ブラック・ブレット[黒の槍]   作:gobrin

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お久しぶりです、gobrinです。

…………いや本当にお久しぶりです。実に3年半振りの更新になります。

色々と話すことはありますが、それは後書きで。

ティナに襲撃された延珠を見つけた場所で、バラニウムの塊らしき物を見つけた光たち。
彼らはそれぞれ、これからどう動くのか。
では、どうぞ。


第二十一話

 

 

 

樹の車が病院の駐車場に入る。

 

「じゃあ、ボクは延珠ちゃんの病室に行くね」

 

「ああ。何かあったら連絡してくれ。こっちも出来る限り報告するようにする」

 

「わかった。後でね」

 

「おう」

 

光は車を降りて、病院に向かって駆けていく。樹は光が病院に入るまで見送ってから、自分の愛車を発進させた。

 

 

 

 

「あ、光!」

 

「舞。延珠ちゃんの容体は?」

 

病室に入ってきた光に、舞が小さく叫ぶという器用なことをする。

光は舞に延珠の容体を訊き、難しい表情を見せた。

 

「うーん、延珠ちゃんはしばらく戦線離脱か……。覚悟はしてたけど、あんまりいい状況じゃないなぁ……」

 

「延珠ッ!!」

 

光がそう独り言ちるのと同時に、蓮太郎が病室に駆け込んできた。相当憔悴しているようで、目の下には大きな隈が浮かんでいる。その後ろには木更もいた。

 

「延珠、延珠は無事なのかッ!?」

 

「里見先輩、落ち着いてください。今里見先輩が騒いだところで延珠ちゃんがすぐに回復するわけでもないんですから」

 

「光……。そうだな、すまねえ」

 

「延珠ちゃんは昏睡しているだけのようです。かなり大量の麻酔を投与されたらしく、体内侵食率が上昇してしまうそうですが、命に別状はないと医者が言っていたそうです」

 

「………。延珠……ッ!」

 

光は舞から聞いたことを要約して伝える。

蓮太郎は延珠の眠るベッドに近づき、延珠の手を握りしめた。

そんな蓮太郎を木更が後ろから抱きしめ――――。

 

「臭いっ!男臭いわ、里見君!!」

 

――そう大声で言い放った。

 

「……里見先輩とこれからの話し合いをしようと思っていたのですが、確かに臭いますね。里見先輩は身体を綺麗にして、頭をスッキリさせてきてください。延珠ちゃんは、とりあえずは大丈夫なんですから。合流したら、会談のことなどを話し合いましょう」

 

「――ああ」

 

「僕は舞を家に帰してきます。木更さんは――またティナに狙われないとも限りません。舞たちと一緒に僕の家にいてくれるとありがたいのですが……どうでしょう?」

 

「ええ、わかったわ。お願いしてもいいかしら?」

 

「はい。では、行きましょうか」

 

光の掛け声で、その場の全員が動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

樹は、司馬重工の駐車場に愛車を停めた。

アポなし訪問にも対応してくれる司馬重工――もとい未織には感謝の念が絶えない。

樹は守衛に目礼し、そのまま中に入ってエレベーターに乗り込んだ。

 

 

 

「やあやあ樹さん。今日はどないしたん?」

 

樹がエレベーターを降りると、そこでは既に未織が待ち構えていた。

 

「おう未織ちゃん。今日は調べ物をお願いしたくて来たんだが……ちょっと訳アリでな。そこんとこ詳しく説明したい」

 

「わかったわ。ほな行きましょ」

 

二人は社長室に向かう。

 

 

 

 

「ほんで?どんな厄介ごとなん?」

 

今回は完全に樹が下の立場だからか、未織も丁寧さはあっても上からの空気を漂わせて物を言う。

 

「ああ、俺が調べてもらいたい物ってのはバラニウム壁なんだ」

 

「バラニウム壁……?まさか、モノリスなわけあらへんよなあ?」

 

訝しそうに樹を見やる未織に、樹は頭を振る。

 

「まさか。それの小型版のようなものだな。ただ未織ちゃんに作ってもらったバラニウムの武器よりも色が濃いような気がするんだ」

 

