ロマンシング・サガ-ミンストレルソング- 真実への選択 作:ナタタク
ドライランドの南に位置する王国、ローザリア。
かつてはバファル帝国の領地の一つであったが、100年前に独立した。
サルーイン討伐とほぼ同時に誕生したというバファル帝国だが、たとえ1000年以上、永遠に思えるほどの時を存続し続けた国や秩序もほころびが生まれることからは避けられない。
圧倒的な軍事力を後ろ盾とし、それによって各地で生まれる独立の機運を抑えてきたが、ローザリア東部に存在する巨大な湖であるクリスタルレイクからもたらされる豊かな水資源によって発展したローザリアが真っ先に独立を主張し始めた。
それに対してバファル帝国は長きにわたる繁栄の中で、特権階級と化した貴族たちや皇族、そして皇帝や皇族に娘が正室や側室に迎えられたことで出世した外戚による内部対立が起こり、衰退を始めていた。
衰退するバファル帝国と発展していくローザリア。
独立戦争最大の戦闘といわれるイスマス城塞の戦いで帝国軍は独立軍との戦いに敗れ、その後で結ばれた講和条約により、ローザリアは独立を手にした。
独立戦争の中で大きな活躍を見せたのがクリスタルレイク近郊に領地を持っていた諸侯であるナイトハルト家で、その家の軍隊は黒い鎧を身にまとっていた。
これがローザリア王国、そして王族ナイトハルト家の始まりだ。
かつてナイトハルト領であった場所は現在は首都クリスタルシティとなり、今なお発展を続けている。
そのクリスタルシティに北からやってきた騎士たちが入ってきて、彼らと彼らが輸送しているものに人々は注目する。
中央を進む荷馬車によって運ばれているのは、ライトが斬り落としたパイロヒドラの首だ。
城内にある広場に運び込まれるパイロヒドラの首。
既にこと切れたその首の周りで騎士は待機し、正面の扉からやってくる主を待つ。
やがて扉が開き、そこから漆黒の鎧姿とは不釣り合いな、金色の透き通った長髪と純白の肌の男が護衛の黒い鎧の騎士と共にやってくる。
主の登場に騎士たちはひざまずき、男は彼らを見渡す。
「大儀である。それで、この首の持ち主がウソを襲った魔物だというのだな?」
「ハッ、生き残った衛兵の証言によれば、真夜中になり、突然街中で姿を現したとのこと。どのようにして侵入したかについては現在調査中ですが、何も…」
「そうか…。何者かが意図的に入れたとしか言いようがないが、それでは犯人を見つけようもないということか。首を切り落とした後のパイロヒドラの追跡はどうなった?」
「逃走した魔物の追跡を行いましたところ、ウソ南西のカクラム砂漠で死体を発見しております。しかし…」
「しかし?」
「切り落とされた首の部分は再生しておらず、死体についてはほぼミイラの状態となっておりました。専門家の確認を取ったところ…死後3週間以上経過したような死体であると…」
ウソでの騒動の後、増援の騎士の一部がパイロヒドラが逃げていったカクラム砂漠を捜索した。
カクラム砂漠はドライランドの北半分を占める巨大な砂漠であり、そこはいくつもの流砂があり、砂嵐も激しいことから熟練の冒険者ですらその地域を旅することを躊躇する。
わざわざそのような道を通らずとも、既にウソとノースポイントの間には道が存在することからこの砂漠に入るのは魔物かかなりのもの好きくらいだ。
その砂漠に騎士は入り、パイロヒドラを探した。
街中で突然現れたこともあり、奇襲を警戒し続けていたが、その調査は思いのほかあっさりと終わってしまった。
砂漠に入って数時間も経たずにパイロヒドラの死体を見つけたからだ。
そんな死体が、砂漠にあったとはいえ3週間以上死後経過したかのようなものになるとは到底思えない。
(既にパイロヒドラは死んでいて、限定的に何者かが目覚めさせた、か…。だが、今の術法にはそのような外道なものは…)
