刑務所搬入ゲート向かいの建物の屋上。二人のヴィランが刑務所の方を双眼鏡で監視している。彼らは
彼ら十人は佐藤から応援に来たヒーローの監視とヒーローの対処を依頼されたヴィランたちだ。佐藤は金払いがいいため、彼らは真面目に依頼をこなしている。
そんな彼らの頭上を一瞬で通り過ぎ、十五メートルの高さがある刑務所の外壁に人影が着地。その人影を双眼鏡で見て、双眼鏡を構えたヴィランの顔から血の気が引いていく。
双眼鏡から手を放し、すぐさま携帯を取り出して電話。もちろんその相手は依頼主である佐藤だった。
佐藤が搬入ホームへ続く通路を歩き、その後ろに丸井、沙紀、
『佐藤さん! ヒーローの応援が来た! あのミルコだ! ミルコが来たぞ!』
「ミルコ……上位プロヒーローだったね。たしか個性は『兎』だったかな」
『佐藤さん! 俺たちの援護は!?』
「君たちはバイクと車が用意してある場所までの退路確保を頼む。次連絡した時が合図だ」
『分かった!』
佐藤は電話を切り、アサルトライフルを迷わず
「ミルコってマジ……?」
沙紀が不安そうに訊いてきた。佐藤は頷く。沙紀は頭を抱えた。
「ガチヤバいってぇ……。あたしたちオシマイかも……」
「ならここで縮こまって、ヒーローに捕まるのを待つかい? 別に私はそれでも構わない。囮がいた方がチームの生存率は高まるからね」
ゾワッとしたものが沙紀のつま先から頭まで駆け抜けていく。それはついて来れない者を平然と切り捨てる佐藤への恐怖と、自分を侮られたことへの怒りだ。
「あたしをナメんなよ、おっさん! 上位プロヒーローだろうが知るか! 絶対逃げてやる!」
「その意気だよ」
佐藤は沙紀の悪口を軽く流し、笑みを浮かべる。てっきり口論になるかと思っていた沙紀は拍子抜けして息をついた。
「体験版ってあるよねぇ。本編のゲーム発売前に過程をすっ飛ばして本編のボスと戦えたりするヤツ」
「え? なんの話?」
急に話題を変えた佐藤に、沙紀は訊き返す。
「本編のゲームの前に、ちょっとだけ体験版を遊んでみようかなって思ったんだよ」
佐藤の言葉で、佐藤の後ろを付いて歩いている他の四人は直感した。佐藤はミルコと戦う気だと。
「さて、兎狩りといこうか。ただし、この場からの撤退が最優先なのは忘れずにね」
佐藤はアサルトライフルを構え直した。
ミルコは刑務所の外壁の上から、刑務所全体を見下ろす。ミルコが探しているのはヴィランの侵入ルートである。慌ただしく建物から出てくる人々。反対にヒーロースーツを着たヒーローたちが建物に入っていく。刑務所の外壁に損壊は見られなかったから、どこかに侵入の形跡がある筈。ミルコは一瞥でそこまで思考し、搬入ホームのトラックの側で倒れている人に気付くと、そこ目掛けて一気に跳躍。
ミルコは一目でトラックの横に倒れているヒーローが手遅れと分かり、舌打ちする。そこでほんの微かな足音を聞き、ミルコは反射的にその場から跳びずさった。その一瞬後、ミルコの頭があったところを銃弾が通り過ぎ、トラックのサイドミラーを破壊。
ミルコがトラックを遮蔽物にし、トラックの残っているサイドミラーをもぎ取る。そのサイドミラーで銃声がした方を映し見た。帽子の男が扉付近で銃を構え、他にも四人が搬入ホームの柱に隠れてこちらを窺っている。ミルコは彼らの名前など知る由もないが、佐藤たちの五人である。
──襲撃してきたのは五人っつってたな。てことは、あいつらがそうか。
ヴィランの位置を全て把握したミルコは即行動を起こした。まず斜め前に跳び、柱を遮蔽にしつつ柱を蹴って壁に行き、そこから佐藤に一気に突っ込んだ。そのまま蹴り飛ばす。佐藤は通路の方に転がっていく。そこで、ミルコは横腹に痛みを感じた。佐藤がいつの間にか拳銃を握っていることに気付く。どうやら蹴られる瞬間、相打ち覚悟で拳銃を撃ったようだ。だが、胸の骨を折った感触が足に残っている。もう動くことも辛い筈だ。
──あと四人!
