5000字程度書けたら投稿していくつもりです。
今日は本当に大変な一日だった。
この世界に来てから前の世界と同じように、犯罪者たちを退治していたが、今日は本当に大変だった。
最近は散々な目に会うことも多かったが、収穫もある。この世界でかなり有力な情報──それは銃を持った少女たちの存在。
この世界の情報を集める為にも、スパイダーマンとして活動を繰り返している内に、今日出会った二人と似た制服を纏った少女たちに狙われることもあった。
あの少女たちの正体がまるで分からなかったが、今日ロケットランチャーを撃ってきた男が彼女たちに向けて〝アランリコリス〟と言っていた。
「流石にあれが名前ってことはないでしょ」
人目のつかない路地裏で傷だらけとなったインテグレーテッド・スーツを脱ぎ、隠しておいたバックパックを探す。そして中から服を取り出した。
「あー……結構ヤバイなぁ……」
この世界に来た時、一番新しかったクラシック・スーツがダメになり、アイアン・スーツはナノテクノロジーと電力不足で使い物にならない。念の為に直しておいたインテグレーテッド・スーツで代用していたが、今回でそれもダメになった。
最悪スーツはなんとでもなる。インテグレーテッド・スーツもアイアン・アームがダメなだけ、クラシック・スーツも直せば何とかなる。だがウェブ液だけは、作る為の材料が無ければどうにもならない。
スパイダーマン業のお礼でやりくりしてきていたが、これではまともに犯罪者と戦うことができない。
「どっかにラボとかあればいいんだけど」
だが、そんなものとっくに探して見つからず、結局はウェブ切れにスーツも破損。どうしようもない。
ファブリケーターさえあれば、スーツの修理もウェブを作ることも容易いのだが、そんな希望的観測を抱いても意味はない。より一層虚しくなるだけだった。
「はぁ……」
溜め息しか漏れない。肩をがっくりと落として、スパイダーマンはスーツの胸辺りを押し込む。すると空気の抜けた風船のように、スーツは一瞬で脱げた。
マスクを引っ張れば、スパイダーマンのその素顔が露わになる。幼い顔立ちを残してはいるものの、大人びても見える青年の顔。一つ言えるのは、彼の顔立ちは日本人ではなく外国人そのものだった。
「あ」
────声が聞こえた。
ズボンに手を掛けたまま、ゆっくりと声の聞こえた方へ顔を向ける。路地裏の先──陽の光が差し込んで、二人の形が逆光で影になって姿がよく見えない。二人がその手に銃を握り締めながら歩み寄り、その姿がはっきりと見えた。
「あ」
その姿を視認して、ピーターは一言──否、一文字だけ唇から漏らした。
さっき共に戦った二人の女子高生。なぜここが分かったのか疑問を思うよりも前に、沈黙が勝った。
時が止まったように、固まった空間が辺りに席巻する。沈黙が流れていき、外からの喧騒によって時が止まっていないことを脳に教えていた。
やがて、数秒か数分の時が流れていき、赤色の制服を纏った白髪の少女が、彼の発露している事実に問い掛けるように口を開いた。
「……スパイダー、マン……?」
「あー、いや、僕は、違うよ? スパイダーマンなら、さっきあっちに飛んで行ったけど……」
苦し紛れの言い訳──ピーターは足下に脱ぎ捨てられたスーツを足で隠そうとするが、二人の視線が下に向き、逃れられないことを悟った。
更に沈黙が揺らめいて、彼は慌てて足下のスーツに手を伸ばす。
「──たきなっ!」
瞬間、名前を呼ばれたたきなが、すかさずピーターの手を抑えてスーツを取り上げた。
ピーターが困惑を見せているが、たきなはスーツを手に持って千束の前で広げる。紅を基調とした金のラインが特徴的な傷だらけのスーツ。それは朗らかにさっき見たスパイダーマンの
「えっと……それは、コスプレだよ。友達の仮想パーティーに行くんだけど……」
「へえ、コスプレ……」
「もう逃げられないの分かってますよね」
二人は拳銃を仕舞って、腕を組んだ。
ピーターを見つめる瞳は細められ、二人の視線が鋭く射抜く。訝しむ様子の二人に対して、ピーターはただただ口ごもるのみで、いつもは言える軽口も喉の奥に踏み止まっていた。
