男女比偏った世界ならモテるという甘えた考えは捨てろ 作:HIGU.V
駄場さんと初めて会ったのは中学校の1年の終わりが近くなったころだった。
確か雨の日だったと思う。その日は祐も華も習い事か何かがあって、俺一人で家に帰り宿題をして高校の勉強の予習をしていたはずだ。夕方に家にいるのはそれくらいしか理由がないから。
滅多にならないインターフォンが鳴って興味半分で覗いてみれば、髪の濡れた女の人が立っていた。ホラー映画みたいな雰囲気と、部屋の間違いかなと思って出てみれば。
「初めまして、ワンダフルライフの駄場と申します、お話聞いていただけますでしょうか?」
明らかにクマを隠すような分厚いメイク、雨の日なのに外回りの営業の人という哀れみもあって。話だけでも聞こうと思い玄関まで上げてみた。
「ありがとうございます、私こういうもので」
「えーっと?」
渡された名刺は、何というかお水の人の名刺っぽい感じで。スリーサイズにファンシーなフォントで名前が書かれていた。あ、これやべー奴だとは思ったけど、非日常感に正直わくわくした。
このころには何というか学校に行けば周囲は全て敵みたいな感じで、男子家を出ずれば七人の敵ありを地で行っていた。
レスバとか揚げ足取りとかが楽しいな、頭の悪いクソ女どもが。
というかなりあれな精神状態になっていたから。そう思わないとやってられないとも言えるか。
男だからひどいいじめはないけど、だからこそ目立つすべてが敵に回ってたんだから。
名刺に惹かれた俺は、彼女にがらんどうなリビングに入ってもらって、ほとんど使わないタオルを渡して。雨水で少し透けてるブラウスから見える大人の藍色の下着にドキドキしながら、その日の駄場さんの話を聞いて。むしろお金がもらえるとわかってほとんど即決でサインをした。
少し前に、男子生徒だけ配られたパンフレットにこの手のことは書いてあったけれど、こんなに早く来るんだと驚いたものだ。
契約を結びますといったときに花が咲いたような、涙があふれながら笑う顔は、正直ホラーじみていたけど、ポジティブな記憶に残ってる。
その後は太客だからなのか、ことあることに様子を見に来てくれて、世間話をするようになった。熱心な人だと思ってたけど、ぽろっと、さぼりだということを漏らしてきて。
だんだんと尊敬が薄れて、気の置けない関係になっていった。
そもそも俺がなんというか、年上の女性に対して憧憬みたいなものを持っていたのは否定できない。祐や華のお母様方は正直初恋に近い感情があったかもしれない。成熟した女性の方が好ましかったから、ある程度そういう意識を向けないようにするのに必死にブレーキを踏んでたところはある。まぁむしろ察せられて面白がられていた節はあるぐらい、甘い対応をもらっていたけれど。
そういうのとは少し違って、駄場さんと俺はダメな姉と、偏屈な弟。みたいなものだろうか。俺の外見の醜悪さは、たぶん異性として見てない人からすると、むしろ同情を誘えるポイントなのかな? だからビジネスライクな関係とかじゃなくて、何度も定期的に来て、時々おしゃべりをして帰っていく駄場さん……当時は30歳かな? 彼女は俺にとってはかなり好ましいというか、ありがたい人だった。
学校での悩みも相談したことはある。まぁまともな答えは返ってこなかったけど。前世さんからはあまり彼女に関しては言われなかったのは、俺が異性というよりもそんな姉に近い視点で見ていたからだろうか?
