ヒーロー公安委員会のあるビル。
その周辺に
車から武装した佐藤と猿石、霧香、
佐藤たちはビルの入口までやってきた。ビルの入口は当然セキュリティロックがされていて、本来なら入口横のパネルでロックを解除するか、内側から解除することになるが、そこは佐藤。手際良く右手を切断して切断面を入口に押し付け、右手を遠くに捨てながら自殺。死んだ佐藤の体は怜が支えた。再生する部分は再生先を分解して創り出すというルールを使って入口に穴を空け、内側にある制御パネルを操作することでロック解除。約一分足らずで入口を開けた。
「よし、行くよ」
佐藤はビル内に踏み込み、ふと不審に思って振り返る。こういうことを言った後はいつも雄叫びをあげて付いてくるのが今までの流れだったのに、それがなかった。
猿石や、怜、ヴィランの面々は佐藤を凝視してポカンと口を開け、立ち止まっている。
「どうしたの?」
「いや、佐藤さん。今、佐藤さんから黒い粒子がぶわって出てきたんですけど……」
「ああ、実は復活する時は毎回出るんだよ。本当は私にしか見えない粒子なんだけど、スターアンドストライプの『個性』で誰もが見えるようになってるみたいだね」
佐藤はそういえばスターアンドストライプとの交戦後に死んだのは今が初めてだったかと思いつつ、ビル内部が騒がしくなってヒーロースーツを着た人が三人エントランスホールの奥から様子を窺っているのに気付き、戦闘モードへと意識を切り替える。
佐藤は隠れず、堂々とヒーローたちがいるところに向かって歩く。銃すら構えず、まるで知り合いを見つけて近付いていくような気楽さすらその姿から感じられる。
だが、ヒーローたちはそれをチャンスと考えて攻撃しようとはしなかった。佐藤の背後には大勢のヴィランが殺気立っており、飛び出せば集中攻撃の的になることが分かり切っているからだ。
かといってこのままじっとしていても、佐藤の射程に入って攻撃されることは目に見えている。
ここで彼らは、そもそも正義感に駆られて前に出てきてしまったこと自体が間違いだったと気付いた。もっと冷静にこの状況を見極めて、捕まえようとするのではなく、バリケードなどで時間稼ぎつつ応援を待つべきだった。もっとも即興のバリケードなど簡単に突破されてしまうだろうし、ほんの僅かな時間稼ぎにしかならないだろうが。
結局、陽動でビル内部の実力あるプロヒーローたちが大勢釣り出された時点で佐藤の作戦勝ちだったのだ。
佐藤はヒーロー三人が隠れている通路のところまで来た。ヒーロー三人は身をかがめ、怯えるような表情で佐藤を見上げている。彼らは佐藤が来るまでの間にどう行動するべきか決断できず、硬直してしまった。
佐藤はまるで抵抗されることを求めているように、ゆっくり拳銃を三人の内の一人の頭に照準を合わせる。しかし、彼らは特に具体的な行動を取らなかった。人間、結果が分かりきっていると、足掻くことが馬鹿らしくなるものらしい。
佐藤は残念そうに軽く息をつきながら、拳銃の引き金を引いた。乾いた音とともに、ヒーローの一人が倒れる。そこから瞬く間に照準を別のヒーローに合わせ、次々撃ち殺していった。最初のヒーローを殺してからほんの二秒足らずの出来事である。
「佐藤さん、このビルの連中、多少は生かすんだよな?」
「うん。二十人くらいかな? 無力な職員を人質として使うためにね」
怜が佐藤に近付き、声を掛けた。
佐藤は肩越しに怜を見ながら応えつつ、拳銃をリロードするべきか一瞬考え、半分ほどある残弾のマガジンを抜いてリロードする選択をする。残弾のあるマガジンはポーチに戻した。
人質として使う二十人はすぐに拘束できた。侵入による警報が鳴り響いてはいたが、ヒーローを片付けるのにかかった時間はほんの数分であり、仕事中の一般職員が仕事モードから避難モードに頭を切り替え、実際に避難行動して避難完了するのには全然時間が足りなかったのだ。
人質を拘束してから、このビルの制圧速度は格段に上がった。手当たり次第殺していけばよくなったからだ。