「そして…もう1つ、このパイロヒドラの首をはねたのは騎士ではなく、一介の冒険者でした」
「冒険者…?素性はわかるか?」
「はい、その者から話を聞いたところ、名前はライトという男。タラール族の元で世話になっていると。それ以外は、何も…」
「そうか…タラール族か…」
ふと、ナイトハルトの脳裏にこっそりとクリスタルシティを抜け出し、カデサステップで馬を走らせている時に助けた少女の姿が浮かぶ。
族長ニザムの孫娘であることは彼女を保護してクリスタルシティに戻った後で知り、女中の話では初めて入った風呂では熱い感じに違和感があり、泳ぐそぶりを見せていたという。
保護した彼女を返すことを名目にタラール族のキャンプを訪れ、そこで面会したニザムにはタラール族をローザリアの保護下に入れることを約束させている。
「(パイロヒドラの首をはねた冒険者か…素性のわからぬ男がわが保護下の部族の中にいるとなると、一度確かめねばならんな…)その冒険者の話、まだ分かる範囲でいい、詳しく説明してくれないか?」
「…!!クシュン!!ああ…」
「もう、ライトー。風邪ひいたのー?」
「んー…っていうより、なんだか僕のこと、誰かが噂してたような…」
ムズムズとかゆみを感じる鼻を人差し指でさすった後で、目の前に倒れているストレイウルフに剥ぎ取り用のナイフを差し込む。
その様子を見るアイシャはそのライトが言う噂でウソでの出来事を思い出す。
海賊であるホークと彼の副官であるゲラ=ハの助けがあったとはいえ、それでもパイロヒドラの首を落としたことはウソですっかり評判になった。
生き残った人々から次々と感謝の言葉をかけられ、その時のライトは照れ臭そうに笑っていたのを覚えている。
そんな彼といつもの能天気な彼を知っているからこそ、アイシャには戦っている時の彼の姿とのギャップを覚えた。
何もしゃべらず、最小限の動きで効果的な一撃を浴びせる彼からは恐れのようなものを感じた。
なお、パイロヒドラとの一件についてはキャンプにも伝わっていて、これを機にライトには男たちと一緒に狩りに行くなど、戦いの方面でタラール族に貢献していくことになった。
炎の術法だけでなく、手に入れた刀(本来の持ち主である商人からパイロヒドラ戦後に正式に購入)や術法屋で新しく習得した魔術も使い、すっかり頼られる存在になった。
今こうしてアイシャと2人で外出するのは久しぶりのことで、今日は魔物を退治しつつ、ドライランドの探検をしていた。
「うー-ん…どうしてライトってこんなに術法って使えるんだろー…」
ライトが戦っている様子を見たこと、ドライランドで魔物に襲われた際に何もできなかったことから自分も戦えるようになりたいと思ったアイシャはその第一歩として、ウソを出る前に術法屋で魔術を少しだけ教えてもらった。
電撃を放ち、それによって時には相手の術の発動を妨害できるエナジーボルトと武器に魔力を送り込んで力を高めるウェポンブレスと逆に防具に魔力を送り込むアーマーブレス。
ライトも覚えたその術法を先ほどの魔物との戦いで使おうとしたが、一度もエナジーボルトを当てることができなかった。
「ライトって、何か特訓とかしてるの?魔術を覚えた後とか」
「特訓?うーん…そんなことしてないよ。それに、特訓とかって苦手だし」
「特訓苦手って…」
「ちょっとずつ慣れていけばいいんじゃないかな?だって、魔術を覚えたって言っても、そもそも術法そのものを使うのって初めてなんでしょ?だったら心配ないって」
解体した魔物の肉などを袋に納め、出発準備を終えたライトが再び馬に乗る。
「さあ、肉は手に入ったから戻ろう。もう日も暮れるし」
手綱を握ったライトは馬をキャンプのある方角に向けて走らせる。
その後ろ姿を見たアイシャはどこか納得がいかないような顔を見せつつ、追いかけ始めた。
