新会社『インダストリアル・イリュージョン社』の設立は問題なく成った。人材も十分に集まり、ついに本格始動である。
プロジェクトの責任者に任命されたレンは、今日もカードの開発・制作に精を出していた。
「チーフ、今週のカードデザインが届きました」
「ありがとう。目を通しておくよ」
用意された副社長の椅子を蹴り、レンは
しかしペガサスも
デュエルモンスターズの方はとりあえずのルールも確立され、今は本格的にカードを揃える段階になっていた。ペガサスはカードデザイナーであるが、すべてのカードをデザインしているわけではない。外注も行っている。
「……やはりモンスターが多いな」
レンがぼそりとつぶやく。魔法や罠と比べればデザインしやすいのだろう。全体の8割くらいがモンスターだった。そこには見覚えのあるモンスターもいれば、初めて見るモンスターもいる。
(まあ多いに越したことはない。言い方は悪いが、ある程度の水増しは必要だ。だが……)
当然というべきか、どのカードも無難という他ないカード効果だった。
(初期頃の低速デュエルも嫌いじゃないんだが、やはりテコ入れは必要だな)
前世でデュエルに脳を焼かれた男は、早々にデュエルモンスターズを高速化させることを決めた。
(やっぱりカードを見るのは楽しいなぁ。ん? これは……)
最終突撃命令(永続罠カード)
このカードが場にある限り、すべてのモンスターは攻撃表示になる。
「このカードをデザインしたヤツは誰だぁ!!」
「またチーフがキレてるぞ!」
「今度は何のカードが気に入らなかったんだ?」
「キレどころが分からん」
今日もカード制作課は平和だった。
そして数ヶ月後、デュエルモンスターズは大々的に発表・発売され、世界を熱狂の渦へと巻き込んだ。
◇
アメリカからスタートしたデュエルモンスターズはすぐに市場の支持を得て、わずか数年で世界進出することになった。
現在では世界中でデュエルモンスターズが展開されている。
そんな折に、レンはペガサスの呼び出しを受けて社長室を訪れていた。
「社長を引退しようと思いマス」
「なにいってんだこいつ」
「辛辣デスね~」
「すまんな。考えてることが言葉に出ちまった。で、なんでそうなった?」
経営は順調で、今やI2社は世界的な企業となった。社長のスキャンダルなども聞かないし、引退する理由はない。レンはそう思っていた。
「最近は忙しすぎるのデース。ワタシの本業はカードデザイナーデース。なのでワタシは勇退して会長になろうと思いマース」
「なるほど。理由は分かったが、誰を後任にする気だ?」
そう問われたペガサスは、いたずらを思いついた子供のような笑顔で正面の男を指さした。
「経営は素人だぞ」
「役員連中がいマス。ワタシが退いたといっても威光が消えたわけではありまセン。彼らの意見を聞きつつ、暴走しないようにするのが
「彼らが納得するとは思えんが?」
「させまシタ。なんだかんだ、アナタも最古参のひとりデスからね」
ペガサスの不興を買えばどうなるか、役員の連中も分かっている。むしろペガサスよりはやりやすくなるとでも思ったのかもしれない。
「……カードの制作業務は引き続きやらせてもらう」
「いいでショウ」
それから細かいやり取りを行い、社長業務を引き継いでいく。
その作業の途中で、ペガサスは言った。
「ワタシに挑戦状が届きました」
「唐突だな。誰からだ?」
「キース・ハワードという男デース」
「カードプロフェッサー、バンデット・キースか。受けるのか?」
「最初は乗り気ではなかったのデスが、これは宣伝に使えると思ったのデース。条件付きで受けることにしました」
ペガサスはデュエルモンスターズの創始者であり、決闘者としても最強を誇っている。故に名を売りたい決闘者たちから挑戦状が届くことは珍しくなかった。
大抵は相手にもされずそのまま流れていくが、今回の相手はかなりしつこいようだった。
「条件とは?」
さして興味もなさそうにレンが訊ねる。
果たしてその条件とは――
ひとつ、100万ドルの賞金マッチにすること。
ひとつ、全米にテレビ中継を流すこと。
この2つだった。
「もうひとつ条件を追加しよう。両者同じデッキでデュエルを行うこと。これならば、万が一おまえが負けても言い訳が立つ」
「レンはワタシが負けると思っているのですか?」
「物事に絶対はない。手札事故を起こす可能性は常にあり得るさ」
とはいえこの時代はまだまだカードパワーが低いので、仮に事故ったとしても1キルされることはほぼない。そしてレンがこの提案をしたのはキースに要らぬ恨みを抱かせないためでもあった。
そしてレンはさらにペガサスの思考を先回りした。
「まあわざわざおまえが相手することもない。会場に来た子供にデュエルさせても面白いんじゃないか?」
