過去を偲ぶ   作:豚でかきたま

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全て、マキマのシナリオ通りだったのだろうか。

全てが、マキマの思い通りだったのだろうか。


それでも何度か綻びはあった筈だ。


わたしは周りよりもマキマの脅威に気づいていた。
けれど自分の事ばかりで、保身の為に何度か訪れたチャンスを取りこぼしていたのかもしれない。


「余計なことを考えているだろ」
「……こんな何もない場所で、あんたと二人っきりなんて、余計なことしか考えることないでしょ」


でも結局、マキマの本当の目的は?

なんでここまできてもわからない。


わたしは悪魔なのに、マキマの考えていることが分からない。






思惑

 

 

 

本部からは少し離れたところにある、あまり活気のない街。

 

退魔2課の任務に同行してたら、ふいにデンジのにおいがした。

ここは彼のパトロールの管轄外。

 

 

こんなところで何をしているんだ?あの子。

 

 

少しばかり気になり、隊列から外れてにおいの跡を追う。

 

デンジのにおいが濃くなっていくのと共に、不快な臭いが重なっていく。

 

「なにこれ、焦げくさぁ………」

 

死肉が焼けるような、不快なにおいだ。

 

 

 

やがて辿り着いたのは、今にも潰れそうな寂れた喫茶店。

 

窓からデンジの金髪頭の後頭部と、横に黒髪をひとつに括った…デンジと同い年くらいの女の子が見える。

 

横顔しか分からないが、目鼻立ちがはっきりとしていて、日本人離れした綺麗な女の子だ。

 

対するデンジも横顔しか窺えないが…、表情を崩して、耳まで赤くしている。

 

 

「あらあら、デンジったらやるじゃぁん」

 

 

ただ、相手が悪すぎるけど。

あの女の子、かわいいけど不吉すぎるにおいがする。

おそらくサムライソードと同じような類いだが、それよりももっと歪な感じがする。

 

わたしが今出て行ったところで勝てるか分からない。一旦この事は持ち帰ろう。

 

 

「そんなことする必要なくない?」

 

 

突如アマネが口にした言葉に、引き返そうとした足が止まる。

 

「は?アマネもわたしなら分かるでしょお。あいつがヤバそうな奴ってのは……」

「君こそ何言ってるの。ここで過ごして、デンジの心臓が色んな奴に狙われてるってことが分かったでしょ?やっぱりあの子はマキマにとってとりわけ貴重な存在なんだよ。今はまたとないチャンスじゃないの?多分あの女の子がデンジを殺すか、マキマから引き剥がしてくれる筈」

 

アマネが意気揚々と言う。

 

「それは…、その可能性はあるかもしれないけど」

 

わたしは一度デンジをマキマの手から奪うのに失敗しているし、わたしの力でそれを再度実行するのは不可能だろう。

 

 

わたしは躊躇った。

わたしはデンジと親しくなりすぎていた。

 

彼に危険が及ぶと分かっていて、見殺しにするなんてできない。

 

 

「ねえ、本当にどうしちゃったの。君の元来の目的を思い出しなよ。わたしの身体が欲しいんでしょ?」

 

アマネの冷たい声は、まるで脳みそに氷の杭を打ち込まれるようだ。

 

「君との契約が果たされないのは、きっとマキマがアキくんの心を支配してる所為だよ。そうとしか考えられない。わたしたちはまだ"本当のアキくん"に会えてないの」

 

目の前に、いる筈のないアマネの榛色をした視線が鋭くわたしを射抜いてるような気分になる。

 

「なに、言ってんの」

「前にアキくんがわたしの胸ぐらを掴んだでしょう?よく考えたけど、アキくんがわたしにあんな態度をとるなんてありえない。あの女がアキくんをおかしくしてるんだよ、そうに違いない」

「それは、アキくんがわたしの事を魔人だと思っているからでしょ。冷静に考えたらわかる……」

「冷静になんてなってられないよ…!」

 

わたしの言葉を遮り、アマネが声を上げる。

感情的なアマネは、久々に見る気がした。

 

「わたし、こんなあやふやな状態でいつ消えるか分からないし、こんな危険な仕事で早川くんもいつ死ぬか分からない。それに前、早川くんはもっと強い悪魔と契約したって話、天使の悪魔としてたよね?彼は代償はあれだけって言ったけど、周りの話を聞く限りだと、強い悪魔と契約するのは碌なことにならないらしいじゃん」

 

 

わたしはアマネと感情を共有しているのに、分かっていなかった。

 

