ロマンシング・サガ-ミンストレルソング- 真実への選択 作:ナタタク
巨大な嵐が定期船を襲ってから数日。
再び静寂を取り戻した海を予備で手配された定期船が進む。
この静寂は嵐の後のものなのか、それとも新たな嵐の前なのかは誰にもわからない。
ブルエーレを出たこの定期船は今、バファル帝国の西に存在する騎士団領の港町、ミルザブールへと進んでいる。
普段であれば、海を見るために甲板に乗客が何人か出てくるはずだが、やはりイナーシーの嵐のことがあるのか、今はそんなことをする人間はわずかだ。
嵐が襲ったとされる場所には今も船の残骸や今も回収されていない積み荷が浮かんでいる。
(あの時、確かに…)
一人、甲板から海の景色を眺めているライトの脳裏に浮かんでいるのは、気を失う前に見た赤いローブの男。
あの男を見た瞬間、決して彼に近づいてはならない、かかわってはいけないと体中から鳥肌が立つほどに何かが訴えかけてきていた。
それほどの何かがあるとなると、もしかしたら自分の記憶に関する手がかりがあるのかもしれないとは思う。
だが、あの恐怖を一度味わってしまった以上、再び遭遇したときに動ける自信はライトにはない。
「うわーーー、海ってこんなに広いんだー!!」
嬉しそうにはしゃぐ声が階段を駆ける音とともに聞こえ、甲板に出てきたアイシャが飛んでいるカモメや周囲に広がる海を見る。
嵐の後ということで、海を見るのには気が引けるものがあるが、それでもアイシャにとっては生まれて初めての船旅であり、初めて海の中心にいる。
ガレサステップの中では決して見ることのできない光景がアイシャの好奇心を満たしていた。
曇りのない笑顔を見せるアイシャの姿を見たライトも、つられるように笑顔を見せる。
「あ、ライトー!ほら、カモメだよ!!カモメが飛んでるよー!」
アイシャに引っ張られ、西へと飛ぶカモメを追うように甲板を歩いていく。
こういう機会をくれたバーバラには感謝しないといけないとライトは思えた。
ローバーンの酒場でバーバラと合流し、今後の動きを話し合う中で決まったのは、ライトとアイシャは騎士団領へ向かい、バーバラはエスタミルへ向かうことだ。
ローザリアへ行く前まではフロンティアとエスタミルに滞在したことがあり、バーバラ自身旅芸人として名前が売れていることから、さほど警戒されることはないだろうという判断だ。
飛んでいるカモメが船から離れていき、見えなくなるまで見送ったアイシャはライトに顔を向ける。
「ライト、体は平気なの?」
「ああ、モニカさんとアイシャのおかげでね」
「ならよかった。でも…なんだろうね、ライトの言っている赤いローブの人って」
「本当に気味が悪かったよ。あの男が何者なのか、どんな力を持っているのか、まったくわからない。ただ、彼には近づいてはならない…そう感じた。それに、怖くて触れることができないんだ」
「そっか…もしかしてなんだけど、思い出したくない思い出っていうのも、あるんじゃないかなって思うの」
「え…?」
とても明るく前向きなアイシャのものとは思えない言葉にライトは彼女の顔を見る。
急に顔を見られ、びっくりするアイシャは少し後ろに下がり、その様子にライトは顔をわずかにそらした。
「ええっと…うまく言えないんだけど…。でも、ライトがどんな人でも、あたしは分かってるから。ライトがとってもいい人だっていうことを」
「アイシャ…」
「だから、あたしも一緒に頑張るから。ライトが記憶を取り戻せるように」
千年前、サルーインを葬りし英雄ミルザの名を冠した騎士団の港町、ミルザブール。
街の中央にはミルザの像が建てられており、ここを訪れる騎士たちは彼の恩恵にあずかるべく、祈りを捧げるという。
船を降り、町の中央にやってきたライトとアイシャも彼の像を見ていた。
「うわあーーー、これがミルザ様の像なんだー。旅の人からお話は聞いてたけど、やっぱりちゃんと見るのと聞くのとだと違うんだー!」
