五等分の花嫁~盟友と僕は背中合わせ~   作:ケンドラ

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投稿に間が空いてしまい、大変申し訳ありませんでした。



第2章 花火大会
第010話 初給料と兄想いの妹


「ふー……ふーっ……」

 

 9月が終わるけど、今は汗びっしょりだ。腕もひざもプルプル震えている。

 がんばれ、あともう少し。

 

「お、終わったー!」

 

 座り込むとミシッと不吉な音がした。確かに住んでいるのは古いアパートだけど、犯人は床に置いたダンベルだと思いたい。

 しかし、重さ3キロでこれか。目標の5キロはまだ遠いな。

 

(それにしても風太郎……何であんな提案を)

 

 5つ子裁判の礼と言われてもなあ。妹のらいはちゃんや父親の勇也さんもノリノリだったけど「別の日にお願い」と答えるしかなかったよ。

 

 左目を隠している前髪にそっと触れる。まだ僕は風太郎に何も──

 

 ピンポーン

 

 あれ、誰だ? 呼びかけてもしーんとしている。風太郎は日曜の昼間でも家で勉強しているだろうし、らいはちゃんや勇也さんなら反応があるはず。

 

 さては、またセールスか勧誘だな。Tシャツ短パンで汗びっしょりだけど、構うことないと玄関のドアに近づいてガチャッと開けた。

 一瞬、ふんわりと風が吹きこんできたが──

 

「えっ?」

「わああーっ!」

「わーお、これはびっくり」

 

 少し遅れて事態に気付き、顔が熱くなるのが分かった。

 とんでもない姿で同級生を出迎えてしまったと。

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

「お、お茶でもどうぞ」

「ありがとうございます、宝条さん」

「あはは、おもしろかったよ。

 来たのが私と四葉で良かったねー」

 

 大急ぎで部屋の換気と着がえをして、震える手でコップを置いた。

 四葉さんは「急に来てすみません」と頭に手をやり、一花さんは部屋中を見渡している。

 

「先ほどはお見苦しいところを……」

「いえいえ、そんな。

 私たちだって驚かそうとしてましたから」

 

 だから呼びかけにも反応しなかったんだ。何というたくらみ、と言いたいけど僕の出迎え方もまずかったからお互い様か。

 

「意外だね。きれいに片付いているし、花の絵なんておしゃれじゃん」

 

 黙っておこう。テスト返しで一花さんの部屋を見て以来、いつ来客があってもいいように掃除をしていたことは。

 とはいっても基本的に物が無い。だから壁に飾ってある絵が目立つ。

 

「母さんが大切にしていたんです。

 ヒガンバナが大好きってよく言ってました」

 

 一花さんは興味深そうに絵をじっと眺めている。もしかして花が好きなのかな?

 

「一花さん?」

「えっ……ああ、ごめんごめん。

 じゃあさ、トーヤ君の選択科目って美術?」

 

 四葉さんと目が合った。まあ、今はもう「絶対に選んだ科目は教えない」というような状況じゃないし言っても大丈夫だろう。

 

「僕は情報ですよ」

「ふーん、なるほどねー」

 

 このニヤニヤ笑い……何を考えているのかは知らないけど、からかってくる予感しかしない。

 ただでさえ、出迎えでやらかしたから何とかかわさないと。

 

「い、一花さんこそ美術じゃないんですか」

「どうして?」

「卒業試験の答案で、名前の書き方がアートみたいだったから」

 

 この2人は特に印象に残っている。一花さんは『花』の漢字にハートが付いてたし、四葉さんは1人だけひらがな書きだったから。

 

「よく覚えてるねー。

 でも、お姉さんは音楽だよ。美術は二乃」

「同じ科目じゃないんですね」

「見事に5人とも別々になっちゃってさ。

 えーっと、四葉は確か──」

 

 自称お姉さんが隣を見た瞬間、四葉さんがうさ耳リボンをビクッと震わせた。

 

「い、一花! 宝条さんに『あれ』を渡さなきゃ。

 急に来ちゃったし、ずっといるのは悪いよ」

 

 そう言えば用件を聞いていなかったっけ。そもそも、どうやって僕の住所を知ったのか。

 答えは一花さんがバッグから取り出した『あれ』が教えてくれた。

 