わたしに身体が乗っ取られても、負けないからと強気で能天気で。何よりもアキくんに執着している。

 

しかし、彼女は実際は焦っていた。

 

「君も…わたしだから分かると思うけど、最近変だと思わない?」

「……変って、何が」

「前はわたし、自分の意識の輪郭がはっきりしている感覚があったの。でも一日ずつ…君との境目が分からなくなってくる。君が考えていることなのか、わたしが考えていることなのか分からなくなってくる。前までは君の考えている事感じている事が手に取るように分かったのに、最近は分からないときもある」

 

アマネの言うことは、わたしも少し前から実感していた。

アマネの癇癪が起きないのも、アマネの心が穏やかになってきていると思い込んでいた。思い込みたかった。

 

わたしはぬるま湯に浸かったような、平穏な日々が心地よかった。

 

 

「君は前にわたしが負けないって言った言葉を認めてくれたけど…、わたしもう、自我がなくなったっていいよ。でもその代わり、本当の早川くんに会わせて。だって君は、わたしの幸せを思ってくれているんだよね?」

 

地底から這い出たような冷たい手が、脹脛を、腿を、背中を伝って這い上がっていくような感覚に身震いをする。

 

 

「わたし、君のこと"信じてる"から」

 

 

 

「おい特異課の!そこで何をしている!!」

 

男の怒声に意識がぐっと引き戻される。

今回共に行動している退魔課の男だ。隊列から外れたわたしを捜しにきたのだろう。

 

すると、アマネはいつものように意識をわたしの中に深く潜らせた。

 

 

「……はいはい、いま行きますよぉ〜っと」

 

お叱りはあるだろうが、正直助かった。

緊張で汗ばんだ身体が冷えていく。

 

喫茶店の窓越しのデンジを横目に、強張った足を無理やり動かしその場を去った。

 

 

 

 

仕事を終え、いつもの屋上でぼーっとしていると、後ろからギャイギャイ騒ぎ声が聞こえてきた。

 

「チェンソー様!チェンソー様ァ!!」

「だぁから野郎がくっつくなっつってんだろーが、気持ち悪ィ!!」

 

またデンジとパワーが戯れあってるのかと思ったが、よく聞けばもう片方も男の声だ。

 

それに今、パワーは血抜きで不在だった筈だ。そうでなくとも、どうやら私はパワーに嫌われているようで、デンジがいても彼女はここに寄りつこうとはしないが。

 

 

声がする方に目をやれば、上裸で頭部が鮫のかぶりものをしたような形の男がデンジに付き纏っていた。

 

サメの魔人、名前はビームだったか。

 

 

「なんでデンジとビームぅ?珍しい組み合わせじゃん」

「しらねぇよ!パワーがいねえから一時的にバディにさせられてんだよ……」

「ふぅん。しかしまぁ〜、今日も元気そうだねぇ、ビーム」

 

わたしがビームに笑顔を向けると、無言で地面に潜っていってしまった。

デンジ以外にはそっけないのね。

 

「コイツ、マジのマジでアホだぜ?アマネと同じ魔人なのにこうも差がでるもんかァ?」

 

デンジはビームの愚痴を溢してはいるが、顔はいつもよりご機嫌だ。

 

そんな表情を見ると、先程アマネに言われた事が頭によぎり、胸が痛む。

 

 

それにしても、ビームは先程の女のにおいに気づいてないのだろうか。

あの女がにおいを"隠す"のが上手いのか。そうなると結構やっかいだ……。

 

正直、こればかりはマキマが"気づいてくれれば"と思ってしまう。

 

 

 

「おーいアマネ?」

 

また思考を巡らしぼーっとしていたらしい、デンジの声で我に帰る。

 

「ごめん、聞いてなかった」

「相変わらず地味にひでぇよなぁ。まあいいや!アイツ、今日は肉じゃがっつってたし、さっさと帰ろ」

 

のびをしながら立ち上がったデンジのシャツの裾を、思わず掴む。

 

「え、もしかしてご飯、アキくんが作ってるの……?」

「そうだけど」

 

 

なにそれ、聞いてない。

 

 

「「うらやましい」」

 

 

わたしとアマネの声が被った。

 

 

「……お、お前も食べに来る?」

 

聞かずとも、わたしの気迫に圧されたのかデンジがそう勧めてくる。

 

「いいの〜?!」

「あー、まあいまパワーいねえし、ちょうど一人分余ると思うから大丈夫っしょ」

 

 

デンジがいい加減に返す。

 

