「――真新しい制服を身にまとい、これからの学園生活――」
(……くっ、本当なら俺があの舞台で挨拶するはずだったのに……いや、これ以上は言うまい。恥の上塗りだ)
檀上で挨拶するツインテールの少女を厳しい目つきで眺めながら、万丈目は臍を噛んだ。
(大見得切って受験した結果が《セカンド》か。兄さんたちに申し訳ない)
用意されたオベリスクブルーの席を蹴り、万丈目はより厳しい環境を選んだ。だが結果は
(だが入試の格付けなど所詮は暫定的なもの。前期試験で直接叩きのめしてやる!)
こうして万丈目は改めて決意を燃やす。
そんな万丈目の決意など知らず、雪乃は一度もトチることなく、完璧に新入生代表挨拶をやり遂げた。
そうしてつつがなく入学式も終わり、生徒たちは解散となった。観覧していた保護者たちも帰路へとつき、新入生たちも寮へと帰る。
本格的な授業は翌日からだが、ロビーには親交を深めようとする生徒たちもいた。
その中に目当ての人物がいないことに気づいた万丈目は、直接彼女の部屋へと足を運んだ。
ドアをノックして待つこと数秒、小さくドアが開いた。
「なんだ、万丈目くんか。何か用?」
「ご挨拶だな。ロビーにいなかったから様子を見に来ただけだ」
素っ気ない言葉に、万丈目は微かに眉をひそめる。だがドアの隙間から見えた室内の光景に、万丈目は小さくつぶやく。
「デッキ調整をしていたのか?」
「レディの部屋を盗み見るなんて、イケナイ子ね」
「……たまたまだ」
デスクの上には無数のカードが広げられていた。デュエリストならそう思うのは当然だろう。
「いいわ。少し話しましょうか。ロビーでね。残念だけど、部屋にはあげられないわ」
「そんなつもりで来たんじゃない。チッ、場所を移すぞ」
悪態をつきながらも、会話することは否定しない万丈目だった。ふたりはロビーの隅の席に腰かける。
こう見えてもふたりの付き合いは長い。ジュニア時代ではほとんどの大会で顔を合わせていた。プライベートの付き合いはないが、お互いにライバルとして意識し合っていたのだ。
「ここ1年、大会に出てこなかったのは受験勉強に専念していたからか?」
「ええ。というかアナタは相変わらずの実戦派だったようね」
入試では実技もそうだが、筆記も気を抜けない。
原作でも遊城十代は、実技最高責任者のクロノスを、入試という大舞台で倒している。しかも試験用のデッキではなく、本気のデッキを使ったクロノスをだ。
これは明らかにプロの素養が見える。にもかかわらず、最低のオシリスレッドに振り分けられている。原因は筆記が悪かったからだろう。
「そういえば、質問に答えてなかったわね。アナタの言う通り、新しいデッキを作ることにしたのよ」
「調整ではなく、新調するのか? 思い切ったことだな」
「校長先生に言われたのよ。こだわりというのは大事だが、囚われないように、とね」
「……そうか」
ジュニア時代から、雪乃が周りに色々と言われてきたのは万丈目も知っている。今では多少マシになっているが、儀式召喚というのは不遇な召喚法だ。
単体では機能しない2種類のカードをメインデッキから投入し、手札に揃えなければならない。融合召喚よりも融通が利かず、リソースの消費が激しく、サポートカードも少ない。端的に言って事故率が高い。
「儀式モンスターなんて実戦では使えない観賞用のカードだね」といった少年は、速攻で雪乃に叩きのめされていたが。
そんな構築の難しいデッキを使い続け、雪乃は結果を残してきた。だが世界でもトップクラスの強豪が集うこのアカデミアに来て、少しだけ考えが変わった。
「私は意固地になっていたのかもしれない。デミスにこだわっていたのではなく、囚われていたんじゃないかってね」
「…………」
万丈目にも雪乃の気持ちは分かる。デッキ構築については常に悩んでいるからだ。デッキ構築に正解はなく、完成もない。進化しないデッキに、デュエリストの成長もない。
「儀式で有名なのは、ブルーアイズだが……」
「あれはカードよりも使い手の方が有名なのよね。だからプロでも使い手がいないわ。あの噂も……あながちデタラメというワケでもなさそうだし」
「ブルーアイズを使えば、海馬瀬人がやって来る……か」
最初は都市伝説のようなものだった。
――
だがここまで表立ってブルーアイズデッキを使う者がいないと、その噂も信憑性を帯びてくる。使うことを止めた者はその理由までは口にしないが、誰だって負けたデュエルを語りたくはないだろう。それがこっぴどい負け方ならなおさらだ。
「子供が使っていても問題ないというのが、いかにもよね」