ミルコは近くにいる針間にターゲットを変更し、蹴りかかった。そこで、通路から銃声が聞こえた。
佐藤は倒れたまま、握っている拳銃をこめかみに当て、発砲。黒い粒子に包まれつつ、立ち上がる。
──速いね。よけるのは難しいな。
佐藤はアサルトライフルを構え、針間に蹴りを入れて壁に打ち付けているミルコに撃つ。が、ミルコは撃たれる直前、針間に追撃せずにその場から遮蔽がある場所へ移動した。
──あの位置から私が扉のところまで来た足音が聞こえたのか。兎なだけあって、耳が良いのかな。
一方、ミルコは佐藤が平然と動いていることに驚いたが、個性が『再生』だと直感した。そして、だからこそ銃という武器を使っているのだと納得。しかし、だとしたら『再生』が早すぎる。まるで『超再生』の個性を持っていた脳無という怪物のようだ。
ちなみに脳無とは、オール・フォー・ワンのヴィラン連合が作り出した改造人間であり、オール・フォー・ワンに個性を複数与えられた反面、死体を元にしているため自我が乏しい。
ミルコの右横にいた沙紀が指先を向け、爪を伸ばす。ミルコはそれを完全に見切り、紙一重で避けながら沙紀との距離を一瞬で詰めた。
「ひえっ……」
恐怖の表情に歪む沙紀。だがミルコは攻撃を止め、そこから退避した。瞬間、銃弾が目の前を通り過ぎる。ミルコはトラックの上に着地し、表情に不機嫌さを滲ませた。
──ウッゼェな。
もし今女を攻撃していたら、その一瞬の隙で撃ち抜かれていただろう。射撃そのものは銃口の向きに気を付けておけば脅威でもなんでもないが、横やりが鬱陶しい。かといって、銃持ちの帽子男はほぼ確定で個性が『超再生』。起き上がれないくらいのダメージを与えたところで無駄に終わる。
「針間君、大丈夫かい?」
「ああ。けど、やっぱつえーぜ」
「ダメージは通るから狩れるよ」
佐藤は扉の前から柱まで移動し、携帯の発信ボタンをタップ。画面が発信中になったことを確認すると、携帯をしまう。後方の増援に気を取られて銃口から一瞬でも気を抜いたら、ミルコの頭を撃ち抜く。そういう計算である。
「私を狩るだと……? 随分とナメたこと言うじゃねえか!」
佐藤たちの会話が聞こえたミルコは怒りで顔を赤くした。ミルコの横腹からは血が滲み出ているが、そんなもの気にも留めてない。
そこでミルコは後方から複数の足音を聞いた。ここからの判断力はミルコが上位プロヒーローでいられる一つの強みであることは間違いない。ミルコは足音を聞いた瞬間に後ろを確認せず、前方の扉目掛けて跳んだ。跳んだ衝撃でトラック上部が潰れる。ミルコはどちらにせよ最前線に行けば、ヒーロー側なら挟み撃ちにできるし、ヴィラン側でも挟み撃ちされるリスクを無くせると足音を聞いた一瞬で判断したのだ。ただ一つ誤算がその判断にあったとするなら、佐藤がわざと通路前から柱に移動して通路に逃げやすいようにしていたことに思い至らなかったことだ。
ミルコは通路に体を滑りこませると、通路の扉を遮蔽にしつつ、手に持つサイドミラーで後方からの増援がヒーロー側かヴィラン側か確認しようとする。が、そのサイドミラーは佐藤の銃撃により破壊され、サイドミラーを銃の衝撃で落とした。ミルコは舌打ちする。
佐藤は他の四人に逃げろとハンドサインで指示しつつ、佐藤自身は通路の方にアサルトライフルを構えたまま近付く。佐藤はミルコの耳の良さを逆手に取り、ミルコほどのプロヒーローならばあの場で残って戦うという愚を犯さないと予想し、通路という狭所に押しやってミルコの驚異的な機動力を封じようと考えた。味方の退路を確保しつつ、こういったことを狙えるのは佐藤の冷静な判断力のおかげだ。
