そして頑固である。
一度そう決めると、無理矢理押し通そうとする傾向がある。
そういうバカは、何度だって病院送りとなるわけだ。
夜。初夏の訪れなど知らぬとばかりの清涼の風が吹く。
場所は大きめの公園。市に管理される公共グラウンド。その一角。
テレイドスコープは、榎宮トレーナーのアドバイスを思い出しながら、体を解していく。心臓を廻す。薄く散る熱がある。吐息が重い。脚に力が入る。
あの時のレベルまではもっていかない。
せいぜいが半分、持続可能を目指せる出力の少し先まで。
踏みしめて、走る。
新品の蹄鉄の違和感を楽しむ。
あの試走の後、手取り足取り教わったフォームを思い起こして駆ける。
しかし、グラウンド3周する頃には身体が軋み始める。
脆い。
つくづく、入学前からずっと鍛え続けてきた精鋭達の身体の凄さを重い知る。
ゴールドシップの来い来いコールに良い気分だった自分がいたことは否定はしないが、中央で走れるかもとこの程度の実力で考えていた甘い想定を壊していく。
バカな考えそのもの。
そんな簡単な話じゃないのはわかっていただろ?
▶
あの時から流れるように、ゴールドシップの勢いと、自分の浮かれ具合に押されて、電話でお婆さんに、直接学校に中央に行きたいと相談できた。
大変驚かれた。担任には難しい顔をされたけれど、お婆さんと先生にはなぜかいっぱい誉められてしまった。応援するって言ってくれた。なんか中央対策のあれこれも渡されてしまった。寝る時間が受験レベルで減ることになりそうだった。今履いている靴もトレーニングウェアもお婆さんからの贈り物。
そこまでされて、私は気づいた。
レースで活躍することは、お婆さんや先生のお返しになることなのかもしれないと。
無理しないでねと言われたけれど、その"もしも"は無理するだけの価値がある。
空っぽで、歪んだ私を助けてくれたみんなへ、これがお礼になるというのなら。
私は、ここで、確かに、走る覚悟を決めたのだ。
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目標。来年に入学。
身体をある程度走れるレベルまでもっていく、
かつ、試験突破のための学力も着けていく。
その第一歩。お婆さんと先生によって高く積まれた走り方の本を兎に角読んだ。
試験勉強。走行勉強。試験勉強。走行勉強。
そしてこのように実践編。
へなちょこの身体をなにくそと鼓舞し、兎に角走って走って走りまくる。
たったグラウンド6周....2400mで軋む身体を殺して走る。
7周、8周、9、12、15、19...........
「ゲホッ!! ゲホゲホゲホ......」
あれ わたし どうして
気がつけばグラウンドで倒れていた。口から血が出て、地面に水泡を作る。
驚愕に声をあげそうになって、声が出ない。
喉奥に凄まじい痛み、逆流した胃酸が全てに塩を塗る。
動かない四肢。ピクリともしない、いや痙攣している。全身が正座した時のあの痺れに襲われている。
比較的、私は冷静だった。痛みには慣れている。驚愕こそあれど恐怖はない。
自分の血液など幾らでも過去に知っていた。
慎重に四肢を動かす。まず腕、動く。痺れはあるが我慢。
喉を確認。胃酸でイガイガヒリヒリズキズキと地獄ではあるが.....その痛みでなんとなくわかった。多分無理な呼吸で喉か気道の表面をそっ切ったようだ。そこに胃酸が接触。そりゃあ痛いわなはははははは.......
いたいよう。
そこそこの年だというのに、しくしくと涙も溢れてくる。
なにくそと四肢を動かす。次は足だ。動くようになってきた腕で四つん這う。
夢での私を思い出す。そういえばいつも四つん這いというか四本足であった。
しかしながら現の私は二本足である。ここままではいかん。
四つん這いのままグラウンド端の鉄棒やらの遊具に捕まり、震える足をなんとか立たせる。
ナイスガッツ私。よし次は水飲み場へゴーだ!