海馬瀬人が子供好きというのは公然の秘密だった。孤児院の運営から始まり、海馬ランドの入園無料など、公言はしていないが、端々から子供好きだというのが垣間見れる。
「その子供が大人になった時はどうするんだろうな」
「……そりゃぁ、嬉々として
――よくぞここまで育った。ならば狩らせてもらおう。貴様のブルーアイズごと
「とか言いそうじゃない?」
「いや、さすがにそこまでは……ないと思うぞ」
そう言いつつも、海馬瀬人ならあり得そうだと万丈目は思った。
「そういえばアナタ、海馬社長には何も言われなかったの?」
数々のデュエル大会で優勝した万丈目は日本校からオベリスクブルーの席を用意するとスカウトを受けていた。それを蹴ってアメリカ校に来たのだ。
「あの人はオーナーであって、校長ではないからな。会ったことはない」
「え? そうなの?」
「ああ。「見た」ことはあるが、「会った」ことはない。当然、会話したこともな。向こうは俺のことを知らないんじゃないか?」
「そんなことはないと思うけど……どうかしらね」
万丈目は将来を嘱望されたデュエリストであるとともに、万丈目財閥の三男である。とはいえ、海馬にとっては興味を示すほどのことではなかったのだろう。
「まあ、そんなことはいい。それよりも藤原、俺たちの立場が分かっているのか。他の生徒よりも
「……分かっているわ」
万丈目の警句に、雪乃は気を引き締める。このスペシャルズという立場も、将来を見据えた場合、良いことばかりではない。
例えば、1年時にファースト、2年時にサード、3年時に番外という生徒と、1年時に番外、2年時にサード、3年時にファーストという生徒がいれば、どう評価されるだろうか。
前者は堕落した、後者は成長したと取られるだろう。内実はどうであれ、結果だけを見ればそう評されるのも無理はない。
「私たちは、結果を示し続けなければならない。ふふっ、まるでプロみたいね」
「厳しい環境でこそ人は成長する。次のファーストは頂くぞ、藤原」
「いいわね。私を楽しませなさい、ま・ん・じょ・う・め・くん」
雪乃は妖艶にほほ笑んだ。
◇
場所は校長室へと移る。
「ふむ。ヨーロッパ校の進展はなしか」
「すいません。兄さんも意固地になっていて」
赤毛の少年、レオンハルト・フォン・シュレイダーは申し訳なさそうに答えた。
本来ならデュエルアカデミアは世界に3校展開するはずだった。日本、アメリカ、ヨーロッパである。
当然ヨーロッパは地元であるシュレイダー社が設立するはずだったのだが、代表であるジークフリードのプライドがそれを邪魔した。
I2社の援助を断ったのだ。要するに、すべて自分でやるといったのだ。
ここで問題となったのが、資金面ではなく人材面である。すでに
またジークフリードにしても、「来てください」ではなく「雇ってやろう」というスタンスだったため、多くの者にそっぽを向かれた。
デュエリストという人種はプライドの高いやつらが多いのだ。
そういった意味では、学園の運営を人柄の良い鮫島に任せたのは海馬の英断だろう。自身が忙しいという理由もあったのだろうが。
(そもそもあいつにデュエリストを育てるつもりが本当にあったのかも怪しいんだよな)
正直なところ、海馬に対抗しているだけではないかと、レンは勘ぐっていた。
そうこうしているうちに日本校が開校を宣言し、遅れてはならぬとアメリカ校も開校を宣言した。
ヨーロッパ校は置いていかれる立場となったのである。
「僕が
「キミの世代は黄金世代とも言われているからね。それにこう言ってはなんだが、ケイト・モヘアくんの台頭は意外だった」
入学時に番外だった彼女は、1年の後期試験でトップの成績を取り、いきなり2年の《ファースト》となったのだ。
「彼女は恥も外聞も捨ててエド先輩に弟子入りしたんです。それは見習うべきだと思います」
この学園の生徒は、良くも悪くも皆ライバルだ。だからこそ、どこかで線引きしているふしが見られる。しかし彼女は軽くそれを踏み越えた。在学中にプロデビューを果たしたエド・フェニックスに弟子入りしたのだ。
「なんだかんだ、彼も面倒見がいいからね。断り切れなかったのだろう」
そして彼女は、エドと同じく「D」の使い手となった。最初の頃はデッキに振り回されている感じだったが、最終的には見事使いこなし、《ファースト》の地位をもぎ取ったのだ。
「僕も、もっと貪欲になるべきだと思いました。レンさ……いえ校長先生、これからもご指導お願いします」
レオンはペコリと頭を下げた。
(もうこの子がシュレイダー社の代表になった方がいいんじゃないかな?)
レンは割と真面目にそう思った。