「ほらほら、トーヤ君。早く出してごらん」
「何でこんなもの持ってるのよ!?」
おかしい、どうしてこうなったんだ。
朝から学校の真ん前で、同級生を相手に何をしているのか。こんな形で見せるなんて……
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
数分前、風太郎と歩きながら話していた。おとといの卒業試験や四葉さんへの指導を振り返り、今後について考えていたのだ。
「5人全員赤点候補……はっきり言って不安だ。
お前のおかげで負担は減ったがな」
まずいな、顔が普段よりもやつれていて参考書を見る目に力が無い。
だけど、こんなこともあろうかと持ってきた物がある。
「風太郎、実は今日──」
「うおっ、かっけー!」
そばを通り過ぎ校門の前で止まった高級車に、風太郎がほれぼれしたような声をあげた。
それは良いけど、窓ガラスに顔がくっつきそうなくらい近づいて大丈夫かな。
「橙矢も見てみろよ。100万円はするだろうな」
「焼肉定食焼肉抜きの5000食分になるね」
「適当に言ったんだが……そう聞くと、とんでもない物に見えてきたぞ」
車のことは詳しくないけど、もっと高いだろう。いつか免許を取ったら一度でも良いから運転してみたいなあ。
「あっ、上杉さんに宝条さん!
おはようございまーす!」
「おっはー。フータロー君、トーヤ君」
「な、なんですか。ジロジロと
ピカピカの車のドアが開き、出てきたのはやっぱり中野5姉妹。風太郎はそこまで驚かなくてもと思うくらい後ずさりした。
「……ああ、おはよう」
「おはよう、みんな。
運転手さんもおはようございます」
ていねいに頭を下げてきた男性を見て、運転手の仕事について聞きたくなった。
しかし、戸惑いが無くなったのか風太郎が5つ子のほうに鼻息荒く向かっていく。
「お前ら、おとといはよくも逃げてくれたな」
「四葉さんは戻ってきてくれたよ?」
「甘いぞ、橙矢……って、また逃げやがった!
よく見ろ、俺たちは手ぶらだから害は無い」
バカな、風太郎が参考書をポイした!?
夢かと驚きながら、しゃがんで拾い上げた。
「だまされねーぞ」
「参考書とか単語帳とか他にも隠し持ってない?」
「怪しい。油断させて勉強を教えてくるかも」
四葉さん以外は「こっちくんな」という感じだ。せっかくの風太郎の無害アピールが効いてない。
「おっと、トーヤ君。動いちゃダメだよ。
その難しそうな本は置いてほしいな」
「くっ……」
風太郎の私物だ、投げ捨てる訳にはいかない。足元にハンカチを敷いてそっと置いた。これで話し合いに応じてくれるかな。
「うーん、悪いけどポケットのふくらみが気になりますなー。勉強道具なんじゃない? ほらほら、早く出してごらんよ」
なっ、なんだって。
一花さんは宝物のことを知っているから間違いなく狙っている。勉強道具なら逃げられる、宝物だったらそれはそれで楽しめるということか。
風太郎は五月さんと話し中だし、ここは僕だけで切り抜けるしかない。納得してもらうためとはいえ、こんな所で見せるなんて。
ええい、もうなるようになれ!
「へえ、良いもの持ってるじゃん。勉強じゃなくて、七並べやババ抜きでもしようよ」
「わーっ、きれいなビー玉ですね!
7個なのはラッキーセブンだからでしょうか?」
一花さんと四葉さんはまだいい。
反応が心配なのは──
「なっ、何で双眼鏡なんか持っているのよ!」
「メガネに辞書。やっぱり……」
二乃さんと三玖さんだ。必死に事情を説明し、変なことに使わないと約束するまで納得してくれなかった。
「まあまあ、トーヤ君は隠さずに出してくれたんだよ。あとは……そのペンダントだね」
「宝条さん、いつも身に付けてますよね。気になっていたんですよ」
うっ、まずいな。これだけは中身を隠しておきたい。
単語や公式が書かれた小さなメモが入っていると思われているのか。
どうやって切り抜ければ──
「見せるな、大切な秘密だろ。お前ら、その中に勉強に使う物は入ってないぞ。ウソだったら家庭教師を辞めてもいい」
「風太郎……ありがとう」
話が終わったのか。風太郎は「これの礼だ」と足元の参考書を拾い、ハンカチを渡してくれた。
おっと、学校に関係ない物を持ってくるなんてと五月さんに言われそうだしペンダント以外の宝物は隠しておこう。
「そっちはどう? 五月さんを説得できた?」
「ごめんなさい、宝条君。実力不足なのは認めますが、自分の問題は自分で解決します」
きびきびとした足取りで五月さんが姉妹のところに戻っていく。余計なお世話、自分でできると二乃さんと三玖さんも考えは変わらないらしい。
「テストを返したり持ち物を見せたりしたのに」
「それだ、橙矢! お前ら、そこまで言うならおとといのテストの復習は当然やったよな」
あれ、5人の動きが止まった。しかも無言。
目配せをすると、風太郎は頷いて口を開いた。
「第1問。厳島の戦いで毛利元就が破った武将を答えよ」
うわ、めっちゃ答えたい。
