男女比偏った世界ならモテるという甘えた考えは捨てろ 作:HIGU.V
「私たちは本当に恵まれているわね」
亜紗美さんと何時か僕が話したときに言われた言葉だ。
「いつだって付いてきてくれるって、とても嬉しいし安心するじゃない?」
鳥槇先輩は勉強はそこまで得意ではなかったけど、必死でくらいついて志望校を合わせた上に、同じクラスに滑り込んだらしい。努力だけで自分に追いすがってきて、やっかみを言ってくる人にも、まずは自分を顧みたら? とまっすぐに声をかけるそうだ。
「本当はマキの方が私なんかよりずっと眩しいわよ、マキがいるから私も頑張らないとって、ずっと思っているのよ」
自分をずっと見てくれる、まっすぐに曲がることなくついてくる人。それに恥じることなく向き合うのは大変なのかもしれないけど、やりがいもあるのだろう。
ただ、一つ。僕が思うに、僕は追う側だったことだ。亜紗美さんにそういうと、彼女は目を丸くしたので、してやったりだった。
私はずっと亜紗美に色目を使う存在、つまり男っていうのが嫌いだった。そもそも女性より数が少ないだけで、大した努力もしていないのに持て囃されて、特権があって、子供ながらにずるいって思ったの。
生きていくのに困っても、その辺の女性にいい顔をすれば食うに困らないという、ニュースかワイドショーの批判を見て、その通りだと理不尽な社会に義憤を持っていたわけよ。
だからこそ、大分あとになって十三の生い立ちを知った時にショックを受けたけど、この時は只々彼には本当に嫌悪感。いや、憎しみに近い感情しかなかった。
あの男と連絡先を交換してすぐに亜紗美の家でのパーティーがあった。事前に端の方の席に座って、タイミングを指示するから、その時に祐さまを連れ出してもらう事。その程度だけの業務連絡を交わした。時間もあまりなかったからシンプルな方法で、本当に最低限。
なにせ私の興味はそんな気持ち悪い男よりも、亜紗美の方にあった、
「ねぇ、本気なの?」
「当然じゃない。私は欲しいものは手に入れる主義でしょ?」
言葉はそのまま、でも声の調子に少しだけ、いつもよりも自信がない亜紗美。大きなホールでのピアノのコンクールの前ももっと堂々としていたのに。
それはきっと、自分が納得いくまで練習をできたという自信があったからよね。彼女に家には大きくて立派なピアノがあるから、私の家には電子ピアノしかないけど。
そんな練習不足で、今日の亜紗美はうまくいく自信、いや確信がないからかなぁって。
「ねぇ」
「何? マキ……って!? も、もう! どうしたのよ」
だから、私は亜紗美に抱き着いた。ただ抱きしめてあげるしか出来なかったし。それが亜紗美になにか力になるかもわからなかったけど。私がそうしたかったから。
亜紗美からは何時もいい匂いがする。ずっと一緒に居たから、年を追うごとに女性の化粧品の匂いになって行ってるけど、素の匂いは大好きな亜紗美のままだ。
「ふふっ、くすぐったいわ、マキ」
「頑張ってね、亜紗美」
「ありがとう、マキ」
全校生徒の前でスピーチをする時でもなんかまったく緊張しない亜紗美が、少しだけ震えた手を私の肩に回してくる。ほんの少しだけそうしていたけど、どちらからでもなく可笑しくて笑ってしまう。今生の別れでもないのに。
「ふふっ、それじゃあ一世一代の大勝負に行ってくるわ」
「ええ、頑張って、亜紗美……きっと大丈夫よ」
そうして始まったパーティーで。私は亜紗美のアイコンタクトを受けてから、あの男の席の後ろを軽く小突いた。
呆けたような顔を一瞬したかと思えば、周囲を見て直ぐに気づいたようだ。正直に言えばこの男に見られるだけで背筋が少し寒くなる。特になにかをされたわけではないけれど。生理的嫌悪感がある。今椅子を小突いた手を洗いたいとすら思える。
ずっと後にそれを十三に言えば、多分亜紗美をとられる不満のヘイトを全部ちょうどよい場所にいた奴に向けてたって言われて。多分その通りだと思った。
だって、少ししたらその男だけ戻ってきて。彼が満足げな笑顔で席に着いたのを見てしまえば。ああ、成功したんだって、直感で分かったから。
「やぁ、君もケーキを食べるかい?」
「は、はひぃ……み、見ての通り好物です、ふ、ふひぃ!」
のんきにケーキを食べ始めようとする、その男の馬鹿っぽい言動を見て。ああ、亜紗美がどこか遠くに行っちゃったんだなって悲しくなって、泣きたくもないのに鼻の奥がツーンとして、ぽろぽろと涙が垂れてしまった。
