「ていうか、岸辺。あれは?」
「……なんだ?」
岸辺の前に掌を差し出す。しかし岸辺はそれでも何のことか分かっていないようだ。
「代償だよ、代償!!あんた、あれをくれないとマキマを殺す前に死ぬよ?!」
「ああ…、すっかり忘れてたな。」
そういって岸辺が部屋の隅に置いていたビニール袋から取り出してきたのは、ポッキンアイス。しかも二本。
「……あんた馬鹿にしてんの?どうみても二本でしょ、これ」
「お前こそ何を言ってんだ。二つに割って四本だろうが」
「百歩譲ってそうだったとしても……!これ、凍らせてないならただのゼリーじゃん!!」
「煩い、こんなところに冷凍庫なんてある訳ないだろ」
岸辺はそういうと、また酒を煽り始めた。
自分の酒は買っておいて、わたしには冷凍前のポッキンアイス二本か。
「あんた、こんな下らない事で死んでも知らないからね……!」
悪魔の契約は絶対だ。破った方は死ぬ。
ただ、こんなことで死ぬとは到底思えないな。
久しぶりに軽口を叩くやり取りをして、心がほどよく和らいだ。
わたしは大人しく、二つに割ってそのゼリーを口に入れる。
懐かしい味がする。
小さい頃、少ない小遣いで偶に駄菓子屋で買っていた。
駄菓子屋の親父は嫌いだったが、この味は好きだった覚えがある。
東京に帰って、ボムが街に及ぼした被害は相当甚大だったことを知った。
それに加え、デンジの心のダメージも甚大だったようだ。
わたしもここ数日で妙に気落ちしてしまったし、そんなときは……
「デンジの失恋を慰める会アンド、パワー復活祝いパーティを開催しまぁ〜す!!」
「いぇ〜い……」
デンジの気のない返事。
アキくんの呆れ顔。
パワーの刺々しい視線。
デンジはまあ、置いといて。いつもの早川家だ。
東京に帰ってきた実感が湧く。
パワーには依然威嚇されてはいたが、血をあげると言ったらすぐに寄ってきた。
警戒心が強いけど、食欲に勝てない。猫みたいだ。
この家には本物の猫もいるが、ニャーコの方は元野良にしてはなつこい。ふわふわで温かいのでつい触ってしまう。
アキくんは、病院での出来事はまるでなかったことかのようにいつも通りで、少しほっとした。
にしても、今日は漸くアキくんの手料理が食べれる!楽しみで仕方がない。
「あれ?」
目を覚ますと、木目調の天井。煙草のにおいと、ほのかな藺草のにおい。
せんべい布団は、自室のベッドのものと似てはいるが、畳の時点で自室ではない場所だ。
いや、このささくれた畳の感触。
この場所を知っている。
「目ぇ覚ましたか」
低い声。
後ろを振り返ると、一人がけのソファに座った岸辺がわたしを見下ろしていた。
「………誘拐?あたっ」
煙草の空き箱が飛んできて額に当たる。ボックスは地味に痛い。
「え、どういうこと?わたしさっきまで早川家にいた筈なんだけど。なんで急に岸辺の家に?落差が酷すぎて訳がわからないんだけど……?!」
「訳がわからないはこっちの台詞だ。昨日アキから酔っ払ったお前を押し付けられたんだよ」
酔っ払った?酒を飲んだってこと?記憶にないんだけど。
薄らぼんやりとした昨晩の記憶を辿る。
アキくんがカレーを作り終えたところから遡ってみようか。
食卓にコップやらお皿を並べるのを手伝って、座ったアキくんの横を当然のように陣取って、それから……
デンジとパワーとゲームをしてて、勝ちを確信して余裕をこいていたら、横でアキくんが缶から直接ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲んでいた飲み物があまりにも美味しそうだったから、わたしもひと口………と。
「あ〜、あれがお酒かぁ」
道理で独特な味だと思った。ジュースにしては甘味もないし。
どうやらアマネの身体はアルコール耐性が全くないらしい。
身体が十六歳だから?いや、体質の問題であって年齢はあまり関係ないのだろうか。
「酒に呑まれる奴は飲むな。酔っていても頭を動かせなければ意味がない」
