五等分の花嫁~盟友と僕は背中合わせ~   作:ケンドラ

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第009話 5つ子裁判は両目で挑め

「上杉君の教えは受けないと言ったはずです」

 

 授業に参加してとお願いした相手の声が、広いエントランスに響く。

 さっきまで30階の部屋にいたのに。

 

「やはり階段で……変な所で彼と同じなんですね」

 

 エレベーターで先回りしていたんだ。複雑そうに見えた五月さんだったが、まじめな顔に戻る。

 

「宝条君、聞きたいことがあります。

 お時間を頂いてもよろしいですか?」

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 戻るのかと思ったら、着いたのは夕焼けに染まる公園だった。

 

 ここなら納得だ。来る途中に「まだお菓子をもらっていません」とぷく顔で言ってきたから。

 かなり気に入ったのか、ベンチに座っても頭のはねっ毛を揺らしながら目を輝かせている。

 

「ところで聞きたいことって何ですか?」

「そ、そうでした。すみません」

 

 ハッとしたように5円チョコから目を離して、五月さんが背筋を伸ばした。

 

「なぜ料理勝負で二乃の勝ちだと言ったのですか」

「決め手は食感だけど……変でした?」

「私は三玖のオムライスを選ぶと思っていました。

 勉強のことがありますし、宝条君は二乃に──」

 

 口ごもったけど、言おうとしていることは分かる。眠り薬の件で怒ったことだろう。

 

「確かに最初はそうでした。何より三玖さんは風太郎と僕をかばってくれたから」

 

 本当に嬉しかった。

 

 説得で大活躍した風太郎はともかく、僕は抹茶ソーダについて話したくらいだったのに。

 

「それなら、なおさら分かりません。

 勉強を教える機会を捨ててまで、どうして……」

「余計な考えが吹き飛ぶくらい感動したんです」

 

 いま思えば、一生懸命に作ったのは二乃さんも同じだったんだ。さっきのダッチなんとかは決して手抜きじゃない。

 眠り薬の件はともかく、完全に悪い人とは思えないと言うと五月さんはうつむいた。

 

「宝条君、私は誤解をしていました」

「ご、誤解?」

「二乃を本気で恨んでいると思っていたのです。

 学校でのうわさも事実なのではないかと」

 

 眠り薬の仕返しで、一花さんと三玖さんに手荒なことをしたのではと疑っていたらしい。

 それだけに三玖さんが風太郎と僕をかばった時は混乱したとか。

 

 待って、その誤解は全力で否定しなきゃ。

 あれ? でも過去形ということは……

 

「今は信じてくれるんですか?」

「か、完全に信用した訳ではありませんよ。

 今の話で自分の思い込みを反省したんです」

 

 とはいえ、周囲に誤解されるやり方で一花と三玖に迫ったのは感心しないと五月さんの声が厳しくなった。

 特に風太郎については「私も壁際に追い詰められました」と顔を赤くしたからびっくり。

 

「勉強させるためだとしても不純です」

「ごめんなさい。今後は注意します」

「……宝条君のそういう所は嫌いじゃありません」

 

 お菓子を眺めて表情を和らげる五月さんに安心しながら、ポケットからお気に入りのドロップ缶を取り出した。

 何色のアメが出るかな──げっ、無色じゃん。

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 タワーマンションに戻った時にはすっかり暗くなっていた。

 あれ、風太郎がいない。帰る途中に「五月といるなら入り口で合流だ」と電話があったのに。

 

「様子を見てきます。宝条君はどうしますか?」

「入れ違いになるといけないし、ここにいますよ」

 

 タイミング良く住人が出てきてドアが開いた。五月さんは礼をしてバタバタと入っていく。

 やっぱり姉たちが心配なのかな。

 

「トーヤ君、五月ちゃんと何してたの?」

「わっ!?」

 

 バイト帰りの自称お姉さんが背後に立っていた。おもしろいものを見ちゃったという感じで口元に手を当てている。

 