わたしの内側から、やったぁ〜〜!!と声が湧き上がってくる。

 

そんなことでさっきの女のことやデンジへの罪悪感を払拭できてしまうんだから、わたしもビームに負けず劣らずの馬鹿なのかもしれない。

 

 

 

 

デンジに付いて辿り着いたマンションは、築年数はそれなりに経ってそうだが、共用部分は綺麗に掃除が行き届いていた。

駐輪場に子ども用自転車が複数置いてあることから、家族住まいの多い、割としっかりしたマンションのようだ。

 

真ん中くらいの階にアキくんたちの部屋はあり、デンジが慣れた手つきで鍵を開ける。

 

ドアを開けた瞬間、室内にこもっていた熱された空気が身体に纏わりついてきた。

 

でも不思議と嫌な感じはしない。

懐かしいような、でもちょっと違う。

アキくんのにおいでもあるけど、やっぱり三人で住んでいるからか、もっと色んなにおいがする。

 

あたたかいにおいだ。

 

 

「いい部屋だね」

「まあ…、俺もなんだかんだ気に入ってんだ。見晴らしいいし、夜は結構静かだし」

 

玄関からも見える大きいベランダの窓からは、夕陽が室内に差し込んでいた。

惹き寄せられるように、わたしは窓を開け、ベランダに出た。

 

今度はこもった空気をかき混ぜるように外気が流れ込んでくる。

本部とはそう離れてはいない立地だが、ある程度住宅街に入って行ったところにあるここは、デンジのいう通り辺りは静かだ。

周りの家よりも頭ひとつ分高く、わりと遠くまで見渡せる。

 

東京の空気は汚いとかよく聞くが、わたしはあまりそうは思わない。

確かに、人混みの中での酸素が足りないような感覚や、車が吐く排気ガスの臭いは嫌いだが。

 

しかし、このベランダだったりいつも行く屋上だったり、そういったところの空気は割と好きだ。

都会の空気の上澄みを吸っているようで、なかなか悪くない。

 

北海道の空気は確かに綺麗だったのかもしれないけど、アマネの家の中に蔓延る空気や、吸い込むと肺が痛くなるくらいの冬の冷たい空気が良いかと言われれば、そうでもない気がする。

 

 

いや、アマネが故郷にいい思い出が少ないからそう思うだけなのか。

 

 

 

「アイツまだ帰ってきてねえや。そういや最近帰ってくんの遅いんだよなぁ」

「なんで?」

「もうじき銃の悪魔討伐遠征があるらしいからよ、なんかいやにはりきっちゃって」

 

デンジがキッチン上の戸棚を探り、菓子をいくつか出してきた。

 

「まあ、菓子でも食いながらのんびりしてようぜ〜」

 

そう言いながら、ローテーブルの前に敷かれた座布団に腰掛けて、流れるような動作でテレビを点ける。

 

ご飯食べれなくなるよ、なんて心配はデンジに必要ないことは分かりきった事だから口に出さない。

 

「あ、そういえば前にパワーとゲーム買ったんだった!アイツ馬鹿だしすぐズルするから全然面白くなかったんだけど。ちょっと待っててな!」

 

言いながら、デンジは奥の部屋に消えて行った。

 

 

急に室内が静かになって、テレビの音量を上げてみる。

 

バラエティ番組を観るのは初めてだ。

 

わたしに設けられている自室にテレビはないし、共用スペースに置いてあるのは常にニュースが流れている。

 

画面の中で中心に立つ男が"らしい"事を言うと、態とらしい観客の笑い声がどっと沸いた。

 

 

「ほら見ろよ!トランプとジェンガと〜…UNOとかあるぜ!」

 

ほどなくして戻ってきたデンジは両手に玩具を抱え、肘でテーブルの上の菓子をどかした後に雑にそれらを置いた。

 

懐かしい気もするが、実際アマネはこんなゲームをやる相手もいなかったから馴染みはない。

 

「UNOって二人でやるものだっけぇ?」

「え、一応ここに"2〜"って書いてあるからできんじゃねぇの?てか説明書漢字多すぎて読めねえ」

 

デンジが見せてきた説明書には、小学生低学年で習うような簡単な漢字には、ふりがながふられていなかった。

 

「……デンジって今何歳だっけ?これ読めないってやばくない?」

「しょうがねぇだろー、俺学校行ったことねえし。ギムキョーイク?すらも習ってねぇよ」

 

デンジはUNOの説明書を読むのを諦め、ジェンガの箱を開ける。

ひっくり返しながら口をテーブルに押し当て、慎重そうに箱を抜くと、カラフルなブロックの塔が完成した。

 

