千束の胸が光ってたけど、あれはアークリアクター……?
「ピーター、お前なにしてんだ?」
畳の上に胡座をかいていたピーターを見下ろして、クルミがぼんやりと問い掛けた。
彼の前には彼が着ていたスパイダーマンのスーツが広げられている。ピーターは口にライトを加え、手元を照らしながらなにやら細かい作業をしていた。
「んー、スーツのアイアン・アームを形成するナノデバイスが損傷して上手く動かせなくなってるから、データにアクセスして一からプログラムを書き換えないといけないんだ」
「ほー、ナノテクノロジーか……」
クルミは興味ありげにピーターのスーツを眺め、部屋の隅で充電されているカプセルに視線を移す。その中にはバッテリー切れで動かないアイアン・スパイダーが保存されていた。
「僕たちの世界にはないテクノロジー……中々面白そうだな……」
「うーん、僕の世界には神様とかなんでも願いが叶う石とかあったから」
「そんなファンタジーな世界だったのか?」
ファンタジーな世界かと言われたらそうかもしれない。神はいるし、魔法使いもいるし、宇宙人やら、なにやら色々といた世界──いま考えれば、普通じゃありえないことが多過ぎた。
ピーターも例外ではないが──壁を走る人間がいる時点でなにもかもがおかしい。
「まあ、そうかも」
そう言って、ピーターは「よし」と呟く。
ナノテクノロジーは作らなければならないが、システムの書き換えと最低限のスーツの補修は完了。アイアン・アームはもう使えない。だがそれは良いとして、ウェブだけはなんとかしなければならない。
インテグレーテッド・スーツとアイアン・スパイダーは、スーツとしての機能は直せたが、これ以上の無理をさせると直すことすら難しいほどに壊れるかもしれない。
「取り敢えずスーツはこれでいいか……」
赤と青を基調としたクラシック・スーツ。自分の手で作った一番新しいスーツ──と言っても、この一ヶ月間でボロボロになっているが、これはまたミシンで縫い合わせればなんとかなる。
「ねえ、クルミ。この前頼んでたものって、もう届いてる?」
「ああ、今朝届いたぞ」
クルミは店の奥からダンボールの箱を抱えて来る。矮躯なクルミにそのダンボールは少し大きく、ピーターは慌てて駆け寄り、彼女の手からダンボールを受け取った。
直ぐにダンボールを開けていき、中から複数の瓶を取り出す。クルミにはそれが何なのかよく分からなかったが、なにやら材料のように見えた。
「それはなんだ?」
「クモ糸液の材料だよ。これを分析してウェブ・シューターのカートリッジに入れるんだ」
「……ピーター、さてはお前──」
改まって、クルミはピーターを見つめる。彼は目を開き、困惑した様子で彼女の口から出る言葉を待った。やがてクルミが、ピーターの肩を叩いて──、
「──IQ高いな?」
「…………え?」
◆◆◆◆
ピーターが現れた場所は、廃墟となったビルの地下。そこには、キングピンと呼ばれるギャングの小さな施設が存在していた。
なにを企んでいるのかは不明だったが、そこには別の次元同士を短時間の間だけ繋げることのできる粒子加速器が設置されていた。
ピーターはそれの影響で来た可能性が高いと推測していたが、ピーターが現れた際の粒子加速器は小型のもので、捕まえた敵から得た情報では、粒子加速器は幾つもあり、それらのオリジナルとなる大型の粒子加速器が何処かに存在するとのことだった。
「じゃあピーターが元の世界に帰る為には、その粒子加速器が無いとダメってこと?」
「多分そう」
説明を聞いていた千束の解釈に、ピーターは何度か短く頷いた。
粒子加速器は分子や原子を光速レベルで衝突させ、その衝撃による爆発を利用して別の次元への扉を開くことができる──言葉で説明するなら簡単だが、それを現実にするのはほぼ不可能。
「でもさ、わざわざ探さなくても、クルミとピーターでその加速器を作ればなんとかならないの?」
千束が出した提案に、ミズキが立ち上がって「そうじゃん!」と肯定。だがクルミは、呆れたような溜め息を漏らしてミズキに「バカか?」と一言罵った。
