ヒーローと亜人   作:ガジャピン

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第77話 邂逅

 円来の『個性』であるポータルを繋げる球体が雄英高校校舎に当たり、佐藤が校舎に侵入した瞬間、その僅かな異常を感じとった者がいた。

 雄英高校教員、犬井猟。ヒーロー名はハウンドドッグ。その名の通り、『犬』の個性を持つプロヒーローである。見た目は完全に犬の顔をしている獣人と言ってもいい。

 ハウンドドッグは目にも留まらぬ速さで投げられた球体を空を見上げていた時に一瞬、偶然見てしまった。ハウンドドッグの位置からそれが何なのか判別することはできなかったが、何かが校舎にぶつけられたことは確かだ。残念ながら臭いはまだハウンドドッグのところまできていない。

 この時、ハウンドドッグはヒーローと教員という二つの立ち場によるジレンマに襲われた。ヒーローの立ち場であれば、些細な異常を感じた瞬間、最悪な事態を想定して動くべきである。だが教員としては、その行動をした瞬間に文化祭を中止せざるを得なくなり、生徒を悲しませることになる。文化祭を良いものにするために、色々事前に準備や努力している生徒の姿を見ていれば尚更、その頑張りを無下にしたくないという思いが生まれる。

 結果としてハウンドドッグが選んだのは、限界ギリギリまで文化祭を続けられる選択であった。つまりは近くにいた耳まで口が裂けた黒マスク男──エクトプラズムに何かが校舎にぶつけられたことを伝え、エクトプラズムと共にその場所を確認する。エクトプラズムの個性は『分身』であり、ハウンドドッグはエクトプラズムの分身三体を引き連れ、校舎の方に向かった。

 

 

 同時刻、佐藤は慎重に周囲を確認しながら、オールマイトのところに向かって移動している。オールマイトの居場所は雄英高校の警備ロボットのカメラとドローンのカメラを利用すれば、そんなに難しいことではなかった。もちろんスターアンドストライプが傍にいることも確認済み。こっちが佐藤一人な分、愛国者集団(パトリオッツ)のリソースは有り余っている。猿石の眼としてカメラを確認する仕事をやる人数は揃っていた。

 佐藤は常に猿石と電話している状態で行動していた。猿石と距離がありすぎるため、インカムではなくスマホでのやり取りに決まっていたからだ。

 

『佐藤さん、ハウンドドッグが校舎に向かってます。エクトプラズムの分身三体を連れて。おそらくポータルの球体が校舎にぶつかるのを見られたかと』

「でも、この場にいる人たちは避難行動してない。よっぽど文化祭を中止したくないみたいだね」

『雄英高校のセキュリティ設備と電子機器、警備ロボットは完全に僕のコントロール下になりました。指示してもらえば、いつでも武器として使えます』

「了解。雄英高校が私の存在に気付いたら、遠慮なく使わせてもらうよ。じゃあ、引き続きオールマイトまでの安全なナビをお願い」

『はい』

 

 そこから佐藤は猿石から指示をもらいながら、人がいないところや少ないところを選んで移動し続けた。警備ロボットのカメラとドローンのカメラによる情報収集は佐藤の隠密行動において、十分すぎるほど役に立っていた。雄英高校の人間は夢にも思わないだろう。校内を動き回る警備ロボットが、実は佐藤の眼として機能しているなど。

 佐藤は途中出会った生徒や客を素早く殺し続けていた。すでに被害者の数は二十を超える。バレたら全員殺せばセーフ。その精神で佐藤は潜入している。IBMのステルスキル能力の高さは言うまでもなく、本来ならば周囲に知らせる危険信号となる銃声も文化祭の喧騒の中に掻き消されていた。

 そんなことが起きているとは露知らず、緑谷は一人、家庭調理室を目指して歩いている。緑谷が手に持つビニール袋の中にはリンゴとリンゴ飴の材料が入っていた。というのも、エリは長い間ヴィランから監禁に近い扱いを受けていたため、普通の生活を送っておらず、その影響のせいか素直に笑うことすらできなくなっている。そんな少女が目を輝かせて反応したのが、文化祭がどういうものか説明した際に出てきたリンゴ飴というワードであり、緑谷はエリにリンゴ飴をサプライズプレゼントすれば喜んでくれるんじゃないかと考えたのだ。

 

「エリちゃん、喜んでくれるかな」

 

 緑谷はそう呟きながら、校舎の曲がり角に差し掛かる。

 

「僕からのサプライ──」

 

 曲がり角を曲がり、緑谷は顔を上げる。そこには武装したハンチング帽の男──佐藤がちょうど男子生徒の首を手斧で掻っ切ってるところだった。

 

「ズ?」「あっ」

 