「……そういえばデンジがデビルハンターになった理由とか聞いたことなかったね」

 

勝手に先にブロックを引き抜かれ、選択権を与えられることなく自動的に後攻になるが、最早何も言うまい。

トランプは幼い頃レクか何かでやった覚えがうっすらあるが、ジェンガは初めてだ。

 

「俺〜?俺は死んだ親父の代わりに借金返済する為に内臓売ったりポチタと……、あ、ポチタってのは悪魔で、昔から一緒に暮らしてて…、今は俺の心臓になってくれてるんだけど。こいつとデビルハンターとして金稼いでて。でも金稼いでも返済で生活費は消えてくし、勿論学校も行けねえし、すっげー貧乏な暮らししてた。でもなんやかんやあってマキマさんが俺のこと拾ってくれて、公安で働くことになって、こうやってぐーたら菓子食いながらゲームができる生活が送れてるって訳だな〜」

 

デンジがまたブロックを引き抜き、慎重に上に重ねる。

 

デンジはなんてことないように話していたが、わたしは内心驚いていた。

いつも呑気でへらへらしていて、何も考えてなさそうなデンジが、そんな過酷な日常を送っていたとは想像もしていなかった。

 

そしてわたし以上に驚き、同情していたのはアマネだ。

感覚が鈍いが、そんな気がした。

 

 

「ちょっと前までじゃ考えられなかった暮らしだ。マキマさんに感謝だなぁ」

 

デンジは次のブロックを引き抜くと、まるでそれを宝石のように夕陽にあてる。

 

デンジは本当に宝物を得た無垢な少年のようで、マキマに何の疑惑も持たない好意を向けている。

 

そんな彼をみていると、マキマに対するどろりとした敵意を、澄んだ水で薄められそうになる。

 

わたしは咄嗟に思考を止めた。

 

 

「そうだねぇ、前の暮らしのままじゃ、こんな美少女と二人っきりで遊べるっていう機会なんてなかっただろうねえ。マキマに感謝だねぇ〜」

 

わたしがいい位置のブロックをとった所為で、塔がふらつく。

 

「あ?あーそうだなー」

 

デンジは手を震わせながら、どうブロックを引き抜こうか試行錯誤しており、わたしの言葉には生返事だ。

 

 

この超絶美少女を目の前にして、随分と余裕そうじゃないか。

 

 

ブロックとブロックの隙間から、別に好みでも何でもないデンジの顔を見つめてみる。

 

 

「………あんだよ」

 

しかし、視線に気づいたデンジは訝しむだけだ。

 

「いんや〜?あんなにうぶだったデンジが、随分こなれちゃったものだなと思ってぇ」

「うるせーな。二度同じヤツに騙されるほどデンジ君は馬鹿じゃありませぇ〜〜ん」

 

態とくっつくようにデンジの横に移動するが、身体を仰け反らせるようにして避けられた。

そのときデンジの肘がテーブルに当たり、不安定になっていた塔が豪快な音を立てて崩れた。

 

「ああああ!!!」

「あ〜あ、これから面白くなるところだったのにぃ」

 

呆れ顔でデンジを見やれば何か言い返してくると思ったが、急に珍妙な面持ちになり、

 

「まあいいぜ、俺には心があるからな…。こんな事などでは腹を立てない、美しく優しい心が……」

 

などと言い出した。

 

マキマに感謝だなんだと言っておきながら完全に浮かれ切っているなと思いつつ、トランプに手を伸ばす。

 

 

「デンジ、最近すごい機嫌いいよねぇ」

 

トランプに触る事自体が大分久しぶりな気がする。慣れない手つきでシャッフルする。

 

「ん〜…そうかぁ??」

「うん、青春を謳歌してますって顔をしてる」

 

すると、デンジは二秒ほど固まったあと、顔に花を咲かせるように、とそんな爽やかなものではなかった。なんだかいやらしい笑顔を浮かべた。

 

「青春……。確かにそうかもなァ…青春、しちまったかもしれねぇな………!」

 

青春という言葉を噛み締めるようにデンジは何度も頷く。

わたしがトランプを仕分ける様子を見て「俺ババ抜きなら得意。この菓子ぜんぶ賭けてもいいぜ」と言ってきた。

 

 

やっぱりデンジはあの女の子に惚れているのか。

言うべきか、……放っておくか。

 

 

アマネの邪魔は入らない。

……なら、言うべきだ。

 

 