確かに最初からある程度術法が使えることはこれまでの行動の中で証明していて、複数の属性の術法が使える術士が存在することもアイシャは知っている。
だが、一つの術法を完全に使いこなした術士が新しい属性の術をすぐに使いこなせるかというと、そんなに簡単な話ではない。
炎の術のスペシャリストが新しく土の術を覚えたとしても、それを完全にものにするには長い時間がかかるという。
だが、目の前のライトは術についてはかなりのセンスがあるというのか、覚えたばかりのエナジーボルトを馬に乗ったまま魔物に向けて放ち、命中させる芸当を見せた。
おまけにパイロヒドラ戦でも見せたように、刀も使いこなしている。
うらやましいと思う反面、どこか違和感も感じてしまうのも確かだ。
日が完全に沈みかける中で、ライトとアイシャの視界にキャンプの影が見えてくる。
「かなり遅くなっちゃったなぁ。ニザムさんが心配してなきゃいいけど」
「大丈夫!ライトが一緒なら安心だって、おじいちゃん言ってたし!」
「だからって…あれ??」
キャンプに近づくにつれて、何かいつもとは違う感覚を覚えたライトはキャンプの入り口を注視する。
夜が近づくと、キャンプの守りのためにたいまつを持った男2人組が出てきて、夜明けになるまで交代で見張ることになっている。
ライトも何度か見張りを任されたことがあり、日の傾きから判断すると既に最初の組が見張りについてもおかしくないはずだ。
だが、本来ならいるはずの、もしくは配置につくためにやってくるはずの見張りの姿が見えない。
「おかしい…まだ来ていないのかな??」
魔物が狂暴化しつつある昨今、この見張りについてはニザムから口を酸っぱくして言われているはずなのにと思いながらキャンプに入る。
入った瞬間、ライトは感じていた嫌な予感の正体を目撃することになった。
「なんで…」
「あれ…みんな、みんな…どうしたの…??」
馬から降りたアイシャはキャンプの中央で煌々と燃える篝火が照らす中、周囲を見渡す。
聞こえてくるのは風と火の音、そして馬の鳴き声だけで、ライト以外の人の声が聞こえない。
聞こえないというよりも、この真夜中のキャンプに人の姿が見えず、気配すら感じない。
「おじいちゃん、みんな!!どこ!?どこにいるの!?」
誰もいない今の光景がアイシャにとっては悪い冗談に思えた。
朝は誰もがあきれながらも笑顔で見送ってくれたのに。
当たり前に会えたニザムやタラール族の仲間。
みんな顔見知りで、その覚えている顔を一つも見ることができない。
いくら呼んでも現れる様子がなく、たまらずアイシャはそこら中のテントの中を探し回る。
「どうなっているんだ…?」
さすがのライトもこの異様な光景にじっとすることができず、まずは篝火付近の見やすい場所から探りを入れる。
椅子替わりの丸太には食べかけのパンとスープが残っていて、スープはすっかり冷めているが、こぼれた形跡がない。
(パンとスープ…冷え具合を見て、昼ごはんかな?争ったような形跡も見えない。あとは…)
次の目に入ったのは地面で、腰につけてあるランタンに火をつけると、それで足元から探り始める。
あれだけの人数が一斉に消えた、仮に移動をしたとなると、多くの足跡が残っていてもおかしくない。
目を閉じて深呼吸をした後で再び目を開き、地面をしらみつぶしに確認する。
(足跡はどれも普通だ。大人と子供混じっているけれど、浅いものばかり。逃げるときのものじゃない。まるで、いつも通りに過ごしている中で突然いなくなった…神隠しみたいな感じだ)
少なくともわかったことは、ここを調べても手掛かりがつかめないことだ。
アイシャが入ったニザムのテントに入ったライトが見たのは肩を落としたアイシャの姿だった。
ニザムのテントの中も、外と変わらず日常の風景そのもので、ただ本来いるべきニザムの姿がないことだけが違っていた。
「みんな…いない…どこに行ったの…?」
「アイシャ…」
