「侵入者は佐藤ただ一人だった」
雄英高校の職員室。そこにオールマイト、教員、ホークス、応援に駆けつけたヒーローたちが集まっている。
相澤は全員が集まったところで、改めて分かったことを口にした。
佐藤が爆散した後、教員とヒーローは事態の収束のため、雄英高校敷地内を駆け回り、生徒と一般客の安全確保と脅威排除をやった。やったと言っても、警備ロボや訓練ロボはもう生徒や教員の手によりほとんど無力化されていたし、無力化されていなかったロボも佐藤の爆散の数分後には止まっていた。愛国者集団のハッカーが雄英高校のセキュリティから引き上げたからだ。
ロボットの無力化と並行して佐藤以外の愛国者集団のヴィランが侵入していないか、校内の隅々まで大人数で手分けして確認した。その結果、佐藤以外の侵入者はいなかったことが分かったのだ。
「てことは、やっぱり雄英高校の制圧が目的じゃなかったのね」
ミッドナイトが顎に右手を当てつつ言った。
「佐藤が自爆の準備をしていたことからも、留まるつもりがなかったのは明白。目的は誰かを殺すためか、ただ暴れたかったか。雄英高校の名声を地に落としたかったか。その三択だろう」
エンデヴァーが腕組みをしながら口を挟む。
「どれも違うね」
スターアンドストライプがエンデヴァーの言葉を否定した。エンデヴァーがスターアンドストライプを睨む。
「何故言い切れる?」
「あの時、警報が止まった」
「は?」
スターアンドストライプは佐藤と向かい合った時を思い出すように、目を細める。
「佐藤は一人だったんだ。警報を止めるメリットは無い。暴れて被害を拡大させたいなら、警報は鳴りっぱなしにした方が混乱を助長できるだろ?」
「なら、アメリカナンバーワンヒーローどのはどういう目的だと?」
「偵察だろうね」
その根拠はこうだ。
警報を止めたことだけではなく、スモークによる視界遮断という手段を使ったこと、スモークの中で移動せず殺しまくっていたこと、セキュリティを奪って隠密行動を心掛けていたこと、わざわざ雄英高校内に侵入してきたこと。
もし仮に殺したい相手がいるなら、スモークなどという人物判別を邪魔する手段は使わないし、殺したい相手を探さずその場に留まらない。
ただ暴れたいのなら、別に隠密行動に拘らなくていい。手間を掛けてセキュリティだって乗っ取る必要は無い。警備ロボや訓練ロボを奪ったところで雄英高校の教員やヒーロー科にとっては大した戦力にならないからだ。
雄英高校の名声を地に落としたいなら、佐藤自らわざわざ襲撃を掛けなくても、ポータルの『個性』を利用して遠隔爆撃やドローン攻撃をすればいい。
とするなら、佐藤は明らかに情報収集を目的にして襲撃してきたと考えられ、警報を止めたのも聴覚での情報収集を阻害していたから。
そうスターアンドストライプが説明すると、周りの人は感心したようにホッと息を吐き、何度か頷いていた。
「そうなると、佐藤が偵察しに来た目的は……」
ホークスが呟きつつ、スターアンドストライプの方を見る。ホークスだけではない。そこにいる全ての人がスターアンドストライプの方に視線をやっている。
スターアンドストライプも当然、その視線の意味が分かっていて、顔を僅かに俯けた。
「多分、私の情報収集に来たんだろう。私の情報は外にあまり出ていなかったからね」
誰もその後の言葉が出てこなかった。
それが真実だとすれば、この雄英高校で起きた悲劇の原因はスターアンドストライプがこの場所にいたから、ということになってしまう。
誰だってスターアンドストライプのせいだなんて微塵も思ってない。悪いのは佐藤だ。
しかし、そんな言葉を掛けたところで、何の励ましにも慰めにもならない。余計にプライドを傷付けるだけだ。
気まずい空気の中、職員室の扉が開き、根津校長が入ってきた。
「正確な被害者の数が分かったよ」
根津校長が重々しく口を開く。
根津以外の全員が根津に注目した。
「教員二人、生徒十八人、外部客三十七人だった。佐藤の被害だけじゃなくて、警備ロボや訓練ロボの下敷きになった人たちも含めてね」