「………いやあ、わたしは嬉しいよぉ。マキマなんかじゃなくて普通の女の子に恋してくれるようになって」

「え、なんでそこまで知ってんの」

 

不信感を隠さないデンジの目を見つめ、テーブルに頬杖をつく。

 

 

「でもねその女、やめといた方がいいよ」

 

 

そう言おうと口を開きかけた。

 

 

 

ガチャリ、とドアが開く音がした。

アキくんだ。

 

タイミングが良かったのか悪かったのか。

わたしの考えは読める筈だ。なのに、アマネは尚黙っている。

それが故意的になのか、出てこれないのか。

 

 

「アキくんおかえり」

「おい、なんでお前が家にいる」

 

いつものように悪態を吐いてくるが、声に元気がない。随分とお疲れのようだ。

 

「え〜、だってデンジが毎日アキくんの手料理食べてるっていうからさぁ。わたしも食べたいからついてきちゃった」

 

わたしの言葉にアキくんはため息を吐き、デンジを睨む。

 

「今日は疲れてる……。悪いが適当にすませてくれ」

「おいおい!そりゃないぜお前〜!!」

「そうだよぉ、わたしめちゃくちゃ楽しみにしてたのに〜!」

 

わたしたちのブーイングを物ともせず、アキくんはリビング横の引き戸を開け、中に閉じこもってしまった。

 

 

デンジが弱すぎていつの間にか勝っていたババ抜きで得た戦利品を食べながら、ぴったりと閉められた引き戸を見つめる。

 

 

銃の悪魔討伐か…。自分の事ばかりで大体のデビルハンターの最終目的がそこにあることをすっかり忘れていた。

 

わたしは銃の悪魔の肉片探しに尽力していなかったし、肉片すら目にした事ないくらいだ。そんなに事が進んでいたとは。

 

 

アキくんは、何故そんなにも復讐心に駆られているんだろう。

だって彼の両親は、アキくんのこと放っておくような人だったんでしょう。

 

 

「人間はみんな大層な目標みたいなのがないと生きていけないものなのかしらね〜」

「なー!俺もそれ思ってた」

 

デンジはテーブルの上に散らばったままのブロックを手で弄びながら、わたしの言葉に同意した。

 

「デンジはなんでこの生活、頑張れてるの?」

 

頑張るも何も、わたしもデンジも文字通りここに永久就職だから、目標使命やる気云々があろうがなかろうが、働き続けなきゃいけないのだが。

 

「え〜それはァ、ウマい飯食えるし布団で寝れるし……」

 

デンジはそこまで言うと首を捻り、目を瞑り、数秒の間唸った。

 

「………あと、今の俺ならセッ……、彼女が出来るかもしれないしな!」

「ふ、」

 

わたしは大声をあげて笑った。

 

なんて馬鹿で、単純で。でもそんな言葉はごちゃごちゃした今のわたしの頭の中を痛快に笑い飛ばさせてくれる。

 

 

やっぱりわたしは、デンジを見殺しにできなさそうだ。

 

 

 

 

それから空腹にだらだらと菓子を入れ、テレビをぼーっと眺め、飽きたらUNOの説明書を読みながらやってみて、思った通り盛り上がらず。

 

「なーんか根がはるなあ、ここ」

 

わたしは床に大の字に寝転がりながらぼやく。

もう夕陽は遠くのビルに隠れ、暗くなりはじめていた。

 

「施設のほうはどーなの?」

「えー、そりゃまあ、ここと比べたら最悪だよぉ。狭いし寒いし、窓もないし」

 

それでも今まではさほど気にはならなかったのだが。

 

「お前も先生んとこ住めば?」

「あんなクソジジイと一緒に住んでられるか」

 

マキマから提案されたことはあるが、わたしは勿論、岸辺も拒否した。

 

「あー、帰るのめんどくさ…」

「いんじゃね、帰んなくても。俺らの家だし…、なんとかなんだろ……」

 

いい加減なことを言った後、デンジもテーブルの反対側に寝転がり、大欠伸をした。

 

欠伸はなんでうつるんだろう。

わたしも小さく欠伸をすると、それが眠気を誘って、徐々に意識が心地よく揺らいで消えていった。

 

 

 

瞬きをすると、部屋が真っ暗だった。

意識がぼんやりとする中、デンジのいびきが煩い。

体感的に、まだそんなに時間は経ってないだろう。

テーブルの上が菓子やら玩具やらで散らかったままだ。

 

 