「なかなかやるじゃん。見直したよ」

「……? 一花さん、何の話です?」

「またまたー。ちゃっかりデートしてたくせに。

 それとも名残惜しくお見送りされちゃった?」

 

 詳しく聞かせてとニヤニヤしながらのぞきこんできた。仕事で疲れたとは思えないテンションだ。

 

「少し長い話になるけど、良いですか?」

「全然気にしないよ! 私も五月ちゃんをどう引き止めたか後で話してあげるから」

 

 二乃さんと三玖さんの言い争いや料理勝負、泣きながらの判定、五月さんと公園で話したことなどを説明した。

 デートやお見送りじゃないことにはがっかりしていたが──

 

「なるほど。二乃や三玖、五月ちゃんがねー」

 

 これはおもしろくなってきた、という感じで耳のピアスと顔を輝かせている。

 

「今度は一花さんの番ですよ」

「ふっふっふ……こう言ったんだよね。『フータロー君もトーヤ君も年ごろの男の子』だって」

 

 何の話だ、と首をかしげた。それが五月さんを引き止めたことにどうつながるのか。

 

「それだけですか?」

「まあ、あせらず聞きなよ。

 もし五月ちゃんが図書館に行ったら──」

 

 二乃さんが授業に反発して抜けるから男子2人で女子1人を教える、と一花さんは考えたらしい。

 

「ええ、確かに」

「でしょ? それで少しからかっちゃったんだ。美少女と密室で勉強してたら2人とも大胆になっちゃうかもねって」

 

 大胆? 確か風太郎が三玖さんを追いかけているのを学校のベランダで見た時に、一花さんがそう言ってたっけ。

 ということは、もしや……

 

「これだけは言わせてください」

「うん、何かな?」

「風太郎も僕も、誓って暴力をふるったりなんかしません!」

 

 しーんとなった。いろいろやらかしたから説得力が無いけど、まさか反応すら返してこないなんて。

 

「ぼ、僕は二乃さんに怒ったことはあるけど」

「あはは、君っておもしろいねー。

 おっと……ごめん。五月ちゃんから電話だ」

 

 邪魔(じゃま)にならないように少し離れた。それにしても遅いなあ。

 風太郎に電話しようとした時、肩を突かれた感じがした。振り返ると一花さんが携帯電話を耳にあてながら立っている。

 

「分かった。今から行くから目を離さないでね」

 

 通話を終えると、素早く後ろに回りこんで背中をぐいぐいと押してきた。エレベーターのほうに向かっている。

 

「おめでとう、トーヤ君。

 君も『5つ子裁判』に加わってもらうよ」

「さ、裁判?」

「フータロー君を最後まで信じられるかなー?」

 

 嫌な予感しかしない。まさか……

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

「これより『5つ子裁判』を開廷します」

 

 自称裁判長になった一花さんがニコニコしながら宣言した。おもしろがっているけど、リビングの空気が痛い。

 

 ジャージ姿で座ってうつむいている二乃さん、無表情で正座している三玖さん、携帯電話を持って厳しい表情で立っている五月さん。

 

 最も目立っているのは、どうしてこうなったという感じで座る家庭教師。

 

「風太郎……」

静粛(せいしゅく)に。裁判中だよ。

 今の君は『傍聴人』だからね」

 

 くっ、声をかけるのもダメなのか。でも逆らって追い出されるのは嫌すぎる。

 仕方なく「失礼しました、一花裁判長」と返すと、よしよしと頷いてきた。

 

「まずは決定的証拠を提出します」

「どうぞ、証人の五月ちゃん」

「この写真をご覧ください。

 上杉被告で間違いありませんね」

 

 五月さんが携帯の画面を見せている。よく見ようとしたが、すぐに手で隠されてしまった。

 

「ダメです! 傍聴人は動かないでください」

「そ、そんな」

「むしろ見てはいけません。

 ほ、宝条君には……まだ早いものです」

 

 待って、全然意味が分からない。いったい何が写っているんだ。

 

「説明を続けます。

 被告は家庭教師という立場にありながら──」

「ま、待て。冤罪(えんざい)だ」

「理性を失い欲望を爆発させたんですよ!