「ふぅん。厄介ごとってのはそれですか?」

 

未織が扇子を口元で広げて可愛らしく首を傾げる。

未織の言う()()とは、色が濃いことそれ自体を指している。

だが、樹は再び首を横に振った。

 

「いや、それとは別にウチが抱えてる厄介ごとだ。調査を受けたら司馬重工にも迷惑がかかっちまうかもしれない。だから、断ってくれても全く問題ない。未織ちゃんがしっかり考えて決めてくれ」

 

未織は暫し考えるような間の後に、口を開く。

 

「……それは、ウチに教えてくれるような事情なん?」

 

「………悪いが、それを教えることはできねえ……」

 

樹が苦々しい顔をして呻くように呟く。

伝えられないのは不誠実極まりないが、立花家の事情に未織を巻き込むわけにもいかない。

 

「――――そうですか。なら、ウチは何も訊かんことにします。そのバラニウム壁ゆうの、見せてくださいな」

 

「……い、いいのか……?こんな事情を碌に説明できないような奴の頼みなんか聞いて……?」

 

樹は驚愕に目を見開きながら訊ねる。不躾だとは思っても、訊かずにはいられなかった。

未織は微かに笑って言った。

 

「まあ、確かに状況が全然わからへんところは嫌やけど。樹さんなら信用はありますし。仮にその厄介ごとに巻き込まれて司馬重工(ウチ)が被害を被ったら、司馬重工の自衛力が足りなかったってだけのことや。問題が認識できるようになるのは悪いことじゃない。そんで、ウチが勝手にそっちの事情を調べる分には問題あらへんよな?」

 

最後茶目っ気たっぷりにウィンクして訊ねる未織に、樹は苦笑して頷いた。

 

「じゃあ、調べてくれるっていうことでいいんだな?」

 

「はいな。そんで問題の物は今どこに?」

 

「下だ。俺の車の中に積んである」

 

「わかりました。ほなら一緒に行きましょ。他にも手は必要?」

 

「ああ、台車を貸してほしい。二つあるんだが、そこそこ重くてな。俺が二つ持つことも不可能じゃないが……あまり速くは歩けなくなるだろうから」

 

「なら――――あ、もしもし?うちや。ちょっと台車持ってきてくれへん?……そう、今。………駐車場。……うん、うん。……ほな今から一人駐車場に来てくれる?……うん、よろしくなー」

 

未織が携帯を取り出し、どこかへ連絡を取る。

話はついたようで、未織は携帯をしまって樹に話しかけた。

 

「ウチの警備員が台車持ってきてくれることになったわ」

 

「すまねえな未織ちゃん。助かるぜ」

 

「気にせんでええよ。ささっと運んでしまいましょ」

 

未織と樹はエレベーターに乗り、下へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――樹が司馬重工を訪ねた時。

 

それを、遠くから観察している者がいた。

 

「――――回収目標を乗せた車は、A5の敷地内に入っていった。………運転手が車を降りてA5のビルに入っていく姿を確認。すぐに回収対象を移動させる可能性は低いものと判断する。これより行動を開始し、回収対象の奪還を試みる。監視は極力続ける」

 

その人物――男か女かもわからない――は、無線機のようなものにそう言葉を発すると、自分がその場にいた証拠を消してからその場を立ち去る。

その足取りは――迷いなく司馬重工を目指していた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

光は、縁に連絡して車を回してもらうことにした。

病院から自宅に戻る間に、木更に第三回の非公式会談について知っていることを話してもらう。

 

「……会談の日時は、明日の午後八時から。でも、場所や警護情報はわかっていないの。ごめんなさい」

 

木更が深く頭を下げる。光は手を振って木更の謝罪を拒否した。

 

「木更さんが謝ることではありませんよ。むしろ日時がわかっただけでも僥倖です」

 

そう言って、光は少しの間考え込む。

 

「………うん、ならこうするか……」

 

光の呟きを全員が聞いていたが、誰も言及することはなかった。

 

ふと、光が顔を上げて窓の方を向いた。そして横目で後ろを見やる。

 

「……」

 

