皇帝の道に俺は居ない   作:東雲珈琲店

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夢とは誰しもが一度は夢想するものです。
その先に地獄が待っていようとも進むしか無いもの。


皇帝の夢の果て

 

 

 

「お嬢様、ご命令通り旦那様を自動車事故として処理いたしました」

 

 メイド長の感情の抜け落ちた声がルドルフの耳に届くと彼女は悲しむどころか口角が吊り上がり今にでも踊りだしそうに尻尾をゆらゆらさせていた。

 そこにいた誰もが彼女の異常性に気が付いてはいるが指摘した瞬間に次にそこへ自分の名前が刻まれるとわかっていたから誰も口に出すことは無かった。

 

「そうか、誰を使った?、きちんとシンボリ家に繋がるものはすべて消してきたか?」

 

 ルドルフもそんな彼女の様子を気にも留めず、淡々と質問をする。

 

「問題ありません、何重にも人を介してもう真実にたどり着くなど不可能でしょう、もし出来たとしてもそれ用のおとりを立ててあります」

 

 その言葉を聞いてようやくルドルフの顔に笑みが浮かぶ。

それは安堵によるものではなく、ただ純粋にこれからの事への期待によるものだろう。

最初から彼に対して愛は無い、彼女が欲しかったのはただ彼の持っていた関係だった。

彼は元大臣の孫であったため政界にそれなりのパイプも発言力も持っていたためそれを取り込むために婚姻関係を結んだだけであった。だから今回の件で彼がいなくなればもはや自分には必要のない人間であった。

それにこの男のせいでどれだけ自分が苦労させられたと思っているのだ、むしろ消えてくれたことに感謝すらしているくらいだ。

 

「本当によろしかったのでしょうか?お嬢様は旦那様と愛し合っていたのではないですか?」

 

「はぁ……、お前にもそう見えていたのか……」

 

 吐き出す息が重くのしかかる、先ほどまでの高揚感はすでにどこかへ飛んで行ってしまったようだ。

だがそれも当然であろう、彼にとってあの男はただ利用するための道具でありそれ以上では無かったからだ。

愛なんてものは欠片もない、彼女の興味の対象が彼の祖父とそれに付随する権力だけ、彼本人には毛ほどの愛着もなかった。

彼に抱かれたのもそれによって子供を孕めればよいと、それによって「愛」というものを理解できればと考えていたがどちらも叶わぬのならとっとと用済みになった道具を捨てるだけだ。

捨てたことにより未亡人として世の同情を集められるのならそれ以上の意味は無いだろう。

 

「彼は顔だけで中身は空っぽだった、女一人喜ばせることもできないつまらない男だった」

 

「私のトレーナーと同じ、それはただならぬ私にとっての背教だ」

 

「死んで当然の人間だ」

 

 ギリッと奥歯を噛みしめ今にも砕かんばかりに力を籠める。

怒りか悲しみか、あるいは両方なのかわからないが握りしめた拳からは血が流れ落ちている。

その顔には般若か菩薩か、どちらにも見えるような見えないようなとても曖昧な表情をしていた。

 

「カイチョー!!ほんとにそんなこと思ってたの!?」

 

 重苦しい空気を切り裂くように部屋に入ってきたのはトウカイテイオーであった、ルドルフが生徒会長を卒業を前に退きその後任へとルドルフ本人が指名したウマ娘。

ルドルフに、皇帝に憧れ常に背を追ってきた彼女の突然の来訪にさしものルドルフもその顔の裏に動揺が見え隠れする。

 

「トレーナーも旦那さんもそんなこと思ってたの!?そんなのって無いよ!」

 

 高等部に進み大人の階段を一歩ずつ歩んでいるはずの彼女があの頃に戻ったかのように感情むき出しでルドルフに詰め寄る、それだけ彼女は怒っているのだ。

久々の再開がこんな形になろうとは、手に握られた手土産が悲鳴とたてながら砕けていく。

 

