あれ以来、アマネは少しずつおかしくなっていった気がする。
夏休みで学校もなく、逃げられない環境だったのもあると思う。
日を追うごとに、服から覗く手脚には痣や傷が増えていき、酷いときは顔を腫らしているときもあった。
そんなアマネは、度々俺を呼び出しては、感情を剥き出しにして怒りを吐き出し、泣き出す。
そのあと、けろりとした顔で、
「ごめんね?」と小首を傾げた。
うんざりだった。
正直、会う度に精神がすり減らされるような思いだった。
それでも、俺は何故か、アマネから逃れることができなかった。
危うくて、不安定で、会うのをやめてしまったらどこか遠くに行ってしまいそうで、怖かった。
夏休みは明けて、秋になった。
学校が再開すると、アマネは癇癪を起こさなくなっていった。
体調も良いらしく、順調に登校もできている。
ただ、夜に公園に呼び出す回数は、夏休み前に比べるとかなり頻度は多かったが。
それでも、平穏な日は続いた方だった。
しかし、ある日アマネは教室に来なかった。
担任から「今日は保健室にいる」と教えてもらい、放課後向かった。
ノックをするが、相変わらず先生はいないようで、無言でドアを開ける。
もう日が短い季節。外は暗い。校庭には誰もおらず、しんと静まり返っている。
「こないだね、母親がいない日、また触られたの…」
カーテンの向こう側から、小さく発せられた声は、震えていた。
カーテンを、ゆっくり開ける。
中にいたアマネは、ベッドに横たわり力なく笑っていた。
「わたし、なんでこんな身体なんだろう……」
俺は、返す言葉が見つからず、押し黙る。
「こんな身体じゃなければ。あの家から、走って逃げる事ができるかもしれない。こんな身体じゃなきゃ、アイツにもっと抵抗できたかもしれない………!
わたしの身体が憎い……こんな、身体、もう嫌だ。もう辛い……」
力ない笑みを浮かべたまま、その目からは静かに涙が伝う。
「なんかもう、全部終わりにしたい」
遠くを見つめているような瞳が、暗く濁る。
「死にたい」
俺は、言葉より先にアマネの手を握った。
遠くに行ってしまいそうな、彼女を引き留めるように強く。
「お前は…悪くないだろ。死ぬ必要なんかどこにもないだろ!…‥死にたいとか、言うなよ」
上手く言葉を紡ぐのが難しい。
正直、何を言うのが正解なのかが分からない。
「………あのね、早川くん。この前、早川くんに指を舐めてもらったとき。あの時、全然嫌な感じがしなかったの」
アマネがゆっくり身体を起こす。
俯いていて、表情が見えない。
「あのクソ野郎とまったく同じことされてるのに、気持ち悪いことなんて、ひとつもなかったの」
そういって、アマネは俺の手を掴む。
そのままアマネは、俺の手に小さく膨らんだ胸を押し当てた。
柔らかい感触。
未知の感触だった。今まで触れたことのある何よりも蠱惑的だった。
俺の中に、蠢く何か。それが、次第に大きくなっていく。
「ほら、やっぱりこれも。早川くんのだったら、全然嫌じゃない」
そして、胸に押し当てた手を、徐々に下に移動させていく。
それに伴って、俺の呼吸も鼓動も速くなっていく。
俺の手に重ねられたアマネの手のひらの行方から、目が離せない。
その手は、やがて太腿に辿り着く。
俺の、指が、
「ねえ、この間みたいに……上書きしてくれる?」
指が、スカートの中に。
俺の中の何かに、それに脳みそが支配されたように、俺は自分の意思で身体が動かせずにいた。
アマネは、半不死身だ。
しかし、魔人の中でもかなり強いアマネが、目の前で血を流す姿を見たことがなかった。
その日は、他の課から応援要請が入り、それにアマネが一足先に向かっていた。
敵は、銃の悪魔の肉片を飲んでいた。
俺が現場に来た時、アマネの腕は千切れ、腹部は深く抉られていた。
「うん、完全に油断した」
いつもの調子の声だった。
病院のベッドに横になってはいるが、腕は元通りになっている。
いつものアマネだった。
「なんか最近調子悪くてさ〜、力が出なくて。本調子じゃないんだよねえ。
ま、この通り身体は元に戻るからさほど問題ではないんだけどさ」
そう言って気楽に笑うアマネだが、俺はベッドの横で立ち尽くしたまま、動けない。
情けなく、身体が僅かに震えている。
「……大丈夫だよお、アキくん」
アマネが俺の手を握る。
俺の冷え切った手先よりも、その手は更に冷んやりとしている。
「……確認、してみる?」
そう言って、アマネが病衣に手をかける。
着物のように衿が重なり合っただけの病衣は、サイドの蝶々結びになっている紐を解けば、簡単にはだけてしまった。
アマネは中には何も着ておらず、白い素肌が曝け出される。
「まずここね、腕。ちゃんとついてるでしょ」
病衣から袖を抜く。
上半身が裸になる。
小さい肩幅、小ぶりな乳房、薄い色の乳頭が露わになった。
見てはいけない物を見てしまった気分になる。前もそうだった。
でも、今は何故か目が離せない。
アマネが俺の手を取り、臍の辺りに誘導させる。
「ほら、お腹も。な〜んも残ってないよ」
肋骨が浮くほど細いが、柔らかくてしっとりとした感触がする。
女性の身体だった。
アマネが悪戯っぽく、期待しているような視線を送る。
息を呑む。
俺の手の震えが少しずつ止んでいき、
何故か、涙がつう、と頬を伝った。
「えぇ〜……なんで泣くのお」
「……いや、すまん。これは」
まさか、涙が出るとは思わなかった。
ただ、俺はアマネの、白くて真っ新な素肌を。
傷も、痣もない綺麗な身体を見て、心底安堵してしまったのだ。
「もぉ〜、仕方ないなあ……」
アマネは苦笑いをし、けれど少し嬉しそうにして、俺の頭を抱き寄せた。
顔に素肌が触れる。
身体もひんやりと冷たくて、けれど暫くすると、触れているところがじんわりと温かくなっていった。
生きている、人間の身体だった。
俺は更にその熱を求めて、アマネの背中に手を回す。
暫くそうしていた。
そうしていたかった。
前に見た、彼女のギラギラと光る瞳への恐怖心は、触れたところの熱が高くなっていくにつれて、徐々に薄れていった。