五等分の花嫁~盟友と僕は背中合わせ~   作:ケンドラ

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第002話 任された補佐役(前編)

『こんばんは、夕食時にすまないね。

 宝条橙矢君で間違いないかな?』

 

 古いアパートの一室で、1人さびしく手作りチャーハンと野菜炒めを口にしようとした時だった。携帯が鳴ったので出てみると、聞き覚えのない男性の声。

 

 いきなり誰だと怪しさセンサーが反応したが、夕食時にすまないと言われたからか不快感が消えた。

 

「はい、そうです。

 失礼ですが、どちら様ですか?」

『……僕は中野。君が通う(あさひ)高校に、最近5つ子の転入生が来たはずだが』

 

 ああ、五月さんたちのことか。ということは、あの姉妹の知り合い──おそらく父親だろう。

 

 念のために聞くと、そうだとあっさり返された。クールだけど何とも威圧感がある声だな、風太郎のお父さんとは雰囲気が正反対だ。

 

 それにしても何の用だろう? もし「娘をストーカーしたそうだね」と言われたら自首するしかない。

 

『結論から言う。娘たちのために(やと)った家庭教師の補佐を君に頼みたい』

「……ええっ!?」

 

 ちょっと待ってくれ、家庭教師って風太郎のことだよな。

 しかも娘たちって……教える相手は五月さんだけじゃないのか?

 

「僕にですか? しかし、補佐なんていなくても家庭教師の人は──」

『君の親友で学年トップの秀才ということは(すで)に知っている。だが娘が言うには、彼の授業を受けずに追い出したそうだ』

 

 そんなバカな。風太郎は勉強となると鬼のように厳しいけど、教え方はうまい。実力を測るためのテストだって昨日からせっせと作っていたのに。

 

 少なくとも、一花さんと四葉さんが追い出したとは思えない。

 となると残りの3人か? 何があったか知りたいけどがまんだ。

 

「……失礼ですが中野さん、上杉君に事実確認はしたのですか?」

『もちろん本人も認めていた。辞めるつもりは全く無いと言い切っていたがね。だが、彼1人では荷が重いと思ったのも事実だ。そこで──」

 

 5つ子の父親がサポート役をつけようと提案したそうだ。すると、どこの誰とも分からないヤツよりも任せたい人がいると風太郎が僕の名前を出してきたらしい。

 

『──ということで仕事内容や報酬(ほうしゅう)の詳細は以上だ。採用となれば、契約書を送るので確認してほしい』

 

 メモを取ったが、何回見てもすごい内容だ。僕が赤点を取ったらクビというのは当然として、給料が相場の5倍という文字の圧倒的な存在感よ。

 

 教える相手が5人だから給料も多い。

 どうして、もっと早く気付かなかったんだろう。

 

 いや、ごちゃごちゃ考えている場合じゃない。

 風太郎がピンチなんだ。全力でサポートできるよう行動するのみ!

 

『どうかね?

 問題無ければ明日から頼みたいのだが』

「分かりました。引き受けます。

 だけど、1つだけ聞いても良いですか?」

 

 風太郎や5つ子の力になって自分を変える……勉強をもっとがんばれる理由ができた。だけど話がうまく進みすぎじゃないか。

 

『構わないが、手短に頼むよ』

「僕について調査しなくても良いのですか? 上杉君の指名だけであっさり決まったのが気になって」

 

 風太郎にはプロの家庭教師に負けない知識や指導力がある。でも、僕にはそれが無い。親友という理由だけで、はい採用なんてことがあるのかな。

 

 中野さんが無言になった。余計なことを聞いてしまったのではと、じわりと汗が出てくる。

 

『……僕は宝条君のことを全く知らない訳じゃない。君のお母さんには、世話になったからね』

「なっ!?」

 

 鉛筆が手からすべり落ちた。

 どうして、僕や母さんを知っているんだ? 

