「トー……きて」
誰かの声が聞こえる。それに体が揺さぶられているような……
確か、僕は図書館に来ていて……それから……
「トーヤ、起きて」
「はっ!?」
ガバッと頭を上げると、目の前には何とも複雑な表情の人物が1人。
あれっ、どっちだ? ヘッドホンが無いけど呼び方的には……
「三玖さん?」
「うん。それよりも、トーヤの顔」
気のせいか少し震えているように見える。参ったなあ、寝たのに目の充血やクマがまだひどいのか。
頭を振り自分の携帯電話の画面を見てみると──
「なっ!?」
一瞬、ピエロだとびびった。でも写っているのは紛れもない僕の顔。左右のほっぺたには見覚えのあるトランプの4つのマーク。
そして額には……ひらがなの「し」……いや、アルファベットの「J」の文字が。ジョーカーのこと!?
「やっ、やられた」
「一花と四葉の仕業だね」
くそう、全然気づかなかった。顔をティッシュで拭きながら周囲を見渡すと、机の上にノートとペンの他に「トイレに行ってきまーす」と書かれたメモ用紙がある。
2人が戻ってきたら、文句のひとつでも言おう。
「大丈夫?」
「平気。起こしてくれてありがとう」
このまま待つのも何だし、先に勉強を始めようかと提案するとなぜか三玖さんが「えっと」ともじもじしてきた。
まだ顔の落書きが完全に消えていないのかな?
「実はトーヤに聞きたいことが……」
「何?」
「昨日の夜に──」
聞こえたのはそこまでだった。何しろ「ほーじょーさーん!」という明るい声と共に一花さんと四葉さんが戻ってきたから。
三玖さんが口をつぐんでしまったのが気にはなるけど、今はそれどころじゃない。
「2人ともひどいじゃないか」
「わっ、怒ってる?
ごめんごめん。寝顔を見てたら、つい」
落書きした2人の宿題を増やせ、と悪魔のささやきが聞こえたけどやめにした。ちょうどタイミング良く風太郎からメールの着信あり。
五月さんと謝り合えた、勉強も分からない所をノートを使って教えられたと。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「橙矢、復習ノートありがとな。
おかげで五月にテンポ良く教えられたぜ」
「ああ、良かった」
いよいよ中間試験が3日後に迫った月曜日。教室で風太郎から例のノートを受け取りながら、ちらっと話題に出ている人物を眺めた。
先週と同じく、今日も授業が終わると先生に分からない所を聞いている。
「中野さん、他に分からない所は?」
「はい、先生。この問題が──」
先週みたいに風太郎を無視したり、べーっと舌出ししたりはしてないけど少し不安だな。
仲直りしたから「じゃあ上杉君に教えてもらう」と急に態度が変わる訳じゃないみたい。
「橙矢、心配すんな。
あいつとはちゃんと仲直りしたぞ」
「そ、そうだよね」
「それより問題なのは二乃だ」
それなんだよなあ。5つ子のうち1人でも赤点取ったらクビということがバレているのもあるけど、全く勉強に手を付けてくれないから困った。
風太郎と五月さんのケンカ問題が解決したことも、きっとおもしろく思っていないに違いない。
「こうなったら……二乃さんに言ってみるよ。
勉強することのメリットを」
「頭が良くなる、成績が上がるってか?
そんなことあいつが聞くとは思えんぞ」
「いや、他にもあって──」
自分なりに考えたメリットを話そうとした時、ガラッと教室のドアが開いて見覚えのある髪の長い人物が現れた。
五月さんに用があったんだろうけど、僕としても探す手間が省けたよ。
「ちょっと話してくる。先に勉強会やってて」
「は!? おい、待て!」
お前まで張り手を食らうぞ、という風太郎の声に足を止めることなく教室の入り口に突進した。
相手も五月さんが取り込み中だっただけでなく、僕まで近づいてきたから「げっ」と言って逃げていく。
「待って!」
逃がすもんか、と廊下で大声を出すと二乃さんがキッとこっちに振り向いてきた。帰り支度の生徒が何人かじろじろ見ているけど、そんなこと気にしていられない。
中間テストまであと3日なんだ。この機会を逃すと本当にまずい。
「……何よ。あのことなら謝らないわよ」
何のことだ、と一瞬首をかしげたけどすぐに気づいた。ほぼ間違いなく、風太郎と僕が風呂場にいた時に突入してきたことだろう。
眠り薬の件も無くはないけど、今さら僕に言ってくるとは思えない。
「違うよ。用件は勉強のことだから」
「なっ、またノート渡しに来たっていうの!?