「え、えっと、そんなにた、食べたかったんですか? ショ、ショートケーキ」
目の前で頓珍漢なことを言うこいつに、苛立たしくなって、
「違うわよッ! 馬鹿じゃないの!?」
と大声で否定して。なんかしんみりとした気持ちも吹き飛んでしまった。
でも、そいつの取ろうとしていた、ショートケーキは私がもらったけどね。苺の酸っぱさがいつもよりも少し強く感じて。
そんな、私の親友が少しだけ私から距離をとった、苦い思い出の日は終わったのよ。
それまでは、毎日のように亜紗美とテキスティングをしていたけど、亜紗美に祐さまという彼氏が出来てからは、流石に遠慮してガクっと減ってしまって。亜紗美は気にしてないって言うけど、こっちが気を使うのよね。夜の電話中とかだったら気まずいじゃない。
だから、その時間を勉強にあてたりしていたけれど、正直不満は積もるばかりだったわ。だって寂しいじゃない。私にとって一番の親友で生き様でもあるのよ。
そんなささくれ立った気持ちを、間接的な原因でもあるあの男にぶつけることにした。
この頃の彼への私の感情は自分で言うのも難しいけど、複雑だった。顔も見たくないほどに嫌っているというよりかは、アンタも私みたいに苦しんでしまえ。そんな気持ちが近いのかしら? 少し時間を置いて冷静になれたのと。
正直この亜紗美がいなくなった……わけじゃないけど離れた心の苛立ちをぶつけて受け止めてくれる人なんて、両親を含めて誰もいなかったから。
履歴をさかのぼってみた時があるけど。
このテキストの最初が喧嘩腰に《亜紗美が祐さまと付き合うことになったのは、あんたのせいでしょ!》から始まってるのは、いくらなんでも大人げないでしょう、私ったら。
でも《その節はご助力賜り誠にありがとうございました》なんて返すんですもの。
ちょっと笑っちゃったの。悔しいけど。
《もし明日の朝、亜紗美の肩に祐さまの金髪が付いてるのを見かけたらどうすればいいのよ》と返してみれば
《こっちは黒い長い髪なので見分けやすいですし、そも毎日のように多分家族ですが誰かの髪の毛が付いてます。聞けねぇっす》なんて。
あんたも苦労してるのねなんて思いつつ、愚痴や不満に近い亜紗美への思いを投げれば、いちいち少しひねった答えが返ってくるのがおかしくて。
学校では殆ど会うこともないし口も利かないのだけど、チャットはするような、不思議な関係になった。
しばらくして芽生えたのは、どちらかというと同情に近い感覚。傷のなめ合いとまでは言わないけど。どこか、あんたもつらいでしょう? っていう上から目線みたいなものはあったはずなのよね。
少しおかしいなって思ったのは、亜紗美がどこか物憂げな表情をしていた時だった。どうしたのよって尋ねてみれば、なんでもないってはぐらかされて、あまりにもらしくない様子に強く聞いてみれば。
「当然のことを当然だって思っていたつもりだっただけよ」
って言って。これは偶にある聞いてほしいアピールだとそう感じたから。放課後になったら直ぐに手を引っ張って駅前の喫茶店まで連れて行った。
何か悩みがあるとき、相談の仕方が下手なのが、亜紗美の数少ないダメなところだ。
そこで聞いたのは、とても単純な、この世の摂理で。祐さまの恋人がどんどん増えていたということ。しかも一気に増えたんだっていうから驚きだ。そして風間さんを可愛がるのは実は好きだというちょっとびっくりな事だ。
後者は置いておいて、確かに贔屓目に見なくとも祐さまは女性人気が高い、私の学年でもそういう雰囲気だ。むしろ学校中の女子から好意的に見られていて、今まで恋人がいなかったのが不思議なくらい。
「まぁ仕方ないわよね……でもねなんかこう、少し凹むわ」
ちょっと儚げに笑っていた亜紗美。まぁ【完璧超人の亜紗美】では学校の彼女ではこれは誰にも話せないだろう。そんな彼女に話してもらえる喜びと、彼女ですら幸せになれない社会への不満とで、少し気分は落ち込んだけれど。
「何言ってるのよ亜紗美は美人なんだから、これからもっと愛されればいいじゃないの」
そんな月並みなことしか言えない私。だって本気でそうとしか思えないから、だから慰めが出てこないのが心苦しくて力になれなくて悲しい。でも亜紗美は少し笑って。「そうねー」とだけ言う。「ここは私がおごるわよ! しょうが無いわね!」と付け出せば、何時もみたいににんまり笑う。
ああ、そうそう、これくらいじゃないと、亜紗美は。今月のお小遣い足りるかしら?
