過去を偲ぶ   作:豚でかきたま

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「ここ、どこ?前に来た所とは違うみたいだけど」

暗い空間に、足を動かすとザリ、と音がするくらい埃の積もった床。
部屋の隅に段ボールが積み重なっているのを見るに、何かの倉庫だった場所なのだろうか。


前も、岸辺に連れられこんな場所に来たことがある。
埃っぽく薄暗いところは似ているが、置いてある物や天井の作りなど、所々違う。また別の場所だ。


「よく気づいたな。マキマから逃れるには一拠点だけじゃ心許ない。こういう場所を幾つか所有している」
「ふ〜ん。……あとさ、今ってどういう状況?なんでわたしはあんたに拘束されてたの」

マキマから逃げる?
わたしが拘束されていた理由もいまいち思い出せない。

「お前は、銃の魔人との戦闘後に理性を失い暴走、殺処分待ちで隔離されているところを俺が連れ去った。今は俺もお前も、公安から追われる身だ」
「……そう。迷惑かけたんだね、ごめん」

拘束を解かれ自由になった筈の足先が、重怠い。まるで身体の中が重油で満たされているようだ。
こんな気分になるなら、いっそ殺処分されたほうがましなんじゃないかという思考が頭を擡げる。

「作戦遂行の為にはお前の能力が必要なだけだ。殺されるだけならまだましだが、あいつがただお前を殺すだけとは考えられない。これ以上面倒事が増えるのはごめんだ」


そうだ、マキマに捕まればわたしはきっと、奴に使役される。


ただ、死ぬなんてことは叶わない。

皮肉だ。昔はあんなに死を望んでいたアマネが、これで何回死に損なっただろうか。


アマネはいま、何を考えているのだろう。

"アキくんに会いたい"と渇望し、目を爛々に輝かせて希望に満ち溢れていた彼女も、今はわたしと同じように疲れ切って、命を投げ出してしまいたくなっているのだろうか。


アマネの声が、どんどん遠ざかっていく。彼女が船の舳先から必死に声を張り上げても、陸にいるわたしの耳にはその声は何を言っているのか、聞き取ることが叶わない。


あんなに鬱陶しかった、彼女の耳触りのいい、少し高くて澄んだ声が、こんなにも恋しい。






最悪の始まり

 

 

 

「そもそも、"アキくん"って生きてるの?銃の悪魔に殺されたんじゃないの?」

「ううん、早川くんは死んでないよ。当時の死亡者・行方不明者リストを調べたけど、早川くん以外の家族の名前はあったけど、彼の名前はなかった」

「ふ〜ん。ま、それでも悪魔が蔓延るこの時代で、ちゃんと生きてるかどうかは怪しいところだけどね〜」

「生きてるよ、絶対」

 

アマネと契約した直後に交わした会話だ。

彼女の信じて疑うことのない、輪郭のはっきりとした声をよく覚えている。

 

 

 

わたしがアマネの身体を貰ってから数年が経過していた。

 

魔人の特徴が容姿に出ているアマネは、もう故郷で暮らすことは叶わない。

わたしは身を隠しながら、アマネの目的である“早川アキくん"を捜すのに奔走していた。

 

そんな最中だった。

 

 

 

 

「君が捜索願を出されてる茅森アマネ……いや、誘惑の魔人だね。探すのに手間取ったよ。一般人に扮してよくここまで逃げられたね。頭部の特徴が少ないからかな…?」

「……誰、あんた」

 

突如現れた黒いスーツに身を包んだ人間たち。

それらは悪魔を使役し、わたしを組み伏せた。

 

その人間たちの中心から現れ、わたしに話しかけてきたのは、芯地のしっかりした古めかしい形のチェスターロングコートがあまり似合わない、華奢な身体つきの赤髪の女。

ただし、周りのがたいの良い男よりも妙な気迫がある、妖しい瞳を持つ女だった。

 

 

「私はマキマ。公安のデビルハンター。今日は君に、ある提案をしにきたのだけれど」

「嫌だね。わたしは忙しいの!」

 

女の言葉を遮り、わたしを押さえつけている悪魔を薙ぎ倒す。

転倒した悪魔の頭部を踵で思い切り踏み潰せば、血を噴き出し動かなくなった。

 

 

最悪だ。服を替えたばかりなのに、もう汚れた。

 

 

黒スーツの人間たちが動揺の色を見せつつも、また新たな悪魔を出現させ、襲い掛からせる。

次から次へと、面倒くさい。

 

悪魔の一部を千切り、使役していると思しき奴に投げると、呆気なくその身体が吹き飛び、頭を強打し動かなくなった。

それと同時に悪魔も消滅する。

 

それを見ても、尚果敢に飛びかかってくる悪魔たちを殴り蹴り、腑を引きずり出し、服が取り返しのつかない程血で塗れたところで、何かに脚を掴まれ再び地面に転倒した。

 

脚を蹴り上げるが、"それ"には当たらない。

 

足元に目をやるが、確かに何かに掴まれている筈なのに、それを視認することができない。

 

 

「幽霊の悪魔だよ。君からは見えないし触れることもできないから、大人しくしててね」

 

女…、マキマはわたしの前に屈む。

 

端正な顔立ちだ。

ただ、わたしが好む"美しさ"とは違う。

お上品に微笑んだ顔に似合わない、不気味な三重丸の瞳の奥に、おどろおどろしい、異様な気配を感じる。

 

警戒心に身体を強ばらせた直後。

 

 