「光?」

 

顔を上げて沈黙した光に、舞が不思議そうな声を上げる。

 

「ああいや、何でもないよ。――そろそろ着きます」

 

木更に向けた後半の言葉の通り、縁が運転する車は立花家に入っていく。

 

何でもないと言った割に、光の表情は険しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ?何かわかったか?」

 

「うーん……大したことはわからへんかったわ……」

 

機材が揃っている部屋で調べた結果を、未織と樹は確認していた。

 

「まず、あの板は普通のバラニウム壁よりも濃度が濃い。強度もそれに応じて増しとるみたいやわ。もしこんなもん使て武器作れたら、ガストレアの討伐もちょっとは楽になるんと違うかな」

 

「……っていうことは、まさか?」

 

「そのまさかや。ウチには、これの作り方がわからへん。いや、ちょっと違うかな。何となく予想はつくんやけど、ここまでの濃度にする方法まではわからん、が正しいわ」

 

天下の司馬重工の社長令嬢にもわからないことがあるらしい。悔し気に唇を噛む未織を見て、樹は提案する。

 

「未織ちゃん。まだ調べたいか?」

 

「……樹さんがええなら、そうさしてもらいたいです」

 

「なら、頼む。そいつが俺達の武器に使用できるようになれば、こっちにも益はあるからな」

 

「了解や。ウチはこれからもっかいこいつを調べ直す。樹さんはどうします?」

 

「俺はちょっとやることがある。会社の外には出て行かないが、戻ってくるまで少し時間がかかりそうだ」

 

「そうですか。ほな、ここからは別行動ということで」

 

「ああ」

 

樹は未織を部屋に残し、階段に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「木更さん。こちらは、立花民間警備会社に籍を置いている民警ペアのプロモーター、吉井華奈と、そのイニシエーター、穏田和です。華奈お姉ちゃん、和ちゃん。こちら、天童民間警備会社の天童木更社長。この度、一時的に家に避難してもらうことにしたんだ。今回の件の決着が着くまではいてもらうことになると思う」

 

家の中を迷いなく歩いていた光は、居間で華奈と和に木更を紹介していた。

 

「初めまして、天童木更です。この度はお世話に――――」

 

そして、当人同士が挨拶し始めたのを見届けると、静かにその場を立ち去った。

その足取りには、迷いがない。

 

 

 

 

 

「おじいちゃん」

 

「ん?なんじゃ、光か。どうかしたのか?」

 

光が向かっていたのは、厳の寝室だった。気配から厳がここにいるのを悟っていた光は、すぐに話を切り出す。

 

「今、天童民間警備会社の天童木更社長を、聖天子暗殺を企てている狙撃手から護るために家に連れてきたところなんだけど」

 

「ふむ。誰か知らん者の気配がすると思ったが、そういうことか。それで、本題は?」

 

「うん。ボクらの復讐相手本人か、その手下かはわからないけど、尾行()けられてる……というよりは、見張られてる、かな。相手はすごく眼がいいみたいで。ボクはこれから天童民間警備会社所属の里見蓮太郎と合流する用があるんだけど、その前に一応そいつを牽制して行く」

 

時間がないからか少々不足気味の説明だったが、厳は光の意図を汲み取った。

 

「なるほどな。光が家を離れている間、儂にそいつの牽制と警戒を任せたいんじゃな?」

 

「そうなんだ。お母さんにも言っておくけど、お母さんはいつも通り家事とかしてもらいたいから……。おじいちゃんに負担掛けることになっちゃって心苦しいんだけど……」

 

「そう気にするでない。儂は基本的に暇じゃからな。今日は仕事も入っとらんし、問題ないぞ」

 

「そっか、よかった……。ありがとう、お願いします」

 

光は愛らしい笑みを浮かべると、頭を下げた。

相手が家族でも光はしっかりけじめを付けたがる。

 

「うむ。儂に任せておけ。この家、家族、客人に悪意のある物は何一つ触れさせん」

 

ぺこり、と。最後にもう一度頭を下げて、光は厳の寝室を出ていく。縁にも話をしに。

厳はそれを目を細めて見送ると、自分も腰を上げた。

 