連絡先を交換した時の約束と違うじゃない!」
周囲がザワッとしたのに気づいたのか、二乃さんの顔が一気に赤くなった。
屁理屈だけど……交換したらノート渡しをやめるとまで言った覚えは無い。
「もう、こっちには時間が無いんだ。
このノートで勉強すれば、メリットがあるよ」
「そんなものある訳無いでしょ!」
五月みたいにうまく説得できると思ったら大間違いだ、と距離を取りながらにらんでくる。
やっぱり手ごわい。だけど簡単に諦める訳にはいかないんだ。
「これを使ったらテストの点は上がる。
風太郎や僕が『勉強しろ』と近づく事も無い」
二乃さんの動きが止まった。チャンスとばかりに復習ノートを差し出す。
一瞬ノートに視線が向けられたから「やったか?」と期待したけど──
「必要ないわよっ!」
パンッと音がして僕のほっぺた……ではなく、手に痛みが走ったかと思うとノートが手から吹っ飛ぶ。
慌てて拾おうとしている間に二乃さんは行ってしまった。
「また失敗か……」
せっかく仕上げたのになあ。簡単に受け取ってはもらえないと覚悟はしてたけど。
周りから「何あれ?」とか「フラれてやんの」とか聞こえるけど無視だ、無視。
ひとまず風太郎のところに戻ろうとした時だった。
「トーヤ、話がある」
一瞬、二乃さんが戻ってきたのかとノートを拾おうとした体勢のまま固まった。
だけど声のしたほうを見ると──居たのは三玖さんだった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「急にごめん。テストが近いのに」
「いや、それは良いんだけど」
まさかの屋上での会話。あのまま廊下で話すか、風太郎たちがいる図書室に行くのかと思ってただけにびっくり。
風太郎には遅れるとおわびのメールはしたけど、話とはいったい?
「あの……」
「うん、何?」
「フータローといっしょだった?」
まさかお風呂の件を二乃さんから聞いたのかと冷や汗が流れる。
どう答えようかとしどろもどろになっていると、三玖さんが口を開いてきた。
「泊まった夜、リビングで」
「えっ?」
リビング……ああ、そういうことか。僕が五月さんの復習ノートを仕上げようと徹夜した時に風太郎がいっしょにいたかどうかということみたい。
正直に「自分1人だけだった」と言うしか──
(いや、ちょっと待て)
確か朝になって三玖さんの姿が見えなかったよな。それに四葉さんが家中を探してたけど、見ていない部屋が1つだけあったぞ。
風太郎が寝ていた部屋……五月さんを追い出した部屋……あっ。
「……うん、いっしょだったよ」
「本当? 確かにトーヤは見たような気はする。
だけどフータローの姿は……」
夜中にトイレに行った時に見た覚えが無い、と不安そう。間違いない、トイレに行った後に一花さんの部屋じゃなく自室に戻ったんだ。
そう考えると朝の風太郎の不可解な行動も分かる。
「風太郎はソファーから転げ落ちてたからさ。
床で寝てたから見えなかったんじゃないかな」
「……! うん、フータローもそう言ってた」
ホッとしたような笑顔を見ると、なんだか罪悪感が。だけどテスト直前の大事な時に、風太郎といっしょに寝たなんて三玖さんが知ったらどうなるか。
親友がついたと思われるウソを僕が「実は違う」とばらす訳にはいかない。
「他に聞きたいことってある?」
「うん、もう1つだけ」
「分かった。何でも聞いて」
勉強で分からない所とか、テスト前で緊張してるとかかな? 何にせよ真剣に聞かないと。
だけど、三玖さんの質問は意外な内容だった。
「──を知りたい」
ポカンとなってしまった。勉強会の時に「好きな女子のタイプは?」と質問していた時に風太郎がとまどっていたけど、まさに今の僕もそんな感じ。
答えられはするけど……あっさりとは言えない。
「本人は何か言ってた?」
「休み時間に聞こうとしたんだけどダメだった。
勉強以外の質問はテストの後にしてくれって」
当然の反応だな。ここは心を鬼にしたい所だけど……何でも聞いてと言ってしまったんだよなあ。
いや、やっぱりダメだ。個人情報に関わるし。
「トーヤが教えてくれたら私も教える」
「な、何を?」
「私たち5人の昔の写真。
1人だけ正解してたのが誰だったのかを」
うっ、と息が止まった。ずっと気になっていたことだけに決心が揺らぐ。
教えるか教えないかの究極の選択。僕がするべきなのは……
「ごめん。今ここでは言えないよ」
「そう……分かった」
写真の件は惜しいけど、これでいい。だけど、残念そうに肩を落として屋上のドアに向かう三玖さんの後ろ姿も気の毒だった。
直接教える以外に何かできると良いんだけど……そうだ!