「やぁテイオー久しいな、元気にしていたか?」

 

「誤魔化さないでよ!!今の話は何なのさ!!」

 

 その目じりに涙を浮かべてなおもルドルフに食い下がる。

それほどまでに彼女にとって今の話は許せないものだったのだ。

彼女が憧れたシンボリルドルフという存在がそんなことを思っていたという事実が。

学園時代のルドルフの姿と今のではあまりにも乖離が激しかった、目の前のウマ娘がシンボリルドルフであると認めたくなかった。

その姿をした何かにしか見えなかった。

 

「ボクの憧れのカイチョーはどこ行っちゃったのさ!!」

 

 彼女の号哭が部屋を満たしルドルフの体へと一斉に牙を剥くが彼女の心からの言葉を受けてもなおルドルフは姿勢を変えないどころかその顔からは感情の一切が抜け落ちていく。

それはまるで氷像のように冷たく無機質なものになっていく。

そこにいるのは確かに皇帝と呼ばれるにふさわしいカリスマ性を持った人物であったが、同時に見るものすべてに恐怖を与えるような異様さを醸し出していく。

その瞳はどこまでも暗く深く光すら飲み込んでしまうかのような深い黒に沈んでおり目を合わせてしまったら取り込まれてしまいそうな引力すら錯覚してしまう。

そんな彼女の姿にテイオーも先ほどまでの強気な姿勢もどこへやら、ただ立っているだけで精いっぱい

になっている。

あまりの変貌ぶりに足は震え体は言う事を聞いてくれない。

 

「憧れか……」

 

「憧れとは理解からもっとも遠い感情とはよく言ったものだな」

 

 ようやく口を開いたかと思えば

紡ぐ言葉はひどく乾いたものであった。

その声色はまるで錆び付いたブリキ人形のようで、聞くものすべてを不快にさせるだろう。

 

「な、なにを言っているのさカイチョー」

 

「私は常々すべてのウマ娘を幸せにするために動いてきた、それはキミも知っているだろう?」

 

「キミも生徒会長になって海外視察に行くこともあっただろう、そこで何も見てきた、何を思った」

 

 想像もしなかった質問に慌てるがそれでも必死に記憶を探る。

海外で見た景色、現地の人々の笑顔、そしてレースで走るウマ娘たち。言葉は違えどそこに生きるヒトたちの姿に感動したことを話す。

 

「素晴らしいって思った、みんなが笑顔になれる世界、何を話してるかは分かんなかったけどみんなが自分の目標のために懸命に努力してた!」

 

 そう語るテイオーの顔は夢を語る少女そのもので、そこにいるのは紛れもなくトレセン学園で帝王として君臨する彼女ではなくどこにでもいる普通のウマ娘の顔をしていた。

だが次の瞬間、その顔が凍り付く。

彼女の目に映る皇帝の顔は今までのどの表情よりも恐ろしく歪んでいたからだ。

怒りでも悲しみでもない、ただひたすらに空虚で冷たい視線。

 

「それは表の世界だ、その裏には誰にも救われず、誰にも理解してもらえない世界があった」

 

「私が行ったのは中東のまだレース文化が根付いてない土地だった、いずれそこにもトレセンを作りレース場も作るための視察だった」

 

 履きだすようにかのように言葉を紡ぐルドルフの顔は苦虫を嚙み潰したかのように歪んでしまっている。

 

「そこで見たものは到底容認出来うるものではなかった、まさに地獄だった」

 

「腱を切られ四肢を鎖に繋がれ満足に生きることすらままならない同胞が猿たちに慰み者にされているのを見せつけられた。」

 

「生まれた国が違うだけでこうも私たちは違うのか、同じ人間なのに何故ここまで扱いが変わるのかと愕然としたよ」

 

 吐き捨てるように告げられる事実はテイオーにとっては衝撃的な内容だった。

自分が見ていたものは世界のほんの一部に過ぎず、それを背負うものは自分なんかよりもはるかに重いものを背負わされていたのだ。

 

