五等分の花嫁~盟友と僕は背中合わせ~   作:ケンドラ

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第003話 任された補佐役(後編)

 この中で僕が一番バカだった。

 

 一瞬でもそう思ってしまったのは、風太郎の言い方が(まぎ)らわしかったからだ。悪気は無かったのかもしれないが、心臓に悪いよ。

 

「採点終わったぞ。

 すげえ! お前ら100点だ!」

「えっ!?」

 

 何度見返しても、僕の答案は80点。目標の満点を取れず、しかも点数で5つ子に負けるというダブルパンチに目の前が真っ暗になったのだが──

 

「5人全員合わせてな!」

 

 ん? 5人全員満点じゃなくて、()()()満点?

 

 風太郎は立ったまま動かない。いや、答案を持つ手が震えている。

 5つ子はというと、さっきまでの意気込みはどこに行ったのかと思うくらいどんよりと暗い。

 

「この点数……お前ら、まさか」

「逃げろ!」

「あっ、おい待て!」

 

 ドタドタ、バタンと5つ子の姿が2階に消えてしまい、残ったのは制服姿の男子高校生2人だけ。あっという間に逃げられた。

 

 窓から差し込む夕日に照らされた風太郎の姿がなぜか悲しい。

 

「ウソだろ、四葉は予想できたが……全員不合格かよ。どうしろってんだ」

 

 なんで四葉さんが低い点数だと分かったんだ? 気になるけど、今は頭を抱えている家庭教師を何とか(はげ)まさないと。

 

「大丈夫だって、風太郎には僕の点数を上げた実績がある」

 

 風太郎が無言で答案用紙を渡してきた。8点、12点、20点、28点、32点……確かに合格点には遠い。だけど去年の僕とほとんど差が無いじゃないか。

 

「お前とあの5人じゃ状況が違う。現実を見ろよ」

「それでも全員テストは受けてくれたんだよ。結果のまとめや答案返しは今すぐにでもできるさ」

 

 風太郎は目を丸くした。そんなにおかしなことを言ったかな?

 

「頭冷えすぎだろ。さっきは暴走寸前だったのに」

「うん。風太郎の言葉とテストのおかげかな。

 それに……一花さんと四葉さんに借りがあるし」

 

 何の話だと聞かれたが、ごまかした。昨日のことを秘密にしておきたいのは僕も同じなのだ。

 

「まあいい。頭が痛いが、やるしかないな」

「まとめを手伝うよ。テスト返しは任せて」

「頼む。悪いが、あいつらの部屋はこりごりだ」

 

 風太郎の顔色がさらに悪くなった気がする。部屋にずかずかと入るつもりは無いけど、何があったんだ。

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 5人の答案用紙を持って2階に来たまでは良かった。

 

 しかし、誰がどの部屋なのかが分からない。しまった、聞くのを忘れてた。

 

 まあいいや、全員に渡すつもりだし。もし5人に「答案を返してこなかったから、復習しなくても文句は無いよね」とか言われたら嫌だからな。

 

(悩んでいてもしょうがない。ここからにしよう)

 

 目の前のドアを軽くノックした。5つ子のうちの誰にせよ、まだ部屋にいることは間違いない。

 特に注意しないといけないのは二乃さんだな。眠り薬の話は持ち出さないと風太郎と約束したとはいえ、だ。

 

「すみません、宝条です。答案を返しに来ました」

 

 しばらく待ったけど反応が無い。後でまた声をかけようと背を向けた瞬間、ガチャッと音がした。

 

「待ってください、宝条君」

「あっ、五月さん。良かった──はい、どうぞ」

「受け取りたくありませんが……仕方ないですね」

 

 もたつきながらも渡したテストを五月さんは手に取ってくれた。

 しかし、うつむいて目を合わせてくれない。何か言わないと。

 

「その……ありがとう。風太郎のテストを受けると言ってくれて」

「なぜお礼を言うのですか? 教えは()わないと彼に伝えたんですよ」

「そうだとしても、話が進んだのは間違いなく五月さんのおかげだから」

 

 テストを受けるかどうかで二乃さんと日が暮れるまで言い争っていたかもしれない。2日連続で何の成果も無しとか最悪だ。

 

「教わるのが嫌だったら……えーと……復習や分からない所の確認からでも力になります」

「……考えさせてください」

 

 悔しいけど、これが限界だ。どうしてかっこよく堂々と気の利いた言葉を言えないのか。

 

 だけど、これ以上は逆効果になる。五月さんに頷き、隣の部屋に向かおうとした。

 

「宝条君」

「はい」

 

 急に呼び止められた。もしかして、と期待をこめて振り返る。

 