 

『話は以上だ。娘たちには僕から伝えておこう。上杉君と共に励みたまえ』

「ま、待って──」

 

 切られた。1つだけ質問と言うんじゃなかったな。

 

 聞きたいのは母さんのことだけじゃない。父さんと、それに……

 

(5年前になぜ()()()()までいなくなったのか)

 

 できるなら中野さんに電話を掛け直したい。しかし、いま連絡を取るべき相手は雇い主じゃない。家族と同じくらい大切な人がいる。

 

 手が震えて携帯の操作がうまくいかない。しっかりしないと。いつもなら気軽に電話できる相手なのに、呼び出し音だけでドキドキするなんて。

 

『橙矢か。すまない、お前の言う通り5つ子だった。あいつらの父親から補佐役の話を聞いたか?』

 

 そういえば、学校で風太郎は5つ子だと信じてなかった。しかし「だから言っただろ」とか「中野さんの家で何があった」と口にするのはまずい。

 

「うん、ついさっき。

 大丈夫、ばっちり引き受けたよ」

『本当に助かる。さっそくだが明日の正午、俺の家に来てくれないか』

「分かった。全力でサポートするからね!」

 

 今は少しでも前向きな言葉をかけるんだ。夕飯が冷めようが、そんなことどうだっていい……

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

「今日から家庭教師の補佐になった、宝条橙矢です。あらためてよろしくお願いします」

 

 翌日の夕方、僕は3回目の自己紹介をしていた。さすがお金持ちの家だけあって、部屋の広さが普通じゃない。まさに住む世界が違うって感じだ。

 

 風太郎が追い出されたと聞いていなければもっと快適だったかもしれない。

 

 なぜ、そんなことになったのか。

 五月さんには謝ったと言ってたのに……

 

「わぁ、良かったですね! 宝条さん」

「宝条君が……補佐役」

 

 四葉さんは目をキラキラと輝かせているが、五月さんはまだ信じられないようだ。家庭教師に続いてサポート役まで同級生ともなれば当然か。

 

「良くないわよ、四葉。補佐とか意味分かんない。家庭教師はいらないってソイツに言ったんだけど」

 

 不満そうに携帯をいじる二乃さんだが、そう言われても困るな。

 こっちは仕事で来ている。それに今の言葉は聞き捨てならない。

 

「まさか、風太郎を追い出したのは……」

「何? 上杉が途中で寝ちゃったから家に送ったのよ。言っておくけど、五月がちゃんとタクシーで──」

「おい、二乃! お前が水に薬を入れたのは分かって……あっ」

 

 しまった、というような表情で風太郎はこっちを見てきた。

 悪いけど全部聞いた。そういうことだったのか。

 

 プツンと僕の中で何かが切れた。

 

「なんてことを……っ!」

「やめろ、橙矢! 座るんだ!」

 

 二乃さんに近づこうとしたが、駆け寄ってきた風太郎に肩をつかまれた。下手すれば大変なことになっていたのに、どうして止めるんだよ。

 

 勉強や家庭教師が嫌いだというなら、それは仕方ない。だけど眠り薬はさすがに理解できない。

 

 風太郎には僕と違って何かあったら悲しむ『家族』がそばにいるんだ。

 

「黙っていたことは悪かった。だが、こうなると思っていたからどうしても言えなかったんだ。大丈夫、俺は何ともない」

「ほ、宝条さん……」

 

 風太郎の手にぐっと力が入るのと同時に、四葉さんの声が小さく聞こえる。さっきの明るい声じゃないと思った瞬間、ハッとした。

 スヤスヤと寝ている一花さん以外、全員の表情が固まっている。

 

「頼む。気持ちは嬉しいが、今はこらえてくれ」

「……分かった」

 

 その場にくずれるように座り込んだ。怒りと悔しさで、ぐっと(くちびる)をかみしめることしかできない。

 

 風太郎は僕の肩を軽くたたき、5つ子と向かい合う位置に戻っていく。そしてカバンから数枚の用紙を取り出した。

 

