こちらを振り返るアマネ。
やばい…!
その瞬間、俺は机に突っ伏した。
気づかれたか?気持ち悪いって思われたか?
顔が赤い。心臓の音が速くなる。
「おい、早川〜!居眠りとはいい度胸だな」
「はっ、はい?!」
先生の急な大きな声に、咄嗟に顔を上げる。
「罰として、今から13ページの5行目、声出して読め〜」
「はい…」
渋々席から立ち上がる。
クラスメイト達が、クスクスと小さく笑いを溢す。
踏んだり蹴ったりだ………
指定された文を読み終えて、席に座る。
その時、視界の隅にうつったアマネがこちらを見ているような気がして。
俺も視線を向けてしまった。
すると、やはりそれは間違いじゃなくて。
捕らえられたように目が離せずにいると、彼女の目が、ゆっくりと弧を描いた。
その瞬間、俺の中で何か、得体の知れない感情が蠢いたのを、確かに感じた。
「マキマさん、今回こそ。今回こそ本当に無理です」
後日。
アマネの件で直談判をしに、マキマさんを訪れた。
マキマさんはそんな俺に物ともせず、書類から視線を上げない。
「どうして?理由を言ってくれないと分からないな」
「どうしてって………言われますと…」
「アマネちゃんは、デンジ君やパワーちゃんよりよっぽど扱いやすいでしょ?あの二人よりかはいくらか社会性も備わってるはずだよ」
「そういう、点ではなくて……」
マキマさんは、言い淀む俺を見兼ねたのか、漸く顔を上げる。
「私は、早川君ならできると思ってお願いしたんだよ。
勿論、やってくれるよね?」
マキマさんの気迫に、息を呑む。
マキマさんは書類を置くと、ふうと溜息を吐き、背もたれに背を預ける。
「今回はあの二人に加えて一緒に生活して、なんて無理は言わないよ。
ただ、最初だけ一緒に行動して、デビルハンターとしての仕事を教えてほしいだけ。その後はまだ不確定ではあるけど、能力を踏まえての立ち位置を用意してる。そのくらいならできるよね?」
「……はい。尽力します」
ドアを閉めると、一気に脱力する。
予想はしていた結果だったが、やはり無理だった。
マキマさんの命令は、絶対だ。
明日から早速パトロールにアマネを連れて行かなければならない。
今日だけでもゆっくり休もう。
休むといっても、家に帰ればアイツら二人がいる所為で、まともに休めた環境じゃないが…
帰路につこうとすると、向かいから軽快な足音が聞こえてくる。
嫌な予感がした。
「アキく〜ん、調子はどう?」
「お前に会った瞬間、最悪になった」
今、一番会いたくない奴に会ってしまった。
誘惑の悪魔…アマネ。
「なんでよ〜、つれないなぁ」
無視して、歩き出す。
普段のこいつは、アマネ……茅森とは話し方や表情、そして雰囲気が違うことが、唯一の救いだった。
茅森はもっと暗い女だった。
話し方も大人しくて、笑顔に陰があって、けれど、
いつだって、見惚れてしまうほど美しい少女だった。
そして…
「待ってよ、アキくん〜。…もう、仕方ないなぁ」
また後ろから追いかけてくる声がする。
そして先日のように回り込み、俺の目の前に立ち塞ぐ。
「ね、早川くん…」
アマネの目が弧を描く。
薄く開いた口から、俺を呼ぶ声。
「やめろって言ってるだろ!!」
アマネの肩を掴み、強い力で退ける。
しかし、アマネは軽くふらついただけで、倒れることはなかった。
「次、その呼び方で呼んでみろ。お前を殺すからな……」
早川くん。
そう呼んでくる奴なんていくらでもいる。
でもこいつの声で、こいつが態とらしく作った声で、
そう呼んでくるのが、耐えられない。
「おいおい、なんの騒ぎだよ〜。お前が大声張り上げるなんて珍し………」
偶々近くを通りかかったのか、デンジが怠そうにしながらも此方にやってきた。
そして俺の横にいるこの魔人を見るなり、硬直する。
「え、あ…あ?!この、こちらの?お美しい方は、どちら様で…………?!」
