綺麗な言峰とか呼ばれ始めた奴 作:温めない麻婆=ちゃっぱ
もう駄目だ。シリアスは死んだんだ……。
「牛若丸! なんで!?」
「先輩、落ち着いてください。このままだと牛若丸さんが……!」
「っ────マシュ、戦闘準備! 甘味が欲しいって言うならぶち込んで!!」
「はい!」
パイ投げのごとく両手にバターケーキを持ったマシュが、片方を牛若丸にぶん投げた。下手すればエミヤオカンが「食べ物を粗末にするな!」と説教する場面だったが、牛若丸はよほど甘味を求めていたのか剛速球で飛んでくるバターケーキを顔面で受け止め食した。
ウルク不在のアルトリアもびっくりするだろうと思えるほどの速度で食べ終えたのだ。
「それだけか! もっと寄越せ!」
マシュはそのまま片手に盾を構え、もう片手にバターケーキを持ちじりじりと相手の反応を伺う。
「牛若丸さん、勢いは衰えず……いえっ! 勢いは増していますが殺意は消えつつあるようです!」
『こちらでも魔力計測は行っている! 牛若丸の魔力値が下がっている! このままいけば消滅できるかもしれない!』
「追加情報ありがとうドクター! つまり牛若丸が満足すればあのどす黒い麻婆みたいな顔をしている牛若丸が真っ白のふわふわケーキみたいな牛若丸に戻るってことだよね! よしやるよ……って、イシュタルたちは!? マーリンは……ティアマトが目覚めたあとアドバイスだけして意地でも消えないようにしてたみたいだけど、いつの間にか消滅してたよね……」
『ティアマトの方へ向かったのは確認できてる。たぶん聖杯をどうにかしようとしているんだろう。大丈夫だ、このまま牛若丸をどうにかした方がいい!」
「よし、ドクターが言うならしょうがない。出番だよ天草。牛若丸を満足させて!」
「ええ────お腹空かせたまえ!」
「天草さんそれはスキル詠唱なんですか!?」
「黙秘する!」
一見すればカオスすぎる状況。
でも、藤丸達にとっては真剣だった。
マイナスをプラスにするにはどうすればいいのか。そう考えて思い至った内容。
マーリンが真剣に言っているわけじゃないのは理解していたけれど、藤丸はそれでもよかった。それでどうにかなれる可能性があるなら、ぶっ飛んでいても良かった。それで助かった経験は何度かあるぐらいだし、ケツァルコアトルとの戦いでも麻婆は絡んだけれどプロレスしてた記憶しかないし。
マイナスにはマイナスを。
辛さには甘さを。
逆転の発想を────。
「お願い戻って牛若丸! 甘いものならたっぷり食べさせてあげるから!」
藤丸の声にどこか遠くから「なぬっ!? ならば吾はそちらに────くっ、何をする言峰貴様ぁ!」という悲鳴と怒号が入り混じったような少女の声が聞こえたような気がしたが、気のせいだと藤丸は考えて牛若丸の方を見た。言峰さんがここに居るわけがないのだからと、自分の無意識的な感情に振り回されないよう覚悟を入れ直しつつ。
パイ投げのごとく攻撃を加えていくと、ゆっくりと表情が白く────元の牛若丸に戻っていくような気がした。
ただそれはつかの間の安堵。
「あぁっ!?」
牛若丸が一定の白さまで戻ると、そのまま身体を維持できなくなったのか消滅してしまったのだ。
しかし周りにある泥は、消滅を受け付けない。
「えっ」
「牛若丸さんが……ぞ、増殖しました!?」
『なんだって!?』
「いえ、待ってください。ど、同士討ちです! 牛若丸さんが……色違いのラフムに攻撃しています!」
『ちょっと待ってくれもう一回言ってくれないか!? 色違いが何だって!?』
そう、そこにあったのはカオスな空間。
麻婆の匂いが微かにする泥から出てくるのはほのかに赤いラフムと牛若丸。麻婆の香りがするそれらは、色違いで無臭のラフムたちを攻撃し、蹂躙する。
そうしてこちらをチラリと見たかと思えば、「甘味を食わせろ!」「3jek9bp!」「辛いのはもうこりごりだ!」「3jek9bp!」とそれぞれが叫びながらもこちらに向かって襲い掛かってきた。
マシュと天草が対応し、麻婆ラフムには物理的な攻撃を加えつつ口にケーキを投げ入れ、牛若丸も消滅するほど満足できるまで食べさせた。
「先輩! このままだとカルデアから派遣されていた臨時キッチン組たるエミヤ先輩たちが作ってくれたバターケーキが無くなってしまいます!」
