは惜しいところまでいったが、ギリギリのところで緑谷に取り押さえられ、ジェントルの仲間のラブラバともども捕まった。ジェントルのことは一部の人間だけの秘密となり、文化祭は何事も無かったように進行している。
「作戦開始時間を今決めた。午後二時半にしよう。その時間まで自由時間にするから、好きに過ごしてて」
何故午後二時半か。当然理由がある。
襲撃があったという情報は、教員や警備に関わっている者には伝えるだろう。警備する人間は気を引き締め直し、緊張感をもって警備するようになる筈だ。だが、緊張感や集中力というものは長時間続かない。絶対にどこかで緩んでしまう。それが人間というもので、何時間と状況の変化が無かったら尚更だ。佐藤は一番緊張や集中力が切れるであろう時間を狙った。それが午後二時半くらいというわけだ。
佐藤たちはその時間になるまで、死体の転がっているビルの中で過ごした。
◆ ◆ ◆
雄英高校の生徒たちは文化祭を満喫していた。
緑谷もトラブルはありつつも1―Aのライブに間に合い、巻き戻しの『個性』をもつエリという少女を楽しませることができた。このエリという少女はヴィランから保護した少女であり、虐待のような扱いをされていたため、素直に笑えなくなっていた。そんな少女が素直に楽しめたというのは、緑谷にとってとても嬉しいことだった。
1―Aのライブに関しては、他の科の生徒から批判があった。雄英高校に襲撃してきた死柄木たちと戦闘したり、合宿先でまた死柄木たちと戦闘になり、爆豪を連れ去られるという出来事があり、ヒーロー科の超名門という雄英高校の評価を下げておきながら、呑気にライブなんかして文化祭を楽しもうとするなんて気に入らない、と思う生徒がそれなりにいたのだ。実際には1―A生徒は被害者であり、責められる謂れはないのだが、目に付くところに怒りや不安をぶつけたくなってしまうのは人間の性だ。良くも悪くも1―A生徒ばかりが話題になっているという妬みがそこに加われば、尚更そうなるのは仕方ない話ではある。
1―A生徒を責めていた他科の生徒たちは、1―Aの『個性』と音楽を融合させたエンタメライブを見て手のひらを返すことになるのだから、結局1―A生徒にとっては雑音でしかなかった。
ライブ後、1―A生徒たちは各々出店やイベント、アトラクションを楽しんでいる。
今は昼食時となり、出店で買った食べ物を集まって食べているところだ。
「いやー、まだまだ回るとこいっぱいあっぜ!」
切島が焼きそばを頬張りつつ、目を輝かせている。
「体育祭程じゃないにしろ、文化祭もそこそこ有名だもんな、雄英は。そりゃ半日じゃ全然回れんわ」
上鳴も焼きそばを食べながら、そう言った。
雄英高校の敷地は学校にしては莫大な広さだ。敷地内に擬似的な街やテーマパーク、巨大な体育館に学生寮など、学校とは思えない施設の数々を敷地内にもっている。それだけの敷地があれば、多くの出店やイベント、アトラクションのスペースを確保できるのは道理。半日で回りきれないのは当然のことだろう。まあこの敷地の広さが、後の悲劇をより悪化させることになるのだが。
「ミスコン、良かったよなぁ」
峰田はその時の光景を思い出しつつ、顔をニヤけさせた。そんな峰田に、女子たちは冷ややかな視線を送っている。
緑谷も彼らと同じように昼食を取っていた。
緑谷は文化祭を楽しみつつも、朝のジェントルとの戦闘のことが頭の片隅に残っている。ジェントルのようなヴィランが現れるんじゃないかと、今までずっと落ち着かない気分のままだった。
──ちゃんと警備してるって先生たちは言ってたし、大丈夫だよね。
緑谷はそう思うことで、頭の片隅に残っている不安を拭い取れた。そうできたのは、この時間まで平穏で楽しい時間が続いたからでもある。今まで大丈夫だったから、これからも大丈夫だろう。そんな根拠の無い甘い希望により、緊張感が緩んだ。
彼らはまだ知らない。そういう時こそ、想定外なことが起きるのだと。
◆ ◆ ◆
作戦開始の時刻、午後二時半が近付いた。
雄英高校を双眼鏡で見ていた佐藤はニヤリと笑う。雄英高校のセキュリティゲート──通称雄英バリアが作られていないのが確認できた。それこそ、佐藤たちが賭けに勝ったことを物語っている。