「さーて……可愛い孫の頼みじゃ。もしこの家にちょっかいを出そうものなら、それ相応の事は覚悟してもらうぞ……?」

 

厳はどこにいるのかもわからない、強さもわからない相手に向かってそう小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

光は縁にも見張っている者の存在を自然に伝えると、蓮太郎と合流するために外に出た。

だが先程厳にも言ったように、直接向かうわけではない。

 

(どうせじわじわ近づいて行ったってこっちの意図は悟られるに違いない。なら、まっすぐ正面から向かっていくべきだろうね)

 

そう考えた光は、自分が感じていた視線の下へ……距離がありすぎるためこの限られた時間で実際に行けるわけではないが、その方向に向かって歩き出した。

 

(ここから殺気を出したとして効果があるのかな……?)

 

光は歩きながら、如何にして視線の主を牽制するか思案していた。

 

(……うん、向こうはボクの様子を今も探っているわけだし。気づくよね。ボクが向かってるから明らかに警戒し始めてるし……)

 

自分でそう結論付けた光は、早速行動に移す。

 

「…………」

 

視線が自分を捉えた感覚に合わせて、可愛らしく微笑む。

その直後、自分に向いていた視線が途絶えた。

相手にこれ以上は危険だと判断させることができたらしい。

 

「さーて、里見先輩に合流しようっと。ちょっと走った方がよさそうかな」

 

そう呟きざまにもう一度視線が送られてきていた方向に殺気を飛ばしておく。

効果があるのかはわからないが、やっておいて損はないだろう。

 

光は今まで進んでいた方向とは逆方向に軽やかに駆け出した。

 

 

 

 

 

 

光が殺気を飛ばした方角――光の位置からはかなりの距離があるビルの上層階に、無線機を持った人物がいた。

 

「……こちら、P3。やはりT3には気づかれていた模様。先程、明らかにこちらを意識した殺気を放っていた。距離があったためこちらの詳細な情報を把握できたとは思えないが、侮ることは危険だと判断する。また、A1にK1が招かれた模様。今回の聖天子襲撃事件に際して、聖天子の護衛を務めているK2並びにK3を護衛から外すためだと思われるK1襲撃事件が発生している。再度同じことが起きる危険性と、A1にも同様のことが起きる可能性を懸念したのだと思われる。当初の予定ではこのままA1を襲撃することになっていたが、先程のT3の行動や、A1にいる人員を鑑みて、襲撃は危険だと判断し、このまま観察を続行する」

 

その人物は、一気に自分の話したいことを伝えると、無線機を切ってまた外の景色を見始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

「……か、くは……?ぐむ……」

 

背後から音もなく忍び寄った人物に胸を一突きにされ口を塞がれた哀れな警備員は、数秒後に静かに絶命した。

 

(ふむ……こんなものか、他愛ない)

 

司馬重工に侵入した人物――P4が組織に与えられた名前(コードネーム)だ――は一人そう思った。

まあ確かに、暗殺に特化した自分がやればこうなるという自負とも言えないような確信はあったが……それを考慮しても温い。

 

(このままであれば……S2を殺しつつ回収対象を取り戻すことも容易だろう……)

 

そんなことを考えながら歩くP4が通ってきた通路には、何人もの息絶えた警備員の姿があった。

その死体の仲間を増やすべく――本人にそんな意図があるわけではないが――P4はエレベーターの前で待っていた従業員らしき男のこともあっさりと殺す。

 

(取り敢えず警備員室を抑えなくては……自由に動き回ることもままならないからな)

 

口を抑えて男の命が尽きるのを待つP4は、漠然とこれからの方針を立てていた。

今までは音をほとんど立てていないし、極力監視カメラから見えにくいように事を運んできたので気づかれずに済んでいるが、いつ露見するかわかったものではない。そうなっては目標の回収などと言ってられなくなる。そのため、速やかに脅威の排除を行う必要があった。

移動には階段を用いる。それなりに時間は掛かるので、ぐずぐずしてはいられない。腕の中で男が動かなくなったのを確認し、エレベーター脇の壁に寄り掛からせてから立ち去る。