うっかりしゃべるまいと口を手で押さえたが、解答する人は無し……いや、五月さんがゆっくり振り向いた。
「……っ!」
「無言……だと!?」
余裕で答えますって感じだったのに。結果が無回答、涙目、ぷく顔となれば風太郎が突っ込むのも分かる。
他の4人を見たけど誰も目を合わせてくれない。
「そうだ、四葉さんなら答えられるよ」
「四葉! 俺たちが教えたから分かるよな。
姉妹に気を遣わなくていいから、言ってみろ」
四葉さんはあわあわとしているけど、大丈夫だと思う。おとといだって風太郎が教えている時は本当にうれしそうにがんばっていたんだから。
「わ、分かりました! 弁慶ですっ!」
「……四葉、また同じ間違いをしているぞ」
ダメだった。
全身に矢を受けた弁慶になった気分だよ……
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
答えられなかったから勉強を教えるとはならず、校舎に入っても5つ子と距離を置かれたままだ。風太郎もさっきからため息ばかり。
「橙矢、頼みがある。俺の代わりにあいつらと信頼関係を築いてくれ」
「僕だって嫌われてるよ。
特に二乃さんとは2回も衝突しちゃったし」
四葉さんは別として、他の4人には風太郎と僕が勉強を強引にさせようとする鬼か悪魔にでも見えているんだろうな。
何で口うるさく勉強と言われなきゃいけないの、って感じかも。
「二乃と三玖はともかく、五月はお前を悪く思ってはいないだろ。俺が初めてあいつの部屋に行った時には……ん?」
どうしたんだ、急に立ち止まって。持っているのは参考書ではなく『5つ子卒業計画』と書かれたノートだ。卒業試験の結果をまとめていたはず。
「橙矢、さっきの問題だけどな。三玖がおととい正解しているぞ」
「えっ、見せて……本当だ」
漢字が分からなくてパニックになった問題だからよく覚えている。僕も結果や答えを5冊のノートにまとめているけど、今まで気づかなかった。
「変だね、さっきは無言だったよ」
「本人に聞くしかないな。お前が行くか?」
この状況を変えるきっかけになるのかな。もし、そうなら補佐役として力になるチャンス到来だ。だけど……
「いや、風太郎が適任だよ。問題を作って出題したのも、三玖さんが正解していることに気付いたのも僕じゃないし」
「そうか……じゃあお前はどうする?」
「説得が一番難しそうな人から当たってみる」
カバンから5冊のノートを取り出し、その中から1冊を見せた。ノートの色が同じなので名前と『ある物』で区別できるようにしている。
「何でトランプのカードが付いてるんだ?」
「目印さ。おととい、教えている時にひらめいた」
「変わったヤツだな。あいつが『スペード』かよ」
そんなに意外かな。ピッタリだと思うんだけど。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「風太郎、これあげるよ。らいはちゃんにも負けない自信作だから」
昼休みのチャイムが教室に響くなか、風太郎の机に包みをそっと置いた。おいおい、という感じの顔だけど腹の虫はごまかせていない。
「いいのか? お前の食う分が減るぞ」
「大丈夫、自分の弁当もちゃんとある」
「悪いな。だが、らいはには絶対勝てねーよ」
うん、そう言うと思った。妹想いなのは相変わらずだな。
風太郎は「三玖に問題の件を聞いてくる」と包みを持って教室から出ていった。食べて少しでも元気になってくれたらそれでいい。
よし、僕もお腹を満たして説得を……ん?
(五月さんが、学食にも行かないで勉強!?)
メガネをかけて厳しい表情で机に向かっているからか、まじめオーラがすごい。声をかけたそうなクラスの男子も次々とあきらめている。
授業の復習かそれとも……いや、別に何でも良いか。ジャマしちゃ悪いと、そーっと自分の席に戻りカバンを開けた。
「あれ?」
弁当が影も形もない。もしかして、渡すやつのことばかり考えていて自分の分を忘れたのか?
このドジ! 腹ペコで午後の授業をどう乗り切れって言うんだ!? 食堂はもう満員だろうし、風太郎にも「自分のはある」と言ってしまった。
こ、こうなったら……購買だ。今ならまだ間に合うはず。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「やった、大勝利!」
全速力で向かったかいがあったよ。最後のパンを無事にゲットできた時は冗談抜きで泣きそうになった。早く教室で食べよう。
でも、昼休みが残り少ない。説得は放課後か。今ごろ風太郎は三玖さんと話しているはずだ。僕だって──
「あっ」
「げっ、宝条」
やってやると思った瞬間に、廊下で標的にばったりとは。二乃さん用のノートを持っていて良かったよ。しかし、友達と思われる女子といっしょなのは予想外だ。
どうする? もしここで「勉強しろ、僕は家庭教師補佐だ」としゃべったら、絶対にややこしいことになる。
何とか復習ノートだけでも渡すことができれば……そうだ!