「これが、ミルザの像か…」
興奮しながら像を見つめるアイシャに対して、ライトとしてはあくまでもこれは確かにかっこよさは感じられるがただの騎士の像という印象から離れない。
記憶喪失の影響で、この世界の歴史をよく知らないライトはローザリアで呼んだ本の中で何度もミルザと彼が千年前に挙げた功績に関する記述は見たが、それでもミルザを神に正義の神となった英雄として見ることができない自分が感じられた。
像の正面にある石碑にはこのように刻まれている。
『1000年前、英雄ミルザは仲間たちと共にサルーインと戦った。戦いの果てに彼と仲間たちは命を落としたが、サルーインは封じられ、マルディアスに平和が戻った。我々は忘れてはならない。正義の神となった彼の功績を、そして、彼が遺した平和を守るために、我々はミルザの遺志を継ぐのだと』
この石碑はミルザが仲間たちと共にサルーインの元へ向かうのを見届けたオイゲン公が銀の騎士団を結成し、ミルザプールを作った時に自らの手で作った石碑が大元であり、朽ちては新たに作り直されたが、石碑に刻まれた文章はそのままの形を維持している。
だが、今回は観光のためにここに来たわけではないのが残念だ。
ミルザプール城。
ここの城主の間の椅子は騎士団領の首都であるミルザブールの主、つまりは騎士団領のトップとなる人間が座る椅子がある。
現在は騎士団の剣とうたわれる老将、テオドールが座るべき椅子であるが、今この椅子に座るべき人間はいない。
そして、広間では騎士たちが話し合いを続けている。
「申し訳ございません、本来であれば父がお会いすべき時ですのに…」
騎士たちの不毛な話し合いから逃げるように食堂でライトとアイシャの相手をする薄紫色のドレス姿の女性はテオドールの娘であるコンスタンツ。
彼女の隣に座っている灰色の礼服と黒い縦長の帽子を身に着けた老人が騎士団領オイゲンシュタット領主であるハインリヒであり、騎士団の盾と称されている騎士だ。
しかし、高齢となった彼は病により戦場に出ることが困難となり、現在は多くの役職から退いて、騎士団会議の議長となっている。
議長とはいうものの、多くの騎士団の連合体である騎士団領において権限は大きいものではなく、ミルザブールも単独で突出した軍事力や権力を有しているわけではないため、よく言えば自由、悪く言えば無秩序に近いのが騎士団領といえるかもしれない。
それを制御しているのが彼らの共通する騎士道といえる。
メイドから出されたハーブティーを口にし、今もなお議論を続ける騎士たちの姿をハインリヒは脳裏に浮かべる。
今回の議題は砦跡に突然出現した魔物への対処だ。
既に放棄されて久しい砦で、新しい街道ができてからは既に存在価値を失っている。
現状は放っておいても、住民や旅人に対して害はないといえる。
騎士の中には放棄されたとはいえ、かつては人々を守ってきた砦が魔物の住処となるのはしのびないと討伐を主張する者もいるが、それでも少数だ。
本音を言えば、魔物の討伐に騎士を派遣するとなるとどの騎士団がどれほどの騎士を派遣するのか、そして武器や食料などの負担をどうするかなどの話になる。
言ってしまえば、利益もない討伐に誰もかかわりたくないということだろう。
「変なの。魔物が出てきたなら、やっつければいいだけなのに」
「物事はそれほど単純な話ではないということだよ、お嬢さん。それよりも、君たちの話だったな。単刀直入に言えば、アルベルト殿はこの騎士団領にいる。残念ながら、姉君であるディアナ殿についてはお会いできていないが…」
「生きているんですね、ああ…よかったぁ。もしかしたら、もっと探し回らなきゃいけないかなって思ってしまいましたよー」
「本人の話では、バルハラントまで流されたという。そこでバルハル族の人々の助けを借りて、ここまで来たと」
