色々設定を考えているだけでわくわくしちゃうぜ。
「よし、じゃあスタート地点からぐるっと周ってスタート地点を通り越したここがゴールだ。
色々初めてらしいし、兎に角自由に走ってみてくれ。
加速のタイミングとか、寄せるべきかとかも自由だ。
こういうのは初めての感覚が大事だからな。
修正は難しくはないが、手間と時間を必要とする。
のびのびと、だけど怪我だけには注意してくれ。」
「あ、ありがとうございます。」
ぐうすか夢の中でカッポカッポ歩いていたら、いつの間にか袋から救出されていた。服は、なんとトレセンのジャージである。タグには備品としての管理番号がマーカーで書かれている。多分ゴールドシップの仕業であろう。抜け目ないやつだ。
救出してくれたのは、キラリとバッチ光る新人トレーナーさん、名前は
じゃあ、行ってらっしゃい。
は、はい......。
未だ混乱している。
だが不審者及び不法侵入者として叩き出されるのもどうかと思う。
だから、とにかく思い付く限りの準備を始める。
準備体操やらいつの間にか用意されていた蹄鉄付きの靴の確認やらと。
広いターフの上。夢の中でも見ることの少なかった豊かな土地。
芝が軽く足裏を摩る。ふむ、問題はなさそうだ。
靴もそこそこサイズ調整が効く。身体も動く。痛みは薄い。
夢の感覚を思い出す。
ウマ娘とあの獣、筋肉の付き方、骨の形、関節の位置など。
ありとあらゆることが違えど、それぞれの機関は等しく在る。
つまり、走るための肉体機能や脳の働きに、そう大きな違いを見つけられなかった。
故に、今の身体を可能な限り使ってみよう。
比較対象は、私たるあの獣。私だからこそ、感覚を共有できている。
こうも現実で走ることに関心を持つなんて、そうなかったなぁなんて考えながら、
私は、準備できましたーと声をあげた。
▶
いつかの約束を思い出す。
トレセンで走ることを試す。
ゴールドシップがお膳立てしたのであろうこの状況。
それが、何らかの機会になると彼女がふんでいるのなら、試しても良いのかもしれないなんて。
結局のところ、私はこの試走に乗り気であった。
小中の運動会や体育祭にしろ、長距離走にしろ、
間が悪かったり、病院に居たり、ドクターストップがかかっていたり、そもそも選ばれなかったりと。
のらりくらりと機会を取り逃したり、わざと取り落としたりして生きてきましたこの生涯。
ちょっとだけ、うん、やる気があったりするのです。
注がれるのは好奇の視線と真剣な視線。
一つ、『ちっとばかし走ってみろやいやーい。こりゃあ焼きそばが進むぜうまい!』
一つ、『果たして、君はどんな走りをするのだろうか。』
うーん、プレッシャー。あとゴールドシップはなに食ってやがる。
所謂スターティングスタートをとって、待機。
榎宮トレーナーの
ま、なんとかなるかーっと、息を吐く。
さて、
同調、開始。
風圧。せばむ視界。
知り得る加速圧。血液の音。
全てはデジャヴュのようで、全ては新しきこの感覚。
馬鹿げているとしか言いようがない。
なぜ、ウマ娘は二本足であるのか。
ウマ娘が二本足である限り、この普遍的な怪力に身体は誰も耐えられまい。
脆く崩れさる運命は近く、何時だってウマ娘は肉体の不合理性に苦しんでいるのだ。
だが、だが、
その構造的欠陥を、その宿命的限界を、
私は、私の夢は、ねじ伏せる________ッ!