「はい、トーヤ君。よくがんばったねー」

「これは……」

「どうぞ受け取ってください。

 お父さんから預かってきたんです」

 

 テーブルに置かれた封筒に一瞬「ん?」となったが、給与という文字でハッとした。

 雇い主の中野さんに住所を聞いて、わざわざ来てくれたのか。

 

「ありがとうございます。

 だからここが分かったんですね」

「そうだよ。本当は五月ちゃんが君とフータロー君に渡す予定だったんだけど──」

 

 5つ子の父親が「宝条君の家には五月君以外、それも2人以上で行きなさい」と電話で伝えてきたらしい。

 二乃さんは即答で断り、三玖さんは家でゆっくりしたいと言っていたとか。

 

「久しぶりに連絡してきたから、驚いちゃった」

「僕が中野さんに報告したからだと思います」

 

 実は5つ子裁判があった日の夜、『娘さんたちに問題発言をして謝罪した』とメールしたことを打ち明けた。

 風太郎に関することは伏せておいたけど。

 

 2人以上で僕の家に行け、と中野さんが娘に言ったのも当たり前だ。

 

「いや、それは関係無いんじゃない? トーヤ君は1人暮らしだってお父さんが言ってたから」

「だけど風太郎のためとはいえ、僕は……」

「宝条さん、話は全部聞きました。気にすることありませんよ」

 

 むしろ前髪を払ってきて五月ちゃんはドキッとしたかも、と一花さんがいたずらっぽい笑顔を向けてきた。

 ないない。風太郎が恋愛最高と叫んで大はしゃぎするくらいあり得ない。

 

 ほんの少し気持ちが楽になり、給料が入った封筒を慎重に開けた。

 

「えっ!?」

 

 お札の枚数が多すぎる。えっと、契約書はどこだっけ?

 

「1日2500円で5人分だとしても……今月は2回……あれ?」

 

 やっぱり多い。いくら契約書を見ても疑問が解決しない。

 再び体中からぶわっと汗が出たような気がした。

 

(おかしい。これってどういうこと?)

 

 金額が間違っている。これじゃあ、5つ子全員に順調に勉強を教えたうえで何かしらのボーナスが出た時の給料だよ。

 今月の2回で僕は何をした? 二乃さんに怒って、料理審査で飛び出し、裁判で冷静さを欠き……

 

「トーヤ君、金額はちゃんと合ってるよ」

「そんな……全員に勉強を教えた訳でもないのに」

 

 少しでも僕が勉強を教えたと言えるのは四葉さんと五月さんくらいだ。

 5人分の給料が渡されることを、一花さんは何とも思わないのか?

 

「確かにお姉さんは教わっていないけどさ。だからって給料カットなんて全く思っていないよ」

「なぜ、そう言えるんですか?」

 

 意外そうな顔で2人が見てきた。むしろ何で受け取らないのか、という感じに見える。

 

「ふふふ、考えてみなよ。

 そうだ! 私たちから君への宿題ってことで」

「し、宿題!?」

「宝条さん、返す必要はありません。

 お給料は自由に使っていいですよっ」

 

 おじゃましましたーと手を振りながら、一花さんと四葉さんが部屋から出て行った。

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 おもしろい、受けて立とう。

 

 思わぬ宿題に面食らい、しばらく部屋で考えこんでいた。だけど、自信がある答えが出てこなかったので自転車に乗って気分転換をすることに。

 

 宝物が入ったショルダーバッグに制服姿だと、不思議なことにやる気が高まってくる。

 

(考えろ……考えるんだ)

 

 家がお金持ちだから数万円などたいしたことない、という感じではなかった。風太郎に眠り薬を飲ませたおわびというのも、違う気がする。

 

「……ん? 電話?」

 

 自転車を止めて携帯の画面を見ると『上杉風太郎』の名前が出ている。

 五月さんが給料を渡しに行ったんだっけ。もしかして同じことを言われたのかな。

 

「もしもし、風太郎?」

『橙矢、悪いがいま時間あるか? 