バルハル族はあくまでもバルハラントに生活している諸民族を総称したものであり、各地で形成されている村落一つ一つで部族は異なるという。
アルベルトを救助した村落を治めているのはガト族で、体調が回復するまでの間をその村で生活していた。
バルハル族に関する情報が入ってくるのはまれで、それ故に外界に対して排他的ととらえられることが多いが、アルベルトと彼の同行者の話では別にそうではないらしい。
確かに村それぞれの独立意識が高いのは確かだが、それはそれぞれが自らの力で過酷な雪原を生き抜いてきたという自負があるからこそ。
そして、たとえよそ者であっても危機に陥っているものがいれば助ける上に、しかるべき治療を施す。
これは彼らのためではなく、そうした掟を守り続けることで、万が一の時に自分や自分が暮らす村落の人々の助けになるからだ。
そんなバルハル族の一つであるガト族に助けられ、回復したアルベルトは同行者の案内を受ける形で騎士団領まで踏破したという。
「イスマスでのことは我々も話は聞いている。急ぎ、船を用意してアルベルト殿をローザリアへ送ろうとしたが、今回の件だ。騎士団が動かないことにしびれを切らせたテオドールが自らの賛同する見習い騎士であるラファエルと共に砦跡へと向かってしまった。それをアルベルト殿も追いかけていった…」
「そんなことが…」
「ねえ、砦跡ってどこにあるの!急いで行かないと!!」
「場所はここにある。…情けない話だ。私も、この体でなければな…」
コンスタンツが持ってきた地図を広げ、砦跡の位置を教えるハインリヒの脳裏に、騎士団会議でのラファエルの言葉が浮かぶ。
『金!金!金!騎士として恥ずかしくないのか!』
元々はオイゲンシュタットの見習い騎士である彼、ラファエルは騎士としてはまだ認められていないということから、騎士団会議に参加が認められない男だった。
だが、人々を守る盾としての騎士を目指し、日ごろから鍛錬と勉学に励む彼の姿を見たテオドールから特別に今回の騎士団会議への参加を認められ、ミルザプールに同行することになった。
そんな彼だから、ハインリヒに付き従って砦跡へ同行するのは当然のことだろう。
だが、彼はまだまだ若く、実力がまだ追いついていない。
騎士団の未来の礎となりえる彼も、友であるテオドールも失いたくない。
「私は騎士たちを説得し、救援部隊を派遣できるよう粘ろう。君たちは砦跡へ向かい、彼らを助けてくれ」
廃棄され、かつての面影をかすれたレリーフのみが物語る砦跡。
その中には数多くの魔物の死体が転がり、そのどれもが剣や盾、杖などを手にした白い蟻型の魔物だ。
「はあはあ、テオドール、様…」
「しゃべるな、ラファエル…。今は、傷を治すことに…!」
襲い掛かる蟻型の魔物の1匹を手持ちのバスタードソードで斬るオレンジ色の鎧姿をした白髪白髭の老将テオドールと金髪の少年の光の魔術による治療を受ける、黒い見習い騎士用の制服姿をした青年ラファエル。
治療を行う少年は青いマントと黄色をベースとした絹の整った服で身を包んでおり、それは貴族の子息であることを物語っていた。
「ありがとう、アルベルト…」
「いえ、よし…これで、大丈夫です」
ふさがった傷を確認し、アルベルトから言質を得たラファエルが立ち上がり、そばに立てかけてある長剣を手に取る。
「なおのこと…ここで仕留めねばならぬな…。奴の女王を叩かねば、いずれ増殖した奴が街道に進出するぞ…!!」
テオドールの脳裏に浮かぶのは数十年前に騎士団領で起こった災厄。
当時はラファエルと同じく見習い騎士として師である騎士と同行して戦った魔物の大群。
見習い騎士や引退した騎士までも動員して、それをも上回る数で襲い掛かったその魔物によって騎士団領は傷つき、大将を討ち取った時には多くの騎士や住民が犠牲となっていた。
その犠牲者の中には師も含まれており、犠牲者たちは彼らの故郷に葬られた。
「なんとしてでも、女王を叩く!なんとしても…!」