俺の運命は最弱メモリのようです 作:一般メモリユーザー
寝るたびに仮面舞踏会の知識とかのデータが脳に流し込まれる、気分はお祭り男なTS転生者の俺だ。
睡眠学習させられている内容には歌唱やダンスなども含まれていて、プロとしてやっていくのに十分だろうというくらいまで上達している。ちなみにこれで人間性が削れて行ったりするわけではない。少なくとも俺は。ヘブンズトルネードの回でフィリップがダンスについて検索して上手になったのと同じようなものだ。
そして、現代に転生したならまずやるべきは後顧の憂いを断つ──つまり就職の目処を着けておくことだ。
ということでCDデビューまで辿り着いた。
デビュー方法は、視聴者参加型オーディション番組であるフーティックアイドルでの三勝勝ち抜きだ。ライアードーパントの回で出てきたあの番組は、三勝勝ち抜きでCDデビューが確約されている。
あとはジミー中田が負けた数回後から視聴者としてスタジオの観覧希望を出せばいいだけだ。舞台に立った時の実力はメモリに鍛えられている。
視聴者参加型というだけあって挑戦者に選ばれるかはランダムなのだが、どうやったら選ばれやすくなるかは劇中でフィリップが示している。特定の席に座って、赤い物を振り回す。座る席については、"仮面シンガー"の片割れ──フィリップが座っていた場所を記憶すればいい。挑戦者として選ばれるときに客席がテレビに映し出されることは確認済みだ。実際にその時の番組を見て確認したが、会場右寄りっぽい。他に法則があるかもしれないので、念のために全く同じ席に座っておいた。
そうして、『Cyclone Effect』をカヴァーして三週。無事CDが発売し、セールスランキングで一位の座に立った。……メモリ使用歌手がトップを飾るのは大丈夫なんだろうか。なんか、前世における薬物のスキャンダルを思い出す。
しばらくしたらアイドル事務所から声がかかり、香川というマネージャーが俺の専属として付いてアイドルデビューも果たすこととなった。
"ガイアメモリに関わる者同士は惹かれ合う"とよく言うが、とりあえず探偵や照井刑事との遭遇を警戒しておけば問題ないはずだ。そして、ヘブンズトルネードの件からわかるように、フィリップは終わったことを再び検索することはない。翔太郎はあの番組に興味が無いようだし、フーティックアイドルは探偵にとってノーマークと言えるだろう。
そうして番組収録終わり、いつものようにマネージャーがお茶を持ってきた。給湯室に聞き耳を立てていたが、ガイアメモリの起動音はしなかったので即死や遅効性の毒の心配はなさそうだ。
「ありがとう」
「いえいえ、マネージャーとして当然のことをしているだけです。
マネージャー、お茶を入れる腕はともかくスケジュール管理がやけにうまい。前職が管理職だったりしたのだろうか。
お茶を飲みながら昔を思い返していたのだが、そういえば、メモリを貰ったのは顔を黒いベールで覆った女性だった。服装からして、中学生にバードメモリを渡したのと同じ人物──園咲冴子だろう。メモリの販売ではなく譲渡、おそらく俺はカスタマーリストにも載っていないはずだ。
メモリを貰った代わりに、いくつかの条件が提示されていた。通う病院の指定がその最たるものだ。
井坂内科医院──井坂深紅郎をかかりつけ医とする話もミュージアムから連絡されていたらしく、実際にそちらに行った日に彼からいやらしい目で見られたことを覚えている。メモリの中毒症状もなく健康体だったので、頼ることもなかったが。
さて、ほとんど家にいないので水道代と電気代が安い俺だが、普段どこにいるかといえばかもめビリヤード場だ。そう。鳴海探偵事務所がある建物の一階部分のあそこである。少しドアを開けていれば、翔太郎が叫ぶ声がちょくちょく聞こえてきた。本編の進み具合を確認するのにちょうどいい手法だったと思う。