「あなたが勉強を見てくれたことは感謝しています。しかし、私には分かりません。どうしてあんな無神経な人と友達なのか」

 

 グサッと心臓に矢が刺さった気がした。

 

 食堂での『太るぞ事件』があるから、五月さんがそう思うのも無理はない。でも、この胸の痛みは何なんだ。

 だめだ、何も言い返せない。静かに閉まるドアをなすすべもなく見ることしかできないなんて。

 

 ここは深呼吸で気持ちの切り替えだ。何とか気分を落ち着かせて、さっき行きかけた隣のドアをノックする。

 

「宝条です。テストを返しに──」

「さっきは逃げちゃってすみません!」

 

 いきなりドアが開き、元気な声がしたので後ずさりした。いつでも部屋から出られるように待ち構えていたんじゃないか。リボンが顔に当たるかと思ったよ。

 

「い、いえ。どうぞ、四葉さんの答案です」

「おおっ、わざわざありがとうございます」

 

 8点のテストを受け取った人とは思えない明るさだ。風太郎によると5人の中で最も協力的だったそうだから、頼まない手はない。

 

「四葉さん、この通りです。今から風太郎の授業を受けてくれませんか」

「良いですよ! テスト返しも手伝います」

 

 良い人過ぎる。天使ですか。

 これは風太郎でも感動して泣くんじゃないかな。

 

「ほ、本当に? 助かります」

「いえいえ、じゃあ行きましょう。

 次はだれに……あっ、二乃」

「何でアンタが四葉といるのよ!」

 

 協力者ができた喜びも束の間、二乃さんのご登場だ。今から外出という感じだけど、明らかに「こいつは敵だ」という視線を向けている。

 

「テストを返しに来ただけです。四葉さんは手伝うと言って──」

「そこまでして勉強させる気? 本当にしつこいわね。上杉もだけどアンタもモテないでしょ。早く帰れよ」

 

 言ってくれる。陰口は慣れっこだけど、ここまでストレートに来るとは。昨日までの僕だったらびびっていた……だけど今は違う。

 

()()モテないよ。だけど、それが仕事を放り出して帰る理由になるとでも?」

「はあ!? 勝手なことしておいて何を言って──」

「二乃、うるさい。ケンカならよそでやって」

 

 三玖さんが部屋から出てきて、不機嫌そうにジロッと見てくる。元はといえば宝条が悪いと二乃さんが言い返したので雲行きがあやしくなった。

 

 ここは黙って見ている訳にはいかない。

 

「原因を作ったのは謝ります。でも、テストは受け取って。名前が書いてある以上、これは二乃さんと三玖さんの物だから」

 

 こうすれば僕が共通の敵になって、姉妹のケンカにはならない。

 

「ふん、こんなものさっさと捨てるわ。家庭教師なんてお断りよ」

「同感。フータローやトーヤの力なんかいらない」

 

 目の前に出されたテストを奪うように取って、2人とも部屋に入ってしまった。

 復習するとは思えないけど、返せたから良いか。

 

「大丈夫ですか、宝条さん」

「うん。さっきみたいに怒ったりはしないから」

「でも、二乃があそこまではっきり──」

 

 ああ、モテない発言か。あの眼力に比べればなんてことない。

 

「陰でこそこそ言われるよりよっぽど良いですよ。

 それに僕がモテないのは事実だし」

 

 何だかんだで残るテストはあと1枚だ。

 

 1階にいる風太郎に今の言い争いや現状について伝えると、最後に「一花の部屋には注意しろ」と引きつった顔で言ってきた。

 

「四葉さん、風太郎がああ言っているけど」

「あはは……なんというか……あっ、五月!」

 

 振り返ると、ドアが少し開いていて確かに五月さんが部屋から顔を出していた。今度こそ授業を受ける気になってくれたとか?

 

「五月も上杉さんや宝条さんに勉強を見て──あれ?」

 

 あわてたように顔を引っ込めてドアを閉めてしまった。そんなに考えが急に変わるわけが無いか。二乃さんよりは希望があると思っていたんだけど。

 

「き、きっと五月も授業を受けたいんですよ。私には分かります」

「だと良いけど……さっきの言い争いがうるさかったのかも」

「うーん、それなら『騒がしいですよ』って言うはずなんですけどねー」

 

 こればっかりは本人に聞かないと分からない。あーでもない、こーでもないと四葉さんと意見を言い合ううちに最後の目的地である一花さんの部屋の前に来ていた。

 

「何となくだけど、また寝ている気がします」

「私もそう思います。あのさわぎにも気づいていないみたいですし。入ってみますか? 驚くかもしれませんが……」

 