「別にあんたに倣って飲んだ訳じゃないから。二度と飲まないよ、あんなの」
それにしても、惜しいことをした。
昨日の事を断片的に、いやほとんどと言っても過言ではないほど思い出せない。
折角作ってもらったカレーの味も、残念極まりないことに思い出せない。
ただ、ゲームに勝ってアキくんとのデート権を得られたことだけ鮮明に覚えているのは、我ながら凄まじい執念だ。
でもそれ以外にも楽しい事が沢山起こった筈。がっくりと肩を落とす。
「落ち込んでいる所悪いが、話がある」
「いま頭痛いんだけど。後でもいい?」
わたしはのそりと起き上がると、流しに干してあったコップを勝手にとり、水をなみなみと入れ一気に飲み干した。
「……いや、ここじゃない方がいいか。外出るぞ」
頭痛いって言ってんのに、相変わらず容赦がない。
「はぁ、分かったよ。とりあえずシャワー浴びさせて」
全て岸辺のペースで動いてたまるものか。
何か文句を言ってくるかと思ったが、わたしが返事を待たずに服を脱ぎはじめたのを見て、溜息を吐きながら上げかけた腰を再度落としていた。
狭くて暗い地下飲食街。
年季の入った看板やポスター、壁には無数の落書きがされている。
それを抜けた先にある、看板も何もない、空き部屋。
中には、殺風景で埃っぽい空間に、一角にはブラウン管テレビ、もう一角には古ぼけたスチールの事務机、その上に電気スタンド、クッションに穴が開いたこれまた年季が入ってそうな回転椅子が置いてあるだけだった。
「で、こんな小汚い場所までわざわざ歩かせて、話ってなに?」
世の中のジジイの方々は、風呂には石鹸しか置かないものなのだろうか。
ドライヤーすらもないものなのだろうか。
石鹸でギシギシになった生乾きの髪を手櫛で整えながら、不機嫌を隠さずに岸辺に問いかける。
岸辺が唯一の光源である電気スタンドのスイッチを入れると、数回明滅した後、煌々と光り出した。それでも蛍光灯が切れかけているのか、僅かに光が揺れていて目がちかちかとする。
「ここなら、マキマに話を聞かれる事もない。奴は下等生物の耳を借りる」
思いもよらない発言に、少々驚いた。
「……岸辺も気づいてたんだ。周りの人間たちは誰も知らないと思ってた」
流石、公安一のデビルハンターと云われるのは伊達じゃなかったということか。
あの黒々とした鼠の目を思い出すと、不快な気分になる。
話が長くなりそうな気配を察知し、我先にと奥の回転椅子を陣取った。
オレンジ色をしたスポンジがクッションから飛び出ている。見るからにボロいなりをしており、軽すぎるくらいのアマネの体重ですら支えるのが大変だとでも言うように、ギイイと大きな悲鳴を上げた。
岸辺が懐から何かを取り出す。
石のような物だが、何か、火薬のようなにおいがする。
「それ…、ボムと一緒のにおい」
「何故ボムのにおいを知っている。俺たちは別任務だっただろう」
まずい、口が滑ったか?
ボムの件はマキマにしか言ってないない。
「ボムがまだ人間のふりをしてデンジと接触しているとき、偶々見かけた。そのときに……」
「何故報告しなかった」
「……マキマに今回の件で手出しをするなと釘を刺されてたんだよ。あんたに報告しなかったのは、………悪いとは思ってる。
けど、こっちも常にマキマに耳をそばだてられていると考えると、下手に何でもかんでも話すことはできないんだよね」
わたしは岸辺の刺すような目つきにたじろぐ。
僅かに身じろぎしただけで、椅子がギイ、と大袈裟に鳴いた。
「これは銃の悪魔の肉片だ。お前はこれを見ること自体が初めてだろうが、この肉片は公安だけが持つことが許されている」
これが銃の肉片……。やはり火薬のような臭いは、銃の悪魔のにおいだったのか。
ボムが銃の悪魔だという予想は、間違いではなかった。
けれど、なんでそんな事が分かったのだろう。
わたしは銃の悪魔を見たことも会ったことも、銃の肉片を飲んだ悪魔も、母の悪魔以外に会ったことがない。
「お前は銃の悪魔の仲間なのか?」
