アカデミアの2年生寮のロビーではふたりの生徒がくつろいでいた。ひとりは家族である愛鰐のカレンと食事をとっており、もうひとりは銃型のデュエルディスクの手入れを行っていた。
しかしそんな穏やかな時間は、勢いよく開かれたドアで消え去った。
ロビーに入ってきたのは不機嫌さを隠そうともしていない青年だった。それを見たジムはカレンの鱗を撫でながらぞんざいに言った。
「まぁたキース先生に返り討ちか? アモン」
その言葉に、アモンの反応はジムを一瞥するだけだった。そのまま自室に戻るかと思いきや、アモンは手慣れた様子でコーヒーメーカーを操作すると、そのままロビーのソファに腰かけた。
「……なぜ勝てない。あんなに対策したというのに」
答えを求めていたわけではない。アモンは同級生に相談するような殊勝な性格ではないが、
それでもここに腰を下ろしたあたり、よほど行き詰っているらしい。オブライエンはそう推察した。
「対策に気を取られすぎて、デッキ全体のバランスが崩れているんじゃないか?」
「……なに?」
「デッキ構築は足し算と引き算。それは語るまでもないが、重要なのはバランスだ。今の貴様は迷走しているように見える」
「…………」
オブライエンの言葉を、アモンは黙したまま聞いた。
「自分のスタイルを崩さず、相手の妨害もしたい。どちらもが中途半端になっているんじゃないか? メタカードで強く出られるのは良いが、それで自分本来の強みが消されれば意味がない」
徹底的にメタを張れば、当然勝率は跳ね上がるだろう。だがそれはあくまで特定の相手に対してのみ。プロを目指す上では、あまり褒められたことではない。
というのも、プロリーグでは
リーグ中に入れ替えられるカードは最大で15枚しかない。
(そもそもメタカードの対処なんて、現役時代に嫌というほどやってただろうに)
ジムが心中でため息を零す。実際、限られたリソースの中で誰にメタを張るかといえば、一番の強者になるのは当然の帰結だった。
「貴様の目的はプロになることだろう。キース教官に勝ったからといって、プロの推薦を貰えるわけでもあるまい。もっと視野を広げた方がいい」
「……言ってくれるじゃないか。番外席次の分際で」
それは図星だったのか、アモンの口調が荒くなった。
「……ふっ、確かに貴様は《スペシャルズ》で、俺はキース教官に『挑戦する権利』すらない一般生徒だ。これは同輩からのアドバイスとして受け取ってほしいものだな」
スペシャルズの特権のひとつとして、教師にデュエルを挑む権利というのがある。月に一度という制限はあるが、アモンはそれを活用して何度もキースに挑戦していた。だが戦績は思わしくない。辛うじて全敗は免れているが、アモンの目標は卒業までにキースに勝ち越すことだった。
その目標達成も、このままでは遠のいていくばかりだ。
「それと、上空の戦闘ヘリばかり警戒していると、足元の地雷を踏み抜くことになるぞ」
オブライエンが射抜くような眼光でアモンを睨みつける。
入学時にファーストだったアモンは、前期試験でセカンドに落ち、後期試験でサードまで落ちた。つまり《スペシャルズ》といっても崖っぷちにすぎない。
ここにいるジムやオブライエンも《スペシャルズ》の一席を狙うライバルたちなのだ。
「
「…………チッ」
オブライエンの言葉に、アモンは苦々しい表情を浮かべた。前期試験で不覚を取った相手、ヨハン・アンデルセンは、ペガサスも認めるデュエリスト故、どこか納得できるところはあった。
だが後期試験でファーストをもぎ取ったのは、完全に予想外の生徒だった。
「エド・フェニックスに弟子入りした節操なしだ。どうせあの男にま――」
「アモン・ガラム!!」
アモンの言葉を遮って、オブライエンは大声を上げた。
「それ以上はやめておけ。貴様の品位を下げることになる。貴様が他人をどう思おうと、それは貴様の勝手だ。だが一度口にした言葉は、決してなかったことにはできない。思っておくだけにしておけ」
「……忠告、感謝する。少し熱くなりすぎたようだ」
アモンはこめかみを押さえながら、軽く頭を下げた。
(見かけによらず激情家だねぇ、アイツは。なぁカレン)
(ガァ!)