混乱しているのか、興奮が止まらない。アドレナリンというやつだろうか。
この勢いでなんとか蛇口へ。
二回ほど道端で血とゲロを吐いてしまったのを覚えておく。後でちゃんと隠さなければ。
蛇口で口を何回か洗う。真っ赤なお水。流れていく吐瀉物。ちょっと面白い。
ジャージを貫通して擦りむけた膝も洗う。よし。
砂だらけの髪をはたく。よし。
道端の吐瀉物を土に埋める。よし。
機材を回収。よし。
今日は帰ろう。
今日が金曜日で良かったと安心しつつ、ヨロヨロと帰宅する。
壊れないだけで、怪我はする。
当たり前の話であるが、無理は禁物であった。
それが凄く身に染みた夜であった。
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声が出しにくいこと、身体中が痛むことに、起きて気づいた。土曜日は常備薬で様子を見たけれど、日曜日になっても変わらないので、懇意してもらっている総合病院に朝早くに予約して、受診してもらった。
めっちゃ怒られてしまった。湿布やら軟膏やら痛み止めの飲み薬やら処方して貰ったあと、耳鼻咽喉科への紹介も貰ったのでそのまま繋げてもらった。走る練習をしたことを話したあと、なんかホースみたいな伸びるカメラを口から突っ込まれた。喉の皮膚が裂けてそれが太い血管まで届いたらしい。そりゃあ沢山血が出るわ。周りの炎症も酷いらしい。化膿したら目も当てられないので、抗菌薬を処方するとのこと。この炎症が気管、食道、肺まで行けばただでは済まないとも言われた。怖い。
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吸引タイプの薬液の操作方法を教えてもらい、家に帰る。出費に関しては保険とアルバイト分で事足りた。中央に入るからには走って家に向かいたいものだったが、お医者様方に会話運動飲食について注意をくらってしまったので大人しく電車で帰る。とほほ。
痛みに強い私である、呼吸や飲食による痛みはどうとでもなるが、喋ることが物理的に厳しくなってしまった。
なんせ発音が覚束ない。空気の動きでいちいち喉がひきつくのだ。これはきつい。
と、言うことでマスクとホワイトボードを駅近くの雑貨店で購入。これで喉の保護と意思伝達は問題なし。
帰ってきたら担任に連絡した。驚かれたが事情は把握してくれたようで、少々怒られてしまったがその程度だった。ホワイトボードの使用も許可された。よし。
学校の準備をして、お風呂入って、課題をこなしたり走行勉強をしていたら、いつの間にか夜になっていた。
明日は早いのでさっさと帰り道で買ったゼリータイプの流動食を飲む。喉に負担がかかりにくくて助かる一品だ。
歯をさっと磨いて、ベットへ。
さあ、今日はどこまで進もうか。主よ。
▶
それは夢の噺。
過去の残滓。記憶の底。生の所作。
その全てが交ざる、混沌の世界。
例え、これが幻だとしても、
何時だって私には鼓動があった。
四肢があった。
瞳があった。
夢を識る脳があった。
人意をいつの間にか理解し、輪転し続けた魂があった。
今日は、いつ頃の幻か。
と、夢に沈む獣は想う。
主との出会いのときか。
その旅の道中か。
主との別れのときか。
いづれかの産まれ落ちる瞬間か。
いづれかの死にゆく瞬間か。
私は、その全てを夜に待ち望む。
夢は、まるで現のように、
最後は、美しき眺めを教えてくれた。
今夜巡るは、そんな夢の噺の一つ。
▶
湿った風が吹く。
藍色から紫へ、紫から黄金へと変わっていく空模様を眺める。
朝焼けに照らされた雨露の草原が一斉に煌めく。
丘陵を跨ぎ、麓の町まで続く田舎道。
遠くに見える真新しい道路には、
けたたましい音ともうもうと煙を出しながら走るナニか。
その先に広がる農園には、一台のナニかが止まっている。
時代が変わったというべきか、もう時代遅れというべきか、
私は、主を運ぶという点で、何一つ勝てないことを知っていた。
もうとっくに、旅は終わっていた。
あの出会いから、数十、数百年が経って、
生き死にの果てに、私は意味を失った。
主の名残は風化し、消え果て、残ったのは記録と記憶だけだった。
今も、私は過去の夢を見ては、それがただの情景であることもわかっている。
ああそうだ、私はどこまでも頑固者だった。
もう一欠片も存在しない主の墓の場所に居座って、いつか死んでいく。
ま産まれ返っては、形のないものに寄り添って、無為に死んでいく。
ああ、なんてつまらないのだろう。
旅の終わりは、こんなところだった。
主が最期に見た景色だけしかここにはなかった。
与えられたのは夜明けの空と、星空と、雲と、太陽と、風だけ。
それでも、
主の呼吸の音が聴こえなくなったとき。
暖かな鼓動がわからなくなったとき。
その一瞬の景色だけは、
黎明を詠うあの夜空だけは、
最期にふさわしいと、私は思えたんだ。
ああ、なんてつまらないプレゼント。
そう笑って、私は厩舎へ帰っていく。
私は獣。いつからか誰かに管理されるようになったもの。
帰らなければめんどくさいことになることはこの数十年で覚えた。
今だってこっそり脱出してきたから、下手に感づかれると_______
「あ、こんなところにいた。わあ、綺麗な芦毛だ。どれくらい白くなるかな?」
「
こういうことになる。
その日、私は、旅路に帰する。
転生者(n回目)。
なお記憶はただの記録になり、
性格や思考は次の肉体に影響される。
母にも父にもなった記録(記憶)をもつ、珍しいお馬さんです。