「命令です。わたしに従うと言いなさい」

 

 

わたしにしか聞き取れないくらいの声だった。

マキマの目が怪しく光った。

 

瞬間、視界がぐにゃりと揺れ、思考が妨げられる。

 

 

「……嫌だって言ってんでしょ。しつこいんだけど」

 

口を無理やり開き、どうにか吐き捨てるが、言い終えた後の呼吸が荒い。

 

 

なんだ?今の。

身体に緊張が走った。脳みそが揺れるような余韻が残っている。

 

自然と身体が小刻みに震えた。

 

 

この女、想像以上にヤバいかもしれない。

 

 

そんなわたしを他所に、マキマは少し驚いたように目を丸くした後、またすぐに貼りついたような笑みに戻した。

 

「なるほど……。そういえば君、ちょっと変わったにおいをしているね」

「変わったにおい?わたしからしたら、あんたの目のほうがよっぽど珍妙だよ」

 

あまり目を合わせたくないが、気丈にマキマを睨む。

 

「てかわたし、あんたに構ってる暇ないんだよね。今人捜しで忙しいの!これが終わったら"この子の身体を貰える"契約をしてるんだからぁ!!どっか行った!シッシッ」

 

そう、わたしは早川アキを視認した瞬間、"アマネの身体を完全に自分の物"にすることが叶う。

 

アマネの自我は消え、わたしは晴れて美しい人間の肉体を得た、理想の誘惑の悪魔へと進化を遂げる。

 

 

「ちょっと、話が違う気がするんだけど」

 

わたしの思考を読み取ったのか、アマネがわたしの頭の中で焦りを見せる。

 

 

いや、違くない。

わたしは"早川アキに会うまで自我を残す"と言ったんだ。

 

それで契約は締結された。

アマネが泣こうが喚こうが、覆ることはない。

 

残念だったね、可哀想に。

まあ、再開の数十秒くらいまでは、アマネの自我を残してあげようかな。

 

わたしは美しいモノには優しいからね。

 

 

 

「そっか。今日持ってきた物は無駄にならなそうだね」

 

わたしが頭の中でアマネとの会話を繰り広げている間にマキマは立ち上がり、懐から何かを取り出すと、わたしの頭上にばらまいた。

 

それはひらひらと宙を彷徨い、次々と地面に落ちる。

 

 

写真だった。

それに写る、黒髪を一つに束ねた青年。随分と顔の整った男だ。

その横には、同じ男の別の写真が複数枚。そして、その中の一枚に写っていた、10代前半くらいの、帽子を目深に被りマフラーを巻いた、ショートカットの少年。

 

 

わたしの心臓が、ドクリと高鳴る。

 

わたしの意思ではない。

アマネによって、鼓動が速くなっていくのを感じる。

 

なるほど、そういうことかと、写真の青年に再度目をやる。

 

 

アマネ。君が探してる、早川アキくん。

随分と厄介な奴に飼われてるみたいだよ……。

 

 

「やっぱり、ビンゴだったみたいだね。それで、どうする?君は私たちに着いてきてくれる?」

 

わたしの表情を見たマキマは、再度わたしに問いかけてくる。

 

「……別にアンタにわたしをどうこうできる力はない訳でしょ?ヒトに物を頼むときの態度がなってないかなあ〜?!」

「聞かないなら、君はこのまま殺されるだけだ。勿論、この写真の子も」

 

 

マキマの目は笑っていなかった。

 

 

折角手に入れた美しい人間の身体なのに、それがこんなところで殺されるなんて、たまったもんじゃない。

 

だが、わたしは誰かの下に付くのも耐え難い。

わたしは悪魔を誘惑し使役する、美しくて気高い存在なんだ!

 

しかしこの場から、いや、この女から逃げられる可能性は絶望的。万が一成功したところで、早川アキを殺されたら、契約が破綻してしまう。

 

 

下唇を噛み押し黙っていると、やがてマキマが溜息を吐く。

 

「言ったでしょう、最初に提案があると。

私たちは、君にデビルハンターとして力を貸してほしいから、ここに来た。本当のところ、君を殺したくなんかないんだよ。………それか、なにか条件があるのなら聞くけど」

 

 

"契約"とは言わないのか。

こいつが人間じゃないからか?読めない。

 

本当に面倒なことになった。

舌を打つ。

 

 

「早川アキに手を出すな。……これが条件。呑んでくれるなら、わたしはあんたに着いていく」

「……いいでしょう。君が"耐え続ける"ことができる、その時まで」

 

拘束が緩み、マキマがこちらに手を差し出す。

わたしはその手を払い退け、彼女を一瞥した。

 

 

耐え続ける、か。先程の、この女の能力に。

 

わたしは早川アキにさえ会うことができればいいんだが。

その後、わたしは解放されることができるのかが目先の問題だ。

 

 

それ以前に、この女がどれだけ信用できるのか……いや、期待はできない。

 

食えない奴なだけならまだ可愛いものだ。

ちょっと気を抜けば、こちらがとって食われてしまいそうだ。

 

 

それなのに、アマネの心臓は、期待に高鳴っている。

 

 

能天気すぎるよお、前途多難なのにさ。

しかも君、もうすぐ死ぬんだよ?

 

「大丈夫、わたし負けないから」

 

彼女は出会ったときと同じ、強気な態度でそう言う。

 

 

この子は、悪魔と交わす契約の重さを理解してないようだ。

 

ま、君のその図太さは、悪魔として見習わないといけないかもしれないけどね。

 

 

 

 

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