 いや、さすがに本人の許可なく入るのは良くないんじゃないかな。注意しろ、驚くかもと言われたし心の準備が必要だ。

 

「悪いけど、一花さんに確認してきてくれませんか」

「まかせてください! すぐに戻りますから」

 

 ふー、協力者がいてくれて本当に良かった。できれば、四葉さんが一花さんを連れてきて部屋の外でテスト返しという流れが理想なんだけど。

 

「おまたせしました! 一花が『気にしないで入って』と言っていましたよ」

「はっや……って、えっ?」

 

 風のように戻ってきた四葉さんもだけど、伝言にもびっくりだ。まあ、部屋の主がそこまで言うなら大丈夫かな。

 

 まさかとんでもない場所で、生きて帰れないなんてことはないだろう。

 

「じゃあ、お言葉に甘えておじゃましま……す」

 

 ドアを開けた瞬間、これは入る部屋を間違えたと思った。だって今まで見てきた玄関やリビング、階段のきれいさと全然違っていたから。

 

「これはいったい……強盗に入られたんじゃ」

「ええっ、私は何も盗ってないですよ!」

「違うよ、トーヤ君。だけど汚部屋と言わなかったのはポイント高いぞー」

 

 なるべく物をふまないように進むと、目の前のふとんがモゴモゴと動く。ぎくっとしたけど何のことはない、見覚えのあるショートカットの顔が出てきた。

 

「どうも。さっきのテストを返しに来ました」

「あれー、君は部外者じゃなかったっけ? 仕事で来ているフータロー君のジャマをしないって言ってたのに」

「一花、宝条さんは今日から上杉さんを補佐することになったんだよ」

 

 昨日と今日では状況が変わった。このメンバーで風太郎たちを尾行してからまだ1日しか経っていない。

 

「へー、そうなんだ。でもフータロー君ってば勉強って言うばかりだったよ。せっかく五月ちゃんやトーヤ君との話題で盛り上げようとしたのに」

「……じゃあ今日は勉強で盛り上がりませんか?」

 

 答案は受け取ってくれたけど、掛け布団にくるまったまま一花さんは動こうとしない。1時間のテストで力を使い果たしたという感じだ。

 

 眠いのか、それとも良からぬことを考えているのか表情があやしい。

 

「悪いけどパスかな。ごめんね」

「そこを何とか。机の上の片づけなら手伝うので、ここで復習だけでも」

「動いてもいいの? 私、服を着ていないんだよー」

 

 ズザザッと後ずさりした。床に散らばった一花さんの私物に足をとられて転ぶわ、部屋の主に笑われるわで散々だ。

 

 四葉さんが心配そうに声をかけて助け起こしてくれたのが救いだった。

 

「な、何でもっと早く……服を着てくださいよ!」

 

 おかしいな、急に部屋が暑くなった気がする。えっ、なんで裸!? お金持ちって寝るときは開放的になるの!?

 

「いやー、ここまで良い反応をしてくれるとはね。本当に着ていいの? せっかく同級生の美少女の部屋に来たのに」

「わーっ、ストップ! お、おじゃましました!」

 

 何を思ったのか、一花さんが自分から掛け布団をずらそうとしてきたからたまらない。手で目を隠しながら部屋から飛び出した。

 やられた。勉強させるはずが返り討ちにあうなんて。

 

「……大変でしたね、宝条さん」

「四葉さんがいてくれて良かったです」

 

 次に一花さんの部屋に入ることがあるなら、片目だけじゃなく両目を前髪で隠したほうが良さそうだな。

 風太郎が「部屋に行きたくない」と言っていた理由がやっと分かったよ。

 

 とはいえ、全員にテストを返せた。それに──

 

「元気出してください! 

 私が上杉さんと宝条さんの授業を受けますから」

「風太郎もきっと喜びます」

 

 たった1人だけでも風太郎の授業を受けたいと言ってくれる人がいた。

 嬉しそうに「上杉さーん」と言いながら階段を駆け下りる四葉さんを見ていると気持ちが楽になる。

 

「四葉ぁ、さっきはどうして逃げた?

 怒らないから言ってみろ」

「えっ、えっと……助けてください、宝条さん」

 

 あちゃー、風太郎がどす黒いオーラを放っている。戻ってきてくれた嬉しさよりも、部屋に逃げられたショックが大きかったか。

 

 何とか家庭教師を落ち着かせて授業を始めたのは、しばらく後のことだった。




次回、家庭教師コンビが5つ子の説得を本格的に始めます。橙矢の玉砕っぷり、そしてまさかの行動をお楽しみに。
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