ミルコは近づいてくる足音と逆に遠ざかっていく足音を聞き分け、直感で連中はもう刑務所に用は無いと分かった。
佐藤は通路の扉に向かって、アサルトライフルを連射。銃弾は刑務所の扉なだけあって貫通はしなかったが、扉にめり込んだ。
ミルコはその挑発的な行動にイラつき、銃撃が止んだ瞬間に扉から身を乗り出し、リロードしようとしている佐藤に襲いかかる。だが、それは佐藤の罠だった。リロード動作はミスディレクション。そちらに注目させつつ、死角となっている手にはM八四スタングレネードが握られており、ミルコが飛び出したと判断した時にはスタングレネードは床に投げられていた。ミルコは途中で自分の体の勢いを殺すこともできず、スタングレネードを蹴り飛ばす余裕も無い。
そこからはミルコにとってスローモーションに見えた。スタングレネードを投げた佐藤はそのまま拳銃を抜く。その銃口をこっちに向けられるかと思いきや、ミルコの予想に反して拳銃は佐藤の顎の下に突きつけられた。
──なんだコイツ……!?
ミルコが真っ白な閃光ととてつもない轟音で包まれる瞬間の最後の記憶は、凄絶な笑みを浮かべながら拳銃の引き金を引き、頭がのけぞった佐藤の姿だった。
「がッ、耳が……!?」
至近距離でスタングレネードをくらったことによる視覚と聴覚の一時的な喪失。とりわけ聴覚の喪失はミルコにとって初のことだった。そしてここでも、ミルコの動物的な危険予知が冴える。普通に考えれば、帽子の男は死んだ。だが、死ぬ直前に個性の『超再生』が発動するのだとしたら、帽子の男はまだ生きているかもしれない。ミルコは常に最悪な状況を想像し、それに対して的確な行動を取り続けてきた。だからこそ、上位プロヒーローに君臨することができる。
ミルコは視覚と聴覚を失った状態で、思いっきり後方斜めに跳んだ。体がぶつかったら方向を変え、また全力で後方に跳ぶ。そうやって通路のそこら中に体をぶつけながら、射線を絞らせないようにしつつ、通路の奥に逃げた。
一方、佐藤はスタングレネードの爆発と同時に拳銃で死ぬことにより、亜人の能力でスタングレネードの効果を無力化。アサルトライフルのリロード動作を改めて挟み、通路を猛スピードで逃げるミルコに向かって連射。ミルコが速すぎて照準が追いつかないため、弾幕を張ることで少しでもダメージを与えることを重点に置いた。無論佐藤は棒立ちして撃ったわけではなく、ミルコを走って追いかけながら撃っている。
ミルコは腕、脚、肩に被弾しつつも、通路の突き当たりまで辿りつき、そこから右に跳んで部屋に跳び込んだ。手探りで金属製のデスクを見つけ、それを遮蔽物にして体を隠す。そこから数秒後、ようやく視覚が戻りはじめ、同時に自分が跳び込んだ部屋の中で四人の人間が床に倒れて死んでいるのも見えてきた。
「クソどもが……ッてててッ!」
ミルコは怒りつつ、被弾箇所を確認。右肩、左太もも、右腕、右横腹の四箇所。致命傷ではないから、まだまだ戦える。少なくとも、この時はそう思っていた。
ミルコが遮蔽物に隠れつつ通路を覗いた時、佐藤が何かを部屋に向かって投げていた。
佐藤は通路の突き当たりに近付くと、M六七破片手榴弾をポーチから取り出し、通路の右を覗き見した時に特徴的な耳が警備室の中から見えたことで、手榴弾のピンを抜き、警備室目掛けて投げた。投げた瞬間、佐藤は更にミルコを追撃するためIBMを使用。佐藤から溢れた黒い粒子が異形を形作り、手榴弾が投げこまれた警備室に向かって駆け出す。そのIBMの動きに反して、佐藤は通路を引き返し、搬入ホームに向かって走り出した。後の戦闘はIBMに任せ、本来の目的の刑務所から脱出することを重視したからだ。
