ヒーローと亜人   作:ガジャピン

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第79話 一瞬の攻防

 佐藤はスターアンドストライプを認識した瞬間、アサルトライフルを構えた。スターアンドストライプではなく、佐藤の姿を見て怯える一般客に。

 

「警報止めて!」

 

 佐藤はそう叫びつつ、引き金を引いた。

 警報はそもそもスターアンドストライプに出会う前に自爆しなければならない可能性を減らすためだった。出会った今、警報は逆にスターアンドストライプの情報を集めることへの雑音になる。

 佐藤の声は電話越しに猿石に伝わった。その間、射線上にスターアンドストライプが超スピードで割り込み、一般客の盾となった。

 銃弾がスターアンドストライプの身体の正面に叩き込まれ、全て弾かれた。まるで鉄壁に当たったかのように。

 

「私に銃は効かない」

 

 そうスターアンドストライプが言った時、警報は止まっていた。止まっていたからこそ、スターアンドストライプは口を開いたのかもしれない。

 それでも佐藤はアサルトライフルを撃ち続ける。銃撃を弾きながら、スターアンドストライプは右手を前に出す。

 

「私の右手より前にある百五十メートルの空気は何も通さない」

 

 スターアンドストライプがそう言った瞬間、灰色のスモークが佐藤を包んだ。それだけではない。ヘッドセットから雑音が響き出し、連射し続けていたアサルトライフルの銃口が突然爆ぜた。銃弾が次々に銃口の中でぶつかった影響だ。だが、不思議なことに銃口が焦げただけで変形しなかった。

 

 ──一瞬で消えたスモークがまた一瞬で出てきた? いや、違うか。出てきたんじゃなくて、戻ったが正しい表現になるかな。

 

 佐藤は銃よりもスモークの方に気を取られつつ、アサルトライフルを捨てようと両腕を動かそうとした。動かなかった。

 

「?」

 

 ──動けない。でも、呼吸はできる。

 

 佐藤は意識して何が今できないのか、できるのかを瞬時に試していく。そして、呼吸だけができることが分かった。これはおそらく、佐藤以外の人間をこのルールに巻き込んでしまった可能性を考慮し、死なないよう考えた結果だろう。

 これがスターアンドストライプの『個性』の影響であることは間違いない。何かを言った瞬間スモークが戻ったことと事前情報を踏まえると、スモークから別の対象にルールを変更したのだろう。スモークはスターアンドストライプの『個性』の対象から外れたから色が戻ったと断定して良さそうだ。

 これでスターアンドストライプの情報が二つ確定したことになる。スターアンドストライプは何かを対象にしてルールを付与する『個性』だということと、ルールを付与できる対象には上限があること。何故上限があると考えるのか。その根拠はこの状況でスモークの色を戻すメリットなんてないのに戻したから。

 そして、今のところ佐藤に分かるのは最低付与対象は二つまでということだけだ。何故それが分かるのかというと、佐藤がアサルトライフルの有効射程内でスターアンドストライプに銃弾を当てたから。

 佐藤は屈強な肉体を持つヒーローを実験体として、それぞれの銃の有効射程を調べた。その有効射程で撃たれたら、どれだけ鍛えても無傷であることは有り得ない。有効射程からの銃撃には何かしらの『個性』が絡まなければ防げないのだ。

 故に、スターアンドストライプは自分自身を対象にして身体能力か身体硬度、もしくは両方を上げるルールを付与していると特定できる。

 

 ──IBMを別行動させておいて良かった。

 

 唐突にスモークが割れ、凄まじい突風と共に眼前にスターアンドストライプが現れた。右手は前に突き出したまま。やはり手の位置は重要らしい。

 ここからは賭けだ。物だけでなく人にもルール付与ができるのなら、当然佐藤にもルール付与できるだろう。だが、銃弾を何発か浴びていたことからして、即時付与はできない。ルール付与までにはタイムラグが存在する。

 ルール付与して佐藤をコントロールしようとするなら賭けは勝ち。そうでなければ──。

 スターアンドストライプは踏み込み、あらかじめ引いていた左腕をただ突き出した。佐藤の腹部目掛けて。コンクリートにクレーターを作るほどの威力で。

 その拳が佐藤を貫いたのと、別行動していたIBMがスターアンドストライプの真横から頭部を殴りとばしたのはほぼ同時。

 スターアンドストライプは真横に吹っ飛んだが、ダメージは無い。空中で体勢を立て直しつつ右手を佐藤の方に向ける。

 佐藤は後方に吹っ飛び、建造物にぶつかった。佐藤は即死しないよう、ぶつかる直前両足で建造物を踏みつけるような体勢になっていた。その結果、ぶつかった衝撃で義足が壊れ、生身の下半身の骨はバキバキに折れたが、死にはしなかった。

 

 ──流石アメリカ。殺すことに躊躇無し、ね。

 