 ピチピチの女子高生を目の前にして!」

 

 無実だと声をしぼり出した風太郎に、五月さんが「お黙りなさい」と言うように大声を出した。

 とにかく訴えた人の話を聞かないと。

 

「裁判長」

「はい、原告の二乃くん」

 

 様子が変だから予想はしてたけど、やはりか。

 ということは三玖さんが弁護人と見ていいな。

 

「この男は一度マンションから出たと見せかけて、私のお風呂上がりを待っていました」

「ふむふむ、それはけしからんですなー」

「悪質極まりない犯行なのは明らか。我々はこいつの今後の出入り禁止を要求します」

 

 最悪の事態だ。もし本当なら……妹のらいはちゃんが天使から堕天使になるレベルかもしれない。

 しかも出入り禁止とまできた。風太郎が抗議するのは当然だけど分が悪い。

 

「異議あり。フータローは悪人顔だけど無罪」

 

 四葉さんが用事でいない今、確実な味方は弁護人しかいない。

 無罪を主張する根拠はと聞かれると、三玖さんはスッと壁を指さした。

 

「インターホンで通したのは私。

 録音だってある。これは不運な事故」

「アンタ、いい加減にしなさいよ! こいつは『撮りに来た』って言ったんだから。盗撮よ!」

「違う。忘れ物を『取りに来た』だけ」

 

 な、なんか議論が急にヒートアップしてないか? 一花裁判長、おもしろがってないで止めないと。

 

「裁判長、三玖は弁護人にふさわしくありません」

「何か問題でも?」

「被告への個人的感情でかばってまーす」

 

 公園でほんのりと顔を赤くした五月さんとは違い、ボッと一気に点火したように三玖さんが真っ赤になった。

 

「ち、違う」

「三玖、お前なら信じてくれると信じてたぜ」

「それ以上近づかないで」

 

 えっと固まる風太郎だったが、二乃さんと三玖さんが口論を再開。裁判長も証人も被告もそっちのけになっている。

 

「今は私たちが争っている場合じゃ──」

「五月は黙ってて」

「てか、アンタもその写真消しなさいよ」

 

 あれ、何か見覚えがあるよ。

 

 もっとも今回は涙目の五月さんを一花さんがなぐさめている。姉妹としては微笑(ほほえ)ましいけど、証人が裁判長に泣きつくのは自由すぎる。

 

「だけど、この写真……不運な事故でこんな体勢になるかなー」

「そうよ、一花! こいつは私に突然覆いかぶさってきたんだから!」

「やっぱ有罪。切腹」

「三玖さん!?」

 

 唯一の心強い味方がいなくなり、二乃さんが勝ち誇っている。

 こうなったらもうイチかバチかだ。

 

「一花裁判長、お願いがあります。

 証拠の写真を僕にも見せてください」

 

 風太郎と4姉妹が違う反応をしてきた。二乃さんは「はあ!?」と驚き、五月さんは絶対に見せないというように携帯電話を後ろに隠している。

 

「困ったなー、原告の気持ちを考えると難しいよ」

「アンタ正気なの!?」

 

 写真の内容くらい察しろ、とにらんできた。被告の有罪を証明するだけではなく、見られたくない物なのは分かる。

 だけど、僕にとっては風太郎の無実を証明できるかもしれない最大の希望なんだ。

 

「もし写真を見て何もできなかったら、僕も出入り禁止にしていいです」

「と、橙矢!?」

「わーお。そこまで言われると悩んじゃうね」

 

 何の覚悟も無く、お願いをしたわけじゃない。

 黙って見ているだけの役立たずはもう嫌だ。

 

「フン、上杉は有罪よ。そんな前髪だから現実が見えてないんじゃない?」

 

 現実が見えていない、か。言ってくれる……だったら、こうするまでだ。

 バッと前髪を払いのけた。思ったよりまぶしい照明に左目をパチパチさせながら証人に近づく。

 