佐藤は走りながら、アサルトライフルをリロード。佐藤の表情はとてもにこやかであった。
ミルコは佐藤が投げてきた物体が爆発物であると理解した瞬間、行動。手榴弾が室内に入ってきた時、ミルコは天井を蹴りで破壊し、室内から抜け出した。同時に手榴弾の爆発が室内を吹き飛ばし、天井すらも破壊した。ミルコは二階に逃げた後も移動し続けたため、間一髪で手榴弾の爆発から逃れることができた。
「あの帽子男、ふざけやがって! あー、あー……耳も大分回復してきたな」
自分の声が聞こえることを確かめ、ミルコはひとまずホッと息を吐いた。聴覚があるのとないのでは、安心感が違う。
ミルコは崩れた天井の端から顔を出し、佐藤がいないかどうか確認。いないことが分かると、再び室内に下りた。床にあった四人の死体は爆発で見る影もないほどグチャグチャになっている。
──あの帽子男、ぜってぇ許さねえ!
ミルコは通路に向かって歩き出そうとするが、微かな音に耳が反応し、足を止める。微かな音の出処は室内の右端からで、音が鳴りそうな物は何も無い。にも関わらず、微かな音が規則的に鳴り、そして近付いてくる。
──なんかいやがるな。
『個性』が当たり前の能力社会で生きてきたミルコにとって、違和感をそのまま放置するなんてことは有り得ない。ミルコは注意深く音が鳴った方を凝視し、五感を研ぎ澄ませる。唐突に微かな音が足音になり、凄まじい速度で接近してきた。視界には何も映ってない。だが、音は近づいてくる。ミルコは音がする方に向かって思いっきり蹴りを入れた。それは聴覚が優れたミルコだからこそできた反応だったのだろう。ミルコは何かを粉々にしたような感触を足で感じ、そのまま突き抜けた。ミルコには見えないが、ミルコの蹴りはIBMの腹部を破壊し、IBMを貫くようにミルコの体は抜けたのだ。
ただそこでも、ミルコの驚異的な危険予知能力が冴える。ミルコは粉々にした感触というのがどうにも引っかかった。明らかに人間を蹴った感触ではなかったからだ。
故に腹部を復活させ、ミルコの背後から鋭い爪がある手を振るうIBMの攻撃を、ミルコは跳ぶことで回避。爪が背中を僅かに抉りはしたが、重傷にはならなかった。ミルコはそのまま空中で回転し、踵落とし。その攻撃はIBMの頭部から腹部まで真っ二つにした。感覚器官の役割を担っている頭部の喪失により、異形は形が保てなくなり、黒い粒子に戻って空気中に溶けるように消えていった。
一切の音が聞こえなくなった室内。ミルコは聴覚を研ぎ澄ませて、何かしらの動きがあるか注意する。しばらく何も音が無かったことで、あの透明な何かは消えたと判断。
「どいつの『個性』だよ、今の。どっかに他のヴィランが隠れてるのか?」
だが耳を澄ませても、遠くの方の音しか聴こえない。それとも遠く離れていても問題無い能力なのか?
ミルコが今の透明の個性について思考を巡らせていると遠くの音が近付いてくるのが分かり、通路の向こうからヴィランたちが大勢駆けて来ているのが見えた。これを見てしまったら、帽子の男の追跡など考えず、あのヴィランの集団を捕まえなければならない。
ミルコは体から血を流しつつも獰猛な笑みを浮かべ、ヴィランの集団の中に跳び込んだ。
佐藤はIBMのリンクが切れたのを、バイクのエンジンをかけようとしている時に感じた。この時点で佐藤は武器をバッグにしまっている。
──狩りきれなかったか。さすが上位プロヒーロー。ゲームスタートがより楽しみになってきたよ。
佐藤は逃走用のバイクに乗り、静岡の仮拠点ではなく、東京の拠点を目指して走らせた。