「この前のわたしが倒れたとき。周りの人たちがどんな表情してたか知ってた?
本当に心配してる人なんていないよ。みんな見たことないもの見たさで、好奇心で目をギラギラさせてるの。
そんなのに囲まれたら、よくなるものもよくならないよね」
夕方の保健室。
外はもう陽が傾きかけている時間だが、夏だ。まだ陽は長い。
校庭からは、放課後ドッチボールで盛り上がる生徒たちの声が響き渡っている。
まだ体調が優れないらしいアマネの、保健室登校が始まってはや1週間。
相変わらず肌が白くて常に具合が悪く見えないこともないが、俺からしたら、明らかに元気に見える。
「そんなことないよ?なんなら今もちょっと苦しいし」
「なんだよそれ、家に帰って休んだほうがいいんじゃないか…?」
「…いいの。家よりも保健室のベッドがふかふかで、意外と寝心地いいんだよね」
そんなやりとりをしていたが、俺は保健係として、アマネにプリントや宿題を渡す役割を担っていたので、正直役得だった。
「いや、でも、ふふ。あぁ、いま思い出しても面白い!あの早川くんの顔が面白すぎて…ほんと傑作!一生忘らんないかも」
「何がそんなに面白いんだよ…意味わかんね。てかそんなに笑って、また発作起こすなよ」
「大丈夫、全然元気だから」
「は?さっき、ちょっと苦しいって」
「うん、嘘」
アマネはあっけらかんと言った。
俺は、呆れて溜息を吐く。
しかし心中では、辿々しいながらも、アマネに軽口が叩けるぐらいになったいまの状況を嬉しく思っていた。
「ふふ…でもね、あの中で、本当にわたしのこと心配してくれてたのも、早川くんだけだよね」
そう言いながら、アマネは身を乗り出す。
俺と、アマネの顔が、一気に近くなる。
絵に描いたような、綺麗な顔が目前に近づき、たじろぐ。
「ありがとうね。わたしこのこと、一生忘たくないや」
「アマネちゃんにはバディを固定せず、特異課全体……主に人員の少ない所で動いてもらう形にします」
アマネの試用期間が終了する日、マキマさんは俺たちにそう告げた。
「4課に配属…という話ではなかったんですか?」
「うん、当初はそのつもりだったんだけど…。実際動いてみてもらった結果、デンジ君と一緒だと一箇所に悪魔が集まりすぎるかもしれない。それだと、街への被害が大きくなる危険性があるからね」
「なるほど…」
俺が返事をする横で、アマネは一言も言葉を発さない。
てっきり文句を垂れる物かと思ったが。ただ、表情は険しく、不満気な様子を隠そうともしない。
「アマネちゃんには、もう既に話しているんだ。それで納得してもらってる」
ね、とマキマさんがアマネに視線をやる。
対して、アマネはその目を強く睨み返す。
「わたしは…納得してる訳じゃない。あんたに負けたつもりもない!あれでわたしを服従させたつもりでいるなら、勘違いも甚だしい!!」
普段の間伸びした声音からは想像できない、怒気をはらんだアマネの声が、執務室に響く。
「おい……、何マキマさんに喧嘩売ってんだよ」
慌ててアマネの肩を引くが、マキマさんは驚いた様子もなく、アマネの目を見返す。
「勿論、そんな事思ってないよ。君が"耐え続けることができる"ことができれば、私は君の言った"条件"を守り続ける」
数秒沈黙が流れる。
やがてアマネが罰が悪そうに舌打ちをし、部屋を後にした。
「おい!アマネ!!」
「早川君ももう大丈夫だよ、ありがとう。ご苦労様」
マキマさんに視線を戻す。
いつもの穏やかな彼女だ。
「はい……失礼します」
先程の二人の間はなんだったんだろう。
割って入ることのできない空気に、何も言うことができなかった。
それに、いつも天真爛漫なアマネのあんな姿を見たのは初めてだった。
「お〜……話、終わったか?」
部屋を出ると、外で待機していたデンジとパワーがいた。
先程まで元気だった筈のデンジが、何故かしょぼくれているが。
「どうしたんだ、コイツは」
「女に振られて傷心なんじゃ。放っておけ」
パワーが言うが、意味が分からない。
「ハァ〜……、俺も、マキマさんに会いたかった……、やっぱ、俺にはマキマさんしかいないんだ…。よく分かった、絶対にもう浮気はしない」
「ワシは会いたくない」
「やめとけ、忙しそうだった」
デンジのうわ言は何なのか、いまいち分からないが、無視しよう。
「しっかしまー、あまりにもキレーすぎて時々忘れっけど、アマネもやっぱり魔人なんだよなぁ。なんか普通に強ぇし……パワーも地味にビビってるしよぉ」