「それでカイチョーはどうしたのさ……?」

 

「その集落は50人ほどの小さな集落でね、私がすべて始末した」

 

 あまりにも簡単にいうものだからさも当たりまえの行為のように聞き取れたがそんなことは無い、一人の人間がたった一人でそんな小さな村一つを皆殺しにするなど正気の沙汰ではない。

いや仮にできたとしてもそれを実行に移すなど狂気以外の何物でもない。

だが彼女は平然と言ってのけた、まるで当たり前のことのように。

そんな彼女の姿を見てテイオーは悟ってしまった。

もう彼女の中は壊れてしまっているのだと。

 

「都市部から離れていたことも幸いしてこのことは山の崩落事故と処理できた」

 

「この一件は氷山の一角でしかないんだ、だから私がこの世界を導くんだ」

 

 テイオーにはその言葉の意味を正しく理解できなかったがそれでも彼女がとんでもないことをしようとしていることはわかった。

だからこそ、そんなことをさせてはいけないと思った。

こんなところで自分の憧れが終わってしまうのを黙って見ているわけにはいかない。

その一心で彼女は再びルドルフの前に立つ。

恐怖がないわけではない、むしろ怖いに決まっている。

今すぐにでもここから逃げ出してしまいたい。

だけどここで逃げたらきっと一生後悔するとわかっているからこそ彼女は前に進む。

 

「ダメだよカイチョー、そんなことをしたらもっと多くの人が傷ついちゃうよ!」

 

「それにそのことも国の偉い人が何とかやってるよ、大丈夫だよ!」

 

「上がやってるのは対処療法、私がするのは原因療法さ」

 

 テイオーの言葉にも耳を傾けることなくルドルフは淡々と答える。

その瞳はどこまでも冷たく光すら飲み込んでしまいそうなほどの闇に染まっている。

それはもはや彼女の心が死んでしまったということを表しているのかもしれない。

 

「人は食物連鎖の頂点に立ちさらに高位の「神」を夢想した、夢想せずとも我々がいるというのに」

 

「おかしいと思わないか?」

 

 テイオーは何も言えなかった。

彼女の言っていることが分からないわけではなかったが、それでもその考えを肯定することなんてできない。

それは彼女の理想とするシンボリルドルフの在り方ではないのだから。

 

「な。何を言っているのさ」

 

言葉は理解できるのに意味が脳に入ってこない、まるで理解を拒むかのように。

 

「私が目指すのは布教ではなく選民だ、今を生きる人間サルどもにこれ以上期待しても無駄だからね」

 

「そんな事すぐ出来るの?間に合わないよ?」

 

「?ああ問題ない、100年後1000年後にウマ娘が人間の立場に立っていればいい、そこに私の有無など些末な問題さ」

 

 その言葉にテイオーは絶句するしかなかった。

ウマ娘が人類に取って代わるなど誰が想像できるだろうか、そもそもウマ娘はヒトよりはるかに身体能力が高いといっても所詮は人と同じ形をした生き物に過ぎない。

そんな存在がヒトの上に立てるはずもない。

そう考えていたのだが目の前それを実行に移そうとしている人物がいる、自分の憧れが。

 

狂っていた。

 

「数が多いというだけで強者が弱者が虐げられることもある、そういうサルどもの厚顔ぶりが吐き気を催すほど不快なんだ」

 

「すでに政府関係者の過半数が私の息のかかったものに変わっている、まずは国内からだ」

 

「か、カイチョーはトレーナーとあんなにも仲良くしてたじゃないか!!愛してたんじゃないの?なんでそんなそこを!!」

 

「愛か……、さてどんな味だったかな」

 

もう忘れたはずの彼の顔、名前、匂い、何年も前のはずなのに昨日のことのように思い出せる。

 

3年の青い春だった。

 