 緑谷と佐藤の目が合う。距離は十メートル程。佐藤は手斧をホルダーに戻しつつ素早くアサルトライフルに持ち替え、アサルトライフルの照準を緑谷に合わせ、引き金を引いた。乾いた銃声とともに緑谷の頭がはね上がり、そのまま仰向けに倒れる。

 佐藤はそれを見届けると、緑谷から視線を逸らし、オールマイトがいるところに向かおうとする。

 

「い、生きてる!?」

 

 その少年の声を聞くまでは。

 佐藤は再び緑谷の方に視線を向ける。額を撃ち抜いた筈の少年が慌てて起き上がり、曲がり角の方に消えていった。

 佐藤に付き従うIBMが少年を追いかけていく。その後から佐藤も曲がり角の方に走りだす。オールマイトがいる方向だからだ。走りながらも、何故あの少年が生きているのか思考する。

 

 ──間違いなく額を撃ち抜いたけど、そういえば血は飛んでなかったね。

 

 佐藤はこの世界の人間が佐藤のいた世界の人間に比べて身体能力が高いことを知り、肉体強度と銃の有効性について事前に実験している。鍛え上げた肉体を持つヒーローを使って。その実験の結果、この世界の人間に対する銃の有効射程が分かった。そして、あの少年は確実にアサルトライフルの有効射程距離内で撃たれた。その事実から、考えられる可能性。

 

 ──肉体強度を上げる『個性』、あるいは銃の衝撃に耐えられる別の物質になる『個性』、または人にしか見えないがギャングオルカのような異形型の『個性』。そのどれかかな。

 

 佐藤は少年を追いかけつつ、唇を吊り上げる。

 

「流石は名門。粒が揃ってるね」

 

 佐藤はアサルトライフルからショットガンに持ち替えた。

 

 

 緑谷は佐藤をチラチラ窺いながら、佐藤との距離を一定に保っている。これは緑谷の迷いに他ならない。佐藤と単独で戦闘するのはヤバいという気持ちと、佐藤から逃げて被害者がこれ以上出ることを見て見ぬ振りしたくないという正義感。このどっちつかずな気持ちがそのまま行動に表れていた。

 

「痛た……」

 

 緑谷は額にできた赤い点を右手で(さす)る。言うまでもなくアサルトライフルの銃弾が刻んだ傷痕だ。完全に無効化するまでには至らなかったようだ。

 

 ──咄嗟にしたことだったけど、上手くいって良かった。

 

 緑谷は佐藤を認識した瞬間、緑谷の個性──『ワン・フォー・オール』の出力を百パーセントにした。

 元はナンバーワンヒーローオールマイトの『個性』であり、オールマイトの強靭な肉体あってこその『個性』のため、今の緑谷には百パーセントの負荷に肉体が耐えられない。だが、それは『移動』と『攻撃』という負荷をかける行動をしたらの話だ。ただ出力百パーセントで発動し、何もしない。こうすれば、肉体はコンクリートの地面にクレーターを作れるほどの肉体的強度を保ちつつ、負荷による肉体損壊は起きない。もちろんこの状態ですら負荷は少なからず掛かっているので、このまま長時間維持すれば肉体損壊は始まる筈だ。しかし、少しの間なら問題ないと思った。予想外だったのは、銃弾の衝撃が負荷を増加する結果になったため、無傷とまではいかなかったことか。これが、アサルトライフルに撃たれた瞬間、緑谷に起きたことの全てだ。

 

 ──正直、賭けだった!

 

 たとえ何もしなくとも、百パーセントの出力を発揮すればその部位が壊れてしまう可能性は十分に考えられた。大丈夫だろうと読んではいたが、ぶっつけ本番だったことには違いない。

 

 ──どうするどうするどうするどうする!?

 

 予期していない佐藤との遭遇で、緑谷の頭の中はパニック状態になっている。それはそうだ。緑谷の頭の中は何故と疑問で埋め尽くされているから。何故、佐藤が雄英高校にいるのか。目的は? そもそもどうやって侵入したのか? ヴィランは佐藤一人なのか? 愛国者集団(パトリオッツ)の仲間たちがいるのでは?

 

 ──とにかく、誰かに伝えないと!