「違う!アマネは故郷をめちゃくちゃにされた記憶はあるけど、会ったこともない!!」
「じゃあ、これはどういう了見だ」
そう言いながら、岸辺は紐に繋がれた銃の悪魔の肉片をわたしに近づけた。
すると磁石に反応するかのように、重力に逆らってぴんと紐が張り、肉片がわたしの方へ向かって浮いた。
「これは銃の肉片の性質でな。肉片同士はくっつく。先日の栃木での母の悪魔との戦闘後、奴から銃の悪魔の肉片を押収した。その時も、肉片はお前へ向かって動き出していた」
何の事だかさっぱり分からなかった。
ただわたしはいま"命の危機"に晒されているのは分かる。
裏切り者として殺される危機。
「わ…わたし、本当に知らない!」
「ということは、生前の茅森アマネが銃の悪魔と契約していたということか……」
「そんな記憶もない。アマネが、そんな事を言っていたこともない」
岸辺が話を理解できていないようで、眉根を寄せる。
そうか、わたしの中でアマネが生きている事を岸辺は知らないのだ。
「わたしの中に、人間のアマネの自我は残っているの。声だけでなく、考えている事も共有できた。……最近は、全然聞こえなくなっちゃったけど。……でも、茅森アマネは生きているの!」
普通なら馬鹿にされるような事だろう。
悪魔の戯言だと思われるのが関の山だ。
実際、アキくんにも信じてもらえていない。
「俄に信じ難いことだな。暴力の悪魔のように、身体の持ち主の記憶を引き継ぐケースは稀にだが散見するが、共存しているのは聞いた事がない」
やはり予想通りの反応だ。
しかし岸辺は嘲笑するでもなく、無精髭をさすりながら思案するような表情を見せている。
まだ話を続けてもいいと察する。
「わたしは、……アキくんと会ったらこの身体が手に入る筈だった。そういう契約だったから。けど……」
上手く伝えられないことが歯痒い。
しきりに目を泳がすわたしは、岸辺から見たら信用に足る者には見えないだろう。
「お前は、マキマの事をどう思ってる?」
「………は?」
突拍子もない事を言い出すな、何なんだ。
ただ、先程の岸辺の口ぶりからして、彼が"マキマ親衛隊"ではないことは窺える。
マキマに気づかれないようにわたしを殺すという考えもできる事には出来るが、動機が不明瞭だ。
先程言われた通り、確かにここに動物たちの気配はしない。
正直に言ってしまおうか。
「出来ることなら、今すぐにでも殺してやりたいくらいだよ。……"出来ることなら"、ね」
「そうか」
岸辺は煙草を取り出し、火をつける。空気が籠ってるから正直やめてほしい。
「やはりお前は、他の悪魔や魔人たちと違って、マキマを敬うでも恐れるでもないんだな」
「ああ……、そういうこと」
岸辺の言う通り、公安に所属している悪魔たちは、マキマを心酔しているか恐れているかの二択。
人間たちも、個人差はあれど大体はマキマのことを慕っている。
少なくともわたしみたいに敵意を剥き出しにしている奴は一人もいないだろう。
癪ではあるが、わたしもマキマに恐怖の感情がないわけではない。
だが、幸い岸辺が疑問に思うくらいには表面上に出ていなかったのだろう。
「岸辺も既に分かりきってることだけど、わたしの力は"誘惑"。心を迷わせて、誘い込むこと。悪魔の気を此方に向けること。マキマも、恐らくわたしと似たような悪魔の力を持っている。だからか知らないけど、わたしはマキマの力を防ぐことができているみたいだね」
恐らく、だ。
単なる力の優劣で、あの個性豊かな人外たちを付き従えられるとは思わない。
マキマがわたしを捕らえたときにかけようとした、悪魔の力。
あの女に初めて会った時の、円模様の瞳の鈍い光。
脳みそが揺れて、思考を投げ出し他者に委ねたくさせるような。
思い出しても、胃がむかむかとする。
「なるほどな。道理で……」
岸辺がさして驚きもしない様子で、またも顎の無精髭をさする。
相変わらず何を考えているか分からない目が、わたしじゃないどこかに焦点を当てていた。