「お菓子は残したらすぐ袋の口を閉めないと湿気るよ。こっちのはお皿に移してラップかけて」

「自分で使ったのなら、きちんと自分で片付けなさい。それができないなら、もうこれは使わせないからな」

 

 

厳しい言葉。でもそこに冷たさはない。

両親じゃない、少ししゃがれた優しい声。

 

 

そうだ、アマネの祖父母の声だ。

アマネのことをあたたかく、時に厳しく育ててくれた二人。

 

 

キッチンの蛍光灯をつけ、言われたことを思い出しながら後片付けをしていく。

 

すぐに探し当てることができたラップを見て、キッチンの収納とは大体どこの家も似ている作りなのだなと思った。

 

 

 

引き戸の奥から小さく物音がした。

すると、いつもきちっと一つに纏めた髪をぼさぼさにしたアキくんが、まだ眠そうにしながらのそりと出てきた。

制服を着たままで寝ていたのか、シャツやスラックスに皺がついている。

 

キッチンに立つわたしを見て、目を丸くした。

 

「意外だ」

「失礼なあ、自分で出した物くらい片付けるよ」

 

 

アキくんは、蛇口を捻りコップに水を入れ、それを一気に飲んだ後、わたしの横を通り抜け冷蔵庫を開ける。

 

中には野菜やら調味料やらが入っていて、作り置きはないようだ。

戸棚を漁ったときに見たが、レトルトや即席麺などはなかった。

 

毎度作ってるのだろうか、と目の前の背中を感心しながら見てしまう。

 

 

「………お前も食べるか?」

「やったぁ」

 

 

催促の視線を送ったと思われたようだが、有り難く乗っかる。

 

白飯は?と聞かれたので食べると答える。

 

そんなやり取りが懐かしさを誘う。

アキくんとの幼い頃の思い出ではなく、祖父母と過ごした頃の懐かしさだ。

 

分かった。この家に入った時の懐かしいと感じたのは、アキくんのにおいに対してじゃなく、家族のにおいだ。

 

アマネの中にもそういう記憶があったんだな。

アキくんへの執着や、両親への恐怖、嫌悪ばかりが脳を支配してて、何故か平凡で平和な日常は隅においやられていた。

 

 

 

「手伝おうか」

 

ひとつ、ふたつ記憶が浮かび上がり、その糸を手繰ればするすると様々な記憶を連れてきてくれる。

わたしは自然と髪を一つに括り、アキくんの横に立った。

 

「……ほんとに意外だな」

 

アキくんもボサボサになっていた髪を括り直しながら、またそんな事を言う。

流しで手を洗いながら、ふふと得意気に笑ってはみるものの、わたし自身、自分の発言や行動が意外だった。

 

「料理もね、教えてもらった記憶があるんだ〜。だからちょっとならできるよ」

 

包丁を右手で持ち、まな板の上に乗った野菜を押さえる手は猫の手。

祖母から教えてもらったことだ。

 

知らない事なのに、やったこともないのに、まるで身体に馴染んでいるように手が動き、均等に野菜が切られていく。

 

最初の方は、横からはらはらと落ち着きなさそうな視線を感じたが、わたしが二種類の野菜を切り終えボウルに入れる頃、漸くアキくんは自分の作業に集中しだした。

 

 

教えてもらったことはそんなに多くなかった気がする。

でも、野菜を切ったり米を研いだり、湯が沸騰しないように見守ったり。

 

そういうことをひとつずつ教えてもらって、ひとつずつ任せてもらえて、最後には必ず「ありがとう」と笑顔を向けられた。

 

 

嬉しかったな、懐かしいな。

 

 

「帰りたいな……」

 

 

アマネが小さくそうこぼした気がした。

その瞬間、指先に小さな痛みが走った。

 

そこに目をやると、斜めに線が入っていて、じわじわと血が湧き上がってくる。

 

「どうした」

 

米を研いでいたアキくんが手を止めてわたしの方を見る。

 

「やっちゃった。なんだかんだ久しぶりだったからねえ」

 

ぼーっとしてたら包丁で切った、なんて言ったら怒られそうだ。

アキくんにとって"茅森アマネの身体"は大切だから。

 

 

思ったより傷が深かったらしく、血はどんどん溢れ出し、指を伝い水掻きに溜まっていく。

 

 

なんとなくその様子を数秒みつめていたら、アキくんの目もわたしと同じように流れ行く血の行方を追っていた。

 

いつもとは様子の違う彼に、ふいに不安にかられる。

 

 

「アキくん?」

 

 

わたしが彼の名前を呼んだとき。

"入れ替わった"感覚がした。

 

 