 

 

――――その瞬間、P4は風の流れを感じた気がして身を翻した。

 

そして、先ほどまで自分の心臓があった位置を槍の刃先が貫いているのを目撃し、驚愕した。

驚きを顔に浮かべたまま、目線だけで自分を攻撃した人物を捉える。そこには――――。

 

 

「――お?今のに反応できるのか。思ったよりやるねえ」

 

 

無造作に槍を突き出す、立花樹の姿があった。

 

 

 

 

(――馬鹿な!?何故!?こいつがここに……いやそうじゃない!!私に気づかれずどうやって後ろを取った!?殺気も微塵も感じなかったぞ!?)

 

そのままバックステップで樹から距離を取ったP4は、狼狽を表情に出さないようにするので必死だった。

 

「殺す前に一応訊いておくが、お前、どこの誰だ?所属している組織の名前は?」

 

「………」

 

「答えない、か。まあそれは予想通りだからどうでもいいわ。さて、少なくとも逃がさねえから覚悟しろ」

 

「!」

 

警戒を高めるP4に対し、そう言った樹は自然体になった。武器を構える様子ですらない。

P4は際限なく警戒を高めていく。

 

(くっ……隙だらけにしか見えない……。何なんだ……!)

 

達人ともなれば隙だらけに見えて実は隙などない、というようなことがないわけではない。

だがそれは、誘っていると相手にもわかってしまうものだ。

しかし、P4から見て樹は、正真正銘隙だらけだった。明らかに身体に力が入っていないのだ。

脱力した状態から一気に力を込めて爆発的な瞬発力を生み出す、という戦い方をする者をP4は殺害したこともある。だが、その者の脱力の仕方とも明らかに違う、どう考えても人体の構造的に即座に反応することはできない力の抜け方だった。

これならばすぐに仕留められそうである。

 

(……いや!何を考えている!侮るな!)

 

P4は樹を侮りそうになった自分を激しく叱咤する。それと同時に激しく驚愕した。暗殺を一番得意としているP4は、どんな時でも対象を侮るようなことはしない。僅かな油断が仕事に失敗、ひいては自分の死に繋がるからだ。自分が死ぬだけならまだいい。そんなことにはならないよう細心の注意を払っているが、自分の死から組織の痕跡が万が一にも残るようなことがあるかもしれないからだ。

だが今、樹を侮った――――いや、()()()()()

恐らくだが、樹の持つ雰囲気などの影響で警戒心が薄まってしまうようだ。これは大変危険だ。P4はこの場で、自分の持てる技能全てを用いて樹を殺すことを決意した。

 

(……『暗技・歩術~懐入(かいにゅう)~』)

 

もう油断はしない。全力で殺す。

 

(……大丈夫、気づかれていない。このまま奴の懐に――)

 

と、P4がそこまで考えたところで。樹が首を傾げた。

 

「――――?……ああ、そういうこと」

 

そして何かに気づいたように頷くと――――。

 

「ほい」

 

「――ッ!?」

 

とても無造作に腕を持ち上げた。これまた攻撃の意思を感じ取れず、P4はギリギリで何とか回避に成功する。

慌てて()()()()()()()()()()()

 

(何故……何故バレたっ……!?)

 

動揺を顔に出さないよう必死なP4のことを知ってか知らずか、樹が口を開く。

 

「相手の呼吸や意識の置き所なんかから、相手に認識されないような歩法で距離を詰める技術みたいだな。途中で気づいて呼吸を意識的に変えてみたら見破れたよ」

 

「……!」

 

簡単なことのように樹は言っているが、これはかなりの難題である。

そもそも、相手に何かされていることに気づかなければ呼吸を変えようなんて思い至らない。仮に思い至ったとしても、戦いの最中で呼吸を変えるというのは案外難しい。なにせ、普段無意識に行っている呼吸のリズムは、自分に最適だからそのリズムになっているのだ。それを無理矢理変えると、力を十全に発揮できなくなることがある。

なのに――。

 

(――――この男、何の躊躇いもなく呼吸のリズムをズラした……。一筋縄では行かな――――)