 もし大丈夫ならすぐに来てほしいんだ』

 

 家に行けば良いのかと思ったら、指定場所はまさかのゲームセンター。たぶん、家族で外出したといったところだろう。

 

「分かった。ちょうど近くにいるから。

 自転車で急げばすぐに着くよ」

『すまん。じゃあ待ってるからな』

 

 携帯をしまいこんで、ヘルメットの位置を整える。何だか困っている感じの声だったけど……

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢ 

 

「こっちだ、橙矢!」

「お待たせ……って、あれ?」

 

 自転車から降りて近づくと、目の前の状況にぽかんとなった。

 

「橙矢さん、こんにちは!」

「やあ、らいはちゃん」

 

 いつも元気だけど、今日の笑顔は特にまぶしい。兄との外出でご機嫌なのか、頭からぴょこんと跳ねた毛を揺らしている。

 まあ、そこまでは良いのだけど……

 

「トーヤ君、さっきぶりー」

「何でアンタまで来るのよっ!」

「……日曜なのに制服。トーヤも変わってる」

「宝条さん、みんなでお祭りに行きませんか?」

「自転車……いえ、何でもありませんよ。宝条君」

 

 だれの言葉から反応していけばいいんだ。

 

 風太郎が制服なのはいつものことだし、私服姿のらいはちゃんと五月さんもまだ分かる。

 気になったのは残る4人の恰好(かっこう)だ。鮮やかな色や模様、そして帯──

 

「おやー? 美少女の浴衣姿に見とれちゃった?」

 

 青や黄色、オレンジの柄が目立つ浴衣を見せつけてくる一花さんを何とかかわした。

 とりあえず状況を聞こうと、呼び出してきた相手に近づく。

 

「これって何事?」

「……らいは、お姉さんたちと話していてくれ」

「うん、分かった!」

 

 5つ子の所に向かっていく妹を笑顔で見ていた風太郎だったが、すぐに普段の鋭い目つきになった。

 

「橙矢、結論から言う。

 らいはを家まで送ってくれないか」

「えっ?」

 

 風太郎によると、5つ子が宿題をしないで祭りに行こうとしていたので家に戻らせようとしていたらしい。

 どうやって5人を納得させたのかが気になるけど、それ以上に分からないことがある。

 

「らいはちゃんもマンションに連れていけば良いんじゃないの?」

「いや……実は家庭教師の仕事がうまくいっているとごまかしていてな」

 

 そうか、そういう事情があったのか。

 

 プライドの面もあるだろうけど、きっと妹に心配をかけたくないんだ。

 かといって1人っきりで家に帰らせたり祭りに行かせたりするのも不安なんだな。

 

「分かった、僕が責任を持って送るよ」

「悪いな。あいつら5人は俺に任せろ」

 

 握りこぶしをコツンとぶつけ合い、風太郎と僕は楽しそうに話す6人に近づく。

 

「お前ら、花火大会まではまだ時間がある。何度も言うが、どうしても見たいなら宿題をきっちり片付けてくれ」

「お兄ちゃん、私もお祭りに行きたい……ダメ?」

「うっ……後で行こうな。今は橙矢に家まで送ってもらうんだ」

 

 風太郎、よく耐えたなあ。さすがに「宿題は後にしてみんなで花火を見に行こう」なんて心変わりはしなかったか。

 ホッと安心してらいはちゃんに近づこうとした、その時──

 

「待ちなさいよ。アンタ、妹を宝条に預ける気?」

「二乃、言っておくが頼んだのは俺だぞ」

「そこまで信頼できるっていうの?」

 

 一花さん、三玖さん、四葉さん、五月さんの視線が風太郎や僕に向かってくる。

 さすがに黙ってはいられず、口を開きかけた時だった。

 

「別に完全に信じている訳じゃない。橙矢もれっきとした男だし、らいはは可愛いからな」

「だったら──」

「だがな、理由も無く暴力をふるったりはしない。無理したり自分の(から)に閉じこもっていたりするのは欠点だが……バカなくらい優しいんだよ」

 

 風太郎、ほめているのか悪く言ってるのかよく分かんないよ。

 でも1年前のことを思うと、言っていることは間違っていない。少なくとも僕の悪い部分は。

 

「らいは、橙矢と帰るのは嫌か?」

「そんなことない。お兄ちゃんと友達でいてくれる橙矢さんなら安心だよ!」

 

 思わず夕焼けに染まる空を見上げた。そうでもしないと顔がぐちゃぐちゃになる気がしたから。

 

