過去を偲ぶ   作:豚でかきたま

21 / 25


平日の日中にテレビを観る機会なんて、今までなかった。


昼下がり、つけっぱなしのテレビは正午のニュースを終え、映画を放映し始めた。
画質が粗い。昔の映画のようだ。


「懐かしいのがやってるな」
「……観たことあるの?」

昨日のことは、納得はできているものの認めたくはなくて、今まで岸辺と会話なく過ごした。

しかし、二人きりの空間で一切話さないというのも、なかなか苦痛だ。岸辺はあまり気にしなさそうだが。

今のは独り言だろうが、つい返してしまった。


「いや、当時話題になったのを知っているだけで、俺は観たことはない。興味ないしな」
「ふぅん、なんか予想通り」

会話は広がることもなく、ぷつりと途切れる。

でもわたしは、もう話の途中から既に映画の方に興味を惹きつけられていた。


往々にして嫌なことを考えてしまうこの空間で、少しでも鬱屈した気分を消し去りたい。

暫しの時間、目の前のフィクションの世界に意識を埋めていたい。





映画

 

 

 

サムライソードとヘビ女捕獲作戦当日。

 

わたしは他の悪魔と魔人に混ざり、ゾンビで溢れかえるビルの中に投入された。

 

 

臭い!汚い!!気持ち悪い!!

 

 

わたしは武器を持たない為、素手で戦わなければならない。

そんなの無理だ!絶対触りたくない。

 

ああ、こんなときのために武器を携帯しておくんだった。重いし邪魔だからと今まで避けていた。

 

 

他の悪魔連中が戦っている間を縫って、こそこそ逃げ隠れながらいると、奥に扉が見え即座に逃げ込む。

 

 

敵に注意しながら進むと、通路を曲がる寸前に声がした。

 

隠れながらそちらを見れば、アキくんが無数の脚を持つ、目と口が縫い付けられた巨大な悪魔の前に膝をついていた。

 

デビルハンターは常に危険に晒されている職業だ。

自分が死なないから、どこか油断していた。

 

 

まずい、助けなきゃ……!

 

 

徐に飛び出そうとした寸前、アキくんは立ち上がる。

 

動かない悪魔。アキくんは悪魔の背にのぼる。

 

 

そして、そのまま悪魔の首を切り落とした。

 

 

その時のアキくんの顔は、わたしからはっきりと見えた。

 

悪魔と共に何かを断ち切り、覚悟を決めたような表情。 

 

 

アキくんの鼻筋ってあんなに通ってたっけ。あんな切長な目をしていたっけ。あんなにはっきりとした輪郭をしていたっけ。

 

状況に相応しくない、そんなどうでもいいような疑問ばかりが頭を埋め尽くした。

 

急に、記憶の中の幼いアキくんが霞む。

 

駆け寄ろうとした足がすくんだ。

 

 

 

 

サムライソードの一件も片付き、わたしはサボりがばれて岸辺に数回殺され。

 

 

それでもいい事はあった。

 

アキくんからは、姫野の件で流石に嫌われたかと思っていたが、それでも思い出す努力はすると言ってくれたし、前よりもアマネを見る目がほんの少しだけ優しくなった。

 

根っこの部分がほんとにいい子なんだろう、彼は。それが生き憎そうにも見えるが。

 

 

アマネが癇癪を起こす回数は、日に日に減っていった。

 

 

 

 

いつもの屋上で昼飯の菓子パンを食べていると、いつになくご機嫌顔のデンジが鼻歌なんか歌いながら、こちらをちらちら窺ってくる。何か聞いてこいと言わんばかりに。

 

「……なんかいいことでもあった〜?」

「それがよぉ」

 

食い気味にデンジが話し出す。

 

「こないだ、映画観に行ったんだ。マキマさんと」

「あ、そう」

 

嫌いな奴の名前が飛び出し、一気に聞く気が失せるが、デンジはお構いなしで続ける。

 