 

トンッ、と。P4は前から身体を押された感覚を得た。

 

「…………ぁえ?」

 

「――――なんだ。意外と簡単じゃないか」

 

「……く、ふ。かひゅっ……」

 

P4は、樹との距離が近くなっている事実を今認識した。

口の端から血を流しながら下を向くと、自分の胸を槍に貫かれている光景が目に飛び込んでくる。

 

……樹が自分がやったのと同じことをして、自分の懐に入り込んで来たのだとようやく理解した。

 

(完璧に……肺を……)

 

もう自分は助からない。しかし、自分の死体から何らかの情報を入手されてしまうかもしれない。そんなのは死んでもごめんだった。

 

「……く、くか、くかかかかか……!」

 

「……あ?お前、何を笑って――」

 

「ざ、まあみ、ろ」

 

ガリッ!と、奥歯に仕込まれた信号発信機を噛み砕く。これは、毎日飲んでいる超小型爆弾を爆発させるために必要不可欠な物だ。壊した瞬間にあるコードを発信し、それを受信した爆弾は三秒後に爆発する。とても小さいので、大した威力は出ないが――――ヒト一人吹っ飛ばすには、十分すぎる威力だ。

 

「かか、かかかか……はは、ははは―――あぁ――っはっはっはぁ――――!!」

 

「ちぃっ!!」

 

嫌な予感がした樹は、男を蹴り飛ばして距離を取り、両手の連結長槍を構えた。そして――――――。

 

ドムッ!!

 

「立花流槍術三ノ型四番『斬渦牢』ッ!!」

 

爆風を凌ぐため、斬渦牢を用いて防御する。

視界が晴れると、そこには――――。

 

「……くそ」

 

飛び散った血痕に焼け焦げた床と壁、天井があるだけで、P4の死体は跡形もなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、里見先輩」

 

ある銭湯から出てきた蓮太郎を、光が出迎えた。

 

「光か。待たせたか?」

 

「いえ、然程。さて、行きましょうか」

 

二人は病院へと戻る道を歩き出す。

 

「里見先輩、頭は切り替えられましたか?」

 

「…………ああ」

 

答えるまでに間があった。何か思う所があるらしい。

光は、それを引き出すために質問を重ねることにした。

 

「……里見先輩、どう思いますか?」

 

「どうって、何がだよ?」

 

「ティナのことですよ」

 

「……ッ」

 

蓮太郎が僅かに反応を見せる。光は冷めた目で蓮太郎を見つめていたが、感情を隠してなおも質問を投げかける。

 

「少し前にティナと二人きりで話す機会があったんですけど、彼女、悪人だとは思えないんですよね」

 

「…………ティナ・スプラウトは暗殺者だ。暗殺者に善人も悪人もねえ」

 

「そうでしょうか。仮にそうだとしても里見先輩、貴方、心からそう思っていますか?ティナ・スプラウトが根っからの悪人だと、確信できていますか?」

 

「……あいつは暗殺者で、俺は聖天子の護衛だ!どうやっても相容れることはない!」

 

「論点をすり替えないでください。今は里見先輩の気持ちを訊いているんです」

 

光はじっと蓮太郎を見つめる。その瞳は、本心を言うまで逃がさないという光の気持ちを物語っていた。

 

「……ッ、ああッ、そうだよ!ティナが本質的な悪人じゃあなかったらいいって、そう思っちまってるよ!!」

 

「ふふっ、やっと本音を言いましたね。なら、それを信じてみればいいじゃないですか」

 

「なんだと?」

 

この問答が始まってから、初めて蓮太郎が光と視線を合わせた。光は――――愉快そうに笑っていた。

 

「里見先輩。僕達は民警です。確かに綺麗事だけではやっていけません。受けた仕事によっては、本心なんて隠さなきゃいけません。それは事実です」

 

でも――、と、光は続ける。

 

「自分の心に嘘を吐いて、自分の心を殺して……そんなことをずっと続けていくことはできない人や、やっていると本来の力を発揮できない人もいるんです。里見先輩――――貴方は、間違いなく、後者です」

 

