綺麗な言峰とか呼ばれ始めた奴 作:温めない麻婆=ちゃっぱ
ギルガメッシュ王に会う前にと、マーリンに連れてこられたのはウルク市街にある場所。
そこにあったのは異様な光景。そして漂う刺激臭だった。
「待って、ウルクなのに麻婆専門店が出来てるんだけど!?」
「先輩すごいです。行列が出来るほど大人気みたいです! あそこまで並んでますよ!」
『いやウルクに麻婆専門店とかあり得ないから!!』
ロマニのツッコミが市街に響くほどその光景はあまりにひどいものだった。
────いや、チェイテの上にピラミッドが乗ってるようなハロウィンよりマシだろうか。そう藤丸立香は死んだ目をしながらも考える。
それは、ウルク市街の一角にある雰囲気が異なるお店。
花屋やレンガ屋といった古風な感じじゃない。和風というべきか、中華風ともいうべきか。藤丸立香は以前イリヤスフィールが言峰に向かって「ラーメン屋のおじさん!?」と叫んでいた言葉をふと思い出した。
つまりこれはラーメン屋……に似た、麻婆専門店ということか。
「ねえなんかもうこれだけで特異点になってない? ウルク大丈夫?」
「あははははっ! 面白いことを言うね。大丈夫だよギルガメッシュ王がそれを許すはずがない。それにこれはある意味嫌がらせの一環でもあるからね」
「嫌がらせ?」
マーリンが言うには、事の発端は麻婆を布教しようとする言峰の動きにギルガメッシュ王が反応したことだった。
美味い麻婆を食べて、その麻婆の味を知るウルクの民が日々麻婆のために生きるとかいう状態になったらしい。そこから女神が襲撃して誘拐みたいなことが起きても「麻婆がないならウルクに帰る!」とかいう騒ぎを起こして大変なことになったらしい。
ただの食べ物。女神のように敬うわけではない。麻婆教とか言っているけれど、つまり麻婆布教を略したもの。麻婆信仰はまだ、起きていない。
ただ美味しいものを食べるために汗を流して毎日働く、健康的に過ごすための娯楽に麻婆が入り込んだ。それだけだ。
女神がウルクを襲撃しても「麻婆を食うために死ぬわけにはいかない!」とかいう面白状況に発展し始めたのでギルガメッシュ王はまた笑い死にしそうになったらしいが……。
「────というわけさ。ああ安心してくれ。今作られてる麻婆はやばいものが入ってるわけじゃないからね」
「……あのさ、ずっと思ってたんだけどやばいものって何? ケミカルなんちゃらじゃないでしょ?」
「聖杯さ」
「せい……はっ?」
「そう、聖杯だよ。ウルクのものでもなく、敵側が所有するものでもない。このウルク市街に彼が入り込んでから監視していたんだけどね、もう本当にいつの間にか持っていたと言っていいモノだったんだよ」
楽しそうに笑ったマーリンとは違い、アナは疲れたような顔で溜息を吐く。
目の前に麻婆専門店があるせいでやけにいい匂いがしてお腹がすく。そういった状況すらマーリンは楽しんでいるのだろう。
そう藤丸は彼をちょっとした愉快犯の気質があるなと評価した。
マーリンは微笑みながらも話を紡ぐ。
「彼はごく自然に聖杯を持っていた。でもそれを彼は実感していないようだった。イシュタルからかっぱらってきた物の一つと思ってたんだろうね。それを器にした麻婆を彼は食べたんだ」
『ああ、これで納得がいったよ。ラスプーチンがカルデアから消えたあの日から今まで……魔力を何処から供給していたのかってことがね』
「うん。ダ・ヴィンチちゃんの言う通りだ……。それと聖杯は何処から拾ったのかっていうのが問題なんだけど……多分、ソロモンだよね?」
マーリンは満足げに笑いながら頷いた。
ただ少しだけ様子がおかしく、何かを隠しているのも分かった。
「マーリン?」
「彼についてはまた……彼と直接会った時に話そうじゃないか」
「う、うん?」
藤丸立香とマシュはそれぞれ顔を見合わせる。
言峰に対することならばと問い詰めようとした瞬間だった。ダ・ヴィンチちゃんの笑い声が響いてきたのだ。────ちなみにロマニはマギ☆マリの一件で頭を抱えてしまったらしい。ちゃんと管制室にいるようだがしばらく放っておくとのことだった。
『なんかもうあれだね。ラスプーチンがどう動くのか見たいがために人理を崩壊させた元凶がわざと彼におもちゃを与えて放流しているような気になってきたよ!』
「ダ・ヴィンチちゃんなんかそれ違うと思う。……お、思いたい」
「先輩?」
「だってさ分かるでしょマシュなら! 私の知ってる言峰さんはそんな愉快な人じゃないもん!」
『何言ってんのさ立香ちゃん。私が言うのもなんだけど、立香ちゃんも重い感情を抱いてるよね。彼に』
「重くもないし、軽くもないよ。程々です」
「先輩……私も同じです! 私もこの状況で言峰さんにお会いしたら何を言えばいいのか分からなくなりますから……!!」
「だよねマシュ! 私たちはおかしくないよね!」
言峰さんが敵なら倒して仲間にする。危害を加えるなら止める。そういう覚悟は決まったけれど、いざ目の前でそれが起きたら動けるのかという不安が藤丸にはあった。
それと言峰に依存していた期間があったためか、彼に対する評価に物申したい気分にもなってきたのだ。
そんな騒ぎに麻婆専門店の列を並ぶウルク市民が怪訝そうな顔で見てきた。
真横で見ていたアナすらも、マーリンを見ていたあのごみのような目を藤丸立香に向けるぐらいには。
「カルデアの人たちに任せて大丈夫なんでしょうか……」
アナの声に藤丸はハッと我に返ってマーリン達を見つめる。
「あの、言峰さんは!? 聖杯を器にして飲んだって言ってたけど、やばいものを作ったってことだよね? それで……ええと、彼は一体何処にいるの!?」
「落ち着いてください先輩!」
「ああ、花の香りでも感じて落ち着きなさい。それに彼はここにはいないよ」
「……いない?」
まさかまた、ソロモンに強制的にどこかへ────と、藤丸は顔を青ざめた。
あんなにもカオスな状況を作り上げた言峰だというのに、そんな彼を心配する藤丸に対し、彼女を観察していたマーリンは「これは重症だなぁ」と笑ったのだった。
マーリン「言峰は(敵側の女神のところにいるからウルクには)いないよ」
藤丸「言峰さんは(元凶によってまた強制的にどこかへ飛ばされてレイシフトされているから)いないの?」
マーリン「ああ、彼は(ウルク市街には)いない」
藤丸「そっか。言峰さんは(もう会うことができない。この時代のウルクに)いないんだね……」
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