そんなふたりのやり取りを眺めていたジムは、笑いながらカレンの喉を撫でた。
そして時は流れ、前期試験の時期が訪れる。
◇
自身の効果で手札から特殊召喚した《バイス・ドラゴン》をリリースし、《偉大魔獣 ガーゼット》をアドバンス召喚しました。
その後、相手が《偉大魔獣 ガーゼット》を対象に《収縮》を発動しました。
《偉大魔獣 ガーゼット》の攻撃力はいくつになるでしょう。
問題文を読み取り、万丈目は頭の中で計算を始める。この問いの中に登場したカードの詳しい説明は書かれていない。前提として、それぞれのカードを理解していないと解けない問題なのだ。
(偉大魔獣ガーゼットの攻撃力は、リリースしたモンスターの元々の攻撃力の倍となる。バイス・ドラゴンは自身の効果で特殊召喚した場合、攻守は半分となるが、元々の攻撃力は2000。つまり偉大魔獣ガーゼットの攻撃力は4000となる。そして《収縮》の効果は、元々の攻撃力を半分にする効果……)
ここで万丈目は引っ掛かりを覚えて、もう一度情報を整理する。
(偉大魔獣ガーゼットの元々の攻撃力は「0」だ。それが永続効果により4000となっている。収縮は……そうだ、収縮の効果は「元々の攻撃力」を半分にすると同時に、「攻撃力」を「元々の攻撃力」の半分にもする効果なんだ)
万丈目の頭がスッキリ整理された。
(つまり答えは「0」だ!)
攻撃力の増減計算は簡単なようで面倒なパターンがいくつか存在する。計算自体はデュエルディスクがやってくれるが、いざカードを発動して予想と違った数値になれば、戦略も崩れてくる。
プロならそんな事態を引き起こしてはならない。
(よし、次だ!)
万丈目は新たな問題へと取りかかった。
筆記試験は一般の高校でも行われる「一般科目」と、デュエリストの知識を問う「決闘科目」に分けられる。スペシャルズとして評価されるのは決闘科目のみだが、一般科目で赤点を取るような生徒は例外である。どれだけデュエリストとして優秀でも、一般科目で赤点を取ればスペシャルズからは除外される。
これはデュエリストがデュエルしかできないと思われるのを避けるためでもある。最低限の教養は必要なのだ。
「あら、ツァン。随分とご機嫌ね」
「あ、雪乃。いやぁ、筆記が予想以上に上手くいってね。ついにボクがファーストかなって」
「あらあら、宣戦布告かしら。お可愛いこと」
筆記試験も終わり、これから実技試験が始まるとあって、彼女も気持ちが昂っているようだ。
「アナタとならアツいデュエルができそうだわ。私と当たるまで、あまり黒星を増やさないようにね」
実技試験は総当たり戦で行われる。3日かけて全員と闘うのだ。相当なタフさが求められる。
「アンタこそ、ボクと当たるまで誰にも負けないでよね!」
そう言い残して、ツァン・ディレは体育館に向かって歩き出した。
◇
「――ありがとうございました」
本日最後のデュエルを終え、雪乃は相手と握手を交わした。その瞬間、肩がどっと重くなり、膝から力が抜けていくのを感じた。
(さすがに1日で8戦はキツいわね)
しかも相手はみな非凡なデュエリストだ。気を抜ける瞬間などない。1日中フリーデュエルをやったことはあるが、負けられないというプレッシャーのせいか、身体に感じる疲労は比べものにならなかった。
(先生のアドバイス通り、キャンディを買っておいてよかったわ)
購買に甘味類が大量に補充されているのを見た時は何事かと思ったが、糖分の補給が理由だったのだ。デュエルの合間にショートケーキやシュークリームを食べる生徒もいたほどだ。
デュエル中にキャンディをなめるくらいはかわいいものだった。
それでも脳疲労が溜まった後半に、いつもならやらないようなミスを犯して、それが敗北に繋がってしまった。
(まだ2日もある。今日は早く寝た方が良さそうね)
重い身体を引きずりながら、雪乃は自室へと帰っていった。
◇
「ファーストとセカンドは変動なし。サードにツァン・ディレくんが入りましたか」
キースから提出された書類を眺め、確認する意味でそれを言葉にする。
「勝率は同じだったんだがなァ。筆記の差が出たな。万丈目もさぞガッカリだろうよ。クククッ」
「生徒を笑うとは趣味が悪いですよ」
「性分なモンでなァ。こればっかりは治らねぇよ。テメェもそれを承知で俺様をスカウトしたんだろうが。クククッ」
キースは悪びれもせずに笑った。確かに教育者というガラではないが、チャンプの座を3度も防衛した実力者である。彼が教壇に立つというだけで、学園の注目度は跳ね上がった。
「まあ、これで交流戦の代表も決まりました。頑張ってほしいですね」
「フッ、世代の差ってのは残酷だなァ。一昨年はウチの全敗。昨年は全勝。さて、今年はどうなることやら」
年に一度開催される、日本校との新入生同士の交流戦。当然今年も行われる。
(ついに遊城十代が入学したか。だが万丈目がこちらに来たり、TFキャラがいたりと、相変わらずよく分からん世界線だな)
レンは小さく苦笑した。
今さらですがキャラクター設定はアニメと漫画のごちゃ混ぜになっています。ご了承ください。