綺麗な言峰とか呼ばれ始めた奴 作:温めない麻婆=ちゃっぱ
泥の中から這い上がったら周りはラフムしかいなかった。
試しにと一匹ぶっ飛ばしたら畏れたのか、警戒するように後退しつつこちらへ近づいて観察して来ようとする。それを言峰は他人事のように眺めていた。
もしも何かする気ならば抵抗すればいい。
それよりもラフムがいること自体が問題だと思っていたのだ。
言峰にとっては、まだ何もしていない状況。
ただ麻婆を作っていただけの数か月。そこからキングゥに呼び出され泥の中に入れられたような状況。
まだ何かを成し遂げていないだろうというかのように、消滅することが不可能になっていた。
やけに身体に魔力が漲っている。何故なのかは分からないが、ほのかに周りから良い匂いがするせいだろうか。
言峰が不意に、頭上に影が出来たことに気づき見上げた。
その先にあったのは────凛ではなく、イシュタルがぶちギレた様子で天高くからこちらを撃ち抜こうとする姿だった。
「アンタ私の財宝を奪って逃げたでしょう! しかもそれを麻婆の材料なんかに使ってぇ! 絶対に許さないんだから!!」
「……ああ、そのことか」
「あとやけに堂々とした全裸姿どうにかしなさいよ!」
イシュタルに言われてようやく気がついた。
今の自分は何も羽織っていない。まるで第四次に泥の中から受肉し出てきたギルガメッシュのようではないかと。
己の身体に何か異変があったようには感じない。ただ魔力が異様に漲るぐらいだろう。
イシュタルの攻撃を避けつつ、地面に落ちていた布を腰に纏う。まるで温泉に来た男性がタオルを巻くような状況だが、致し方がないだろう。みっともない身体をしているわけじゃないだろうしと、言峰は小さく溜息を吐いた。
「溜息を吐いてるだなんて、余裕そうですネー!! お姉さんちょっと本気になっちゃうかも!!」
「っ────!」
言峰は目を見開き、無意識ながらの反射能力でもってその攻撃を避けた。
そこにいたのはイシュタルではない。彼女と同じように怒った様子のケツァルコアトルだった。
「私とは初めましてになるのではないか? 女神を怒らせた理由はないが……」
「ずいぶんとふざけたことを言うのね!」
首を傾けつつ問いかけた内容はどうにも女神にとっての地雷だったらしい。
物理的にルチャリブレか何かをしようとしたのか、技を決められる前に彼女から距離を取ることに成功した。
どうやらここはいったん撤退したほうがよさそうだと気づく。
この場所に留まっていても女神の攻撃が向かって来るだけ。それならばどういう状況か理解するために一人になった方がマシというものだ。
そう言峰は判断し行動に動く。
「言峰さん!」
「……藤丸か」
「こ、とみね……さん……」
ボロボロと涙を流した様子の藤丸が、鳥か何かに捕まったままこちらを見下ろしてくる。
その表情は酷く虚ろだった。
今までの藤丸立香を知る言峰にとっては興味深い愉悦対象。しかしその表情の先にいるのは、何故か自分自身。
「もう止めてください。こんな……ウルクを滅ぼそうとするだなんて酷いこと……」
「ふむ?」
「私は、わたしはっ────あ、貴方を……言峰さんを、殺したくない! やっぱり無理だよぉ! だって、わたしは……言峰さんに救われたのに……貴方のおかげで今があるのに……! 貴方が止まればそれでいいの! それだけでいいの! だから……わたしは……私はっ……!」
愉悦できそうな状況だというのに、いったい何が起きているのだろう。
そう言峰は首を傾けただけだった。
そう、首を傾けただけだ。
だというのに、そんな行動すら藤丸の表情を絶望へと塗り替える。
何故か周囲の殺気が濃くなってきたと感じたため、言峰は何も考えることなく撤退するほかなかった。
(惜しいな……)
そのため周囲にいて警戒しつつ様子を伺っていたラフムを巻き込むように、壁にしつつ逃げた。
走りながらも彼は悔しく思っていた。
何で泥の中にいたのだろうかと。この状況を理解し、なおかつ自分自身のいる立場に別の人がいたならばきっと面白おかしく愉悦できたはずだというのに……。
自分自身を愉悦対象とするには────言峰に憑依した『彼』には、まだ難しかった。
これはちゃんとシリアスだよね。シリアス……だよね?
たぶん、大丈夫だと信じてます。
ちなみに言峰憑依主、泥の中にいたので冥府が麻婆だらけとかウルクがやべえことになってるとかそんなの知りません。
泥から這い上がったら敵対されてた状況なだけです。
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