顔を上げたアキくんと目が合う。

 

初めは驚き、その後を追うように懐古、そして僅かに期待の色が滲んだ瞳。 

 

 

アマネの口元が、嗜虐的な笑みを描く。

 

 

血が溢れ出る指で、さらりとしたこめかみから頬まで撫でる。顎の近くにいくと、僅かに伸びた髭の感触がした。

 

お呪いのように、なぞったところに赤い線が引かれていく。

 

そのまま形の良い上唇をなぞり、固い前歯に当たる。

 

アキくんは抵抗せず、固まったままアマネの目から視線を外さない。いや、外せないのかもしれない。

 

 

そのまま割り入るように指を咥内に入れる。

頬の粘膜の柔らかさやざらりとした舌の感触。

 

耳鳴りがするぐらい静かだった空間に、徐々にわたしの荒くなっていく呼吸と、アキくんの苦しげな呼吸が、先程まで穏やかだった筈の家の中の空気を掻き乱し、鼓動が耳鳴りの音に覆いかぶさるように大きく煩く鳴り響いた。

 

 

ーーーリリリリン……

 

 

突如、部屋の電話が鳴った。

呼吸の音が、鼓動が、耳鳴りがそれぞれの後を追うように消えていく。

 

わたしの中の、獰猛な生き物のようなものが風船の空気が抜けていくように、萎んでいった。

 

意識が戻されれば何か忘れてるような気がして、真っ暗になった窓の外を見て、その後部屋に置いてある時計の針が指す数字を見て……、一気に血の気が引いた。

 

 

「やばい……やばいやばいやばい!」

 

突如声を上げたわたしに、漸く我に返ったように肩を震わしたアキくんは、急かすように鳴り続ける電話の受話器をとりにいった。

 

 

相手は予想がつく。

 

 

「……おい、アマネ。岸辺隊長からだ」

「やっぱり……!外出許可申請の時間過ぎてる!!」

 

時計が示す時間は、既に日付が変わっていた。

 

先程そんな寝ていたとは。遅めの時間に申請していたからと、油断していた。

こんなに熟睡するのは初めてのことかもしれない。今までにないくらい気が緩んでいたのだ。おそろしや、早川家。

 

 

『あと5分以内に施設に帰ってこなければお前を3回ほど殺す、そう伝えておいてくれ』

「だそうだ」

 

受話器のスピーカーをこちらに向けられ、聞こえてきたのは死刑宣告。

これはわたしが戻らない所為で残業させられ、かなり不機嫌な声だ。

 

「5分?!いや無理だってえ!!走るの嫌いなのにぃ!」

 

床に置いて皺の寄ったジャケットを羽織り、同じく床に放ったネクタイを拾いポケットに突っ込み、脱力し切った末何故か脱ぎ捨てたハイソックスを急いで履く。

 

途中でデンジの足を踏んでしまったが、「ゔ」とくぐもった声をひとつもらしただけで起きる気配は微塵もなさそうだ。

 

 

「はぁ〜ご飯食べれなかったじゃん……」

 

蛍光灯に照らされたキッチンに置かれたままの切りかけの野菜と、まだスイッチすら入れられていない炊飯器に後ろ髪を引かれるが、そんなことを考えている場合じゃない。

 

 

「そいじゃ!お邪魔しましたぁ〜!」

「ちょっ、おい!ちょっと待て!」

 

ローファを無理やり踵に嵌めようと足踏みしながら玄関口で叫ぶと、慌てたようにアキくんが後を追いかけ、わたしの腕を掴んだ。

 

「指……!怪我、絆創膏ぐらいして行けよ」

 

 

本当に心配してくれている顔をしている。

 

いい子だな、アキくんは。本当に。

 

 

「もう治ってるよ」

 

わたしは左手を見せる。

完全に塞がった傷口。わたしの手首まで伸びた血の筋と、アキくんの顔にこびりついた血の痕だけが、嘘のような先程の出来事を物語っている。

 

 

「言ったでしょお。わたし、魔人なんだって」

 

 

あんなことをされても、こんなわたしを見ても、なお"茅森アマネの身体"の心配をする優しい彼に、分からせるように言った。

 

それだけじゃない。いや、もっとそれ以上に、自分に分からせるように言った。

 

 

返す言葉を待つ前に、逃げるように玄関のドアを閉めた。

 

 

 

 

ああ、走らなきゃ、全力疾走。そのぐらいが丁度いいか。

 

頬に当たる風が熱を冷ましてくれるかもしれない。いや、夏の夜の空気は纏わりつくだけでただただ鬱陶しいだけだ。

 