「待って、三玖さん! 僕と勝負しよう!」
「……え?」
「三玖さんが勝ったら協力するよ。
その知りたいことを聞き出すのに」
「勝負の内容は?」
「よくぞ聞いてくれたね。
勝負は……『武将しりとり』でどう?」
ピクッと三玖さんが反応した。もう1人の家庭教師と勝負したことは聞いている。どう決着したまでは知らないけど、激しい互角のバトルだったに違いない。
前から一戦交えたいと思ってたんだ。屋上に他に誰もいないのもおあつらえ向き。
「フータローから聞いたんだね」
「うん」
「……受ける。絶対に負けない」
み、三玖さんの目が夕日で燃えてる気が。勝ちたいのはもちろんだけど、そんなに『あれ』を知りたいんだ。だけど僕も日本史好きとして、家庭教師補佐役として負けられない。
じゃんけんの結果、先攻は三玖さんになった。
「武将しりとり。
あ、あれ? 「る」で始まる武将? もしかしていきなり詰んだ?
落ち着いて……深呼吸して考えたらきっと……!
「る、
伊達氏の一門で関ヶ原の戦いにも出陣した武将!」
「むっ……!」
良かった、いきなりのゲームオーバーは避けられた。本を読んで「変わった名前」と感じたのを思い出せてラッキーだったよ。
気のせいか相手の視線が鋭くなった。さあ、次は何が来る?
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「なかなかやるね、トーヤ」
「三玖さんも」
あれから、
強い。さすが武将では負けないと言ってきただけのことはある。まだまだ余裕そうだ。
「次は『い』……
「と……
今川義元と徳川家康は教科書でもおなじみの名前だ。この調子で続くなら答えやすいけど、負けない反面勝つこともできない。
どこかで何か仕掛けないと……!
「
考え込んでいたけど、ハッとして三玖さんを見ると少し笑みを浮かべてきた。
もう漢字は分かるよね、とでも言いたそうな感じ。さすがにもう分かる。
「武田し……いや、違う!
あっぶな、
そろそろ「それ、さっき言った」って人物の名前をいいそう。忘れないように注意しなきゃ。
「……
「むっ」
また「さ」か。答えやすい文字なのが救いだけど、仕掛けてきたみたい。
ようし、だったらこっちもお返ししてやろうじゃないか。
「
埋蔵金の伝説もある武将!」
どうだ! さすがに答えやすい文字でも、ここまで続くとしんどいはず。まさか、また「さ」で答えないといけない人物を出してくるとも思えないし。
今が何人目かは知らないけど、そろそろ決着が──
「
えっ……「ら」? あれ、最初の「る」も難しかったけど。
じわっと汗が出てきた……答えようにも全然思いつかない。悔しい。ここで詰むなんて……!
「……負けたよ、三玖さん」
負けず嫌いな性格が出て、本当は屋上で大の字になって悔しがりたいところだったけど、ぐっとこらえる。
楽しい勝負だったのは確か……でも勝ちたかった。
「トーヤ」
「分かってるって。約束は守るよ」
「そうじゃなくて……勝負できて楽しかった」
フータローとトーヤが対決したらどうなるんだろうね、と笑ってきたから一瞬見とれた。
って、何やってるんだ僕は。この負けを次に活かさないと……ボーッとしてる場合じゃない。
「ありがと、そう言われると嬉しいな。
でも、やっぱり負けた悔しさの方が大きいよ」
「ふふ」
かなりご機嫌そうな三玖さんの後に続いて屋上から校内に戻りながら、ふと思った。
そういえば、さっきの勝負……気になるな。
「三玖さん、2つ聞いても良い?」
「いいよ」
「さっきの武将しりとりで──」
三玖さんがもっと早い段階で「真田幸村」と答える機会があったのに、どうして言わなかったのか。僕が先に「真田幸村」と言ってたらどうしていたのか。
どう答えてくるのかと待っていると──
「……秘密」
えっ、と驚く間に、スタスタと先に行ってしまった。気になることがまた増えてしまったよ。
でも今は三玖さんに協力しないと。何としてでも「あれ」を聞き出すんだ。
「トーヤ」
ハッと気付くと、三玖さんが立ち止まって振り返っていた。
ゆっくりと近づいてくる……いったい何を……?