「お願いします」

「…………」

「どうする、五月ちゃん。

 トーヤ君の覚悟は本物だよ?」

 

 五月さんが立ったまま、全く動かない。一花さんの声や二乃さんの「絶対にダメ!」という叫びすら聞こえていないみたいだ。

 見てはいけない、と言われたけど今なら──

 

「……嫌です。宝条君には見せたくありません」

 

 ガーンとなった。最大の希望が遠のいていく。

 

 いや、まだだ。写真がダメなら逆転できる証拠を探せばいい。

 断られたのは残念だけど、諦めるものか。

 

 ありがたいことに現場の位置は教えてくれた。

 頼む、何でも良いから見つかってくれ!

 

(あれ?)

 

 どうして今まで気づかなかったのか。一花さんの部屋ならともかく、リビングの床に散らばっているものがある。

 

「裁判長、本が写っていませんでした?」

「本? 五月ちゃん、確認してみてよ」

「確かに2人の周りに……まさか」

 

 バタバタと五月さんが駆け寄ってくる。しゃがんで本を手に取ったまま無言でいたが、上を見上げて棚をじっと見始めた。

 

「上杉君が覆いかぶさっていたのは、落ちてきた本から二乃を守るためだと?」

「そ、その通りだ。

 当たったらやばいと思って……信じてくれ」

 

 ごくりと(つば)を飲み込んだ。あとは4姉妹がどう思うかで全てが決まる。

 

「……ごめん。最後まで信じることができなくて」

 

 小さい声が聞こえたと思ったら、三玖さんがゆっくりと風太郎に近づいていった。

 

「私はフータローの有罪を撤回(てっかい)する」

「なっ!?」

 

 部屋中から同時に驚きの声が出た。嬉しいけど急展開すぎて理解が追いつかない。

 

「まあ大胆な所はあるけど、欲望全開とは言えないかもね。恋愛に対する拒絶は相当だったから」

「ちょっと、一花まで!

 適当なこと言わないでよ!」

 

 雰囲気が変わった。二乃さんもそう感じたのかあせっていたけど、三玖さんが「しつこい」と言ったのでキッとにらみつけている。

 

「そうカッカしないで。

 私たち、昔は仲良し5姉妹だったじゃん」

「昔はって……私は……」

「いや、元はと言えば俺の注意が足りなかった。

 事故とはいえ、嫌な思いをさせてすまない」

 

 風太郎の謝罪に反応するかと思ったら、バタバタと二乃さんは走っていった。2階の部屋ではなく玄関のほうに。

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

「おかげで助かった。ありがとう。

 それと巻き込んで悪かったな」

「いいんだ。有罪にならなくて本当に良かったよ」

 

 エレベーターから出ながら風太郎がフッと笑ってきた。

 妹のらいはちゃんから夕食の献立(こんだて)を知らせるメールが届いたからか、少し機嫌がよくなっている。

 

「だが、写真を見せてと聞いた時はあせったぞ。

 しかも出入り禁止を自分から提案するとはな」

「ごめん。最初から現場を見るべきだった」

 

 あの後、五月さんに謝罪した。姉妹の気持ちを考えていない行動だったと。

 もっとも、三玖さんは「見られても減るものじゃない」と言ってきたが。

 

「いや、お前の覚悟に驚いたんだ。

 前髪払いはさすがに目を疑ったな」

「……こんな形で見せたくなかったよ」

 

 二乃さんの言葉にむきになったとはいえ、やらかしてしまった。

 勉強で恩返しするまで隠すと決めていたのに。

 

「あっ」

 

 外に出たとたん、座り込んでいた二乃さんと目が合った。

 あわてたようにドアに向かって走ったが──無情にも閉まる。

 

「チッ、使えないわね」

「カギも持たずに出てきたのか」

「ほっといて。

 アンタたちの顔なんてもう見たくもない」

 

 ドアの前の装置で部屋番号を押そうと歩きかけたが、風太郎に肩をつかまれた。

 余計なことはやめろ、という感じで首を振る。

 

