綺麗な言峰とか呼ばれ始めた奴 作:温めない麻婆=ちゃっぱ
言峰がカルデア内から消えた。
全員で探しても何処にもいない。ただ部屋の中で微かに魔術を使用した跡が残っており、そこからどこかへ逃げて行ったのかと結論が出された。
しかし、キャスターのうち誰かが気づいたのだ。
藤丸立香は最初にそれを口に出して言ったのが誰なのか覚えてはいない。ただその衝撃的な内容に眉を顰めるぐらいしかできなかった。拳を握りしめ、不安を堪えるぐらいしか自分にはできなかったのだ。
────言峰綺礼が、無理やり何処かの場所へ連れ去られたんじゃないかと。
強制を伴った魔術だったらしい。自分の意思とは無関係に行われるもの。
あの後彼の部屋を徹底的に調べて分かったのは、それ以外にもあった。まさかと思われる、とても大事なこと。
ロマニ・アーキマンが遭遇したあの裏切り者のレフと行っていたらしい通信に関しても一方通行。強制的なものだったと……。
もしかしたらと、藤丸立香は希望する。
マシュと話をしていても、彼女も同じ結論を出した。
希望的観測だが────言峰綺礼は、自ら望んで裏切り行為を行ったわけじゃないのかもしれないと。
そんな考えを否定するのは、言峰を知るサーヴァントたちだった。
「あの野郎を心配するだけ無駄だぜマスター。あいつはただ、嘲笑ってんだろうよ」
「……うーん。そうかな? あの人が嘲笑ってるように思えないんだよね、ランサーのクー・フーリン。君もそうだけど、キャスターのクー・フーリンもそうだったよ。どうにも私やマシュ達の知る言峰さんと君たちの知る言峰綺礼は別みたいに感じるぐらいだよ」
あの後召喚してきてくれたのは、第五次に関連する英霊たち。
ランサーのクー・フーリンも同じく、カルデアのキッチンを担当してくれたアーチャーのエミヤも、よくご飯を食べているけれどいざという時は頼もしいセイバーのアルトリア・ペンドラゴンだって来てくれた。
それ以外の人たちも────第五次聖杯戦争に関係する英霊はほぼ全員が召喚されたと言っていい状況だった。
唯一来ていないのはアーチャーのギルガメッシュぐらいだろうか。
そしてこのカルデアに言峰はいない。
彼ら、彼女らは以前起きた騒動を知り、言峰に関してなんともいえない表情を浮かべていた。
「……皆が何と言ってもね。やっぱり私は言峰さんは裏切ってないって信じたいんだと思う」
「マスター。お節介かもしれませんが……現状を察するに、彼に関してそれは……」
「分かってるよアルトリア。でも言峰さんはあの時、裏切ったなんてはっきり断言しなかったから……」
ロマニ・アーキマンが遭遇した騒動。言峰がまだカルデアにいたあの最後の数時間で起こした尋問でも、彼は裏切ったとは言わなかった。
否定しなかった。でも肯定だってしなかった。
裏切りしているわけじゃないかもしれないという願いはきっと、言峰が何も言わなかったせいだろうと藤丸立香は理解する。
藤丸立香は自分自身でもそれがあり得ないと思っている。マシュだって、表情を曇らせながらも「大丈夫です、きっと」と、信じているから。
裏切ったのも理由があるかもしれないという可能性が出てきたのなら、藤丸立香はそれを信じる。
「言峰さんは、何か事情があって敵側に回ったんじゃないかな……」
自分の知る言峰さんはずっとずっと、カルデアのために尽くしてきたようだと、藤丸立香は思い返した。
朝早くから夜遅くまで働いていた。
彼がいたからこそカルデアで安心できた日々があった。彼はカルデアに住む職員全員の心を守ってくれた。温かな毎日を守ってくれていた。
彼と接していた日常は本当に尊いものだった。
ずっとずっと、こういう毎日が続くのだと信じていた。言峰さんは大丈夫だと、思い込んでいた。
それがただ遊びのために、嘲笑うために裏切っただなんて藤丸立香は信じたくない。
「このまま前へ進んでいけばきっと、言峰さんに会えるから。その時になったらきっと……事情が分かると思う。そうしたら私は────」
だから今は、立ち止まらない。
ただ前を見て進んでいく。そう藤丸は決めた。
その決意を、マシュや皆は尊重してくれた。
マシュも藤丸と同じ気持ちで前へ進もうと決意した。
だから彼女たちは負けないのだ。言峰の事を信じているから。
いつか会える、その時まで。
というわけでウルクにいる言峰とカルデア内での温度差が激しいお話でした。
あと私自身(作者)の話なんですが、現状第一章をいろいろ読み返している最中です。しかし理解不足な所もあるかもしれないのでそういう時は遠慮なくご指摘していただくと嬉しいです。
この作品の続きを期待してくれる方、高評価や感想などしていただけると嬉しいです(もちろん強制じゃないです)
エミヤ達に関してのメイン回はまた今度。