 

 文化祭は今も普通に続いている。それはつまり、佐藤の存在に先生たちが気付いていないか、気付いているが避難指示を出せていないか。

 緑谷は慌ててスマホをポケットから取り出し、後ろから追いかけてくる佐藤をチラチラ窺いながら、スマホ画面をタップ。佐藤はさっきの銃撃が効いてないことからか、その手に持つショットガンをこちらに向けてこない。だとしたら儲けものだ。ワン・フォー・オールの百パーセント維持は気軽にやれるものではないし、そもそも移動中は使えない。それをしたら一気に逃げられる代わりに骨折する。

 スマホを持ったまま、緑谷はワン・フォー・オールを十五パーセントで発揮し、佐藤から一気に距離をとる。そこから校舎に隠れて佐藤からの射線を切り、スマホの電話マークをタップ。相手はイレイザーヘッドこと相澤。スピーカーマークもタップ。念のため、緑谷はワン・フォー・オールの出力を百パーセントにする。これは緑谷なりの保険。上位プロヒーローを殺しまくっている佐藤の危険性を警戒しての選択だ。

 

『どうした?』

 

 相澤の声。聞こえた瞬間、反射的に叫ぶ。

 

「ヴィラン! 佐藤! 交戦中! 校舎西中庭付近!」

『なんだと!? 緑谷、生き残ることだけを考えろ! そいつは──』

「つッ!」

 

 相澤が話している途中、緑谷は頭をいきなり刺されたような痛みに襲われた。その瞬間、緑谷は直感的にその場から大きく跳ぶ。跳んだ刹那、遮蔽にしていた校舎の壁がえぐれ、アサルトライフルだけが宙に浮かんでいる。

 

「なんだよ……これ……」

 

 アサルトライフルということは明らかに佐藤の武器であり、佐藤に関係する何かであることは間違いない。佐藤の『個性』か、葉隠のような透明の『個性』を持つ佐藤の味方か。

 これ以上スマホを手に持ちながら通話するのは限界だと感じた緑谷は、跳びながらスマホをポケットにしまう。

 浮かんでいるアサルトライフルはまだえぐれた校舎の壁付近にあるが、そのアサルトライフルが唐突に地面に落ちた。

 

「え!? 落ちた……?」

 

 ──葉隠さんと同じ『個性』なら、バレるアサルトライフルを捨てたとも考えられるけど……。

 

 今のアサルトライフルの落ち方は外して落とした感じではない。アサルトライフルを支えていたものが唐突に消えたような、そんな落ち方だった。

 その思考の間も緑谷はその場から距離を取り続け、佐藤が落ちたアサルトライフルのところに来た時には三十メートル程距離を取れていた。

 佐藤は落ちたアサルトライフルを拾って右肩からアサルトライフルの紐を掛け背負った。そして、両手を筒のようにして口にもっていく。

 

「追いかけっこは終わり! もう追わないよ! バイバイ!」

 

 佐藤はその状態で声を張り上げた。

 

「……はぁ?」

 

 緑谷がその言葉を聞いた反応は、ただただ困惑。まるで遊んでいた友だちと別れる時のような言葉であり、そこに野蛮さも凶悪さも感じない。だからこそ、佐藤が何を考えてそんな言葉を伝えようとしたのか意味が分からない。実際は別に意味なんてないのだが、佐藤をよく知らない人間にそれは分からない。

 困惑している緑谷を置いて、佐藤は中庭の方に走っていった。緑谷は咄嗟に追いかけようとする。不意に佐藤の持つアサルトライフルの銃口が緑谷の方を向いた。緑谷は慌てて二十パーセントの『ワン・フォー・オール フルカウル』で身体能力を強化し、近くの木に身を隠す。瞬間、木に銃弾が撃ち込まれた。

 

「ぐッ」

 

 緑谷は思わず声が漏れる。カンッという音をすぐ傍で聞いた。視線を木の下に移動。グレネード。

 

「……ッ」

 

 緑谷はワン・フォー・オールを百パーセントで発揮し、右足で思いっきり地面を蹴った。瞬間、爆発。爆音と爆風が緑谷を包み込む寸前、そこから抜け出した。

 緑谷は地面を転がりながら、右足を見た。もう感覚で分かる。右足の骨が折れている。次に爆発の影響でボロボロになった木が根元から倒れていくところ。

 緑谷は倒れたまま、佐藤がいたところを見る。もうすでに佐藤はそこにいなかった。

 

「くそッ!」

 

 取り逃がしてしまったという怒り。それによって緑谷の頭に血が上ったが、すぐに佐藤との戦闘で起きた自分の異変について考えを巡らす。

 

 ──あの時、頭を刺されたような痛みはなんだったんだ?

 

 だが、そこから逃げるべきだというのは分かったのだ。まるで蜘蛛が生まれながらに巣の作り方を知っているように、本能がこれは『危険』を伝えるサインだと理解した。

 

 ──ワン・フォー・オールには、まだ何か秘密が……?