このビルはヒーロー公安委員会が持ち主のため、地下には訓練場があり、訓練中のヒーローたちがいる。もちろん今も訓練していたヒーローたちがいて、その中にはHUNTの最後の隊員である念道の姿もあった。彼らはこのビルが襲撃されていることも警報によって分かっている。しかし、襲撃されていることが分かっていながら、彼らは一階に向かうことはできないでいた。
問題は、一階に行く手段がエレベーターしかないことにある。エレベーターに乗って一階に向かっても、扉が開いた瞬間に待ち伏せによる銃撃をされるのは分かり切っている。即席の壁を作っても爆撃されるだろう。
だから、彼らは考えた。一階は制圧されていても、最上階付近ならまだ制圧されてない可能性が高い。ならば、一階ではなく最上階に行こうと。
その決意を胸に、まずヴィランに襲撃されているという情報をHNを通じて伝えた後、焦燥感に駆られながら訓練場にいるヒーローたちは降りてきたエレベーターの扉が開くのを今か今かと待った。
降りてきたエレベーターの扉が開いた瞬間、彼らは襲撃してきたヴィランが愛国者集団であることを悟り、考えが甘かったことを痛感した。
エレベーターの中は十人のヴィランが銃を構えており、その中に佐藤がいる。この時、不用心にエレベーターの前に立っていたヒーロー二人は扉が開くのと同時に一斉射撃によって蜂の巣のように穴だらけとなって倒れた。
「佐藤……!」
念道が怒りに燃えた目で佐藤を睨み、アサルトライフルを念力で浮かせ、撃たせながらエレベーターの正面にもっていく。そうしつつ、念道は横っ飛びで続くヴィランの銃撃を回避しつつ、自らアサルトライフルをエレベーターから出てくる佐藤たち向けて構え、連射。その弾丸全てが佐藤に命中した。というより、佐藤自身が背後のヴィランたちの盾となって弾丸を受け止めたといってもいいだろう。その間に佐藤の身体の隙間から銃が突き出され、周囲に散らばっているヒーロたちに銃撃を開始。エレベーターが開いた先が廊下ということもあり、厚みのある銃撃はヒーローたちに効果的だった。
念道のサイコキネシスで銃撃させていたアサルトライフルは即弾切れとなり、念道自身、銃撃にさらされ遮蔽物に押しやられている。念力を使うにも、全員を止められるようなキャパは無い。
エレベーター前の攻防は最初の奇襲もあって愛国者集団が優勢であり、ヒーローたちは次々に撃ち殺されていった。佐藤が復活してからは、完全にその場を愛国者集団が支配した。
念道はこの場の主導権を完全に奪われ、もう取り戻せないと悟ると、訓練場の方へ全速力で戻り始める。訓練場には物資が潤沢にあり、それを愛国者集団に奪われたらより厄介なことになるからだ。
念道のその考えを読んだ残り少ないヒーローたちは念道の逃走を援護する動きに切り替える。自らの命を省みず、『個性』でヴィランたちを妨害した。その代償は彼ら自身の命だったが、念道は訓練場にたどり着き、ロックを解除し、入ることができた。
部屋に入ったらすぐに扉をロックし、念道は全ての時限爆弾を起動した。それから念力を使い、銃の入っている全ケースを一気に空ける。次に念力で銃身だけを集め、爆弾のところに移動させた。その後、念力で全弾薬ケースを開き、全ての弾薬も爆弾の近くに集める。最後に全ての爆発物を浮かせ、爆弾のところにもっていく。爆発物のピンは念力により、いつでも抜ける状態。
──これでここの物資は処分できる。別の場所にも物資はあるのが悔しいけど。
念道は訓練場にある障害物の陰に隠れながら、弾切れになったアサルトライフルをリロードした。この場所なら、運が良ければ爆発をやり過ごすことができるだろう。もし生き残ることができたら、最後の一発まで戦い、ヴィランを殺せるだけ殺してやる。
起動した全爆弾の規則正しいピッピッという音。念道は腕時計で起爆時間になる五秒前、全ての爆発物のピンを念力で抜き、防音ヘルメットを被って目を閉じる。
ヘルメットから直接伝わってくる激しい振動と爆発の衝撃波と熱波。それらが念道を襲い、念道は遮蔽物とともに背後に吹っ飛んだ。
◆ ◆ ◆
佐藤は遠くに念道の後ろ姿を見て、念道の逃げる部屋の中もほんの一瞬確認できた。そこが明らかに広い空間であるため、訓練場だと確信した佐藤は、念道が急に逃走した理由を悟った。
──あの中は訓練場だね。敵に物資を渡さないようにしたいのかな?