 

わたしが、アマネの指がアキくんの咥内にさし入れたとき。

 

アマネがひどく高揚したのが分かった。

対して、わたしはその内臓のような感触に悪寒すらした。

 

 

悪魔はわたしの方なのに、可笑しな話だ、本当に。

 

 

「可笑しな話だよ。ねえ、アマネ……」

 

 

息が切れて、立ち止まる。

人気のない道を照らすのは自動販売機の強い光。

ここにいるのはわたしと、わたしからのびる影だけ。

 

 

「君は何がしたいの、一体………」

 

 

アマネから返事はない。

 

わたしが口に出した言葉は独り言にしかならかった。

 

 

 

 

 

「お疲れ様。昨晩は岸辺さんにこっぴどく怒られたみたいだね」

 

翌日。朝っぱらから一番嫌いなヤツの前にいる。

しかし、今日はこの女に呼び出されて嫌々執務室に来たわけではない。

 

 

「で、話って何?アマネちゃんから話したいことがあるだなんて、珍しいね」

 

先程から書類の整理をしているようだが、わたしが口を開くのを躊躇っている様子を見ると、その手を止めてわたしの顔をじっと見てきた。

急かすようなことは言わないが、無言の圧力がわたしを襲う。

 

 

「……最近のデンジ、なんだけど」

 

この期に及んで言い淀む。

でも、アマネが横槍を入れてくる様子はない。

意を決して続ける。

 

 

「仲良さそうにしてる女の子がいるんだけど……人間じゃ、ない。サムライソードと同じ類だと思う。火薬のような…焦げたにおいがする。デンジもビームも多分気づいてない。分からないけど、銃の悪魔が関わってるかもね」

 

視線をあちらこちらに彷徨かせながら、吐露した。

 

マキマはいつものように微笑みながら傾聴し、話が終わったことを察すると腕を組み直した。

 

 

「報告ありがとうございます。でも、どうしたの?」

 

急に従順になって、とでも言いだけだ。

 

「別に…、あんたに従う意思があって報告した訳じゃないから。デンジが心配なだけだし、正直わたしだけで対処できる問題だと思えないから言った。それだけ」

 

マキマが顔を傾ける。

 

「アマネちゃんは、早川君じゃなくてデンジ君のことがすきになっちゃったの?」

「んな訳ないでしょ、あんた馬鹿なの?」

「じゃあ質問を変えるね。君はチェンソーの悪魔のことが気に入ったの?それとも、人間のデンジ君のことが気に入ったの?」

 

妙な質問だ。

反して、マキマはふざけているようには見えない。

 

「わたしは…、デンジは似たような境遇で親近感は覚えるけど、別に悪魔じゃなかったとしてもそう感じるだろうし。……だから、デンジがただの人間だったとしても、接し方は変わらないと思う」

 

マキマは数秒わたしの顔を見つめたが、ふいに目を伏せた。

 

「そう。………それは残念」

「え?なに」

 

声が小さすぎて聞き取れなかった。

 

「アマネちゃんがデンジ君と仲良くしてくれているみたいで、よかったなって。前みたいな事になるのは御免だからね」

 

ここに来たばかりの頃にマキマに身体を真っ二つにされたことを思い出し、思わず後退りをする。

 

 

「それで、折角報告してくれたところで悪いんだけど……。彼女の存在はもう把握してるんだよね」

「はぁ〜?!うそでしょお」

 

今までのわたしが頭を悩ませた時間はなんだったんだ。

思わぬ取り越し苦労に肩の力が抜ける。

 

 

そういえばこの女、前に鼠を使役してた。

今回もそのようにして情報を掴んだのだろう。

 

 

「彼女はボム。ソ連からの刺客だね。アマネちゃんの予想通り、銃の悪魔と繋がっている」

「じゃあなんでさっさと殺さないの?」

 

マキマの考えが読めない。

わたしの質問に、マキマは表情を変えずに続ける。

 

「デンジ君と仲良くしてほしいから」

「……は?仲間にするってことぉ?それは無理があるんじゃ……」

 

頓珍漢なことを言っているのに、悪寒がする。

読めないが、よからぬ事を考えているということだけは分かる。

 

 

「……あんた、何考えてるの?」

 

 

マキマの表情は、崩れることはない。

常に柔らかい笑みをたたえている。

 

 

「アマネちゃんは今回の事に"何も手出ししないで"。デンジ君ならきっと大丈夫。心配いらないよ」

 

 

 

 

 

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