「……ふむ。それはなかなか」
「本当にやる気か? 構わんが、やるならちゃんと後ろに立って、
どの世界でも出る杭が打たれるのは変わらない。新進気鋭の若手実業家など、羨望の目で見られることもあるが、敵の方が圧倒的に多いのだ。
ビジネスの世界ではペガサスなどまだまだ小僧扱いである。
「フッ、まあそれはそれで面白いかもしれまセンね」
意外にもあっさりと、ペガサスはレンの提案を受け入れた。
◇
勘違いしている人も多いが、
といっても今はまだその名称はなく、軍事用シミュレーターに使用されているバーチャルシミュレーション具現化システムを転用している。
それなりに大きいものであり、個人販売はせず、一部のおもちゃ屋やショッピングモールに貸与する形を取っている。
この業務提携のささやかな謝礼として、レンは海馬瀬人に特別仕様の《青眼の白龍》を3枚贈っていた。
当然ながらペガサスは難色を示した。個人に希少価値の高いカードを3枚まとめて贈るのはどうか、と。
その苦言に対してレンは、海馬コーポレーションとの付き合いを密にしておくことはI2社にとっての利益となると言って納得させた。
(そのためにわざわざ取っておいたのだからな。I2社発展のために、ソリッドビジョンは外せない要素だ。海馬瀬人、精々利用させてもらうさ)
どうせ無理矢理にでも3枚集めるのだから、最初から渡して恩を売っておいた方がいいと考えたのだ。
海馬は闇のゲームで「死の体感」をしたことによってソリッドビジョンの着想を得たらしいが、レンが切っ掛けのアイデアを与えたことで、あとはトントン拍子に進んだ。
海馬瀬人、やはり天才であった。
さて、大観衆の拍手に包まれて始まったキースvsペガサスの一戦。先攻のキースが自分のターンを終え、ペガサスにターンが回ってきた。
そこでペガサスは、観客の中からひとりの少年を選び、彼を手招きで呼び寄せると、耳元で何かを囁き、自分の席に座らせた。
「僕にできるかなぁ?」
「大丈夫デース。デュエルモンスターズのルールは一見複雑デスが、実際にやってみると驚くほど簡単なのデース」
ホンマか?
「テメェ! ふざけるのもいい加減にしろ!」
キースがテーブルを叩いて立ち上がる。それに対してペガサスは「
キースはイラッとした表情を見せたが、しぶしぶといった様子で腰を下ろす。
そうしてターンは流れる。
ペガサスは少年の肩に手を置きながら、とてもフレンドリーに世間話を交えつつ、「この場合はこのカードを使うと良いのデース」などとアドバイスしていた。
それを見ていた対面のキースはどんどんと不機嫌になっていく。
そしてデュエルは決着し、あの名台詞が会場に流れた。
「トムの勝ちデース!」
◇
デュエルという名の茶番は終わり、キースの控え室に来たレンは怒声を聞いて立ち止まった。
「クソッ、あの野郎! なめたマネしやがってチクショウが!!」
(メチャメチャ機嫌悪いな。気持ちは分からないでもないが、備品にあたるのはやめてほしい。壊したら請求するぞ)
内心でそう思いつつも、レンは一歩前に出た。
「ミスター。少しよろしいですか?」
「アァ? なんだテメェ……その腕章、あの野郎の犬か!」
キースは怒りをあらわにしてレンに向き直った。
「ペガサスの失礼については謝罪します。私はこのイベントに協力してくださったミスターに謝礼をお持ちした次第です」
「謝礼だァ? どうせたいしたモンでもねぇんだろうが! いるかよそんなモン!」
声を荒げて突っかかってくるが、レンとしても受け取ってもらわないと困る。ペガサスが狙われる可能性を少しでも下げておきたかったのだ。
「そうおっしゃらずに受け取ってください。手前みそになりますが、良いカードですよ」
そう言って桐の箱を開ける。中には3種3枚のカードが収められていた。
「――ッ!? こいつは、リボルバー・ドラゴンの進化系か!? 端の2枚もかなりシナジーのあるカードだ……」
キースがゴクリと唾を呑み込む。
「こう見えても私、ミスターのファンでして。ペガサスもああ見えて、ミスターの活躍がデュエルモンスターズの発展に寄与すると期待されておられます」
「……ハンッ」
冗談はよせとばかりに鼻で笑う。それでも視線はカードに釘付けだ。それもそのはずで、これはまだ一般には出回ってないカードだった。
「いずれは一般販売されますが、先行配布という形でプレゼントさせていただきます」
「……フンッ、まあ、貰っといてやるよ」
ふんだくるように中のカードだけをポケットに押し込むと、キースは鼻歌でも歌いそうな足取りで帰って行った。
それを見送りながら、レンはやれやれといった感じでため息をこぼした。
そんなわけで割と新しめのカードも登場します。