「二乃、家庭教師が不要なら実力で証明してくれ。昨日できなかったテストでな。合格できたら──」

「いやよ。アンタたち2人、さっさと辞めてほしいんですけど」

 

 五月さんと座る場所を変えながら、二乃さんが強い口調で言う。

 僕から離れたいのは勝手だけど、そんなにテストが嫌いなのか。

 

「話は最後まで聞けよ。言ってみればこれは『卒業試験』だぞ。合格ラインを超えたヤツには、今後近づかないと約束しよう」

 

 逆に合格点より低かったら文句を言わないで教えを受けろと。

 

 風太郎が用紙をバンと勢いよくテーブルに置いたせいか、一花さんが目をこすりながら起きた。とろんとした顔で見てきたけど、気まずくて目を合わせづらい。

 

 僕がここにいる理由を聞かれるかと身構えていたけど、ありがたいことに風太郎に視線を向けてくれた。

 

「めんどくさい。何でアタシたちがこんな──」

「分かりました、テストを受けましょう」

 

 メガネをケースから取り出した五月さんを、二乃さんが「はあ?」と見つめる。みんなびっくり顔だ。無表情の三玖さんでさえ目が動いた。

 確か風太郎の話では、五月さんは昨日自分の部屋から出てこなかったそうだけど。

 

「二乃、合格すれば良いだけの話です。せっかく来てくれた宝条君には申し訳ありませんが……とにかく、これであなたの顔を見なくて済みます」

「フン、そうかよ……おっと、橙矢も受けてくれ」

 

 あれ、僕もか。てっきり不正が無いように見張り役をやると思っていたのに。

 

「用紙が6枚って、そういうことだったんだ」

「間違ってもこいつらより低い点数は取るな。ついでに頭を完全に冷やしてくれ」

 

 確かに問題を解けば、少しは落ち着きそうだ。補佐役としても、みっともない点数を取る訳にはいかない。

 

「テストに合格すれば勉強なし……そういうことなら、やりますか」

「みんな、がんばろー!」

 

 一花さんと四葉さんもやる気だ。残るは2人。

 

「フータロー、合格ラインは何点?」

「そうだな……60点と言いたいが、50点でいいぞ」

 

 三玖さんのおかげで合格点が分かった。

 もっとも、僕が狙う点数は決まっているけどね。

 

「はー、仕方ないわね。別にこんなもの受ける義理なんて無いけど。あんまりアタシたちをあなどらないでよね」

 

 よし、一番受けてくれそうになかった人が折れた。合格すれば家庭教師がいなくなるというのが、かなり効いたのかも。

 

「制限時間は1時間、問題数は25問だ。では、始め!」

 

 いっせいにペンを走らせる音が部屋に響く。

 さて、第1問は……ラッキー! 日本史だ。

 

 しかも戦国武将ものじゃないか。名前も知っているし、これは幸先がいい。漢字は──あ、あれ? どうだったっけ。ちょっと待った、何で出てこないんだ。

 

(やばい、思い出せない。ど、どうしよう)

 

 まさかの事態に頭が真っ白になっていた時だった。

 

「……ふふっ」

「ん?」

 

 明らかに笑った声がしたので顔を上げる。

 

 誰だ、変な声を出したのは。笑顔で解いている一花さんか四葉さんか? 半分眠そうな目の三玖さんか? 苦戦している二乃さんか、硬い表情の五月さんか?

 

 いや、何も僕を見て笑ったとは限らないだろう。問題をスラスラ解けたら笑いたくなることだってある。そうだよ、パニック状態になっている場合じゃない。

 

 こうなったら最終手段だ。こう書けば、少なくとも間違いではない……




長くなったので、『卒業試験』を前編と後編に分けます。

次回、部屋に逃げた5つ子に風太郎と橙矢が原作では描かれなかった『作戦』を決行します。結果をまとめる風太郎、そして橙矢は……?

補佐役VS5つ子の戦いが幕を開けます。ラスボスは手ごわいのでお楽しみに。
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