アマネは、俺だけじゃなくて誰の目から見ても美しかったと思う。
実際、他の男子や…いや、女子すらもアマネの顔をチラチラと盗み見ていたし、道を歩ければ大体の人はその容姿に見惚れ、振り返った。
だが、教室にいるときのアマネは暗くて声も小さくて、何より最近は教室にいることも減ってきた。
小学生ぐらいの年齢だと、容姿は二の次三の次、それよりも明るさや社交性だとか、運動神経が良いとか、そういう事の方が重要視されるものだ。
アマネは、いつも一人だった。
「ねえ、あそこの駄菓子屋のジジイ、この前わたしの事いやらしい目つきで見てきたの」
アマネは、古びた駄菓子屋を指差して、そう言った。
夜、弟の病状が悪化し両親共に病院へ行ってしまった日。
眠れずに、深夜なんとなく外をふらついていたら、近所の公園からブランコの音がした。
近づくと、そこにいたのはアマネだった。
そして、深夜の道を二人で歩いていると、唐突にアマネは駄菓子屋の前で足を止め、そう言ったのだった。
「ほんとに気持ち悪い……」
侮蔑の眼差しで、アマネは吐き捨てる。
「おい……!」
「ん?」
俺はアマネの様子に危うさを感じ、声をかける。
こちらに視線を向けたアマネは、いつものアマネだった。
「ふふ、見てて」
そう言うと、アマネは何故か足下に落ちている石を拾う。
そして、腕を振りかぶった。
止める間もなく、それはアマネの手から大きな放物線を描き、駄菓子屋のガラス戸を突き破った。
ガシャン、と音を立て、その奥で戸棚にぶつかったのか、商品が床に散らばる音がする。
「あはは!案外簡単に割れるんだね?」
呆気にとられて立ち尽くしていると、駄菓子屋の中から犬の吠える声が聞こえ、間もなく店の奥からドタドタと足音も聞こえる。
我にかえり、アマネの腕を掴むと、無我夢中で駆け出した。
「ふふふ……あはは、おかしかった!」
「お前なぁ!何やってんだよ!!」
「何って………うっ、げほ、げほ」
アマネが急に咳き込み、膝をつく。
「おい、大丈夫か?!」
アマネは咳をしながら頷くと、ポケットから吸入器を出して、深く吸い込んだ。
「……ちょっと走っただけでこうなっちゃうんだもんね……あぁ、ほんとに嫌。この身体」
「馬鹿なことしてるからだろ……!何であんな事したんだよ!!」
「何って……むかついたからに決まってんじゃん」
アマネは、悪気なくそう答える。
「あのなぁ…それでもやっていい事と悪い事が、あるだろ!」
「なにそれ……わたしが悪いの?」
無邪気な表情が一変する。
怒気を孕んだ表情。
少し怯んだが、俺も負けじとその目を睨み返した。
「石投げた事だけじゃなくてなあ!!……例えばあの後、あのジジイに追いつかれて殴られたり、変なことされたらどうするつもりだったんだよ!!俺は……お前が心配だよ。あんまりハラハラさせんなよ………!」
俺がそう言うと、アマネは大きな瞳をさらに大きく、丸くした。
そして、またいつものように、からかったように目を細めた。
「うん、わかった。ごめんね……?」
そう言って、反省してるのかしてないのか、小首を傾げて謝った。
「いや〜よかったよかったぁ!無事作戦が成功して!」
快活な笑い声が響く。
先のサムライソードとヘビ女の捕獲作戦……
サムライソードの捕獲は成功したものの、ヘビ女は自殺。
成功と言っていいか分からないが、結果特異課は解体されることなく、今回の事件は幕を閉じた。
幽霊の悪魔との闘い、そしてサムライソードへの"気楽な復讐"を果たして、自分の気持ちともある程度決別できたような気もする。
「わたしたちのおかげで、暫くは特異課悪魔ズも安泰だねぇ、ね!天使クン」
不自然に笑うアマネを見て、近くにいた天使の悪魔が怪訝そうな顔を向ける。