「マキマの力はわたしと違って、人間にも効くようだけど……岸辺は大丈夫なの?」
「俺は、マキマは殺すべきだと考えている」
また何の脈絡もなく、この男は。
しかし、わたし以外にもマキマに殺意を向けている人物がこんなにも身近にいたとは。
少しの期待を込めて、黙って話の続きを促す。
「しかし、……何でだろうな。心の何処かで、マキマへの情が邪魔をする。マキマを殺すという考えに抵抗がある。……殺すにしては、同じ時間を過ごしすぎてしまった」
「そんなに長い期間、マキマと仕事を共にしていたの?」
何気ない質問をしたつもりだったが、珍しく岸辺が目を見開き、そのまま硬直した。
「……犬やおもちゃ。どんな物にも情が湧くのは齢の所為だと思っていたが……。お前と話して合点がいった」
話が早くて助かる。わたしは続けた。
「アキくんも……その能力で、マキマに好意を向けていると、わたしは考えてる。アマネはアキくんの解放を望んでいる。だからわたしは、マキマを殺したい」
わたしは普段岸辺に向けることのない、真面目な面持ちで告げた。
「アキくんが、あの女のことを『命の恩人だ』と言っていたんだって」
デンジから聞いた話だ。
アキくんに、マキマのことが好きかを言及したら、そう答えたと言う。
「アキくんがマキマに命を助けられたような出来事って、あった?それがきっかけで、アキくんがマキマを好きになるような変化があったことを、何か覚えている?」
岸辺は首を捻る。
「弟子とは言え、あいつの周りで起きた事を全て把握している訳じゃあない、確信はないが。あいつがマキマに命を助けられたっていう"具体的な状況"は見てもいないし、誰からも聞いたことがない」
そして、こちらに顔を向けた。
「アマネ……いや、"誘惑の悪魔"」
焦点の合っているか分からない真っ黒な瞳がこの時ばかりは真っ直ぐわたしを捕らえていた。
「お前と契約を結びたい。そして、マキマが俺にかけた能力を防ぐ、力が欲しい」
声のトーンも表情も、普段と何一つ変わらないが、至極真剣なことは分かる。
今日は珍しい岸辺が色々と見れるな。なんて呑気な事を考えながらも、わたしは驚いていた。
「……わたしのこと、信じてくれるの?」
「信じる?」
「だってさっきまで、わたしが銃の悪魔の仲間だって疑ってたじゃん」
「仲間なのか?」
「違う!……でも、あんたの疑いを完璧に晴らすような決定的な証拠はない」
顔を伏せる。
岸辺とバディになってから暫く経つ。
本人には口が裂けても言えないが、そこそこ信頼しているし、心を許していた。
出来ることなら、こいつに殺されるようなことにはなりたくない。
「俺とお前の目的は同じだ。今はそれで充分だ。それに、銃の悪魔と関わりがあるのは公安側は放って置かないだろうが、俺には関係ねえ。それにお前は俺からしたら圧倒的に弱い。恐れる理由は何ひとつない」
質問の答えにはなっていないが。
こいつにとってわたしは飽くまで"悪魔"だ。
アマネが、"わたしにも向けてほしい"と欲していたものは、残念ながら向けられることはないだろうな。
溜息を吐き椅子に深く座り直す。
さらに悪魔らしく脚を組んで、傲然と構えてみせた。
「……それで、本当にマキマが殺せるの?」
「さあな。確率は上がるんじゃないか」
「そもそも、あんたはマキマの契約している悪魔を知っているの?」
「俺も結局のところ"一端"のデビルハンターだ。マキマが契約している悪魔を知ることはできない。それでも少しの勝算が見出せるなら、俺は俺の持っている物を全て差し出すことになったとしても奴を殺す。悪魔を殺すのがデビルハンターの仕事だ」
岸辺は一体どこまで知っているんだ?
まるでマキマ自体が悪魔だと言うような口ぶりだ。
「これであんたの"情"が本物だったら、ちょ〜う笑えるけどねぇ」
意地悪く笑ってみせるが、当然岸辺の表情は揺らがないどころか、身じろぎひとつしない。わたしをただ見据える。
岸辺のマキマに対する尋常じゃない殺意はなんなんだ?