「二乃さん、ちょうど良かった。
ノートを返しに来ました」
「……は?」
そうだろうね。だけど、トランプのカードを外したとはいえノートには『中野二乃』と名前が書いてある。
さあ、どうする? ここで受け取らないのは不自然だと思うけど。
「ごめんねー、覚えが無いわ。そもそも、アタシそんな筆跡じゃないし」
なっ、まさかのカウンター!? しかもウソっぽい笑顔のおまけ付きだ。というか、何も無かったかのように通り過ぎようとしているんだけど。
「ちょっと待っ──」
「次にそれを持って近づいてきたら……分かっているわよね?」
耳もとでボソッと小さな声でつぶやかれた。おとといとは比べものにならないくらいの眼力と、全身が凍りつくかのような声。
メドゥーサの目を見て石になった気分だ。
「ニノ、あの人って知り合い?」
「全然知らなーい。それより放課後だけど──」
甘かった。二乃さんの私物という感じを出せば、渡せる可能性が上がると思ったのに。
だけど、これであきらめはしないぞ。一度や二度の失敗がなんだっていうんだ。
(テストで何度も負けたことに比べれば……)
そう言えば、風太郎はうまく三玖さんに聞けたかな。さすがに五月さんの時のような発言はしていないと思うけど。まあ、すぐに分かるだろう。
「あれ?」
自分の教室に入ろうとした時、見覚えのあるヘアピンとはねっ毛の人物がフラフラしながら近づいてきた。何があったんだ、さっきと様子が違う。
「五月さん?」
「宝条君……もう限界です」
ただごとじゃない。いつもと違う弱々しい感じの声だし、ショックなことでもあったのか。まさか、また風太郎とケンカ? それとも勉強のやり過ぎ?
「た、体調が悪いなら保健室に──」
「お腹がすいて力が出ません」
えっ、と間の抜けた声が出た。
五月さんによると、教室で勉強していたのは良かったが昼食を忘れていたのに気づいたらしい。あわてて食堂や購買に行ったが遅かったとか。
「食堂は満席で……購買は少し前に売り切れたと言われて……」
終わったというような顔だ。そう言えば学食でたくさん注文していたし、確か帰りに買い食いもしてたっけ。
そんな人が昼食抜きなんてことになったら……
「これあげます。学食でくれた天ぷらのお礼です」
「えっ?」
ああ、言ってしまった。せっかくゲットできたカレーパンなのに。僕だって何も食べなかったらただでは済まないのに──でも放っておけない。
「ありがとうございます!
それではお言葉に甘えて……はっ!」
どうしたんだ。何でも良いから食べたいって感じで目をギラつかせていたのに、急に手を止めてしまった。
もしかして、カレーパン嫌いなのかな。
「……ごめんなさい」
「ええっ、どうして」
首を振って、手を引っ込めてしまった。断られた理由が分からない。
「あなたの厚意を悪く思っているわけではありません。でも、上杉君の補佐役となると……その……見返りを疑ってしまって」
あー、そういうことか。パンをあげるから風太郎の教えを大人しく受けろと言ってくるのではと怪しんでいるんだ。考えもしなかった。
「本当にお礼をしたいだけなんです。それに、今は勉強をしろなんて言いません。五月さん、食事を忘れるくらい机に向かって集中していたんだから」
「……そもそもお礼なら、私に勉強を教えてくれたことで十分ですよ」
「それは『勉強を教えて』と言ってくれたことに対する当然の行為です。お礼はまだできていませんでした」
だめだ、腹ペコのせいかメチャクチャな考えだ。これじゃ納得してもらえないと思った瞬間、ふふっと笑い声がした。
「変わった人ですね、宝条君は。
疑ってすみません。ありがたくいただきます」
カレーパンが僕の手からそっと離れていく。何かよく分からないけど、受け取ってもらえた。午後の空腹地獄が確定したけど、なぜかいやな気分じゃない。
「どういたしまして。じゃあ僕はこれで」
お腹の鳴る音を聞かれないように、急いで教室に入った。風太郎は──席に座って何か読んでいる。二乃さんの説得に失敗したことを早く言わないと。
「風太郎、いま大丈夫?」
「うおっ! 何だ、橙矢か」
そんなに驚かなくてもいいじゃん。よく見ると顔が赤いし口元が緩んでいる。もしかして三玖さんとうまく話ができたのかな。
「何ニヤついているんですか?
気持ち悪いですよ」
五月さん、直球だな。こういう所は風太郎と似ている気がする。
「ばっ……違う! 真顔すぎるほど真顔だ!
橙矢も話は後にしてくれ」
「分かった。ところで、それ何だい?」
「べ、別に何でも無い!
ほら、もうすぐ授業だぞ」
訳が分からない、という感じで五月さんと顔を見合わせた。もっとも僕と違い、五月さんの関心はすぐに風太郎からカレーパンに向かっていったが。
それにしても何を読んでいたんだ? まさか……
主人公は、5つ子のノートをトランプの柄で見分けています。誰がどの柄なのか予想してみてください。
・一花 ???
・二乃 スペード
・三玖 ???
・四葉 ???
・五月 ???
次回、橙矢の目が飛び出るようなことが次々に起こります。五月の食欲、そして風太郎の全力疾走……お楽しみに。