だが、訓練場だけに物資が集中して置かれている可能性は低い。必ず他の保管場所があるだろう。
佐藤は振り返る。三人、味方のヴィランが念道の銃撃により、廊下に血溜まりを作って倒れていた。
「あのヒーローはほっといていい。あの部屋以外の制圧を優先して」
「了解」
「私は上に行くよ」
佐藤はヒーローとヴィランの死体が転がっている廊下を引き返し、エレベーターに乗る。そこで地震のような振動が佐藤のところまで伝わってきた。佐藤は知る由もないが、訓練場での爆発の余波である。
それは戦場で幾度となく感じてきたものであり、懐かしさと同時に戦闘が本格的に始まった高揚感が込み上げていく。
微かに笑う佐藤の姿が、エレベーターが閉まるにつれて見えなくなっていった。
◆ ◆ ◆
猿石は十二人のヴィランを引き連れ、事前の情報収集で分かっていたオペレーター室に向かっていた。地下に関しての情報は出ていなかったが、地上の階に関してはある程度の情報が出ていた。
オペレーター室も厳重なロックがされていたが、猿石が端末を認証パネルに繋ぎ、ハッキング。ほんの数分足らずで扉のロックが解除され、扉が開く。
扉が開いた瞬間、左右から女が金属製の棒を振り下ろしてきた。猿石が驚き、尻もちをつきそうになる。と同時に、猿石の後ろにいた霧香と別のヴィランが前に出て金属製の棒を持つそれぞれの女を取り押さえた。
他の十人のヴィランが次々にオペレーター室に入り、室内にいる武装した女たちに襲いかかった。彼女たちはその手にそれぞれ武器らしき物を握っていたが、武器と呼ぶにはあまりにも心細い。その辺にある物をとりあえず手に持っただけであり、ヴィランにしてみれば怖さなど微塵も感じなかった。
彼女たちもあっという間に取り押さえられ、床に押し付けられる。
猿石は制圧されたのを確認してから、オペレーター室に踏み込んだ。
オペレーター室には正面に大量のモニターがあり、全てのモニターがそれぞれ違うものを映している。それと、大量のパソコンに換気ファン、エアコン、サーキュレーターなどの冷却設備。
猿石はその内の一つのパソコンの前に立ち、端末を接続。あっという間にパスワードロックを突破し、パソコンを調べていく。
「さすがヒーロー公安委員会のパソコン。性能が僕のとは段違いだ」
見ていく限り、オペレーターがいなければ駄目そうなところは無い。
猿石は肩越しにオペレーターを取り押さえているヴィランに顔を向けると、右手を挙げる。それを合図に、ヴィランたちがそれぞれの持つ武器でオペレーター全員を一斉に殺した。
猿石はそれを一切見ず、目の前のパソコンの操作に没頭している。
パソコンの中にはこのビルの詳細な見取り図のデータがあった。
「サーバールームはここで、物資の保管室はここか」
猿石は佐藤に保管室の正確な場所を伝えた後、パソコン前の椅子に座り、両手でキーボードを凄まじい速さで叩いていく。
それから持ってきていた記憶装置を差し込み、操作。
思った通り、このパソコンから
──仕込みはずっと前からしてる。
そう。佐藤さんが銃の有効射程を調べていた頃、捕らえた複数のヒーローのHNアカウントを奪った時から。HNでヴィランの情報を出し、その情報の詳細を知ろうとリンク先に飛んだ瞬間、その端末はコンピューターウイルスに感染するようにしてあったのだ。
今ダウンロードしたウイルスの命令により、それらのウイルスも一斉に動き出す。HNがコンピューターウイルスによって許容範囲を遥かに超える高負荷を掛けられたことによりサーバーダウン。
HNの管理者画面がエラー画面に切り替わった。
「もうHNは使えないよ。どうする、ヒーロー?」
猿石は隣のパソコンに移動し、パスワードロック解除。再びキーボードを叩く。
次にするのは交通管制のハッキング。ここにあるパソコンの性能があれば、後は自分の技術次第。
──やってみせるさ。
僕はこの誰でも手に入れられる技術を『個性』にすると決めたのだから。
◆ ◆ ◆
ヒーロー公安委員長はデスクに座り、目を閉じている。
やがて扉の開閉部分に腕が生え、その腕が抜かれたら一気に扉が開け放たれた。武装した佐藤が入ってくる。
佐藤は部屋を見渡して何もないことが分かると、つまらなそうにヒーロー公安委員長を見た。
「逃げなかったの? 拍子抜けだなぁ」
「このビルの責任者が逃げるわけないでしょう。悪が相手なら尚更ね」
ヒーロー公安委員長は目を開き、佐藤を見据えながらデスクの下で拳銃を握りしめている。
「ちなみに、ヒーロー公安委員会のメンバーの生き残りはキミだけだよ。他は全員殺した。殺す気はなかったんだけど、殺せる機会があったから気が変わっちゃった」
ヒーロー公安委員長はその言葉を聞きながら、佐藤への憎悪が増した。拳銃を握りしめる両手が怒りで震える。
「ヒーローは必ずお前に勝つ。私はそう信じる!」
ヒーロー公安委員長は勢いよく立ち上がりながら、拳銃を両手で構える。その瞬間、ヒーロー公安委員長の額に銃弾が撃ち込まれた。ヒーロー公安委員長はそのまま力なく椅子に崩れ落ちた。
佐藤はつまらなそうな表情のまま、椅子にもたれ掛かっているヒーロー公安委員長に近付き、マチェットナイフで首を切り落とした。ヒーロー公安委員長の頭が椅子の傍に転がり落ちる。
「この頭、ヒーロー公安委員会のメンバーたちの頭と一緒に並べといて。後で動画撮るから」
佐藤はヒーロー公安委員長の頭を扉付近にいるヴィランに向かって放り投げる。血の線を引きながら放り投げられた頭を、ヴィランが血の気の引いた顔をしながら両手で受け取った。
「そろそろ迎撃準備の時間かな」
佐藤は最上階の窓から下を見つつ、そう呟いた。米粒のような大きさだが、明らかに一般人ではない動きをしている連中がいる。
佐藤は窓を開け、身を乗り出してアサルトライフルを構え、彼らに対し射撃を開始した。