場の空気にどんよりとした重さが加わった。被害者が多かったのは分かっていたが、実際に正確な数を伝えられると、より悲しみと悔しさが増す。特に教員たちは両拳を震えるほど握りしめ、奥歯を噛みしめて悔しさと怒りをあらわにした。
根津は両手をパンと一度叩く。その音で、それぞれ思い思いの思考を巡らせていた周りの人がハッと我に返り、再び根津に注目。
「辛いのは全員一緒だけど、今は警備強化とご遺族の方への説明と謝罪、生徒の保護者の方への説明、今後の対策と記者会見の準備と、やる事はいっぱいだよ。早く役割分担して行動しよう!」
根津は無理して明るく声を張り上げているように、周りの人は感じた。
この後の記者会見でも、世間の声も、校長である根津が一番矢面に立たされることになるだろう。
それでも明るく周りを鼓舞しようとする姿に、周りの人は自然と自分も頑張ろうと気合いを入れるのだった。
◆ ◆ ◆
佐藤が雄英高校を襲撃した夜、午後八時。
雄英高校校長である根津、付き添いとフォローでイレイザーヘッド、ブラドキング、スナイプの三人、臨時国務大臣オールマイトの計五人が長机を前に座っている。
彼らの前には各テレビ局の社員や記者が大量に座っていたり、人によっては立っていたりしていた。
根津はスマホで時間を確認し、会見開始時間になったことを認めると、横に座っている人たちを見た。彼らも根津の方を見ていて、小さく頷く。それに対し、根津も小さく頷いた。
根津たちが同時に立ち上がる。
「この度は、我々雄英高校の対応不足により、全校生徒及びお越しの方に被害が及んでしまったこと、全国屈指のヒーロー校と言われながら
根津がそう言った後、全員一斉に頭を下げた。
あらかじめ発言権を得ていた記者がマイクを手に持って立ち上がる。
「対応不足と言われましたが、具体的にはどのようなところでそう感じたのでしょうか? また、次も同じような攻め方をヴィランがしてきた場合、対応しきれますか?」
相澤は一番突かれたくない部分に触れてきたと思った。
謝罪会見が始まる前から、ここにいる記者たちはある程度情報を仕入れてきていて、侵入してきたヴィランが佐藤であったこと、愛国者集団が雄英高校のセキュリティをハッキングして佐藤の手助けをしていたことは分かってこの場所に来ている。
要するに、高すぎる校舎という対策のしようのない部分を知ったうえで、こういった質問をすることによって雄英高校側の失言を引き出し、ネタにしようという魂胆なのだ。
「上空監視用のドローンを増やし、上空からの侵入を早期発見、及び教員の端末に発見報告するシステムを構築し、地上だけでなく上空も含めた敷地内全体のセキュリティ強化をしていくつもりです」
根津の言葉に、記者はニヤリと口を歪めた。狙い通りの答えが返ってきた、という感じだ。
「雄英高校の敷地はとても広大ですが、一体どれだけドローンを増やすつもりか、具体的な数を教えてもらってもよろしいですか? また雄英高校は国立でその資金は国から出されることになりますが、どれだけ導入コストが必要か把握されていますか?」
「その事に関してはまだ今日の午後に出た対策なので、具体的な数やコストはこれから専門家の意見等を交えつつ、決めていきます」
その返答を聞き、記者はもっともらしく頷いてみせた。そう言うしかないでしょうね、と言わんばかりの得意気な顔をしている。
「今回、セキュリティシステムがヴィランにハッキングされたことが被害増大に繋がった一因ですが、それについてはどうお考えですか?」
「セキュリティシステムを見直し、より強固なハッキング対策をしていきます」
「まあ、そう言うしかないでしょうね。さて、次の質問にいきますが、世間の声に関してはどう受け止めていますか?」
「世間の声、と言いますと?」
相澤がそう口にすると、待っていましたと言わんばかりに、記者は口を開く。
「現時点で、そもそも全国屈指のヒーロー校の校長がネズミな時点で、大したセキュリティ対策はできていないと思っていた、という意味合いの投稿がSNSに溢れているのです。その件ですよ」