「映画ってのはなんていうか、いいもんだよな!その、上手く言えねーけど、知らねえ奴の人生が垣間見えるっつーか」

「知らない。わたし映画観たことないから」

 

素っ気なく返すが、本当のことだ。

わたしは勿論、アマネの中でも、映画を観たという記憶がない。

映画というものに対するざっくりとした知識はあるものの、映画館がどんな所かと聞かれたら、からしき想像がつかない。

 

「え、お前映画観たことないの……?」

 

デンジは口に手を当てて、大袈裟にリアクションをしてくる。

あんたもついこの間、初めて観たばっかりだろ。

 

「意外だなー。アマネはオジョーサマだから、こういう文化的なモンは一通り体験してるんだと思ってた」

「なに、オジョーサマって。普通に貧乏だったよお」

 

思わず笑いを溢しながら言うと、今度は本当に驚いたように目を丸くする。

 

「まじ?!あー、お嬢様は俺の勝手なイメージだけど」

「まあ貧乏人なのはこの身体の持ち主であって、わたしは誘惑の悪魔サマだからね?見た目だけじゃなく、わたしの美しい所作から育ちの良さが滲み出てるんだろうねえ」

 

こんなことを言っているが実際アマネの姿は、立てば芍薬座れば牡丹という言葉そのものだった。

育ちの悪さも貧乏臭さも、アマネの圧倒的な美しさの前では全てが霞むのだろう。

 

「でも、映画はいいぞ。お前も観に行ってみろよ。感動するから」

 

デンジはわたしの自画自賛を無視して、悪気のなさそうな笑顔を向けてくる。

 

「ふ〜ん、映画ねえ……」

 

寡欲なデンジがそこまで熱を上げるくらい、いいものなのだろうか、映画というのは。

 

少し興味が湧いてきた。次の休みに観に行ってみようか。

デンジに馬鹿にされたのが癪だったとかではない、決して。

 

 

 

 

適当に近所の映画館に足を運んだが、大きく『CINEMA』と書かれた看板以外、外装は他の商業ビルと大して変わらないと感じた。

 

アクリル板越しのくぐもった声で「学生は割引になりますよ」と言ってきた店員を無視し、一般料金を払い中に入ると、中は少々独特な雰囲気を醸し出していた。

 

薄暗いロビーの中、壁には様々な映画のポスターが貼られている。横には目が痛いほどのネオンサインが掲げられたカウンターがあり、食欲をそそられるキャラメルやバターの香りが漂ってくる。ポップコーン?食べたことないな。

 

顔を忙しなく動かしながら、他の客の後をついていくと、奥の通路の手前でまた別の店員が立っていた。促されるままチケットを渡すと、切り取り線に沿ってもぎり、片割れを再び返された。

 

 

場内に足を踏み入れると、眼前に巨大なスクリーンが出現した。

壁にはスピーカー、客席は微妙に傾斜になっていて、そこにえんじ色の椅子がずらりと並んでいる。

 

とりあえず上映開始時間の近い映画を選んだが、前知識も何もない。

こんなでも楽しめるのだろうか。少々不安になりながらも、人の入りの少ない場内の、端の席に座る。

 

 

他の座席も大して埋まらないまま開始時刻となり、ライトがゆっくりと絞られていく。

 

暗幕が開き、天井のライトの代わりにスクリーンが明るく照らし出された。

 

どういう仕組みになっているのかと視線を動かせば、頭上に光の筋が伸びているに気がつく。

どうやら真後ろの壁から出ている光が、スクリーンに映像を映し出しているらしい。

揺らめく光の筋に埃が反射して煌めいているのが、美しかった。

 

しかし、映像を観なくては。視線を正面に戻す。

 

序盤の30分ほどは酷くつまらなく感じた。ところが中盤から、一体全体どういう事だろう。

 

 

面白い………!

 

こんなエンターテイメントが世の中に存在していたとは!

