過去を偲ぶ   作:豚でかきたま

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ヒュー、ヒュー。


金切り声に似たような、ただそれとはまた違うような。

聞いたことのない音だった。
人間からこんな音がでるのかと、恐ろしくなった。


ざわつく教室の中。窓辺の席。

人だかりの中央で、倒れるアマネ。

「おい、大丈夫か茅森?!誰か茅森の鞄から吸入器取ってくれ!!」

先生の指示に、慌てて近くの女子が、彼女のランドセルを漁る。

アマネは細い喉を苦しそうに押さえ、開いたままの口からは、垂れた涎が床にポタポタと垂れている。
薄い身体が、呼吸音と共に、激しく上下していた。


俺は、その様子を教室の隅で立ち尽くし、ただただ見ることしかできなかった。



「失礼します………」

保健室のドアを開ける。
返事が返ってこない。先生は不在なのだろうか。

「保健係の、早川です…茅森さんは……」
「あ、こっち……ここにいるよ」

か細い声が奥から聞こえ、そちらに視線をやると、カーテンの隙間から細い腕が伸びている。

ベッドで横たわったアマネが、青い顔に似合わない穏やかな表情でこちらに手を振っていた。



「これ、荷物。あと一応宿題……先生は無理にやらなくていいって言ってたけど」
「ありがとう、わざわざ」
「別に…保健係で来てるだけだし」

アマネとまともに会話するのは、これが初めてだった。

重い沈黙が流れる。


「ぷ………っ、ふふふ」

突然、アマネが噴き出した。

俺は訳が分からず、困惑する。

「あっ……ごめん。だって、早川くんの……さっきの顔思い出したら、面白くなってきちゃって…………」
「えっ、さっきの顔って?」
「わたしが倒れたときの顔だよ!早川くんだけ、わたしのこと、今まさに死ぬ瞬間の人間を見てしまいました…!みたいな絶望顔してて……超面白かったんだから!」

ただの発作なのに。と言って、アマネはまたくすくすと笑い出す。


理由を言われても、それでも笑われているのが分からなくて、ただ、俺のことで笑ったんだと分かったのが、心底恥ずかしくて、俺の顔はみるみるうちに熱くなった。

ただ、アマネのこんな、笑っている姿を見るのは初めてで。

きっと、クラスの奴でもアマネをこんな笑わせている奴は一人もいなくて。


ただそれが、誇らしくて、嬉しかった。





君の笑顔

 

 

「誘惑の悪魔……。どんな悪魔でも惹きつけることができる。その上、攻撃力も高い」

 

先の悪魔討伐の一連を報告する。

 

聞き終えたマキマさんは、満足そうな表情で頷いた。

 

「うん、想像以上の実力だね。昨今デンジ君を狙って寄ってくる悪魔が多いから、いい避雷針になる」

「避雷針……」

 

 

当然の判断だろう。

 

俺も目の前で、あいつの実力はまざまざと見せつけられた。

 

宣言通り、"ちょっとやそっとでやられない"であろう戦闘力を兼ね備えている。

 

 

けれど、あいつの…アマネの、華奢で、今にも折れそうな白い手足が、首が。

 

捻じ曲がり、骨が飛び出、転がり落ちる。

 

そんな想像をしてしまう。

 

 

胃液が喉に昇ってくる感覚に、つい口元を押さえる。

 

 

「どうしたの?早川君」

「いえ……その……」

 

言うか躊躇う。

最近、上司で、憧れであるマキマさんに、私情を挟んだ申し出をしすぎている。

 

 

「ああ、そっか。彼女の身体、早川君の幼馴染なんだっけ」

「……!知ってたんですね」

「うん。異例な程の知能だからね。身体の持ち主の記憶を利用しているようだったから、一応身辺を調査したの。そしたら、経歴に書いてあった学校が、早川君と同じって事に気がついて」

 

マキマさんは、なんて事ないように言う。そして、そのままの声音で続ける。

 

「でもね、早川君。もう彼女は、貴方が知っている幼馴染の、茅森アマネさんじゃないの」

 

マキマさんの、普段と変わらない声音。

それが、俺の耳の奥に、深く突き刺さるような感覚だった。

 

 

「彼女は、"誘惑の魔人"。今は、人間の皮を被った、ただの悪魔です」

 

 

 

 

煙草に火をつける。

 

煙を肺一杯に吸い込み、宙に細く、長く吐き出す。

 

 

この一連動作で、身体は落ち着いた感覚がする。

 

しかし、頭の中は、まだ先程の想像がこびりついて、離れない。

 

 

こんな状態じゃ、俺はデンジの足すら引っ張ってしまうのではないか?

 

 

「あ〜探してたよぉ、アキくん」

 

後ろから、猫撫で声で呼ぶ声が聞こえる。

 

先程までは顔も見たくなかった。

けど今は、顔だけもいいから、見たい。

 

偽物でもいいから、姿形を見て、安心したい。

 

 

「アマネ……」

「おっ、漸くその名前で呼ぶ気になってくれたんだねぇ」

 

そう言って、俺の横に座る。

 

「煙草、吸うんだね。これは、わたしの記憶にはないアキくんだ。ま、あたり前か〜子供だったし」

「煩い偽物、ちょっと黙っててくれ………」

「ひと口も〜らい」

 

アマネは、煙草を手に持つ俺を強引に掴み、フィルターに口をつける。

 

「おい!!」

「う……ぅえ……なにこれ?不味くない?よくこんなもの吸えるねぇ〜」

「何やってんだよ!ふさげんな!!」

 

勢いよく手を引いた拍子に、煙草が地面に落ちる。

 

「……随分とアマネの身体を気遣ってくれるんだねぇ。この子、気管支の病気持ちだったもんね〜。

でも大丈夫だよ!わたしが乗っ取ったお陰で、完璧健康体に生まれ変わったから!」

 

そう言って、またブイサインを俺に向けてくる。

 

俺は、力が抜けて、ベンチに再度腰を落とす。

 

「頼むから…その身体で変なことをしないでくれ……最近、集中できないんだ」

 

俯く。

視界の隅に、先程床に落ちた煙草から、力なく煙が立ち昇っているのが見える。

 

「俺はまだ死ぬ訳にはいかないんだ。銃の悪魔を倒すまで……お前には関係ないことかもしれないが………頼むよ」

 

「ふ〜ん、銃の悪魔、ねぇ………」

 

項垂れる頭の上に、手の感触。

柔らかくてひんやりしている。でも、血の通っていない冷たさは、感じない。

そのまま、緩やかに、頭を撫でられる。

 

「……大丈夫だよ、アキくん。わたし、そう簡単に死なないよ?」

 

 

澄んだ声。顔を上げる。

 

屈託のない笑顔を見せるアマネ。

口を大きく開いたそこからは、鋭く尖った犬歯が見えた。

 

 

「だって、わたし…魔人だもん。ねぇ?」

 

 

 

 

 

 


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