「……ッ!」
その場にいた根津以外の会見側の人間は、思わず声が出そうになるのをすんでのところで堪えた。ここで感情を表に出してしまったら、それこそここに集まる記者たちの思う壺だ。
しかし、怒りが溢れそうになってしまうのも仕方がない。
記者は禁忌に触れた。
超人社会が始まった当初、異形の姿の『個性』は世間から化け物呼ばわりされ、差別や迫害を受けてきた。それから何十年と月日が経過し、人々は超人社会は成長し続けたと思っている。異形の姿を『個性』として受け入れ、差別や迫害のない社会へと。
だが、それは表向きの話であり、まだまだ内心で異形の『個性』を持つ者を気色悪いとか、差別思考を持つ者は大勢いる。
そういった者たちが、雄英高校校長という輝かしい肩書きを持つ人型のネズミが大失態を犯したことにより、対応批判と合わせてここぞとばかりに異形叩きをしていた。
そういったことについて、雄英高校側は当然知っていた。知っていたが、この場でそこに触れてくるとは想定していなかった。そこに触れることはつまり、雄英高校を徹底的に叩くというマスメディアの意思表示となる。
雄英高校側は、マスメディアが今の日本の現状でヒーローの株を下げるようなことを進んでしてこないだろうと甘い期待をしていたが、間違いだった。むしろこういう時だからこそ、徹底的にヒーローの失態を追及し、ヒーロー社会に警鐘を鳴らすのだ。そっちの方が国民は喜ぶから。
根津は表情一つ変えなかった。そう訊かれた時の結論はすでに出ていた。
「こうなってしまった全ての責任は私にあります。事後処理と警備態勢の再構築が終わり次第、雄英高校の校長を辞職するつもりでおります」
根津以外の雄英高校側の人たちは、根津に会見の場でこんなことを言わせてしまったことへの悔しさで拳が震えた。こんな公の場で言ってしまったら、もう退職は確定したも同じだ。
「最後に、先ほど雄英高校の敷地全てを監視ドローンでカバーすると言われましたが、あれだけ広大な敷地面積を現実的にカバーすることができると本当に思っています? 雄英高校は他のヒーロー校と比べても敷地面積が圧倒的に広いです。生徒の安全を考えるなら、雄英高校の敷地面積を減らすのはどうですか?」
「雄英高校は国立ですので、そういった話は我々だけでは決められません。そういうことも視野に入れ、今後のセキュリティを考えていきます」
相澤はそう言いつつ、そういう切り口でくるか、と内心唸ってしまった。
確かに敷地面積の広さは安全面で弱点になりえる。
問題は、ヒーローとしての最適な教育の場を減らさなければならなくなることや、雄英高校の敷地を買うことができるようになったら、不動産会社や高収入層の土地の奪い合いが発生する可能性が高いこと。
記者がなんでこんな質問をしたのかといえば、単純にヒーロー校格差を問題提起したかったのだろう。一般校レベルの敷地ばかりのヒーロー校の中で、何故か雄英高校だけは圧倒的な敷地面積を与えられている。他にも、ありとあらゆる面で雄英高校は優遇されている。そこが気に入らない人はそこそこいるのだ。
なんにせよ、マスメディアは雄英高校叩きの方に舵を切ろうとしている。その先に何が待ち受けているか、深く考えようともせず。
質疑応答の時間が終わった後、根津はマイクの前で口を開く。
「今後はこのような事態が発生しないよう、警備態勢の強化及びヒーローとの連携を強化していきます。改めて、この度は誠に申し訳ございませんでした」
そう言い終えた後、雄英高校側の全員が一斉に深々と頭を下げた。そうして、謝罪会見は終わった。
今回で80話になってしまいました。構想当初は40話(文字数二十万文字前後、映画にしたら1時間半から2時間くらい)でサクッと完結させるつもりだったのに、なんでこんな事になってしまったのか……。
今は90話までに完結できたらいいなと思って書いてます。
最後になりますが、こんな長編を読んでいただき、ありがとうございます。あと少し、お付き合いしていただけると嬉しいです。