高2の秋ごろにそんな駄場さんから手伝わされた仕事は、まぁ基本はシャッターを押すだけだったり、カメラを寄せるだけだった。アップロード先のサイトもアカウントも教えてくれなかったけど。
仕事自体はそれなりに順調に進んだ。こちらを慮ってなのか撮影自体は近場のレンタルスタジオばかりで、回数も月に1度程度だ。
ただだいぶ情欲を掻き立てるポーズをしている女性を見続けるというのは、俺の中の何かが削られてたし、その後のお務め提出がいつもより増える感じに敗北感があった。
実際に実害が出てなかったし、時折俺の手を撮影に使うとき以外は楽なものだ。まぁその俺に触らせるのは正直、色々アウトな気もしてたが、それでも俺はストッキング越しの少したるんだおなかを触る感触フェチに目覚めた程度で。大きな影響はなかったといえる。「まぁ変なことにはならんだろ」と前世さんは言う。なんというか本当に彼女を普通の女性として認識してない節があるけど。まぁもう5年以上定期的に会ってる人だから。俺もだいぶ警戒が緩んでいた。
今までも今月ピンチなんですぅと言われれば、多少色を付けてお務めを渡していたし。彼女からもらえるこの撮影の臨時収入でバイトをなくした分とまではいわないが、多少の収入になって、華に勧められた服を買ったり、竹之下にジュースをおごったり、マキさんとご飯に行ったりすることが出来た。
3年になって、そろそろ本格的に俺以外の商品の契約先が必要なのではと、駄場さんに提案という名のお説教をしていた、4月の終わり近く。
彼女から出た、撮影を俺の部屋でやりたいという要望を飲んだ。男性の部屋の生々しさが欲しいとのことで、まぁそれならと同意したのだ。そしてそれが致命的な間違いだった。
「そういえば、寝室に入るのは初めてですね」
「そうですね」
もう撮影には慣れたもので、駄場さんはいそいそと着替えを持って風呂場に向かい、丈の短いスーツに80デニールのストッキングを履いて戻ってきて、俺のベッドに腰掛ける。
俺は渡されたカメラでひたすら写真を撮る。数を撮って駄場さんが使うのを探せばいいんだという理屈だ。
俺のベッドにのって、半裸であられもない姿をしている駄場さん。顔は隠すし主に尻と足の写真である。膝をついて腰と尻を突き上げたポーズの彼女に、付き従うように写真を撮っていたのまでは覚えているんだ。指示のとおりに動いて接写したりローアングルも撮っていた。そして、気が付けば俺は彼女の臀部に両手を回してたし、その時に抵抗されなかった。あとはまぁなんか流れだった……正直あまり覚えてない。
動物の、それこそ犬みたいな感じで終わったのはかろうじて覚えてる。
大丈夫です、大丈夫ですよって、何度も何度も終わった後抱きすくめられて頭をなでて言われた。いつもの頼りない感じが無くて、本当にお姉さんめいてたのに安心して、疲れか緊張からか、彼女の胸元で意識を失った……と思う。
そして起きたら翌日の朝5時だった。
駄場さんはいなかったし、たぶん俺が破いたストッキングや、かろうじて彼女が用意してた撮影用の小道具の水が1L入る水筒にもなるすごいやつが使用済みで散乱していたけれど。
俺は服は下着しか着てなかった。思考を深めること無くぼーっとした頭でシャワーを浴びて、だんだんと湧き上がるすごい混乱と非現実感で。前世さんも完全に機能停止していた。
風呂から上がって、チェックしたスマホには今日はありがとうとか、疲れてたからそのままにしといたよとか、鍵はポストだよ。とか当たり障りがないことが書かれていて。まるで何もなかったんじゃないかと思ったけれど。
片付けたベッド横のゴミ箱にある大量のティッシュとゴムとストッキングとウェットティッシュが、嫌でも現実だってことがわかって。
現実を見ないように、もう一眠りして飯を食べたら、まあなるようにしかならないだろうと開き直れた。男なんてそんなものだ。でもせめて、男として成長したしと連休中は社長や専務のありがたい言葉に傾聴してたら。
まさかの竹之……純から告白されて来年に結婚することになった。
ああ、これはどうすればいいんだ。
雪之丞君に年上のお姉さんに誘われるようにいたしたけど、次顔あわせた時何すればいいか? って送ったらブロックされた。ひどいよ、悩めるときは一緒に悩もうよ。って思いました。まる。次は祐に相談だ……言いたくねぇ……。
人に迷惑をかけることはやめましょう。
そんな標語を子供のころに習ったせいで、狂う人生もあるんです。
少なくとも、あの男性を父親と認識する程度には、物心つくころのわたしの家にも父は帰ってきていました。確か奥さんが4人いて、他に愛人もいたらしいですが、まぁ興味はありません。