「橙矢、行くぞ」

「ちょっと待って。雇い主に連絡したいから」

「は!?」

 

 2人とも息ぴったりだなあ。ここまでびっくりされるとは思わなかったよ。

 

「いや、補佐役としての仕事だよ。

 授業で何を勉強させたかメールしないと」

「お前、料理勝負や裁判の件も伝えるのか?」

 

 そんなことはしない。風太郎、お願いだから気づいてほしい。

 このまま放って帰ることが何を意味するのかを。

 

「そんなの後でやれば……あっ」

「どうかした?」

「いや、お前がその気なら俺も勉強する。

 わずかな時間でも有効に活用しないとな」

 

 座りこんだ風太郎に携帯電話でお礼のメッセージを打ってこっそり見せた。

 もっとも二乃さんは「バカじゃない」と不快そうにひざを抱えている。

 

「みんなどうかしているわ。

 アンタたちもパパも……あの子たちも嫌いよ」

「学校で『姉妹に乱暴したら許さない』って強気だった人の言葉とは思えません」

 

 風太郎が単語帳から目を離したな。ブツブツつぶやく声が急に止んだから。

 

「何よ、だから嫌ってないって言うの?」

「そうです」

「アンタみたいな得体の知れない男に言われたくないわ! あの子たちだって分かってない。私たち5人の家に──」

「俺や橙矢が入る余地なんてない」

 

 風太郎が静かに話に入ってきた。きっと僕の知らないところで、いろいろあったんだな。

 

「お前と鉢合わせした時に言ってたよな。

 俺たちが嫌いってだけじゃ説明がつかない」

「もういい、黙って」

「姉妹が嫌い? 逆だろ。

 本当は5人の姉妹が大好きなんじゃないのか」

 

 俺たちは異分子だから気に入らないのでは、と決定的な一言が出た。

 確かに、それなら理解が難しかった眠り薬の件も納得できる。

 

「何それ、ありえない。見当違いもいい所だわ」

「眠り薬だって、姉妹と居場所を守るためだろ」

「だ、だったら何だって言うの。

 私は悪くなんか……うん、そうよ!」

 

 いきなり二乃さんが立ちあがった。まさか、また眠り薬を使うと宣言してくる気じゃ──

 

「やっぱ決めた。私はアンタたちを認めない。

 たとえ、それであの子たちに嫌われようとも」

「うっ……」

 

 風太郎が言葉に詰まる。ここまでガツンと言ってくるとは思っていなかったらしい。

 

「二乃さんの覚悟は分かりました。

 それでも、僕と風太郎は絶対に屈しません」

「フン、上等よ。私を甘く見ないことね」

 

 火花が散るって、まさにこんな感じなんだな。学校で復習ノートを渡そうとした時や、うわさについて反論した時とは違う。

 両目で見える二乃さんは、笑みさえ浮かべている気がする。

 

「二乃、いつまで外に……あ、フータローとトーヤもいたんだ」

「今から帰ります、三玖さん」

「待って、2人に話がある。明日なんだけど──」

 

 明日が何なのか聞く前に「帰るわよ」と二乃さんが妹を引っ張っていった。

 しかも、こっちに向かってべーっと舌を出してきたんだが。

 

「こっちも覚悟を決めるしかないね」

「これだから必要以上に関わるのは嫌なんだ」

 

 ため息をつきながらマンションを離れる風太郎の肩をポンポンと叩いた。

 さすがに、家庭教師がこんな様子だと雇い主に報告することはできないな。

 

「橙矢、今日は俺の家で食べていけ」

「やった! でも急にどうしたの?」

「……言わせるな、察してくれ」

 

 ぷいっと顔を背けて歩いていく家庭教師を、あわてて追いかけた。

 この後、風太郎一家から驚きの提案をされるとは知らずに──




 今回で10話目になりました。原作で言うとやっと2巻目に入ったあたりなので、まだ先は長いです。

 次回から花火大会編です。果たして初給料を渡しに来るのは誰なのか? 橙矢の衝撃的な出迎え方にもお楽しみに。
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