たまにハードボイルドごっこのためビリヤードしに探偵が訪れて鉢合わせしたが、別に俺自身に怪しいところはないので関係なかった。
ちょうど照井刑事の初登場がビリヤード場だったので、それで本編の進行が確認できたのも大きい。
口実のためとはいえ、ここ一年で最も成長したのがビリヤードの技術だったのは驚きだ。二番目は格闘センス。
そんなにビリヤード場に通って高校の学習内容は大丈夫なのかという問題があるだろう。大学のレポートやらと戦っていた身としては、全教科網羅しなきゃいけないことの難しさを久しぶりに体感している。しかも、体育で気力を消費するのだ。体力はまあ、問題ないけど。
ただ、ほどほどにしか学ばなかった科目の底上げができれば他は当然成績上位なので、必要な分をこなしていれば特に拙い事は起きないはずだ。まあ、クラスメイトが怪しい連中とつるんでいるという噂とか、学業以外で不穏なことは割とあるが。
というか高校生とつながりのある怪しい組織って、EXEの可能性もあるな。自称ミュージアムを継ぐ者の。
考え事していたら、なんか眠くなってきた。そんなに体力を使うようなことはしていないはずだが……
睡眠薬を盛ってソファーに寝かせた担当アイドルの姿を見て、マネージャーである香川は浮かべていた人当たりのいい笑みを下卑たものへと変えた。上着を脱がせ、彼女のシャツをはだけさせる。
メモリ流通を管理していたミュージアムが崩壊し、節操の無いメモリの裏取引が流行する現在。裏でメモリ密売組織の一つに所属している彼は、メモリの危険要素──麻薬のような中毒性について認知していた。
薬物の取引はリスクがあって普通の警察に目を付けられる可能性が高いが、メモリなら使用者が直接被害を出さない限り警察が介入することはないだろう。目的は暴れさせることではなく依存症の方なので理想通りだ。
中学から上がったばかりにも拘わらず、百合のような髪色と白い肌は年齢に似合わない神秘さを醸し出していた。
「純白のキミに混ぜるなら、真逆の黒いメモリが似合うだろう」
鞄から銃のような機械を取り出す。L.C.O.Gと書かれたそれにメモリを装填して少女の胸元へ当てると、香川は慣れた手つきで引き金を引いた。
ミュージック。黒のメモリであれば他にもアームズなどがあると香川は知っていたが、それを選ばなかったのは本人の臆病さからだろう。直感的に攻撃性のなさそうな、暴れられても問題ないと推測できるものを選択していた。
このために数ヶ月の間ただの優しいマネージャーを演じてきたのだ。全く表情を変えない彼女がメモリのために必死で自分に縋りつき、最後にはなんでもいうことを聞かせられるだろうという経験から来る予測は、それを考えるだけで香川自身の持つ嗜虐性を発露させることを抑えられていた。
「僕のものになるまで苦しむ姿も、きっと美しいはずだ」
今の彼女は無防備だが、それではなにも面白くない。原因不明の不安感に怯え、解消する手段であるメモリに頬を上気させ、楽になるために尊厳を喜んで捨てるときの顔を見てから手籠めにするべきだ。そう考え、香川はただ生体コネクタにメモリを挿すだけに止めた。怪物となった体は、彼女の中に毒素が順調に溜まっているのだろうと考えれば嫌悪するものとは思えない。
楽屋が防音壁になっていると知っている香川は、抑えることなく笑い声をあげた。数時間経つとメモリは排出され、ドーパントは元の姿に戻る。アイドルをやっている以上ある程度の精神力はあるだろうが、それでも二日か三日で限界が来るだろう。そう当たりをつけ、香川は担当する少女の服を着せ直す。
笑みは元に戻らず、起きた時に顔を見られると面倒なので先に車へ。「お疲れのようでしたので、先に車の用意をしておきます」とメモを残して歩く足取りは、とても軽やかなものだった。
運命のメモリと同じMから始まる黒色メモリという共通点から適合率の最低保証が発生する模様。
このTS娘、メモリ使用者は惹かれ合うとはいえ傍から見たらだいぶ悲惨な人生を送ってる気がする。