 

 

あっという間の二時間弱だった。

 

 

 

「何観たんかって?あー……あの日は朝から晩まで、上映してた映画全部観たよ」

 

つまり、一日中ほぼ座りっぱなしで映像を見続けるってこと?

 

あの時は、デンジの言葉に正気を疑ったが。なんだ、余裕で一日過ごせそうだ。

 

 

 

エンディングロールを見送った後、すぐに席を立ち、早足でチケットカウンターへ再度向かう。

一日に上映している全ての作品のチケットを買うと店員に告げると、驚いた顔をされた。

よくある事ではないのだろうか。

 

 

次の映画は、アクションか。

単調なストーリーだが、立派なスピーカーのお陰で迫力がある。うん、悪くない。

 

その次のシアターは、先程より狭かったが、こぢんまりしたスクリーンに、カラフルな色彩のアニメーションがしっくりきていた。

 

その次は、恋愛映画…。共感はしないが、人間が思い描くハッピーエンドはこんなに単純な結末なんだと思うと、微笑ましい。

 

次の映画では、ポップコーンを買ってみよう。………うん、食べながらだとあまり集中できないな。終わってから食べよう。

 

 

なんだ、どうした。面白いじゃないか。

人間は浅ましく下らない生き物だと見下していたが、映画を作り出したことに関しては素晴らしいと感嘆せざるを得ない。

 

 

 

夕方には全てを見終わってしまい、少し物足りなさを感じた。

 

 

「もう他の映画はやっていないの?」

 

カウンターへ行き、店員に訊ねる。

朝からいる女と同じだ。

 

「はい、今だともうお客さまがご覧になられた映画で全てですね…。ただ、近隣の映画館だとまた別の映画を上映していますよ」

「それはどこにあるの?」

「えっと…、今簡単に地図を描きますね。少々お待ちください」

 

店員は困惑しながらも、嫌な顔は僅かにも見せず、少し肉付きのよい柔らかそうな手で紙にペンを走らせた。

 

「ここの映画館は最近出来たばかりで全体的にきれいです。でも、映画がお好きならここがおすすめですね。小さくて設備も古いんですけど、ニッチな映画を上映していることが多くて面白いです」

 

描いた地図に指をさしながら、随分と丁寧に教えてくれる。

一通り説明し終えると、店員がおずおずと顔を上げた。

 

「先程は、学生さんだと決めつけてしまって….不快な思いをさせてしまって、申し訳ございませんでした」

 

すっかり忘れていて、言われた直後はつい頭を捻ってしまった。

チケットを買ったときのことを言っているのか。

 

「映画、楽しんできてください」

 

わたしが何と返そうか考えあぐねていると、店員はそう言って、柔らかい笑顔を向けてきた。

 

わたしは自分が酷く幼い生き物に思えてきて赤面し、頭を一回下げるとすぐにその場を立ち去った。

 

 

地図に描いてある絵や文字は、先程の店員の手と似たような丸っこい形をしていた。

 

 

 

ハシゴでもしてみようかとも思ったが、すっかり集中力が途切れてしまい、結局あの店員がおすすめしていた映画館に行くことにした。

 

 

確かに先程のところよりもこぢんまりしていて、中も古めかしく、売店からはポップコーンのにおいもしなければ、ネオンサインもない。端のほうにヒビが入りセロテープの跡がついたガラスケースの中に、少量のパンレットが置かれているだけだ。

 

店員も先程の人間と比べると無愛想。

ここのカウンターはアクリル板で隔たれていないのに、ぼそぼそとした声はほとんど聞き取れなかった。

 

人気のないしん、とした狭いロビーの一角に、休憩スペースのようなものがある。

そこの机の上に置かれたノートには、来館した客たちが描いたと思しき、上映してほしい映画のリクエストや映画の感想などがびっしり書き込まれていた。

この空間で、そのノートだけがやけに饒舌で賑やかだった。

 

 

狭い場内、小さいスクリーン、木製の舞台上の両端にスピーカー、ビロードの暗幕、規則的に並んだ椅子。

 