「ぐぅ……無限に食べるがごとし……アルトリアみたいな腹ペコを想定して作るんだった……!!」
「先輩!」
「しょうがないか……撤退するよ撤退! 天草、しんがりは任せた!」
「了解しました」
・・・
「……はぁ、はぁ……ここまでくれば、安心かな?」
逃げた先はウルクの中央部。
ギルガメッシュ王がいる王宮の中。そこにあったのはいつもの騒がしさではない。
薄暗い王宮にウルクの人々が集まり、それぞれが避難してきたのか床に座ったり立ったまま呆然と空を見上げたりしている。
「王宮は静まり返ってますね……ギルガメッシュ王の指示により無事でいたウルクの人々が集結していて……でもみんな、暗い顔をしています……」
『いやそりゃあね? 麻婆とバターケーキの戦争に襲われたようなものだし、どうしてこうなったって思うのは当然というか……』
「ドクター! 我々はバターケーキ勢力として戦争を仕掛けたつもりはございません! 先輩と共に麻婆を打破するための決死隊なんですよ!」
『似たようなもんじゃないかい!?』
ドクターとマシュの漫才染みた会話に藤丸は苦笑する。そうして、この先どうすればいいのか悩んだ。
そんな時だった、ダ・ヴィンチちゃんが考えるように何かを言うのは────。
『うーん……思ったんだけどさぁ、ラフムにも勢力があるんじゃないかい?』
「勢力?」
『赤色のラフムがいただろう。その赤色……つまり麻婆ラフムたちはその名の通り麻婆に浸食されたラフム勢力。でもって彼らが襲っていたのは無臭の黒色の姿をしたラフムだった……つまり、ラフムには二種類存在していて、彼らはそれぞれ敵対しているんじゃないかな? あっ、もちろん肌が黒かったけどほのかに赤色でもあった牛若丸も同じだと思うよ。麻婆ラフムとね。通称、麻婆牛若丸だ!』
「……つまり?」
『麻婆ラフムと麻婆牛若丸。そして無臭のラフムとで争ってもらって勝利した方が我々の敵になるって戦略はどうだい?』
「それはそれで問題がありそうですダ・ヴィンチちゃん!!」
「マシュの言う通りだよ。……つまりそれってさ、ラフムと牛若丸だけど……聖杯戦争やってるようなもんだよね? サーヴァントではないけれど、聖杯によって作られたようなもの……いや、元はティアマトとか言ってたけど似たようなもんでしょ」
藤丸は考えながらも言う。
ただの想像。このまま無視しても大丈夫かもしれない。ダ・ヴィンチちゃんの言う通りどちらかが戦って勝った方が自分たちの敵になるかもしれない。
でも、と。藤丸は天草を見た。
彼は藤丸と目が合うとにっこりと微笑んでくるだけ。それは何となく言峰を思わせた。彼と天草は全く違う存在だけれど……それでもと。
「それで勢力が二つに分かれていてそれぞれが争ってるならどちらも勝たせない方がいいような気がして……ううん、多分言峰さんの事を思うなら、時間の問題だと思う」
『なるほど、立香ちゃんはそう断言できるわけだ……根拠はあるのかい?』
「ないよ。ただの勘……言峰さんをこのまま放っておいたら大変なことになるっていう、女の勘だよ」
『なるほどそれは否定しきれないなぁー!』
そうしてダ・ヴィンチちゃんは笑った。
馬鹿にしたようなものじゃない。爽やかに笑って『分かったよ、立香ちゃんの好きにしたらいい。私達が責任を持って君たちをサポートしよう!』と言ってくれた。
「ティアマトを倒すために、まずは厄介な言峰さんから……言峰さんが持つ麻婆聖杯をどうにかしよう。あのままだとウルクが滅茶苦茶になるから……麻婆聖杯をぶっ壊す。それでいいね、マシュ?」
「はい、もちろんです!」
「おや、僕には聞かないんですね」
「天草はどうせあれでしょ。どさくさに紛れて麻婆聖杯持っていこうとか思ってるんでしょ。麻婆聖杯が無害になるなら考えるけど。でも駄目なら……」
天草が敵になるかもしれないけれどと、藤丸は考えながらも言峰さんの事を思った。
早く終わらせて、彼の作った甘いココアが飲みたいな。
でもきっと、それはもう無理なんだろうけれど……。
この作品が面白いと思ってくれた方、期待してくれた方は高評価や感想などしていただけたら嬉しいです。やる気補充のためによろしくお願いいたします。よろしくお願いします……!