「いや。近くで見てたけどこの子、何もせずに逃げ回ってた気がするんだけど…」
「何言ってるの〜?!天使クン!わたしちゃんと戦ってたよねぇ?」
「おい、アマネ。どういうことだ」
鬱陶しそうにする天使の肩を揺すっている、アマネを睨む。
「……だって〜、わたしの誘惑の力は悪魔に対してしか効かないし…てかそもそもあんなにうじゃうじゃいるのにこっちに向かって来られても困るし……何よりあのどろどろしたので手が汚れるのが………」
「汚れるのが、なんだって?」
アマネの背後に、大きい影。
先生が、ナイフを片手にアマネを見下ろしている。
「お前は修行が足りなかったみたいだな。ついてこい」
アマネの顔が、一気に青ざめていく。
「うわーーん!!助けてアキくん!文字通り半殺しにされるよぉわたし?!」
「大丈夫だ、半不死身だからお前」
先生にそう言われながら、首根っこを掴まれ引き摺られていくアマネを呆れながら見送る。
天使の悪魔と二人きりになると、途端にその場が静かになる。
天使の悪魔……俺の新しいバディ。
まさか悪魔とバディを組まされることになるとは、想像もしていなかった。
マキマさんの采配だ。
無論文句を言うことはかなわないが、悪魔という点を除いても全く上手くやれる気がしない。
兎に角やる気がなくて、扱い難いのだ。
「キミ、なんであの子にあんな懐かれてるの?」
唐突に天使が切り出す。
悪魔と馴れ合うつもりはなかったが…今のバディはコイツだ。
質問に返すぐらいの会話はしておくか。
「人間だったときのアマネが…昔の友人だ。暴力の魔人と同じで人の時の記憶を保持している。懐かれているというよりかは…その友人の記憶を利用して、俺のことをからかってるだけだろ」
「ふーん………そう。キミ、悪魔のこと嫌いそうなのに大変だね」
天使は興味がなさそうな口調ながら、続ける。
「まあ、これは僕の余計な一言かもしれないけど……あの子、魔人にしては少しにおいがちがうんだよね」
「……は?それってどういう」
「悪魔でも、魔人でもないようなにおいがするってこと」
天使の落ち着いた口調とは逆に、俺の心臓の音が徐々に煩くなっていく。
「あのチェンソー君と、似たような何かを感じるんだよね」
「アマネ………」
「………はっ!!」
訓練場。
その中心で一人、大の字で倒れていたアマネ。
声をかけると、一瞬で飛び起き、構えの体勢をとる。
「やばい、また気絶してた………!岸辺ぇ!!次こそあんたを殺す!!!」
「……先生はもう帰ってる」
「ん??あれぇ、アキくん?なんでここに」
俺を認識した途端、先程までの殺意に満ちた表情から一変、あどけない笑顔を向けてきた。
「恥ずかしいとこ見られちゃったなあ、今のわたしの事は忘れてもいいよ!」
「……お前は」
人間の身体を乗っ取った魔人ではなく、アマネと"契約しているだけ"の悪魔なのか?
本当にアマネはお前の中で"生きている"のか?
『アマネが早川くんのこと、どう思っていたのか知りたくない………?』
魔人になったアマネに初めて会った日、言われた言葉を反芻する。
……いや、知ったところでどうする?
俺はあと、2年しか生きられないのに。
きっと、足枷になってしまう。
生に執着する理由ができてしまう。
俺は……戦わなければならないのに。
「アキくん?」
アマネは、次の言葉をなかなか発さない俺を不思議そうに見上げる。
「………いや、悪い。なんでもない」
冷静じゃなかった。
踵を返すと、アマネも俺についてくる。
「ふふ、わたしはアキくんがわたしの事、いっぱい考えてくれるようになったみたいで嬉しいよ」
アマネは、俺の心情を他所に、にまにまと笑っている。
「…何も言ってないだろ」
「顔を見れば分かるよ。……うん、ありがとうね」
そう言って、悪戯っぽく目を細めて微笑んだ。