「体育館みたい」

 

映画を興味なさげに観ていたアマネが、急にぽそりとつぶやいた。

 

やはり先程の映画館と比べるとしょぼい。ただ、この古めかしさが妙な懐かしさを誘う。

 

劣化で表面がごわついたベロアの椅子に腰かけた。

 

 

この映画は、なんだか小難しい内容らしい。

 

待機中に、ロビーに置いてあるチラシを一通り手に取ってみたが、ラックに一番余っていた。

人の入りも、今日観た中で一番少ない。

 

しかし、最後の最後でやっと詰まらない映画をお目にかかれるのか、と逆に期待が高まる。

 

 

果たしてその映画は単調で、言ってる内容もわたしの中にある知識ではうまく理解できず、退屈な時間が続いた。

 

 

ぼんやりとストーリーを追っていたら、いつの間にかクライマックスを迎え、ラストでは二人の人間が抱きしめ合うシーンがあった。

 

 

その直後、スクリーンの映像がぐにゃりと歪んだ。頬に何かが伝う感触。

指でそれに触れる。指が濡れた。

 

 

涙だ。話についていくのに集中していたから、触れるまで分からなかった。なんの前触れもなく、突然目から零れ落ちてきた。二粒、三粒、次々と零れてくる。

 

 

ずっとつまらなさそうにしていたアマネが、ついに感動する映画に出会えたらしい。

やれやれ、と背凭れに背を預けると、

 

 

「どうして泣いているの?」

 

 

アマネはいつもと変わらない、からりとした声でわたしに聞いてきた。

 

労わるでもなく、狼狽えるでもない。教師に質問をする子供のように、純真な疑問。

 

「……は?」

「君が泣くところなんて、はじめて見た。どうかした?」

 

アマネが泣いてるんじゃないのか。

わたしが泣いてるのか。

 

 

何故?

映画を観て。確かに映画という存在自体にはいたく感動した。だが、感涙するとはまた違う。

 

わたしは、このシーンの何が琴線に触れて、何故こんなにも止めどなく涙を流しているのだろう。

 

 

 

 

「おー、アマネ。昨日映画観に行ったんだろ?どうだった?」

 

翌日、出勤すると早速デンジに声を掛けられた。

 

「……すごく良かった」

「だろ〜?!てか、お前すごい目ぇ腫れてない?」

人が素直に感想を言っているのに、触れてほしくない所を突いてくる。本当に空気が読めないな、こいつは。

 

「でも分かる、俺も泣いた」

「え、そうなの。どの映画?」

 

意外だ。デンジは表情が豊かではあるが、泣いてるところは見たことがない。

 

「最後に観たヤツなんだけどさ…ラストで野郎同士で抱きしめ合う、くっそどうでもいいシーンなのに、なんか、泣いちまって」

 

デンジが照れ臭そうに鼻頭をかく。

 

「……ボロい映画館でやってた映画?」

「そうそう、そこ!」

 

驚いた。わたしと同じ映画…同じシーンだ。

 

 

「マキマさんも、同じ所で泣いてたんだ」

 

 

開きかけた口を、気づかれないように静かに結んだ。

 

「なんか、すげーよな…!それ以外の映画は全部退屈で、マキマさんもつまんないみたいなこと言ってて。でも、その映画のそのシーンで、二人とも泣いたんだ。すげー良いシーンだったって。二人で感動できたんだ」

 

ちらと盗み見たデンジの顔は、照れ臭そうな中に、嬉しさの隠しきれない表情をしていた。

 

「んで、アマネはどの映画で泣いたんだ?」

「………その映画以外、全部」

「まじ?!……なんかお前、趣味悪いのな」

 

折角空気を読んで、"デンジのマキマと二人だけの思い出"に水を差さないであげているのに、酷い言われ様だが、デンジの失言には目を瞑ってあげよう。

 

 

わたしもマキマと同じシーンで泣いたことを認めたくなくて、嘘を吐いた訳ではない、決して。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。