綺麗な言峰とか呼ばれ始めた奴 作:温めない麻婆=ちゃっぱ
眩しい太陽。晴天の空。
未だに森の中だが、遠くにウルクの国が見える。川を超えた場所。少しばかり見下ろす形になっているが、距離と地理的に考えてここはエビフ山だろうか。反対側である可能性もあったが……。
「さて、味方として姿を見せるべきか。それとも敵として潜伏し悪行を尽くすか……」
正直に言って、ここから先はどうするべきなのかについて言峰は悩んでいた。
なんせ急なレイシフトでウルクへ送られてきたこと。それを行ったゲーティアがこちらに何かを言うこともなく放置した状態であるということ。
そもそもこの突発的なレイシフトは本当にゲーティアが行なったことだろうか。
言峰は少しだけ考えて、すぐさま思考を切り替えた。
不意に、空から何かがやってくるのが見えたから────。
輝かしいほどの星のようなもの。
青くて、赤いもの。
それはこちらへ一直線に舞い降りてくる。ゆっくりと下降してきたのならどこぞの藤丸立香であれば天女か何かと勘違いしていたかもしれない。それぐらい周囲が輝いているように見えた。もちろん見た目の話であって、中身は別だろうが……。
そう、言峰は考えながら彼女を真顔で観察する。
周囲に突風が吹き荒れる。
木々が揺れ、葉っぱが千切れて落ちていく。環境破壊の一つとなったそれを気にせず彼女は言峰の方を睨んだ。
「アンタこんなところで何やってんのよー!!」
「……ああ、凛か」
「はぁ!? 私はリンなんて名前じゃないわ! 私はイシュタル、美の女神にして金星を司るものよ!」
「そうか、凛はここで何をしている?」
「だからリンじゃないって言ってるでしょ! ってそうだ、アンタ何でここに居るのよ! ……いえ、いいえ。アナタのことは私は知らないわ。でもなんかこう、本能がこいつだけは絶対に信用するな。許すな。指一本でも動いたら絶対に仕留めろって囁いてるのよ! アナタ、私に何かしたの?」
「いいや、まだ何もしていないが?」
何をしているのかと言われれば、それはこちらの台詞だと言峰は考える。
しかし好都合ではあった。
記憶の中に眠る朧気だが理解できた前世の知識。その中にあったイシュタルの立ち位置。一応は味方だが、ゲームでの藤丸立香から一時期、三女神同盟として敵と見られていたことがあったはず。言峰はそう考えて思考を回した。
「凛────いや、その名は呼んでほしくないのだったな、イシュタル。まさしく豊穣。木の葉が散り揺らめくにふさわしい。宝石のように派手な金星の女神よ」
「……それ皮肉よね? 絶対にそうよね? なんかアンタに仰々しく言われると腹が立つのよね。褒められた気がしないわ。馬鹿にしてるなら打つわよ」
「馬鹿になどしていない。それよりも君はなぜここに居る?」
「アンタに話すほど暇じゃないの。私はウルクの守護神でもあるんだから」
「なら何故こちらへ降りて来た。私に話しかけるにしても視線が地面へ向いているな。何かを探しているのか?」
言峰の声に、イシュタルは言葉を詰まらせた。少し殺意が滲み、このままでは言峰を殺しにかかるのも時間の問題だと彼は察する。
安心してくれと、言峰はイシュタルを落ち着かせようと動いた。
何か困りごとがあれば遠慮なく話すといい。そういえば、イシュタルは胡散臭そうな顔でこちらを見るだけ。
「じゃあ聞くけど、アンタはぐれサーヴァントってわけじゃないわよね?」
「ふむ。とある事情でこちらへやってきた……カルデアの者だ」
「あっそう。カルデアね」
「それで、君は一体何を探しているのか、聞いても構わないか」
「それは……私はただ……ちょっと、探し物をしているというか。もしかしたらここにあるかもしれないからって見ただけよ。別に困ってなんてないわ」
「そうかね。なら私は手伝わない方がいいか────」
「別に手伝ってもいいのよ! ……って、待って。アンタはちょっと……なんだか本能に訴えかけてくるのよね。アンタは絶対に裏切る。私の探し物をパクるって……」
「それ程まで疑うのなら、約束してやってもいいぞ。探し物を見つけ次第、それをイシュタルに返すと」
「う、うぅ……ずっと探してるのに見つけられないし……かといってウルクの民にやらせるとアイツに伝えられる可能性が大きい。他は頼れないし……うーん……でもこいつは……」
悩み切った末に、イシュタルはこちらを睨む。
それだけ大事にしていたものだということだろう。そう言峰は理解した。イシュタルが探しているのはおそらく、あのグガランナだということも。
「……ふん。勝手に探したらいいじゃない。アンタの事なんて信用しないわ。それとこれは忠告よ、アンタがここで何かするなら私が黙っちゃいないから。隠れて何してようともね!」
そう言った彼女は言峰を一度睨んでからどこかへ去っていく。
警戒されているなと、言峰はイシュタルが己自身に対する評価を理解した。
おそらくは依り代としての無意識の反応が言峰を見ただけで敵対心を抱いたのか。
言峰が何かをすればきっとすぐさま反応し敵対することだろう。そう彼は彼女のことを理解した。
「────さて」
言峰は空の彼方へ飛んでいったイシュタルから目を逸らし、前へ向いて歩き出した。