割と平和な遊戯王   作:乾燥海藻類

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第01話 ルールを作ろう

この墓標の下に、最愛の女性(ひと)が眠っているなど未だに信じられない。それでも彼女がいないという現実は胸に痛いほど分かっていた。

空虚な日々を過ごし、その後、一縷の望みをかけてエジプトへと旅立った。そこで体験したものは、彼にとっての僥倖であったのか。

ともあれ、彼はその地で夭折した恋人と、刹那とはいえ逢瀬できたのだ。

そして彼は帰国し、数ヵ月ぶりに恋人の墓標と向かい合っている。彼女が好んでいた白い花を手向け、彼は黙祷(もくとう)した。

 

「ようやく踏ん切りがついたか?」

 

不意に声をかけられ、しかし彼は慌てた様子もなくゆっくりと振り返った。

そこにはひとりの男が立っていた。彼と同年代の青年で、黒目黒髪。一見するとアジア人だが、彼はその男が日系アメリカ人であることを知っている。

彼と同じハイスクールに通う生徒だった。

 

「偶然デスね」

「そうでもない。ここの管理人に、おまえが来たら連絡するように頼んでおいた」

「そんな気の利く管理人には見えませんでシタが?」

「大体のことは金で融通が利く。おまえの方が知っていると思ったがな」

 

男はふっと表情を緩めて肩をすくめた。

 

「お金で買えないものもありマス」

 

陰りのある表情で彼は応えた。

彼の父はラスベガスでいくつものホテルを経営する資産家である。その資産を使い、彼は難病に侵された恋人を救うべく東奔西走した。だが結局、その想いは実らず、彼女は17歳という若さでこの世を去った。

 

「ま、そうだな。俺は牧師でも神父でもないから気の利いたことは言えんが、それでもふさぎ込んでいるよりは、前に進む方がいいと思うぜ」

「そうデスね。そうすることにしマス」

 

彼の目は、何かの決意を固めたことを物語っていた。

 

「卒業後はどうするつもりだ? 進学か就職か、親父さんの仕事を継ぐか……」

「起業しマス」

 

男の言葉を遮って、彼は力強い言葉を口にした。

 

「卒業してすぐか?」

「今すぐデス」

「具体的なことを、訊いてもいいか?」

「新しいカードゲームを創ろうと思いマス」

「カードゲームか」

 

そう言って男は押し黙った。沈黙はわずかな時間であったが、他に音のない墓地では、その静寂がことさらに強調されたようだった。

 

「俺も一枚噛ませてもらっていいか?」

「フム?」

「俺を雇ってくれ」

「相変わらず、決断が早いデスね」

 

呆れたようにため息を落とす。それでも、友人である目の前の男が賛同してくれたことには歓喜の気持ちがあった。

 

「では、改めてよろしくお願いしマース」

 

彼は柔和な笑みを浮かべて、右手を差し出した。男は一瞬の躊躇もなく、その手を取った。

ペガサス・J・クロフォード。この時17歳であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男の名前は高杉レン。ごく普通の家庭に生まれ、ごく普通の生活を送っていた。しかし、ただひとつ違っていたのは、彼は転生者だったのだ。

 

(しかも漫画の中というのがな。笑えん)

 

レンがそれに気づいたのは幼少の頃。海馬コーポレーションの存在を知り、そこの社長が海馬剛三郎だと知ったときだった。

それでも彼は半信半疑だったが、ハイスクールで銀髪の少年に出会って確信に変わった。

 

特に理由があったわけではない。何となく、少し交流してみようと思っただけだった。

中庭のベンチでアメリカン・コミック(ファニーラビット)を読んでいたら、向こうから声をかけてくれた。

 

(よく釣れたものだ)

 

レンは自嘲するように笑った。ダメならダメでまあいいか、くらいの策であった。それが予想以上にペガサスの関心を引いた。

資産家の息子であるペガサスはあまり隙を見せない。友人たちと談笑していても、どこか緊張しているように見えた。

だが同好の士に出会えたことが余程嬉しかったのか、ペガサスは饒舌にファニーラビットの魅力について語りだした。

 

その出会いを切っ掛けに交流は続き、病弱な恋人がいることを知った。

元気になれば世界旅行に行きたいなど、将来の展望を語っていたが、残念ながらこの世界にブラックジャックはいなかった。

 

そして時は流れ、今レンはペガサスの邸宅にいる。

そこでペガサスは嬉々としてレンに自分の企画を説明していた。

レンは手元の分厚い冊子に目を通しながら、ペガサスの説明に耳を傾ける。その本人は初めての理解者に気を良くしているのか、饒舌で熱心だった。

 

「その名もデュエルモンスターズ、デース!」

 

声高に叫び、両手を大きく広げるアメリカ人らしいオーバーアクションで締める。

 

「いくつか質問をしていいか?」

「もちろんデース。興味を持ってくれたようで嬉しいデース」

「まず、ライフ2000というのはいささか少なすぎる。8000は欲しいところだ」

「8000ッ!?」

 