母は、父が帰ってくる日は化粧も掃除も料理も全ていつも以上に張り切っていました。小学校の入学式には家族3人で写真を撮りました。そしてそれが最後の家族写真でした。
父は年々母のもとへ、そして私の元へと顔を出す頻度を減らしていきました。週に1回前後が月に1回になり、行事ごとがあるときだけになり、わたしの誕生日だけになりました。
小学校の卒業を間近に控えたころにはもう、父は書類上の存在で法的にもつながりがあり、病気になったら移植とか輸血の話は行くでしょうが、それ以外では連絡先を知っている親戚のおじさんのことを父親と呼んでいる。そんな感覚になっていました。
でもわたしは昔からどこか冷めてましたから、そんなものなんだ程度でした、父には少なくとも娘として愛された記憶はあります。クラスには父親がいない娘も多かったですから、その子たちの前で喧伝することはしませんでした。嫌がることはしてはいけませんだから。
困ったのは母です。あの人は父を本気で愛していました。母にとって父は生涯を誓った相手であったからです。当時一桁の子供だったわたしをしても、必死に父をつなぎとめようと化粧にはじまり、当時はやり始めたぷち整形なんてのも。若さや美容に聞く食べ物とあれば、通販番組だろうとその場で購入。家にはよくわからないサプリメント用の棚が作られて、鬼気迫る様相で美容マッサージをして早くに床に就く母。仕事を辞めパートと主婦業に専念していたのに、家は荒れていました。母は、父よりも幾分か年上でした。少なくとも相思相愛だった時期はあります。しかし時間は残酷で、母の美しかった美貌は損なわれて、二人の魔法は解けてしまったのです。
結局は母は離婚をしませんでした。あきらめがついたのはわたしが20歳になった日に、久しぶりに3人であってお酒を飲むことになった時。父親としてだけの理由で来た父を見てようやっと乗り超えたそうです。今では穏やかに暮らしています。
長々とすみません。わたしはそんな家庭で育ちました。愛は永遠ではない。そしてそれに縋るということは、周囲に迷惑がかかる。わたしは、そんな醜く醜悪な生き方をして、誰かを苦しめるのは良いと思えませんでした。だから自立して働くことは胸に決めてました。
美しかった母ゆずりでそれなりには自信があった容姿ですが、異性へのアピールをするには少々以上に足りない胸と、かわいい服が入らないほどに肥大なお尻では、まぁそうなるだろうというのは仕方がないことです。
真面目に勉強をして、大学を出て、子供でも知っているような大企業に入って、熱気ある上司や同僚と切磋琢磨して、目に見える成果を上げるような仕事を始めました。
3年で休みに起きれなくなり、4年で眠れなくなり、5年目でやめました。
目まぐるしい量の仕事と人間関係にわたしはどうやらついていけませんでした。古い会社ゆえの女性から女性への性的嫌がらせもありましたし。コネで入った男性社員の横行もひどかったですね。
わたしは、仕事を振られたら断れないたちで、毎日のように終電まで働いていました。
繁忙期を抜けてたまの休みにのんびりしていれば、水道屋が水漏れの心配で訪ねてました。急に水の使用量が増え水漏れを心配したそうです。わたしが家でシャワーに入れるようになっただけなのに。
そんなわたしが仕事をやめて次に入ったのは、そこそこの大きさの製薬会社の営業でした。入って3週間で配置換えで今の仕事である献精の営業に回されました。まぁそのころにはそういうものだろうというマインドになってしまってました。あーあまたやっちゃったかという感じです。
でもむしろ外で自分のペースで動ける仕事で、最低限お仕事をするのは、皮肉なことに真っ黒な会社よりも。体にはよかったようです。月末に上司になじられること以外は大したストレスがないのですから。
嘘です、本当はとてもつらかった。どうしてどこでもわたしはこんな目にあうんだろうと。どの仕事も給料は良いのです。でも私生活が死んでしまっている。心に余裕が持てない。仕事がない同学年の人や、もうすでに男に捨てられた子などの噂も入ってくると、まだましだと思いますが、辛いものは辛い。
2年ほど続けて、今月も未達成なら朝礼で反省文を読み上げるのかと、やけくそで会社の機密書類を盗み見て、顧客データに基づいて回っても、仕事から逃げたいというマインドでは、営業なんて上手くいくはずもなくて。
雨の中傘すら上手にさせなくなっていた日に、わたしはあの人に出会えました。
その少年は、ぽっちゃりと丸っこく。顔には爛れた痕と分厚い眼鏡。思春期らしいニキビの痕でぼこぼこの肌でしたが。とってもわたしに優してくれた。
わたしは話すだけで下手したら犯罪に成りかねないのに、玄関まで上げてくれて慣れない様子でお茶まで出してくれて。顔を赤らめながら話を聞いてくれて、お願いししますと頼んで固まったのを泣き落としてみれば、満額了承で。