「…動揺を見せるなデンジ。コイツは誘惑の悪魔を宿した魔人だ。お前みたいな奴は気ィ抜くとすぐに取り入られるぞ」
「はじめまして〜。4課に配属になったアマネで〜す」
「デ、デンジと申しますれば!!!ヨロシャス!!!!」
赤面して、ぎこちない仕草で頭を下げるデンジに呆れるしかない。
俺は不安しかない今後に、溜息を吐いた。
「おいおいおい、やべえって、早パイ。どう考えてもツラが良すぎるって……!」
「おい邪魔だ。そして仕事中だ。もっと気ィ張れ」
パトロール中にも関わらず、肩を組んできたデンジは、数歩後ろについてくるアマネにちらちらと視線を向けながら、小声で話しかけてくる。
「そんな事言ったって!寧ろよくあんな良い女を前にして冷静を装えるな?!逆に不安になってきたぜ、お前のことを……」
何故か呆れた様子で、漸く俺を腕から解放したデンジは、後ろにいるアマネに絡みにいく。
「えっと、アマネサンは、いつから魔人になったんスか?」
「年齢あんま変わらないと思うし、アマネでいいよ〜。
そうだねぇ、マキ…公安に捕まったのが最近なだけで、魔人になったのは何年か前かなぁ。この子が高校生くらいのときだね」
不覚だが、後ろの会話に耳をそばだててしまう。
やっぱり、そうだったのか。
アマネは、成人することなく亡くなったのか。
けど、昨日こいつが言ってた事が本当だとしたら…
もし、こいつの中に、アマネがまだ"生きてる"としたら?
「おい!!」
肩を強く引かれる。
それと同時に、先程まで後ろで駄弁ってた筈のデンジの背中が見えた。
何かを弾き返す音。
瞬時に事態を察知した。
寧ろ遅すぎたくらいか。
「おいどうした先輩?!俺に遅れをとるなんて、ほんとにどっかおかしいんじゃねぇのかァ?!」
目前には、巨大な悪魔が街を破壊している。
いくら人気が少なく、市民の騒ぎ声がしなかったからと言って、この反応の遅さはどうかしている。
こればかりはデンジに何も言い返す言葉がない。
「くっ……、すぐ援護する!…おい!お前は周囲に警戒しつつ、逃げ遅れた市民がいないか捜索……」
俺が背後のアマネに指示を言い終える前に、アマネはゆっくりと悪魔の方へ歩き出す。
「何やって……」
「おいで………」
聞き取れるか聞き取れないかぐらいの、小さな声でアマネが言った。
その瞬間、デンジと対立してた悪魔が、こちらを向く。
「あ?!おい!!」
そして、デンジには目もくれず、一目散にこちらに駆けてくる。
デンジも拍子抜けして、動きが止まる。
「何やってんだ、後ろに下がれ!!」
アマネは聞かない。
悪魔は、こちらに、いや。アマネに向かって距離を詰める。
茅森は、どんな最期を迎えたんだろう。
あの時死ななかったってことは、銃の悪魔の襲撃には巻き込まれなかったって事だよな。
それでも、結局10代半かそこらでその命に幕を閉じて。
死んだ後も、悪魔に身体を乗っ取られて。
そして、またこいつの訳の分からない自爆行為に巻き込まれて、死ぬのか?
カースは釘を3回打たなければ、意味がない。
この距離での狐は…アマネの身体を巻き込む可能性が高い。
俺の目の前で。
また、俺の目の前で、大事な、ひとが。
「やめろ………」
悪魔が、目前まで迫る。
「アマネ!!」
俺が手を伸ばし、叫んだと同時に血が、俺の頬に一筋飛んでくる。
アマネの服にも、血が飛び散る。
ただ、腕も、脚も、胴体も、そのままだ。
その直後、血の雨が降り注いだ。
アマネを噛みつこうと口を大きく開いた悪魔の顔が、真っ二つに割れ、俺らの両側に倒れた。
俺も、奥に立つでデンジも、呆然と立ち尽くす。
「マキマの話聞いてた〜?わたし、結構強いんだって、いってたでしょお」
アマネが振り返る。
血で塗れた顔で、へらりと笑う。
「ちょっとやそっとじゃやられない予定なので〜そこんとこ、よろしく!」
そう言って、血を滴らせる右手でブイサインを作り、こちらに突き出した。