「取り敢えず、服を着てもらって」
「あ、うん……」
二人はピーターから視線を外し、彼は慌てて服を着る。ズボンを履き、Ꭲシャツを着てから「はい、着たよ」と両手を広げた。
「色々と聞きたいことはあるけど、まずあなたの名前は?」
「ピーター・パーカー……」
千束に問い掛けられて、ピーターは渋々自分の名前を答えた。
ピーターの名前と容姿にたきなが疑問を浮かべ、訝しみの色を変えず率直に問い掛けた。
「日本語がかなり上手なんですね?」
「あー、それは多分、この世界に来た影響なんだと思うよ……?」
あまり確信を得ず、要領の得ない発言に、千束とたきなは顔を見合わせて首を傾げた。
「さっきから言っている〝この世界〟とはどういう意味なのですか?」
「あー、それは少し説明が難しいんだけど……」
困ったように頭を掻き、どうやら落ち着かない様子のピーターは、二人に聞こえない声で「なんていえば……」と漏らして、自身に起きている事を話すべきか否かを悩んでいた。
「千束、たきな、取り敢えず来て貰ったらどうだ?」
突然と声が聞こえ、振り返った先に大柄な体躯を持った和服姿の男──ミカが立っていた。
驚きと困惑のあまりにその名前を呼んだ千束に対し、ミカはピーターの姿を一瞥。冷静な声色で三人に向けて言った。
「ここじゃいつDAに見つかるか分からない。だから取り敢えずは店に来てもらってから話した方が、彼の身の為にもなるだろう」
そう言って、ミカは自身の背後を指差す。そこには真紅の自動車なら顔を出したミズキが乗っていた。
千束とたきなは互いに目線を合わせ、やがてはピーターへと移した。
「え、なに?」
◆◆◆◆
じゃあ、もう一度だけ説明するよ。
僕の名前はピーター・パーカー。
放射性のクモに噛まれてから、あの世界で数年間、たった一人のスパイダーマン。
あとは知ってるよね?
街を救って、アイアンマンに呼ばれてキャプテン・アメリカ達と戦った──まあ、負けたけど。
恋に落ちて、またまた街を救って、アベンジャーズの仲間入り。そして宇宙最凶の宇宙人と戦って、五年の間も消されて、戻って来れたと思ったら最も尊敬していた親のような存在を失った。
そしてイリュージョン技術を使う
最高の仲間たちと一緒に
愛している彼女や、最高の親友の記憶からも。
そして一人になって、不思議なことが起こった。
本当に奇妙な出来事──突然として、空間そのものに穴が空き、僕はその中に吸い込まれてしまった。
それで一ヶ月前、この東京に来た。
正確には、この東京の地下に。
スパイダーマン──それは親愛なる隣人。
超人的な身体能力に加えて、クモ由来の能力を得た人間の一人。
「つまり、君はクモに噛まれた事で、その超人的な能力を得たということか?」
「うん、まあ、簡単にいえばそう」
客のいない喫茶リコリコで、自己紹介とピーターは自身の能力について語り、ミカは顎に手を当てて唸る。他の面々もまるで理解できていない様子だった。
「それじゃあ、なぜこの東京に?」
たきなが当然の疑問を投げた。
スパイダーマンは基本的にニューヨークを主な活動拠点として、親愛なる隣人の名で知られている。だがしかし、それはスパイダーマンの世界での話であって、この世界にスパイダーマンは存在していない。
そしてニューヨークで活動していたにも関わらず、なぜピーターが東京に来たのかは不明だった。
ピーターは「さっき話した通りだよ」と、小さく呟いて両腕を組んだ。
「ずっと言っていましたが、あなたの言っていた別の世界とは、それと関係があるのですか?」
「そう……
「ま、まるちばーす? なにそれスイーツ?」
突如としてピーターの口から出てきた単語に誰もが眉を寄せ、千束はたきなやミカに視線を送った。
殆どが理解していない中、畳に寝転がっていた矮躯で華奢な少女──クルミが、その言葉を聞いてタブレットからピーターに視線を移した。
「多元宇宙論のことか?」
「そう、それのこと」
クルミ以外はまるで理解していない様子で、溜め息をついた彼女が、渋々口を開いて説明を施す。