光は拳を口元に寄せて、クスクスと笑う。場合によっては嘲笑に見えるそれは、暖かさに満ちていた。

 

「いいじゃないですか、自分の気持ちに素直になっても。いいじゃないですか、やりたいことをやっても。自分に課せられた役割も使命も全て乗り越えて、その上で自分のやりたいことをやればいいんです。自分のやりたいことを妨げる障害は、全て蹴散らせばいいんです。圧倒的な力で捻じ伏せればいいんです。それができないなら、他人の力でも罠でも何でも使って活路を見出せばいいんです」

 

クスクスと、光は笑う。それは暖かさに満ちてはいたが、光の目には狂気が宿っていた。様々なものが入り混じり、光の笑いは周囲を包む。

それに包まれた蓮太郎は、何故か無性に不安な気持ちにさせられた。

 

 

 

 

 

 

 

病院に戻る道すがら、蓮太郎が自販機で飲み物を買うというので光も同行した。

湿気た高架下にポツンと鎮座する自動販売機に金を入れると、蓮太郎は不安やイライラをぶつけるかのようにボタンを連打した。

飲料が吐き出され、それを蓮太郎は一息に飲み干す。

飲み終えて蓮太郎が一息吐いた時、光が背後に向かって声を投げかけた。

 

「そんなに他人のお尻を追いかけまわすのがお好きなんですか?汚物(やすわき)さん」

 

「はっ?」

 

蓮太郎は素っ頓狂な声を上げる。尾行されていたことに全く気付いていなかったのだ。

一瞬、光の勘違いでは?と思ったくらいである。

 

だが、光の言葉の正しさを証明するように後ろから怒りに塗れた汚い声が飛んで来る。

 

「ふっ、ふざけるなぁ!僕を侮辱するのかああああ!?」

 

怒りに吠える保脇だが、聖天子の護衛に執着している上に欲望に爛れた目で聖天子を見ている奴が何を言ったところで、説得力など皆無だ。

 

だが、自分が何のために二人を尾行けていたのかを思い出し、平静さを取り戻したようだ。

 

「ふ、ふんっ。貴様ら、知っているか?第三回の会談が決まったぞ?」

 

「んなこと知ってんよ」

 

「ええ、貴方に言われるまでもなく」

 

保脇は頬をひくつかせたが、まだどこかに優位性を見出しているようで激昂はしなかった。

 

「ク、ククッ、だが貴様らにはもう護衛はできまい。里見蓮太郎は頼みの綱のイニシエーターが狙撃兵に返り討ちにされて入院中!立花光は所詮子供!ペアとして揃っているからと言って何ができるというわけでもあるまい!」

 

保脇は懐から紙束を取り出すと、それをひらひらを振った。

 

「とても残念だが、つまりこの新しい警護計画書など無用の長物だなぁ?」

 

「貸せっ」

 

「はっ?」

 

「先輩、僕にも」

 

蓮太郎は振り向いて保脇の手から計画書を奪い取ると、光にも見えるようにしゃがみこんで必死に目を通す。

光も同様に護送ルートを頭に叩き込んだ。

 

激昂した保脇は蓮太郎の手から警護計画書を奪い返すと、二人を睨めつける。

 

「貴様ら……護衛を降りないつもりかッ!?」

 

蓮太郎はハッとして考え込む素振りを見せたが、光の答えは決まっている。故に即答した。

 

「ええ。頼まれて、自分で考えて受けた依頼ですからね。降りるわけがないでしょう?危ないわけでもないのに」

 

最後のは完全に挑発だった。序列九十八位の相手が危なくないわけがない。二人がぎょっとして光を見つめる。

光は保脇を無視して、蓮太郎と見つめ合った。

 

――里見先輩は、どうなんですか?――

 

言葉にされなくても、光の言いたいことが蓮太郎に伝わった。

蓮太郎は先ほどまでの逡巡を振り払う。

 

「依頼は続行する!聖天子様は俺達が守る!」

 

「貴様らッ……ふざけるなよおおおおお!!」

 

保脇が銃を抜く。蓮太郎も同時に銃を抜いて突きつけていた。

 