「そんな簡単な話じゃない。それに粒子加速器はどんな影響を及ぼすか分からない。もしピーターの言っている事が本当なら、大型の粒子加速器なんて使えば、東京の地下にブラックホールすら生まれかねない」
「ブラックホールっ!?」
クルミが施した説明に、千束だけでなくそこにいた全員が驚愕してあんぐりと口を開けていた。
小型の加速器でさえも別の次元を繋げられるのなら、大型の粒子加速器は規模も大きくなり、なにが起きるか想像もつかない。
「そのデカイ加速器を使わせる前に止めないと!」
「そうなんだけど、どこにあるのか分からないんだ……この一ヶ月で色々と探して見たけど見つからなかった。小型の加速器を使って帰ろうともしたけど、どれも失敗して壊れた」
大型の粒子加速器もどこにあるのか分からず、そのキングピンと呼ばれる人間の正体も不明。分かっているのは、表向きは品行方正な実業家ということだけ。
名前もなにもかもが分かっていない。
「だけど、そんだけ大きな加速器があるのをDAが見過ごすはずないっしょ」
「だとしたら、完成していないのか、それともどこかDAですらも見つけられない場所かもしれませんね」
全員が唸った。
腕を組み、最早考えが行き詰まっているのが丸わかりの状況。キングピンがなぜ粒子加速器を用いて次元を繋げようとしているのかも不明。キングピンの正体も不明、更にはオリジナルとなる大型の粒子加速器の行方も分からない。
東京全体の治安を維持するDAでさえもその行方が分かっていないなら、喫茶リコリコの面子も知る由もない。クルミがDAのデータサーバーをハッキングすることで色々と探っているが、まだ一歩先にも進めていなかった。
「まずは情報を集めなければどうにもならない。キングピンの手下は、これからも小型の加速器を使うだろう。その現場をDAよりも先に抑えるしかない」
ミカの発言にも、周りはそれしかないと頷く。
DAが手下を捕えた場合、対象は抹殺される可能性が高い。流石に粒子加速器のことを知らないはずはないが、それでもミカに情報が行ってないのなら、まだ見つけられていないのが現状だろう。
「そうだねー……」
ポツリと呟いて、千束は視線をテレビから天井に向ける。そして「ところでさ」と改まっては両目を細め、普段は絶対に見ることのできない違和感に気が付いた。
「ピーターはさっきから何してるの?」
「え?」
あまりの違和感に全員が見て見ぬフリをしていたが、遂に千束がその流れを断ち切った。
天井にある違和感──それは呼び掛けた相手のピーターが齎している。いったいどうやって登ったのか分からないが、喫茶リコリコの二階よりも上にある天井で、ピーターは上下逆さまになりながら
人が床に立つように、ピーターは天井で平然と立っている。それが明らかに普通ではありえない。地球の中心──下方へと流れる重力に逆らって、ピーターは天井に平然と立っている。なにをしているのか誰も分からなかった。
千束に指摘されて、ピーターは平然と天井から降り立ち、首を傾げた。
「いや、特になにもしてないよ」
「特になにもしてない人は天井に立ちません」
まさにその通り。普通、人はなにもしていないのに天井に立ったりなどしない。
ピーターはたきなの正論に肩を竦めて、天井の四隅を指差した。
「クモの巣を払ってたんだよ。ミズキに『天井にくっつけるなら、私たちじゃ届かないクモの巣を払え』って」
そして、千束とたきなの視線がミズキに向けられ、彼女は頬杖をついたまま視線を逸した。
「ちょっとミズキー……スーパーヒーローにそんな雑用させないでよ」
呆れたような言い草で、千束はミズキを見つめる。だが彼女はだってと言って──、
「私たちじゃ届かないとこに、折角届くんだよ!? そりゃあ頼むでしょ!」
────開き直った。
スパイダーマンには複数の能力がある。
主な能力としては、あらゆる物体にくっつくこと。重力に逆らって壁や天井に張り付くのは朝飯前。ミズキはその能力を利用して、自分たちの手の届かない喫茶リコリコの掃除をピーターにやらせていた。
経費節約とはいうものの──単にせこいだけ。
「いいよいいよ。僕は料理とかそんなにできる訳じゃないし、掃除は得意だから」
いつも悪者を掃除してるし──と軽口を呟く。