 あの時の気持ちが今でも胸の中で燻ぶっている。

だがそれも今は昔の話、今の彼女には何の感慨も浮かんでは来なかった。

あれだけ好きだった彼に対する思いはどこへ行ってしまったのだろう。

 

「ならボクも一緒にやるよ、背負ってるもの半分持つから!!」

 

 必死に訴えかけるテイオーだったが、ルドルフはその手を振り払う。

その顔には明らかな拒絶の色が見て取れていた。

そしてその目は彼女を軽蔑するかのように見下している。

かつて帝王として君臨する彼女に向けられたものよりも遥かに冷たい視線だった。

 

「キミに私のものが背負える到底思えないな」

 

 その言葉はテイオーの心を深くえぐる。

憧れの存在に否定されたことが何よりも辛かった。

確かに自分はまだまだ未熟だし、できることだって限られている。

でもそれでも彼女の隣にいたい、少しでも力になりたい。

テイオーはただそれだけを願っていたのに。

涙が出そうになるのをぐっと堪える。

ここで泣いてしまっては今までと何も変わらない。

それどころかこの憧れをますます遠ざけてしまう。

でもどうすればいいのかわからない。

どうやったら彼女の理想を実現させられるのか。

どうしたら彼女の目を覚まさせることができるのか。

どうしたら……。

 

「問答は終わりかい」

 

 その声にテイオーの意識は現実に引き戻される。

目の前にいるのは自分の憧れで、でも今はどうしようもなく遠くに行ってしまっている少女。

その目に宿るのはかつての皇帝としての威厳などどこにもなかった。

あるのは何かに取りつかれたかのような狂気だけだった。

 

「もう帰った方がいい、キミの愛しの旦那様が家で待ってるぞ」

 

「ホープ、玄関まで送ってあげなさい」

 

 そうメイド長に語り掛ければ、彼女は静かにうなずいてテイオーに近づく。

その顔には何の感情も表れてはいない。

ただ黙々と命令を遂行するだけの機械のような表情をしている。

テイオーは抵抗しなかった。

むしろ自分から近づいていった。

離れてしまった彼女と少しでも距離を縮めていたかったから、学園にいたころのように他愛のないことを話してみたかったから。

でも叶わないとわかっていたけどそうせざるにはおえなかった。

 

「じゃあねカイチョー……」

 

 伸ばした手は空を切りついぞルドルフを取られることは無かった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「本当によろしかったのですか?」

 

「ああ、彼女はただ幸せを享受するだけでいいんだ」

 

 その目には狂気は無くただ慈愛に満ちたものに変わっていた。

彼女は並び立つものでは無くルドルフの庇護対象だったのだ、彼女だけでなくブライアンやエアグルーブ、学園のウマ娘はもちろんすべてのウマ娘を守ろうとしていた。

そこに多大な犠牲があろうとも。

世界が敵になろうとも。

 

「地獄に行くのは私一人で十分だ」

 

遠くを見ていた、ありもしない理想郷かも知れない。

でも目指さずにはいられなかった、2度とホープのような子を出さないためにも。

 

「私も地獄の果てまでお供いたしますよ」

 

 そうルドルフに微笑みかける、先ほどまで感情が抜け落ちた顔であったはずが今では恋をする乙女のような

顔をしていた。

彼女の中ではすでにルドルフは絶対の忠誠を誓った主人なのだ。

 

「キミも本来はここにいるべきでは無いのだがな」

 

「貴方が来なければ私はあの地獄の中でただ女として消費されるだけでしたから」

 

「この命はあなたのものですよルドルフ」

 

 その言葉にルドルフは満足そうにうなずく。

抱き合い軽く唇を重ねる、恋人がするような情熱的なものではなく母親が赤子に対するものに似ていた。

それでも二人にとってはそれが愛情表現でありお互いの絆を確かめる行為でもあった。

それも最初だけで徐々に情熱を帯びる二人を止めるものはこの世にたった一人として存在していないだろう。

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