佐藤以外の三人は屋上に用意したドローンを片っ端から起動させているところだ。ドローンは円来の『個性』で運び込んだ。その数、約三十。爆弾ではなく、スモークを噴射するタイプであり、それぞれ決められた範囲でスモークを撒き散らし続けるよう設定してある。こうなった背景には、爆弾を使い過ぎて補充が間に合ってないという部分があったり、広大な敷地なら爆弾よりスモークの方が戦術的価値があると判断した部分があった。
ドローンは起動するとタイミングをズラしながら浮かび上がり、一旦方向バラバラに移動した後、雄英高校敷地内の二百メートル上空の位置に移動する。ちなみにドローンの大きさは一メートル程であり、地上から見た時の大きさは約〇.五センチとなり、小さめのボタンと同じくらいの大きさに見えることとなる。よっぽど空を注意して見ない限り、地上から気付かれることはないだろう。これが集まっていたら目立ってバレやすくなるかもしれないが、そのリスクを回避するためにバラバラの場所に行くよう設定したのだ。
円来が『個性』を発動する。両手に野球ボールほどの球体が生まれ、その片方を凛が素早く雄英高校に建っている高層ビルのような校舎目掛けて投げた。驚異的な身体能力を持って投げられた球体は目にも止まらぬ速さで飛んでいき、校舎の上部に見事当てた。これに関しては雄英高校内の敷地に球体が当てればいいから、絶対に校舎に当てなければならないという条件は無かったが、校舎に直接侵入できたほうがセキュリティの掌握はやりやすい。
「さて、雄英生徒諸君。私からのほんの気持ちだ。君たちにサプライズショーをプレゼントしよう」
佐藤はそう言うと、円来の前の床にできたポータルを覗き込み、左右を確認。男子生徒二人の後ろ姿を見つけると、ポータルに入って校舎の廊下に移動し、すぐ近くの部屋に隠れた。彼らを殺すのはたやすいが、目的はスターアンドストライプの『個性』を暴くことだ。ならば、それまでは戦闘をなるべく避け、スターアンドストライプのいる場所まで行かなければならない。殺すにしても静かに素早く、だ。雄英高校には優秀な戦力が揃っているのだから、闇雲に戦闘していては目的を果たす前にリセットさせられる可能性が高くなる。
佐藤の頭には雄英高校内の見取り図が入っている。まず佐藤が向かったのはパソコンが置かれている部屋である。こういった備品が置いてある部屋は文化祭の出し物の部屋として使いにくい。いちいち備品をどかして出し物の準備をした後、また元の位置に戻すという手間が発生するからだ。
佐藤はその部屋に向かう途中、男子生徒と女子生徒が二人並んで歩いているところに遭遇したが、IBMを使用し、異形を出すことによって対処。異形は二人の首の骨を同時にへし折った後、近くの無人の部屋に二人の死体を投げ込んだ。もちろんその時の音は文化祭の様々な音や生徒たちの声に紛れた。
パソコンのある部屋に入ると、佐藤の読み通り、パソコンが大量に置かれていた。商業科の教室だったからだ。佐藤はパソコンの電源を入れつつ、小型の記憶装置をパソコンの一台に差し込んだ。
佐藤はマウスを操作し、記憶装置の中に入っているファイルをクリック。そのファイルには『トロイの木馬』型のコンピューターウイルスが仕掛けられていて、そのファイルを不用意に開いてしまうとそのパソコンはコンピューターウイルスに感染するようになっていた。こうすることで猿石は簡単に雄英高校のネットワークを掌握することができ、これから猿石はセキュリティを管理化に置くという作業に入ることとなる。
佐藤はIBMに背負っていたアサルトライフル一丁を渡した。異形は器用にそのアサルトライフルの紐を右肩から下げ、アサルトライフルを構える。
「遊びたいのはやまやまなんだけど、流石に手強そうだから、今日はガチでいこうか」
佐藤はその教室から飛び出した。
佐藤が飛び出し無人となった教室では、電源が落ちているはずのパソコンに次々と電源が入り、一斉に画面に光が灯っていく。
これより、雄英高校で悪夢のイベントが始まることとなる。血と悲鳴が入り交じる地獄のイベントが。