夢がぶれる。
自己暗示は痛みに弱かった。
やはり、差異は大きすぎた。
理想の夢は、どこまでも私をおいていく。
芝が爆ぜる。脚が軋む。
カコンと骨が響く。筋が可動域を上回る。
身体は動く。それは夢の通り。
私が
代償が、痛み。
ああ、なんてキツイのだろう。なんて苦しいのだろう。
それでも、夢の私は嬉々として走っていく。進んでいく。
止まらない。止められない。終わらない。終えられない。
夢のはなし。
全ては夢のようで、この痛みは現実で、
故に生まれた、恋い焦がれるような灼熱を、
ヒトは、私達は、なんと表せばいいのだろう。
▶
我が肉体は、丈夫という表現を越えた丈夫である。
正確には、
もちろん、痛みはある。今も苛む歪みもある。
そういう、壊れないだけな
過去のように走るには、十分すぎる機能だった。
▶
パシャんと水が体を跳ねる。
滴る水が大気に溶けていく。
もうと、仄かな空気の拡がり、正しくは水蒸気。
肉体に籠る異常な熱が、肌に張り付いた水分を蒸気に変えていく。
流石にぷしゅ、なんて蒸発音は起たないが、もわっと立ち上る感覚が付き纏っている。
「ウマ娘は人より体温が高いことは知っているが、ここまでとは思わなかった。...大丈夫なのかい?」
「ええ、私は他のウマ娘より体温が上がり易くて。こうやってすぐ熱が籠ってしまうんです。」
実際には、全力走行の影響である。
異常代謝による発熱。無理した肉体が損傷を修復しようとして、更なる負担がかかっている証拠。つまりこの後めっちゃ
「それで、どうでしたか?私の走りは。技術もへったくれもなくただ走りましたが、なにかありましたら。」
「ああ、予想以上の脚力だった。あれは本当に素晴らしかった。様子を見るに、レース部門以外を目指していた所をそのパワーを買われたのかい? スピードに関しては並以下だが、脚の動かし方が成れば普通に伸びると思うよ。そこは技術力の問題だしね。カーブも同じく技術の問題だが、グリップ性能....踏み込みは良かった。上手く遠心力を抑えられていた。スタミナに関しては.....少なそうには見えないが、負担が大きいようだね。ロスを無くせば、長距離も走れると思うよ。」
ストレートな感想、意見だった。以外である。
こうも真剣なものを向けられるとなかなかに嬉しい。
「あ、ありがとうございます。」
「あと、君の走りは綺麗だった。」
へ。
「へ。」
声に出ていた。
榎宮トレーナーは頬をポリポリとかいて、言った。
「技術とかそういうのじゃなくて、なんていうか、その_____
君は、優しい走り方をするんだね。本当に、綺麗に思えたんだ。」
うわぁ。
「うわぁ。」
「おいトレーナー。テレイドスコープは私が唾つけてるやつなんだぞ。粉かけんなよなー。下手なことしたらこうっ*1だぞ!!」
「べ、別に変な意味じゃないよ!? ただふっとそんな雰囲気が読み取れて優しく走るなあと感じただけで.....ってゴールドシップ!? いつの間に!」
我が心乱れけり。
まあ確かに乗用の獣で長距離移動するための乗り物で快適とは言い難いとはいえそこそこ扱い易くて我が主もずっと乗ってくれてたしわざわざ私を運ぶために船とかも奮発してくれてたし体を壊しがちな主を気遣ってあまり揺れない走りとか試してみたりしてたし結構自分でもいいウマなんじゃないかなんて傲ってた部分もあったけどこう率直に褒められると_____嬉しい。
「う、嬉しいです。ありがとうございます。」
丁寧に頭を下げて、お礼を言う。
尻尾が弾む。耳が痒くなる。
夢の私は、私の誇りで、先生に認めてもらった存在ではあるけれど、褒めてもらうなんて。
こうも、"綺麗"なんて
主以外に、いなかったのだ。
「トレーナー。そこに正座せい。」
「なんでさ!?」
▶
ゴールドシップが私を米俵のように抱えて駆ける。
他の職員にバレないよう、沸騰した私を颯爽と回収しきり、そのまま駆け出す姿はまるで強盗。
夕日と視線を浴びながら、むすりとした様子。
「乙女かオメー。 ....まあ色々仕方ないにしろ弱すぎだろ。」
「言わないでくれよ。なんとなく色がわかるんだ。あんな直接的に気持ちが込められていると、こう、くるものがあったというか。」
「ふーん、まあいいか。あ、後、トレーナーには不法侵入の件バレたっぽいぞー。じゃじゃん通知の嵐だわはははははー。」
「え"。」
「そりゃあ気になるウマ娘がいたら調べちゃうよなお前のこと。名前もついバラしちゃったしー。そりゃあトレーナー気づくわしかたねーな。まあ気にすんな気にすんな、また連れてくぜ。トレーナーとお前、相性良さそうだし。っかー、やっぱしゴルシちゃんアイは正確だな! 戦闘力564万は伊達じゃねーぜ!」
「おい待て法を犯すのはもうよそう後が怖い」
「なら、さっさとトレセンに来いよなー。私ら待ってるからよ。ほら。」
見せられたゴールドシップの某メッセンジャーアプリには、ゴルシを嗜める言葉。今回は不問にすること、正規の見学なら大歓迎と私に伝えるようにお願いする言葉、私には才能があるとうったえる優しい言葉。私にゴルシが迷惑をかけたと謝る言葉。
わあ、うん、なんて、こうも______
「くっそー、こりゃ大ヒットじゃねーか。もう来るしかねーんじゃねーのー?このこのー。」
「痛い痛い脇腹突かないでそこ肉薄いからやめ」
ぶすり。
あ
「あ」
「あ"""」
珍妙な悲鳴をあげる
素敵な出逢いを伺わせる、そんな一日がそこにはあった。
ちょろいん、テレイドスコープ。
まあ過去があんなんだからね、仕方ないね。
なお榎宮トレーナーはゴルシも担当しています。
テレスコはバッチの新品具合から新人かな?と思っていますが、正確には二年目です。