平気な態度を見せるピーターに対して、千束は軽蔑の眼差しをミズキに向け、ミズキはミズキで言い訳を繰り返していた。
そんな中、カウンターに現れたミカが「君たち」と声を大にして、二人のやり取りを遮り、全員の視線がミカへと向けられた。
「仕事だ」
ミカの言葉により、全員の目の色が変わる。千束とたきなは自身の持っている拳銃を手に取り、弾数などを確認。時が流れて行く中で、ミカはタブレットを眺めながら今回の仕事内容を説明し始めた。
今回の仕事内容は、対象のテロリスト集団の沈黙。
廃墟となったビルにて、科学兵器の取引が行われるとのこと。どうやらスパイダーマンや真島の事もある所為で、DAもかなり手が回らない状況らしく、喫茶リコリコにDAから直々に申し出があった。
この一ヶ月の間、スパイダーマンの登場と同時にテロリスト等の活動が活発になっているらしい。
「僕も行くよ」
「ああ、だがピーターには違う場所から行って貰った方がいいだろう」
ミカが告げた言葉に首を傾げたが、やがては彼の思考を理解して「あー」と納得した。
もしも千束やたきなと共に行動していたなら、DAはスパイダーマンと喫茶リコリコの関係を訝しみ、探りに来る可能性が高い。そうなれば、ピーターがどうなるか分からない。
今はリコリスだけでなく、DAの存在をも知っている故に、抹殺される可能性だってある。これからのピーターの身を考えるなら、『スパイダーマンは事件性を聞いて駆け付けた
「そういえば、あのクモ糸はもう大丈夫なの?」
千束の問い掛けに、ピーターは腕に装着されたウェブ・シューターの掌のスイッチを押し込む。瞬間、手首から白いクモ糸が発射され、畳に置かれていたスーツに伸びて行き、そのままピーターの手元へと引き寄せた。
「準備は万端」
「やっぱり凄いっ! 超かっこいいじゃん! 今度は私にもそのシュッてやつ教えて!」
「いいよ。この仕事が終わったら教えるよ」
ガッツポーズを決めて「よっしゃあ!」と喜びを見せた千束は、たきなの手を無理やり引いて駆け出す。たきなの困惑を他所に「はやく仕事終わらせるよ!」と喫茶リコリコを出て行った。
「ほんと千束ってテンション高いわね」
「ミズキも酒癖が悪いから変わんな──」
「──リスは黙っとれ!」
ミズキに黙らされるクルミ。ミカは二人の様子を一瞥してから、もう既にバックパックを背負っていたピーターへと視線を向けた。
「どこでDAの目があるか分からない。君も充分気を付けるんだ」
「そうだね……って言っても、はやく元の世界に変える方法を見つけないと……」
声色が低くなり、ピーターは自身の腕へと視線を落とす。掌から手の甲へ回し、手を握ったり開いたりしていくと、腕から身体に流れて激痛が駆け巡った。
ピーターは苦痛の声を漏らしながら蹲り、慌ててミカが彼に心配の声を掛けた。
「──大丈夫か!?」
「うぅ……大丈夫大丈夫。身体中の原子が暴れる経験なんて、いままで初めてだよ……」
「無茶だけはしないようにするんだ。君の身体はどうなるか分からない。危なくなったら逃げるんだ」
ありがとう、と一言言って、ピーターは喫茶リコリコから出て行く。その様子を見つめていたミカの瞳は、心配の色が強く、僅かに溜め息を漏らしていた。
────スパイダーマン。
ピーター・パーカーの身体は、他の次元に来たことで崩壊し始めていた。
完全なる崩壊まで残り──日。
感想や評価があればお願いいたします。
▽ピーター・パーカー(スパイダーマン)
▽放射性のクモに噛まれたことで、クモ由来の能力を多数持っている。その能力と天才的な知能を使い、ニューヨークの親愛なる隣人として平和を守っている。
アイアンマン──トニー・スタークを師、父のように尊敬しており、唯一の家族である叔母のメイと暮らしていたが、戦いの末にその二人を失ってしまった。
更には、全人類からピーター・パーカーの記憶を消さなければならず、愛していた彼女のᎷᒍや親友のネッドからも忘れられてしまう。
二人からピーター・パーカー関係の記憶を呼び起こそうとしたが、もしそうすればまた危険な目に会うかもしれないと、一人で生きて行くことを決意した。