「多元宇宙論は、簡単に言うなら複数の宇宙を仮定とした理論のことだ。僕たちの宇宙だけでなく、それに似た宇宙が無限に存在する。それが多元宇宙論──ピーターの言っていたマルチバースだ」
「ちょっと待って、話が飛躍し過ぎじゃない? 宇宙が一つじゃなくて何個もあるってことでしょ? それがどうピーターの来た所に繋がるわけ?」
あまりに飛躍した説明に、ミズキが訳わからんとクルミに問い掛ける。そこでクルミも気付いた様子で、驚きの表情を浮かべながら「まさか」と声を漏らして、ピーターに視線を向けた。
「僕は、この宇宙とは別の宇宙から来たんだ」
誰もが口を開けて固まった。
それもそのはず、多元宇宙論はあくまで理論の一つ。実際に存在するとは考えられない可能性の話であって、それを事実だと断言することはできない。
多元宇宙、マルチユニバース、パラレルワールド、どれも人が勝手に生み出した想像の産物。普通の人からすれば、他の宇宙から来たなど聞いても笑って済まされるものだ。
「それを証明するのは難しいけど、ホントの事を言うと僕は日本語なんて勉強したことないんだ。この世界、この東京に来たら自然と話せていたんだよ」
「あー、もう訳が分からん」
とうとうミカが情報過多によって頭を抑えた。
実際、ピーターは日本語を知らない。他言語を学校で習っている程度ならば話せるが、日本語は習っていない。だがこの世界に来てから、自分はいつも通りに言葉を話しているつもり──それでいて何故か日本語を理解でき、自分も話せていた。
考え難い話ではあるが、恐らく別の世界に来た影響が現れているのかもしれない。ただ
思考を巡らせて、なんとか話についていけていた千束が顎に手を置いた。
「で、でもでも別の世界から来たっていうのが本当なら、どうやってこの世界に来たの?」
「それは、色々理由は考えられるけど、多分一番関係してるのは
次から次へと──最早癇癪すら起こしそうになっていたたきなは頭を抑えた。
「じゃあ元凶はそのキングピンですか?」
「そうかも」
たきなの解釈に頷くと、カウンターの奥で頭を抑えていたミカが深く溜め息を吐いた。
「もう私には理解できん。また後で聞かせてくれ」
「そうね。私ももうムリ」
ミカに続き、ミズキもギブアップ──手を上げた。
客のいない喫茶リコリコで沈黙が流れる。ピーターとクルミ以外は、溢れる情報の多さに脳内がパンク寸前。千束とたきなもピーターの話を真面目に聞いていたが、やがては脳が猛烈に糖分を欲していた。
ミカに向けて「団子貰ってもいい?」と一言。既に彼は団子を作り始めていた。
「ねえ、ピーターはどこに泊まってるの?」
「あー、えっと、泊まってる所はないよ。この世界に家はないし、スパイダーマンとしての活動をしながら転々としてるかな……」
「え!! そうなの!?」
驚きのあまりに声を大にした千束は、慌ててミカの方へと視線を向けた。
ピーターがこの世界に来て約一ヶ月。当然ながら別の世界に自分の家がある訳ではない。元の世界では存在が消されて、引っ越したばかりだったのに、また帰る家を失ってしまった。
運が悪いとしかいいようがない。この約一ヶ月、人助けの礼として様々なことをしてもらったが、流石にずっとそれを続けていく訳にもいかない。それどころか、今はスーツも破損してウェブ切れ。詰み。
「ねー先生! ピーターが帰れるまでリコリコに泊めてあげれば?」
流石に可哀想だと感じた千束が、身を乗り出してミカに言う。それを聞いたピーターは「マジ?」と呟きながら、目を輝かせるように羨望の眼差しでミカを見つめていた。
それに対して、彼は「うーん」と唸り、団子を千束に出しながら口を開いた。
「千束とたきなの命も助けてもらったからな。そんな恩人に野宿をしろとは言えないさ」
「ウソ!? 本当にいいの!?」
「ああ、今はクルミもいるからな。一人増えた所で変わりはない。ただし、色々手伝ってはもらう」
「もちろん!!」
ようやく帰れる場所を見つけたピーターは、ガッツポーズをする勢いで喜び、千束もまたピーターの手を取って喜んだ。
喫茶リコリコに、仲間がまた一人増えた──それも別の世界から来たヒーローの如き人物。そしてそのヒーローも、ようやく幾つかの問題を解決できる兆しが見えた。