 

 佐藤との邂逅により、緑谷の中のワン・フォー・オールが原作より早く覚醒し始めていた。

 

 

 佐藤は緑谷がスマホで連絡した時点で、緑谷を殺せばステルスという図式が成り立たなくなったため、目撃者を消すより一刻も早くオールマイトのところに行く方を優先した。

 オールマイトのところに向かう間も、佐藤は緑谷について考えていた。

 

 ──電話での連絡は伝わりやすく、最少の言葉で。更には偶然か感じとった何かがあったかは分からないけど、IBMの攻撃を(かわ)した。

 

 あの時の電話では、先にヴィランという言葉をもってきてから、佐藤と伝えた。逆に伝えていたら、伝えられた側は少なからず意味を理解するのに時間が掛かっただろう。ヴィランと先に伝えたからこそ、ありふれた名字がヴィラン名として意味を持つのだ。

 

 ──あの少年にちょっと興味が出てきたよ。でも、今は後回しだ。

 

 今回の目的はスターアンドストライプの『個性』を暴くことなのだから、道草を食っている余裕は無い。

 

「オメェら!! 緊急事態発生だ!! 今すぐ避難しろ!!」

「ん?」

 

 佐藤は突然聞こえてきた大声に反応し、声のする方向を見た。あまりの声の大きさに周囲が振動しているように感じる。プレゼント・マイクが校舎四階の窓から顔を出し、個性の『ヴォイス』を使って校内全体に届くほどの大音量で叫んでいた。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 緑谷と電話した相澤はすぐに校舎内に取り付けてある警報ボタンまで走り、ボタンを押す。しかし、何も反応しない。

 

 ──何故鳴らない!? まさか、雄英のセキュリティは全て佐藤の手に落ちているのか!?

 

「どうした?」

 

 そこにプレゼント・マイクが現れ、相澤に声を掛けた。

 相澤はプレゼント・マイクの方を見る。

 

「佐藤だ! ヤツがココに攻めてきているらしい! 今、緑谷が戦ってる!」

「何!?」

「警報も鳴らない! この分だと放送室も駄目だろう! 俺は今からスマホで教師全員に情報共有するつもりだ! そこからは手分けして避難を呼びかけつつ佐藤に対処していくことになるだろうが、それだと時間が掛かり過ぎる!」

「なら俺に任せろ! 俺の『ヴォイス』で校内全体に声を届けてやるぜ!」

 

 プレゼント・マイクは胸をドンと叩いた。

 相澤は無表情でプレゼント・マイクを見据える。

 

「相手は佐藤だぞ。それをやるならここでやれ。外に顔を出すな」

「それは駄目だ。ここからやったら校舎を音で破壊しちまう。それに音がこもって校内全体に響かねえ可能性だってある。音がちゃんと響くところでやんねえと意味ねえんだよ」

「…………」

 

 相澤は沈痛な表情になり、黙り込む。

 

「お前の不安は痛いほど分かるが、やらせてくれ。俺にしかできねえことなんだぜ。カッコつけさせろ」

 

 プレゼント・マイクは窓から顔を出し、大きく息を吸い込む。

 

「オメェら!! 緊急事態発生だ!! 今すぐ避難しろ!!」

 

 あまりの大声に、隣にいる相澤は思わず耳を両手で塞ぐ。

 校内にいる全ての人間がプレゼント・マイクの声に驚き、プレゼント・マイクの方を見た。

 

愛国者集団(パトリオッツ)の佐藤が侵入してるぞ!! オメェら落ち着いて避難だ!! 訓練を思い出せ!!」

 

 プレゼント・マイクは叫びながら、遠く離れた地面に立つハンチング帽の男を見つけた。銃口をこちらに向けている。そう思った瞬間、プレゼント・マイクの右胸を一発の銃弾が貫く。そこから二発、三発、四発、五発と続けざまに撃ち込まれ、プレゼント・マイクは胴体に五つの風穴を作って仰向けに倒れた。血溜まりが廊下に広がっていく。

 

「マイク! マイク!」

 

 相澤は倒れたプレゼント・マイクを抱え起こす。プレゼント・マイクはもう死んでいた。

 声を出すということは、自分の位置を敵に伝えるのと同じ。銃という強力な遠距離武器を持つ佐藤にとって、それは絶好のチャンスになる。

 プレゼント・マイクはそれを分かっていながら、自分の命より校内にいる全員の命を守るために最善の行動をした。誰がなんと言おうと、プレゼント・マイクは最高のヒーローであり、教師だった。

 

「マイク……お前の死は無駄にしない」

 

 必ず佐藤から生徒たちを守ってみせる。

 相澤は心の中でそう強く誓った。

 その時、死んだプレゼント・マイクを嘲笑うように校内に設置された全ての警報が鳴り響き、雄英バリアと呼ばれる外敵からの侵入を阻むためのゲートが閉まった。校内の安全を確保するためのバリアが、獲物を外に出さないための檻となって機能しているのはなんという皮肉な話なのか。

 相澤はあまりの騒音に顔をしかめつつ、校舎の外を目指して走り出した。

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