互いの間には少し距離があったが、避けられる距離ではない。

場を緊張が包んだ。

 

その緊張感をぶち壊すかのように、光が口を開ける。

 

「そういえば、情報リーク者はわかったんですか?」

 

保脇は光をギロッ!と睨みつけながら吐き捨てる。蓮太郎から視線を外している時点でダメダメだ。

 

「ふんっ、聖居の内務調査班がかなり絞り込んでいる!当然貴様らの名前はトップを飾っているぞ!」

 

「ため息しか出てこないくらい無能ですね。まあいいです、その容疑者全員に偽の警護計画書を流してください」

 

保脇の言葉を鼻で笑って端的に指示を出す光。当然、保脇は怒り狂った。

 

「こ、こ、こ……子供が、僕に、指図を、するなあああああああ!!」

 

「はあ……本当は触るのも嫌なんだけど」

 

光が小さく呟く。その声は、隣にいた蓮太郎にギリギリ届く程度の音量だった。

 

保脇が銃の照準を光に変え、引き金を引――こうとした時、光は既に行動を終えていた。

 

身を屈めて飛び出した光は、柔道の要領で保脇の右袖を引いた。もちろん銃口が蓮太郎と自分に向かないように調整している。腕を引っ張られた保脇は、倒れないように右足を踏み出す。その差し出された脚を踏み台に、光は保脇の身体に登った。左手で保脇の右肩を抑え、右手の自由を封じる。右手では袖口に隠していた折り畳みナイフを取り出して開き、保脇の首に押し付けた。また右肘を相手の左二の腕に当てることで、妙な動きをしたらすぐにわかるようにするのも忘れない。

ここでやっと、保脇が引き金を引いた。銃声と共に、弾丸がコンクリートに発射されてめり込む。

 

光は保脇が状況を把握するのを待ってから、ニッコリ微笑んで言った。

 

「僕達の指示に従って、偽の計画書を作れ。あとは僕達が全部片づけてあげる」

 

「ぼ、僕に、さ、指図を……」

 

グッ、と、ナイフを深く押し付ける。

 

「何か言った?」

 

「い、いや!何でもない!わかった!言う通りに偽の警護計画書を作る!」

 

「わかればいいんですよ」

 

可愛らしく微笑んだ光は、保脇の頭に衝撃を加えて脳震盪を起こさせる。

保脇が崩れ落ちたのを見届けてから、蓮太郎を促して歩き出す。

他の護衛官が光を見る目は、恐怖に染まっていた。

 




改めまして、お久しぶりです。
gobrinです。
いつの間にか更新せずに3年半。時間経ちすぎですね、すみません。

お気に入り登録は数十件してもらえてますが、しっかり更新していた時に読んでくれていた人たちは今もハーメルンで作品を読んでいるのでしょうか?
もしそういう方がいて、「おっ、久しぶりに見たなこの名前と作品!」となってもらえていたら嬉しいです。
本当にお待たせしました。
新規の方がいたら読んでくれてありがとうございます。気に入ったらお気に入り登録なり感想なり残していって頂けると幸いです。

さて、こんなに時間が経った原因ですが、ぶっちゃけただの怠慢です。
書きたいシーンは色々あります。残念ながら最新巻が見込めないブラック・ブレットですが、あの謎に包まれたキャラ達とウチのSSオリジナルの子達との絡みのシーンも書きたいです。
ただ、SSを書くのを他の趣味と比べて後回しにしてしまって……最近はリアルも忙しく、たくさんある趣味の全てに十全な時間を割くことができません。
なので、これからも更新頻度がかなり空いてしまうことはあると思います。
ですが、過去に前書きや後書きで書いたかどうか覚えていませんが、書くことをやめることはしません。
自分の書きたいところまで、絶対に書き切ります。

まあ、そんな決意だけはあるので、もしこの作品を少しでも面白いと思って頂ける人がいれば、たまに更新が来た時に読んでやるか、くらいの軽い気持ちで待って頂けると嬉しいです。

とても長い後書きになりました。
いつになるかはわかりませんが、次に更新する時にお会いしましょう。

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