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「三玖、橙矢、遅いぞ!」
「フータロー君、しーっ!」
図書室に着くと、さっそく風太郎の声が耳を直撃。止めてくれた一花さんも「2人で何をしていたのかなー?」と怪しげな笑みを隠せていない。
ごめんと手を合わせながら机に向かう。これは直球で聞き出すのは無理だぞ。
「宝条さん、大丈夫ですか?
悩み事なら何でも相談に乗りますよっ」
目を輝かせながら机越しに四葉さんが迫ってきた。気持ちはありがたいけど、言えない。
ちらっと三玖さんを見るとフルフルと首を横に振ってるし。
「トーヤ君、もしかして……」
「な、何? 一花さん」
「恋の悩みとか!」
三玖さんに何か聞かれたのか、と身構えていただけにひっくり返りそうになった。
悩みがあるのは確かだけど。いや、それより「恋」という単語は──
「橙矢、お前まさか……」
「違うって、風太郎!」
予想通り、もう1人の家庭教師がどす黒いオーラを放出。ただでさえ恋愛クソ食らえ主義なのに、テスト直前でピリピリしている時に「恋」なんて耳にしたら、こうなる。
何とか落ち着かせないと……あ、そうだ!
「実は、テスト勉強で最近よく眠れていなくて」
「道理でお前、最近ボーッとしてたんだな」
ごめん、と風太郎に頭を下げながらハッとした。これはうまくすれば使えるよ!
「勉強熱心なのは良いけどさー。
やっぱり寝ないとダメだよ、トーヤ君」
「大丈夫、寝るのはすぐだから。
横になって……えっと……」
寝る時に数える動物って何だっけ、と周りを見渡すと全員がポカンとしたりクスクス笑いをしたりしてきた。
少し恥ずかしいけど今は笑われたっていい。
「羊ですよっ、宝条さん」
「おおっ、羊! そうだった!
ありがと、四葉さん」
「おしゃべりはそこまでだ、お前ら。
さっさと勉強を再開するぞ」
えーっと一花さんと四葉さんが風太郎に視線を向けたからチャンス到来。気付いてくれ、と念を送ると相手も今度はゆっくりと頷いてくれた。
よしっ、何とか直接教える以外の方法でうまくいったよ! それにしても……
『フータローのせ……星座を知りたい』
屋上で急に聞かれた時には、ポカンとなってしまったなあ。成績とか背の高さかと思ってたらまさかの「星座」だったから。
しかも武将しりとり勝負が終わって図書室に向かう時には──
『ちなみにトーヤの星座は?』
『……? かに座だよ。7月16日生まれだから』
『ふふ、ありがとう』
風太郎や僕の星座を知って、どうしようというのか。分かんないけど、三玖さんも晴々としたような表情になっているみたいだし心配無さそう。
今だって風太郎に英語の「5W1H」を使った例文について聞いてるし。
(僕も負けてられないな……色々な意味で)
今日は説得に失敗したり勝負で負けたりだったけど、必ず中間テストはみんなで力を合わせて乗り切ってやる。
心の中でそう誓いながら、一花さんと四葉さんの質問に耳を傾けた。
お久しぶりです! 「ら」で始まる武将なんているのかと調べてみたら、楽巌寺雅方(らくがんじ まさかた)がいるみたいでしたが、さすがにパッとは出てきませんでした。
もし、三玖と橙矢が武将しりとりをしてみたら……という考えで書いてみました。個人的には「陶晴賢」を入れることができただけでも満足です! 主人公にとって漢字をど忘れした人物でもあるので。
人名が分かりづらかったり、ルビが多くて見辛かったらすみません。
次回はテスト1日前から当日までの話を書ければ、と思ってます!