先程執務室から出て行ったアマネの姿を見て思ったのか、デンジがぼやく。
「ワシはビビってなどおらぬ!!アヤツが奇妙な技を使って奇妙なにおいをさせてるから気持ち悪いだけじゃ!!」
デンジの何気ない一言が気に障ったパワーが怒鳴る。
よくあることだ。戯れる二人を無視して、歩を進める。
マキマさんやデンジのいう通り、アマネは強い。
想像以上だった。
今のところ、戦闘することになった全ての悪魔を呼び寄せることに成功している。
それに、あの折れそうな、細い腕を一振り。
それだけで、悪魔は血を噴き出し、地面に倒れ込んだ。
通路の曲がり角にさしかかったところで、アマネの声が聞こえる。
あと、姫野先輩だ。
何やら二人で話している様子だった。
「………で、君はアキ君の何なの?」
「アキくんの元カノで〜す!」
「ハァ?!ほんと?」
「うっそぉ、初恋の想われ人で〜す」
「……もっとタチ悪いじゃん」
「おい、姫野先輩にいい加減な事を吹き込むな」
「あっ、アキ君」
声をかけると、少し慌てた様子の姫野先輩がこちらに手を振った。
「この子、新しく入った魔人ちゃんなんだってね。噂は聞いてるよ」
「姫野先輩、こいつの言うこと間に受けないほうがいいですよ」
「言われなくても分かってるよ。……相手は悪魔なんだから」
そう言ってアマネを一瞥する。
「そいじゃ、私は非番だからもう帰るよ。じゃーね〜」
姫野先輩は、ひらひら手を振りながら、その場を立ち去った。
「あ〜ダルっ」
姫野先輩の背中を睨みながら、アマネはそう吐き捨てた。
「なに、あの女」
「俺のバディ、姫野先輩だ。…お前もあの人の後輩にあたるんだ。言葉遣いには気をつけろ」
「バディ?!あの女がアキくんのバディなの?なんか呼び方も被ってるしぃ……ウザ!!」
「言ってる側から……気をつけろっつってんだろ」
姫野先輩を睨みつけていた視線が、こちらに向く。
何故か、俺の耳元のピアスを凝視すると、鼻を鳴らした。
「あの姫野とかいう女も…マキマも。み〜んなうざぁい。………アキくんはわたしのものなのに」
小さく、低い声。
肌が粟立った。
顔を見ると、普段目まぐるしく変わる表情の、一切が抜け落ちたような顔で、アマネは空虚を見つめている。
そして、また小さく、唇を開き、
「み〜んな、死んじゃえばいいのに」
そう呟いた。
「アマネちゃん、だっけ?あの子」
パトロール終わり、いつもの中華料理屋で昼飯を食べていると、唐突に姫野先輩が切り出す。
急な話題で、口に入れていたチャーハンを吹き出しそうになるのを堪え、飲み下す。
「その動揺っぷり、やっぱり唯ならぬ仲なのかな〜〜?」
「唯ならぬって…小学生のときの同級生ですよ」
「初恋の相手ってことは本当なの?ねぇ」
姫野先輩が興味津々と言った感じで聞いてくる。
俺は眉間を押さえる。
「でも、難儀なものだねぇ……相手は今は魔人でしょ?しかも、無駄に人間のときの記憶ももっている。…過去のあの子を知ってるアキ君の立場としては、この上なく辛いよね。
マキマさんも酷なことするなぁ〜。あの人、絶対知った上で4課にいれてるもん」
「マキマさんが…俺なら出来ると判断し、任せてくれた…おれは期待に応えるだけです」
そう言って、煙草を咥える。
ライターを出そうとポケットに手を入れると、その前に姫野先輩が、火をつけたライターを差し出した。
「ただね、アキ君。……あの子には気をつけた方がいいと思うな」
「……勿論です。魔人としてしっかり区別して接して…」
「いや、アマネちゃんは…誘惑の魔人は、アキ君に対して、ちょっと異常なほど執着している。
アキ君は優しいから情に絆されないか、ちょっと心配だな」
姫野先輩は、いつものようにからりとした態度で、でも俺の目を真っ直ぐ見据えていう。
「アキ君には長生きしてもらいたいからね。
恋愛沙汰で銃野郎に辿り着く前にリタイアとか、絶対にやめてよ〜?」
「…ウス、気ィ引き締めます。すみません」
ならよし、と笑いながら、姫野先輩も煙草に火をつける。
そんな変わらない毎日、昼下がりのことだった。
この数年間、姫野先輩とこの店で飯を食って、姫野先輩が煙草を吸う姿を見て。
しかし、変わらない毎日がある日突然変わってしまう。
それが、俺らがやっている仕事、デビルハンターなんだという事を、俺はすぐに思い知った。