そう思いながらも、もっと寂しくなるのは悲しいなって思ったある日だった。
でも、それをあの男に愚痴れば
《まぁ祐の周りも女性増えてきて、俺も忙しいっすね》
っとけろっと返ってきて。私はまず違和感を覚えた《寂しくないの?》って聞いてしまえば帰ってきたのは《嬉しいっすむしろ》なんて言葉で。
こいつは、本気で友人のために動いているんだって、なんかおかしかった。
あんな気持ち悪くて、友達が少ないやつなのに。その友達が離れていくのを歓迎してるの? 信じられない。
《俺が何をしなくても女が集まってくるから、調整したり誘導が大変》
って。そう。あいつはむしろ、祐さまに女の子を充てがおうと、自分から遠ざけるのも厭わない奴だった。
そう思ってしまえば自分が急に小さく見えた。私は亜紗美が祐さまと上手くいかなくて、戻ってきて泣きつかれる夢すら見たのに。そしてその夢は嬉しいと思えるもので、少なくとも悪夢だったなんて認識はないのに。
この男は、親友が周りとうまくいくように協力してるのだ。
《モテないんだし、自分のことに時間使いなさいよ》って思わずやっかみで言ってやれば。
《モテないから、応援するんだよ。俺よりずっといい人生が送れるなら、行けるとこまで行ってほしいだろ》
って。ずっと、ずっとずうっと、大人な意見だった。やってることは最低だけど、考えていることは立派だった。なんか悔しくて直ぐには返事ができなかった。
「なんで? なんで? あんな奴の方が! 友達のことっ!」
そう悪態をついてみれば、ふと。
あれ? あいつの名前なんだっけって今更ながらに思った。チャットで表示される名前は【Boo】っていうニックネームだから、あまり知らなかった。だから確か……豚とかデブが名前に入ってたはず、亜紗美がぶたくんって言ってたし。
《あなたの名字を呼びたくないんだけど、名前を教えてくださる?》
って言ってみれば、
《十三》
その名前が返ってきた。名前を覚えられていないことも全く気にしてないいし、反応もなくただひとこと。
耳馴染みが無い言葉のつながりと響き、それは男の子の名前というものを、誰かに呼びかけるということが今までになかったから。不思議な感覚で面白くて。じゅうぞうって口で小さく転がして。今度会ったら、少しだけ謝ろうって。
珍しくそう思った。なにせ十三は私が亜紗美の話をいくらしても嫌な反応をしないのだから。なんだ、友達思いでいい奴じゃない。
そうころっと騙されたのだ。私は。
話を聞いてくれる親友思いで、献身的な男の子。
この日からそんな幻想を、私は彼に持ってしまっていた。本当はもっと俗っぽい面倒なやつだったのよ! 騙されてた私は 本当に馬鹿。
鳥槇先輩となんか時々会って話すようになったのは夏ごろだった。まだマキさん何て名前で呼ぶような関係では無くて、普通に先輩と後輩。というか、小間使いと女主人。みたいな感じだ。
受験勉強で荒んだ先輩のケアをする代わりにお茶を奢ってもらう。まぁやりくりに苦労して居るのに気づいたから、ケーキは数回に一回に我慢している。結局はあまり使えなかったが、3年の情報が広範にわたって手に入るのもありがたかった。
あの娘も祐を狙ってたとか、もう諦めてるとか、まだ諦めてなくてやばい手段を考えてるとか。でも横にいるアンタを嫌ってたわよとか、華に嫌がらせを考えてたわよとか。
まぁ華はあれで強いからそんなに心配してない、長年祐の横にいてあたふたしてたからな。握力も一番強いし。まぁそれはそれとして10倍返しはする準備だけはしてたけど。
「亜紗美の夏服は色々似合うのがあるけど、やっぱり白いワンピースが一番だと思うのよ」
「そうですね、麦わら帽子が似合うタイプかと言われると少しずれる気はしますが、日傘は合いますね、確実に」
「は? 麦わらも似合うでしょ」
「いや、ポニーテールとかで、ちょっと夏に活発さ出してる感じの方がいいんじゃないかと」
「ありね……真剣に検討するべき可能性よ」
まぁこんな感じで、俺のタブレットの人物でフォルダ分けした写真アルバムを見ながら、定期的にスイッチが入る鳥槇先輩の話をするのが主な業務内容だ。基本はイエスマンだけど、時折こうやって亜紗美先輩のかわいいところを一石を投じるように能動的に発言するのがコツである。
解釈違いを起こして怒られたときは、なるほどと素直に頷くのである。
まぁ同い年の鳥槇先輩からすると、かわいい女の子の理想像ってなるんだろうけど、俺にとっての癒し系可愛い女子は現状華だからなぁ。微妙にずれがある。亜紗美……じゃなかった、虎先輩もガワは良いから、苦痛なく検討できるけど。
「それで、この前買い物に行ったときね、亜紗美ったら、部屋にサボテンを置きたいって言ってて」
「へーどこ行ったんですか」
この話は4回目だから当然知ってるしオチもわかってるけど指摘はしない。同じ話をこするのは、供給が少ないからだから。きちんと盛り立てる聴衆のリアクションをする。
まぁ、きっと将来会社でゴマすりをするときに役立つスキルが身につくと思おう。
いや、冷静に考えて俺誰に取り入るんだ? むしろ既に社長と専務に次期社長の囲い込みを受けている気がするのに。まぁ、いいや。めっちゃいい笑顔で話す、鳥槇先輩を見るのは割と楽しいからな。
そんな夏のひと時だった。宿題やりながら聞ければ言う事なしだったが。