いや、悪魔に対しての執着。
何がこいつをそこまで突き動かしているのか。
いや、突き動かしているとかではなく、そういう性質なのか。
そういえば復讐とか正義感とか、そういうのがあると早く死ぬって、前にそんなこと言ってたな。
沈黙に敗れたのは、わたしの方だった。
「はぁ〜……、分かったよ」
「代償は」
「本当だったら、あんたの身体から何かしらを、って言いたい所だけど……」
岸辺の頭の先から足の先までゆっくり目をやる。
わたしは人間の"持っているもの"や"失ったもの"を透視する能力はない。だが、岸辺からは他の人間と違うにおいがした。
叩けば音が響きそうなほど空っぽで、虚しいにおいだ。
「ニコチンとアルコールに汚染された身体から貰っても別に嬉しくないしね。そうだなあ………」
そもそも人間の血肉はもう懲り懲り。出来ることなら食べたくないんだけど。
わたしはしばし考えた後、岸辺に向かって四本指を立てる。
「毎日アイス四本、奢ること」
「………悪魔も、丸くなることがあるんだな」
「煩いなぁ、十本に増やすよ」
岸辺が僅かだが目を丸くしたのを見て、何故かわたしが照れ臭くなる。
ただ、存外気分がいいものだ。
顔を背けたくて回転椅子を回すと、ギギギイと歪な音が狭い室内に響いた。
「でも、あんま期待はしないでほしいな〜。悔しいかな、わたしもマキマの力を防ぐのは、かなり気を張っていないと難しい。総じた力なんて足下にも及ばない」
「悪いが、鼻からそこまで大きい期待はしていない。そもそもお前がそこまで強い悪魔だったら、こんな事にはなっていないだろう」
こんな事、というのはわたしが特異4課のデビルハンターとして酷使されている現状のことを言っているのだろう。
悔しいが、ぐうの音も出ない。
マキマに記憶を操作されていなくとも、手綱を握られている事には変わりない。
「だから、お前は自分がマキマの支配下に置かれないことだけを気をつけるんだな。マキマに気に入られもしなければ、嫌われもしないように努めろ」
困った、嫌われる自信ならありすぎる。
「お前は、陰に徹せ。後は俺がどうにかする」
「どうにかってぇ?マキマと殴り合いでもするつもり?」
わたしはまた回転椅子を回して一周、再び岸辺の前にきてにやにやと顔を見上げる。
「ああ、俺は最強のデビルハンターだからな」
と、根拠のない大層な自信をひけらかされただけだった。
わたしの力と引き換えに、毎日アイス四本。
それがわたしと岸辺で交わした契約だった。
そんなふざけた内容でも罷り通る物なのかと思ったが、無事岸辺の心境に変化があったようで。
「恐ろしいものだな。奴への不審感は持っていたものの、共に積み上げてきた物があることは事実だと思っていた。……しかし、記憶の捏造も、奴の能力のひとつなんだな」
岸辺の表情はいつも通り変わらない。けれどその声音から静かな怒りを悟った。
しかし、逆を言えば岸辺が使えるようになったのは"それだけ"。
わたしの体格に合わない物理的な攻撃力や、悪魔を惹き寄せる力を使うことはできなかった。
悪魔と人間の契約は等価交換のように思えるが、実際は悪魔の方が優位だ。
人間の方が差し出せる物が少ないから。
デビルハンターに必要なのは、強い悪魔との契約よりも、悪魔と人間の関係性というのも重要なのかもしれない。
デンジとポチタがまさにそうだろう。
まあ大概の悪魔は人間を忌み嫌っている。そんな日和見主義は罷り通らないか。
「そもそも、魔人と人間で契約を結ぶというのは前例のないケースだ。お前を魔人と分類していいものかという点もあるが……。それでも欲していた能力は手に入った。それで十二分だ」
「そうだね。岸辺にさらに馬鹿力が加わったところでしょうがないしね〜」
気が抜けて、暗い部屋のブラウン管テレビの電源を点けるてみる。果たしてこれは使えるのだろうか。
ブゥン、と音を立てて数秒、ギリギリ生きていますというような調子で画面に映像が映し出された。
『敵か味方か、恐怖のデンノコ悪魔……』
「ん………?」
今一瞬、チェンソーの悪魔になったときのデンジが映し出された気がしたのだが、気の所為だろうか。電波が悪いのかテレビが悪いのか、映像が安定しない。
「ねえ……、岸辺」
画面から目を離さず岸辺を呼ぶが、返事がない。煙草の煙を吐く音が聞こえる。
また映像の乱れが一瞬直り、凝視する。そこに映るのは、やっぱりデンジだ!
「ちょっと、岸辺!!」
また砂嵐になったテレビの上部をバンバンと強めに叩きながら、岸辺を呼ぶ。
「うるさい」
「見て、テレビ!!」
わたしは振り返りながら、漸く直ったテレビを指差す。
「デンジがテレビに!映ってる!!」