もちろんこのライフの少なさには理由がある。それは直接攻撃が不可だからだ。じゃあモンスターを出さなければいいと思うかもしれないが、それだと闘う意志なしと見なされて敗北してしまう。

 

(それもどうかと思うのだがな。とにかく、この直接攻撃できないというルールは弊害しかない気がする)

 

「しかしモンスター同士のバトルが、このデュエルモンスターズの華なのデース!」

「それは分かる。おまえのデザインしたモンスターはどれも魅力あふれるものばかりだ」

 

それは掛け値なしの本音だった。画家の卵でもあるペガサスの実力は本物で、ラフスケッチであっても引き込まれるような迫力がある。

 

「フフフ、そうでしょうとも。どれもワタシの自信作デース」

「そのモンスターだが、召喚方法に問題があるような気がするな」

「召喚方法?」

 

資料には1ターンに1度、モンスターを召喚できるとある。つまり、レベル1であろうとレベル8であろうと関係ないのだ。リリースの概念がないのである。

 

「これでは、資産価値がそのまま戦力へと直結してしまう。戦略性を広げる意味でも、高レベルのモンスターには何かしらの制限を設けるべきだと思う」

「ふむ。例えば?」

 

ペガサスが訝し気にレンを睨む。代案を出せということだろう。否定するだけならサルでもできる。ビジネス界では通用しない。

 

「例えば、暫定的にレベル4以下を下級モンスター、レベル5、6を上級モンスター、レベル7以上を最上級モンスターとしよう。下級はそのまま出せる。上級は場のモンスター1体をリリース(・・・・)することで召喚できる。最上級は2体のリリースを必要とする、というのはどうだ?」

「……ふむ。たしかに、高レベルのモンスターがポンポン出てくるというのは、少しありがたみに欠けるかもしれまセーン」

 

ペガサスが顎に手を当てて考え始めた。それを見ながら、レンは畳みかけるように次の提案を口にする。

 

「次に魔法・罠カードについてだが……」

「まだあるのデスか!?」

 

草案のルールでは、魔法・罠カードは1ターンに1枚しか発動できないとある。この書き方では、どちらか1枚なのか、それぞれ1枚なのかは分からないが、どちらにせよ問題である。

しかも、魔法カードは伏せておけばいつでも発動できるとある。

 

(そういえば遊戯は相手のドローフェイズ前に魔法カードを発動してたな)

 

当然その制限の撤廃を進言した。戦略性って便利な言葉だなぁと思いながら。

 

「そして、モンスターに戻るんだが、この青眼の白龍……4枚だけ作るというのはどうなんだ?」

「そのモンスターは特にワタシのお気に入りデース。希少価値を持たせたいのデース」

「なるほど。では3枚(・・)だけ特別仕様(シークレットレア)の青眼の白龍を作ることにしよう。そして通常のウルトラレアとしての青眼の白龍を市場に流通させる。そうすれば差別化ができる。コレクターはその3枚を求めるだろうし、ドラゴン好きの子供たち(・・・・)はパックから手に入れることができる」

 

子供たちに力を入れて説明する。ペガサスが子供好きなのをレンは知っている。孤児院に寄付しているとも聞いていた。このカードゲームだって子供たちに楽しくプレイしてほしいという思いもあるはずだ。

 

「……たしかに、それならば希少性も保たれマース」

「俺は裾野を広げたいんだ。自由度を広げたいんだよ。このデュエルモンスターズで、みんなを笑顔にしたいんだ。デュエルでみんなを笑顔にしたいんだ」

 

「……みんなを笑顔に……シンディア……」

 

ペガサスがハッとなって考え込む。数秒後、ペガサスはレンの提案を受け入れた。

それ以外にも細々(こまごま)としたルールのツッコミどころは多かった。

例えば――

 

融合素材にできるのがフィールド上のモンスターのみ。

 

――融合が置換融合の下位互換になってしまう!

 

融合召喚したモンスターは、そのターン攻撃できない。

 

――テンポ悪すぎるだろ!

 

どちらかのプレイヤーがデッキ切れになった場合、ライフポイントの多いプレイヤーが勝利する。

 

――デッキアウト戦術が破綻する!

 

先攻1ターン目はドローできない。

 

――さすがペガサス。未来に生きてんな。実際どうするかマジで悩んだ。

 

それ以外にもチェーンの概念(正確にはスペルスピード)がなかったり、発動と効果がごっちゃになっていたりした。

これは誰しもがやったと思うが、発動したミラーフォースをサイクロンで破壊して無効というやつである。

 

あとは本当に細々としたルール(対象を取る取らないやコストと効果、送る捨てるなど)は、該当のカードがほとんど見られなかったので、レンは華麗にスルーした。

そもそも、カードゲームの入り口でするような話ではない。

 

「なるほど。レンはとてもカードゲームの造詣が深いようデスね」

「数少ない取り柄のひとつさ」

「デスが、やはりライフ8000は多すぎマース。間を取って4000としましょう」

 

さすがのレンも、どうやら原作の強制力には勝てなかったようである。

これは(のち)に、ペガサスの右腕とも、デュエルモンスターズの裁定者(ルーラー)とも呼ばれた男の物語である。

 

 

 


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