「というわけだ、二乃。しかし驚いたぜ。お前がらいはを心配してくれるとはな」

「なっ、違うわよ!」

「……二乃、顔が赤い」

「ゆ、夕方だからそう見えるだけ。変なこと言うんじゃないわよ、三玖!」

 

 視線を戻すと、二乃さんがずんずんと背を向けて歩いていくのが見えた。

 一瞬、宿題なんかお断りと逃げたのかと思ったけど、振り返って「さっさと宿題を終わらせるわよ」と姉妹に呼びかけたから一安心。

 

「橙矢」

「何?」

 

 他の姉妹も帰らせようと背中を押していた風太郎が振り返ってきた。

 

「去年のことで俺に変な気遣いはしなくていい」

「……えっ!?」

「じゃあ、また後でな」

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 どうやら、風太郎があんなことを言うなんてと思ったのは僕だけじゃなかったようだ。

 

「もー、橙矢さんや五月さんたちの前で……」

 

 みんなの前で「らいはは可愛い」と兄が言っちゃったからなあ。

 家に向かうらいはちゃんの歩き方が少しぎこちない。

 

「はっきり言ってたね、風太郎」

「私のことよりも……橙矢さん、お兄ちゃんのこと怒ってない?」

「まさか。全然気にしていないよ。

 僕の良い所も言ってくれたし」

 

 らいはちゃんもありがとうと伝えると、やっと笑顔が戻った。

 しばらくさっきの出来事について歩きながら話していたのだが──

 

「ねえ、橙矢さん。お兄ちゃん、五月さんたちと仲良く勉強できてる?」

「……! どうしたの急に」

「お兄ちゃんがセクハラしたって、五月さんが言ってたから」

 

 風太郎、今すぐここに瞬間移動して説明してよ。

 

 たぶん二乃さんに(おお)いかぶさったことか、五月さんを壁際に追い詰めたことのどっちかだと思う。

 

「誤解なんだよ。嫌な思いをさせたって風太郎は謝ってたし」

「うん、給料をもらった時もそう言ってた」

「それに、あのお姉さんたちともちゃんと勉強できているんだ。例えば──」

 

 四葉さんが最初から授業を素直に受けてくれたこと、三玖さんが風太郎の説得に心を開いて信頼してくれるようになったことを教えた。

 何とか安心してくれると良いんだけど。

 

「そうなんだ。リボンのお姉さんとヘッドホンのお姉さんが……」

「うん、みんな風太郎の頑張りによるものだから」

「じゃあ五月さんは?」

 

 あっ、これは詰んだかも。王手飛車取り以上の絶望レベルだ。

 どうする? 学校での『太るぞ事件』から今日までのことをありのままには言えないよ。

 

 考えろ、玉を詰ませても王を詰ませる訳にはいかない。

 

「い、五月さんも大丈夫。風太郎の出した問題を熱心に解いたり復習したりしてくれているから」

「ほんと!? よかったー」

 

 危なかった、ギリギリで王将は助かったよ。とはいえ罪悪感が半端ない。

 何とか7人全員そろって授業ができるようにしなければ。

 

「あっ、着いた! 橙矢さん、疲れたでしょ? あがっていってよ」

「えっ、いや僕は……」

「水くさいよ。お兄ちゃんやお父さんは良いって言ってたから。それに、いつもみたいにお母さんを拝んでいって」

 

 参ったな、そう言われると弱い。風太郎一家には恩義があるし、断るのも悪いな。

 拝んだらすぐに失礼するから、とらいはちゃんに言うとニコニコしながらはねっ毛を揺らした。

 

 この時僕は気づいていなかった。風太郎とらいはちゃんの計画にはまっていたことに……




 原作で、風太郎が5つ子をマンションに帰らせた時に妹はどこで何をしていたのかと気になったので書いてみました。おそらく、風太郎たちについて行ってはいないと思っているのですが……

 今回で一花と二乃の選択科目が判明しました。久しぶりの投稿なので、科目を整理してみます。

・音楽 一花 
・美術 二乃
・情報 五月、橙矢
・書道 ??? 
・工芸 ???


 三玖、四葉、風太郎の科目がまだ不明なので予想してみてください。特に風太郎は情報以外のどの科目を選んでいるのか?

 次回は上杉兄妹の計画が明らかになります。
 花火大会では宝物の1つが大活躍する……かもしれません。
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