「どうしよう…どうしたらいいの??」
震えるアイシャの手をライトが優しく握る。
どうしてこのような状況になったのかはライトも理解できない。
だが、やるべきことはわかっている。
「探しに行こう。一緒に」
「ライト…」
「アイシャもみんなも、記憶のない僕を助けてくれたんだからさ。だから…恩返しになるかわからないけど、一緒に探せば、探そうとすれば、いつか必ず見つけられるよ」
あまりにも無責任で、能天気な言葉だなとライトでさえ思えてくる。
だが、それでもアイシャを笑顔にし、前へ進めるようにしたいという思いは本当だ。
「うん、ありがとう、ライト。そうだよね…探せば、もしかしたら…」
「となるともう少し手掛かりを…うん???」
カチャリ、カチャリと足音が聞こえ、ライトは腰にさしてある刀に目を向ける。
驚くアイシャに顔を向け、人差し指を自分の唇に当て、うなずく彼女の姿を見た後でゆっくりとテントから出る。
音が聞こえた方向、キャンプの出入口に目を向け、刀に手を置いた状態でゆっくりと歩を進める。
「誰なんだ!?そこに…いるのか!?」
声を上げ、そばにあるたいまつを左手でとって目の前を照らす。
そこには黒い鎧を身にまとった何者かの姿があった。
鎧の人物は背中にさしてある黒い槍を抜くと、ライトに向けて走り出す。
「…!!」
たいまつを投げ捨て、刀を抜いたと同時に互いの刃がぶつかり合う。
一度距離をとった鎧の男に穂先をライトに向け、ライトも刀を上段に構えた状態で様子をうかがうとともに、お互いに円を描くように歩く。
「ほぉ…君が例の男か。噂は聞いている」
「…」
「何か、返事をしてくれないか?そして、無表情で戦うとはな。いや…戦っている時の君の場合はこれが普通か…ならば!!」
手にしている槍を後ろに下げ、構えた鎧の男が集中するとともに、槍の穂先がかすかに光る。
色の異なる5色の光があふれ出始める。
「受けるがいい…私の技…」
「待って!2人とも待って!!」
技に警戒し、構えていたライトがランタンを手に走ってきたアイシャの姿を見ると同時に、先ほどまでの無表情が消え、鳩が豆鉄砲を食ったような顔を見せる。
「アイシャ!?待ってって、どういうこと??」
「ライト、この方はナイトハルト殿下なの!!ローザリアの王太子様の!!」
「え…ええ!?この鎧の人が、君が言ってた…」
「驚かしてすまなかったな、パイロヒドラの首を落とした男がどんなものかを見ておきたかった」
槍から光が消え、背中に納めたナイトハルトは兜を脱ぐ。
「君に対しては初めまして、だな。私はカール・アウグスト・ナイトハルト。タラール族に保護されているという君の様子を見るために来た。だが…この様子では、事情が変わりそうだな…」
ここに来たナイトハルトも、このもぬけの殻になったキャンプの状況は想定していなかった。
本来ならライト本人、そして族長であるニザムに事情を聴き、彼という人間を見極めれればそれで終わるはずだった。
「ナイトハルト殿下、実は…タラール族のみんながいなくなってしまったんです。馬乗りからついさっき帰ってきて、その時には、もう…」
「そして、残ったのは君たちだけか…。妙な話だな…」
「キャンプの中を調べたんですが、行き先がわかる情報は何も…」
「そうか…君たちに共通点があるとしたら、彼らが消息を絶つ際にその場にいなかったこと。ここに置いていくわけにもいくまい。共にローザリアへ来てもらう。保護しよう」
「ローザリアに…」
「こんな形で、また行くことになるなんて…」
いつか、旅でそこまで行きたいと思っていたアイシャだが、まさかこのような形で行くことになるとは思わなかった。
ここで待っていたら、もしかしたらみんなが帰ってくるかもしれないという淡い期待があるが、魔物が狂暴化する中、2人っきりで何の保護もなしでここにいるのは危険なのは確かだった。