ああ、ああ、ああなんて、なんていい子なんだろう。そう思うばかりでした。
まだ中学生と若くて、それでいて彼は全国模試でも上位の成績の子でした。卸値で評価される査定値が、一気に跳ね上がりました。週10回分という若さの暴力みたいなものをすべて埋めてくれる彼のおかげで、わたしは自分の机すらないフリードメインのオフィス階から、席とパソコンをもらえる部屋に移動になりました。
生活に少しの余裕が出来て、通販だけど数年ぶりに服や家具を買い替えました。そしてふと空いた時間に思ったのは、やはり彼のことでした。私にとっては救世主ですから。
営業の合間気が付いたら足が向いてしまいました。でも彼と話したその帰りにふとという程度で営業をかけたら、たまに別の案件も取れたりして。彼に出会ってから全てが上手くいきました。未だに彼の分を除けば課内では下の方ですが。
わたしは、とても単純な規則に従って生きてきました。親のこともそういうものだろうと思ったし、女性にとって結婚と出産は大事でも、納税でごまかせるのならそれでいいだろうと。仕事は法定を守って無くても社内ではそれが良いことなのでしょう。
それで手一杯で誰かに愛されるということはないだろうって、見切りも付けていました。
でも、だからこそ免疫のなかったわたしは、あっさりと彼の虜になった。自分で言うのも驚きですが。あまりにも単純でした。ただ彼のおかげで人生が変わったから。それだけでです。信仰とか崇拝に近い感情だったと思います。
しょうがないなぁ駄場さんはと笑う彼が可愛くて、どうにも駄目な大人の部分を見せているところはありました。まぁ事実そんなに凄い大人でもないので大きな差異はないのですが。
ただそれでもさすがに弁えてはいるつもりでした。出会った頃の彼はまだ中学生の子供ですから。ご友人と遊ぶのが楽しいということもあるでしょうし。それに女の子がきっと放っておかない。あんなにも【格好良い】外見をされているのですから。
それに加えて、どうしても彼に対しては甘えてしまう私の欲求もどんどん許してしまいそうになるからです。感情のタガが外れてしまうのでしょうか、彼の前ではすぐに泣いてしまうんです。そしてそのまま縋れば、何でもいう事を聞いてくれるほどに優しいのですから。
何度自分の薄汚い欲望を抑えようと舌をかんだかわかりません。何度つけこもうとした自分を罰したかわかりません。
彼からは、仕事ができないうだつの上がらない中年女性として見られて、たまにお土産とかをもらう、そんな距離感。いずれ彼に好きな娘が出来て、私に契約を打ち切って欲しい。
彼からそう言われるまでは、ただただ彼のやさしさに付け入りながら、酷い思い出の女であればいいと思っていました。
なのに、彼があるとき調子が悪くてといつもより提供してくださる【商品】が少なかった時。わたしはいつものように泣いて迫ったのですが、どうにもエスカレートしてしまいました。そんなわたしへの罰として、彼はわたしの臀部へと叱咤をくださりました。あの瞬間全身に甘いしびれが走り、とても聞かせられないような声を発してしまいました。
思いのほか力強かった彼に叩かれて、そして組み合っている時に破れてしまったストッキングを脱いでいる間に、彼は部屋に戻り赤らめた顔で、追加分を作ってもらえました。
そう、彼は私に欲情してくださったのです。
こんな行き遅れの蜘蛛の巣の張ったわたしに。女としての価値を見出してくださりました。
年の離れて後はもう先細るだけの女を、彼はまだ欲望のはけ口として使えるそうなのです。気心の知れた叔母のように扱っていただいていたのに、彼の中でわたしはひとりの女性として見られているのを知ってしまいました。
ああ、そのことに気づいた日の昂りは止まりませんでした。職務上絶対してはいけないミスまでしてしまうほどに。まぁただの破損として会社には計上しました、彼が気付いてくださったので。
そんなわたしも冷静になれたのがあの日、日課のように図書館で読書をしていた時。急に彼の家に行けるように、休みですがスーツを着て。いつか彼の不在の日に待ちぼうけをしてしまい、時間をつぶすのに入った裏手の図書館の2階の窓側の席から、彼の家が見えることに気が付いてしまい、ここが指定席となりました。
そこで彼のもとに2名の女子高生が訪ねてきました。幼馴染で龍瀧さんと一緒の方ではなく、全くべつの。そして色々あって確信しました。
彼女たちはきっと、時間をおけば出部谷さんと結ばれるであろうと。
そうすれば、わたしのなかに花開いた驕りのような感情は、さらに別の物へと広がっていきました。
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