 その選択は正しい。自爆ワープのことを知っているなら、手っ取り早く殺して復活させるのが、一番楽な対策だ。

 もし佐藤がスターアンドストライプと出会う前、IBMを別行動させていなかったら。IBMを出したところでIBMは動けなかっただろうし、そもそもIBMを出せる空間そのものがなく、IBMが出せなかったかもしれない。そしてIBMを佐藤の近くで行動させていたら、IBMはスターアンドストライプとの戦闘で何の役にも立たなかっただろう。

 佐藤はベルトに付けているM六七破片手榴弾を左手で持ち、安全ピンを右手で引き抜きつつ、口を開く。

 

「……リセット」

 

 血を吐き出しながら出した声はか細く、かすれていた。それでも、その声は通話越しの猿石のところまで届いた。この言葉こそ、自爆のキーワード。後は猿石が遠隔操作で爆発させる。これが警報を切らせたもう一つの理由。スターアンドストライプが殺しにきた場合、身体能力と『個性』の暴力に今の佐藤は抗えないだろうと読み、正常に声が出なくても声が届くようにした。

 ヘッドセットからザーという雑音が響き始める。

 佐藤の身体は再び動かなくなっていた。眼球だけを動かす。もうスモークはほとんど晴れていた。スターアンドストライプが右手を突き出しながらこっちに踏み込もうとしているのを視界に捉える。

 そうか、今付与しているルールは電波すら通さないのか。スターアンドストライプを吹っ飛ばしたことで一時的に影響下から外れて通話はできたが、爆弾の遠隔操作は間に合わなかったと。そういうことか。なるほど。身体の自由を奪い、遠隔サポートさえ受けさせなければ、自爆する手段は無い。そういう理屈か。

 佐藤は口から血を垂らしながらも、ニヤリと口角を上げる。

 

「やるねぇ、一本取られた」

 

 ──でも、私の勝ちだ。アメリカナンバーワンヒーロー。

 

 確かに身体の自由は無い。が、呼吸はできる。つまり、空気自体は常に流動しているということ。空気の流れに合わせて動けば、ほんの少しだけ、動ける余地がある。佐藤以外の人間を気にしたことによる針の穴程の隙。そこを突く。幸いにして、空気の流れはスモークの色により、視角的に分かりやすくなっている。

 佐藤は空気の流れに合わせて身体を捻りつつ、手榴弾の安全レバーのところにある左手をほんの僅かスライドさせた。安全レバーから左手が離れる。手榴弾の信管が作動。そして、爆発。その爆発は佐藤の身に付けていたもう一つの破片手榴弾に誘爆し、二倍の威力となって佐藤の身体をバラバラにした。

 その爆発はスターアンドストライプの『個性』の影響下であったため、爆発は佐藤の身体より外に出ず、周りの人には佐藤の身体が突然炎に包まれ木っ端微塵になったように見えた。

 もしこれがスターアンドストライプの影響下で無ければ、手榴弾の威力は分散し、佐藤の切り落とした右足より大きな肉片が生まれていたかもしれない。スターアンドストライプの付与したルールがあったからこそ、手榴弾の爆発が分散されなかった。図らずもスターアンドストライプのルールが、手榴弾の威力を最大限まで上げてしまっていたのだ。

 爆発後、佐藤の姿はなかった。残っていたのは壊れた装備や細かな肉片、大量の爆弾だった。

 それを見て、スターアンドストライプは自分が失敗したと悟った。悔し気に顔を歪める。力強く握りしめた左拳が震えた。右手は前に突き出したまま。その右手の範囲内にIBMは捉えられている。居場所が分からないならともかく、攻撃してきた方向が分かっていて、かつスモークにより空気に色が付いている状態なら、注意深く周囲を観察すればIBMの居場所は特定できる。IBMのいるところだけ不自然に人型の透明になるからだ。

 スターアンドストライプは右手を突き出したまま、不自然な透明空間に近付き、左手で触る。確かに何かの感触があった。

 

「IBMは見える」

 

 スターアンドストライプがそう口にした瞬間、透明だったIBMは亜人が見ている状態と同じに変化した。つまり、黒い異形の姿に。

 それを見ていた周りの教員や生徒、一般客は驚愕の表情になる。

 もちろん新たなルール付与は空気を対象にしたルールを破棄しなければならない。IBMは自由を取り戻し、スターアンドストライプに襲いかかった。だが見えていて、身体能力も常人の三、四倍程度であれば、スターアンドストライプは見ながら対処できる。

 IBMがボクシングのような構えをしながら右ストレートを放つ。スターアンドストライプはそれを左手で掴みつつ足払いをした。人間であれば下半身が吹っ飛ぶ程の威力で。当然IBMの両足太ももの部分が破壊された。IBMが前のめりに倒れる。そして、再生が始まった。粉々になった両足太ももに黒い粒子が集まり、両足が元通りになる。

 

「次、いこうか」

 

 その流れを見ていたスターアンドストライプは倒れているIBMを上から左手で地面に押さえつける。その状態で右腕を振り上げ、IBMの頭部目掛けて振り下ろす。IBMの頭部が砕かれ、地面にヒビが入った。そして、IBMの身体が消失。

 今、スターアンドストライプがやっていたのは、永井から受け取ったIBMの情報の確認作業だった。そして今、その情報が正確だったことを確かめられた。

 そこでようやく、相澤やエクトプラズムの分身体、ミッドナイトがスターアンドストライプのところに到着。

 

「スターアンドストライプ。ご協力ありがとうございます。もしあなたがいなかったかと思うとゾッとします」

「いや、申し訳ない気持ちでいっぱいだよ。佐藤を取り逃がしてしまった」

「……仕方ありません。最初から佐藤は自爆してここから逃げるつもりだったのですから」

 

 相澤はそう言いつつ、佐藤が爆散した場所に視線を送る。周りの人も相澤につられて、その場所を見た。誘爆しなかった爆弾の残骸。

 相澤は改めて、あれだけの重量物を装備しながら普通の動きができていた佐藤に戦慄した。おそらくあの装備重量で動くことに慣れているのだろう。

 

「でも、無傷じゃ返さなかったよ」

「え?」

 

 スターアンドストライプの言葉に、ミッドナイトが訊き返した。

 スターアンドストライプはミッドナイトの方に顔を向ける。

 

「私はヤツのIBMにルールを付与した。だから、これからヤツがIBMを使ったとしても、私たちに見える。私がルールを破棄しない限りね」

 

 しかし、そのせいで実質自分以外のものに対してルール付与ができなくなると考えたとしたら、プラマイゼロか。いや、見えないうえに身体能力の高い敵の対処が容易になったと考えれば、佐藤のIBMの利用価値は相当下がったと考えていい。対佐藤だけを考えるなら、相当のアドバンテージになる筈。

 スターアンドストライプは周囲を見渡す。もうスモークは完全に晴れていて、周囲の状況は鮮明に分かる。死体がいたるところに転がっていた。

 

 ──いや、これをやられた時点で、私たちはアドバンテージを失っているか。

 

 何より守るべき人々の命をこれだけ失ってしまった。それだけで、ヒーローは負けだ。

 スターアンドストライプは空を見上げる。ホークスが空から降下してきていた。

 

 

 

    ◆     ◆     ◆    

 

 

 

 拠点の猿石の部屋。

 机に置かれた佐藤の右足が、唐突に黒い粒子に包まれた。黒い粒子は人型となり、佐藤の姿を形成していく。そして、裸の佐藤が部屋に登場。

 佐藤に気付いた猿石は、裸の佐藤を見てホッと息をついた。

 

「佐藤さん!? ふぅ、良かった。成功したんですね。遠隔操作で爆発させようとしたんですけど、電波が届かなくて。もしかしたら捕まっちゃったんじゃないかって心配してたんですよ」

「いやー、間一髪だった。捕まってもおかしくなかったよ」

「やっぱり手強かったですか? アメリカナンバーワンヒーローは」

「うん。でも、彼女の『個性』はだいたい分かった。これからは録画した映像も含めてスターアンドストライプの『個性』を細かく分析していくつもりだけど、そのうえで一つ、確信したことがあるよ」

「なんですか?」

「生身じゃ彼女に勝てないや」

「えッ!?」

 

 猿石があまりにも佐藤らしくない言葉に目を見開き、佐藤を凝視した。

 佐藤はそんな視線を気にせず、服を着ていく。

 

「反応が間に合わないんだよ。あの『個性』に」

 

 着替えながら、佐藤はそう言った。

 そう。そこが一番の問題だ。事前に対策しなければならず、出会ってから対策していては間に合わない。

 

「じゃあ、どうするんです?」

「その辺にいる人間をずっと盾にしてようかな」

 

 佐藤は平然とそう口にした。

 今回はスターアンドストライプの『個性』を暴くため、心置きなく『個性』が使えるよう殺すことを徹底していたが、もし今回の襲撃の目的がスターアンドストライプを倒すことなら、むしろ一人も殺さず、自分の近くに常に重傷者を配置するよう動いていただろう。そうすることでスターアンドストライプに人命を切り捨てるかどうかの選択を強いることができる。そして切り捨てられなかったとしたら、ルールを付与する『個性』は極めて限定的なものとなり、比較的に対処はしやすくなる筈だ。

 

「それで勝てるんですか?」

「いや、生身じゃ殺すやり方が限られてるから、それでもかなり厳しい綱渡りをすることになるだろうね」

 

 銃も爆弾もIBMの攻撃も効かないとなれば、残っているのは再生した際に起こる分解能力を上手く使ってスターアンドストライプの急所を消し飛ばすしか、勝ち筋は無い。そして、その分解する情報は永井から伝わっているだろう。必ず唯一の勝ち筋であるその攻撃を警戒してくる。超一流のプロヒーローなら。

 

「どこかに戦闘機落ちてないかなぁ」

 

 着替え終えた佐藤はそう呟きつつ、部屋から出ていった。

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