五等分の花嫁~盟友と僕は背中合わせ~   作:ケンドラ

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第005話 対等な関係

「橙矢、昼休みはすまな……って、どうした?」

「何でもなーい。これはうまいココアだよぉ」

 

 やっと午後の授業が終わったよ。自販機で買った飲み物で空腹に耐えたが、頭がボーッとしている。

 

 風太郎はぎょっとしたような顔で、弁当の包みを僕の机に置いた。良かった、食べてくれたんだ。顔色も良くなっている気がするし何よりだ。

 

「悪いが、ちょっと来てくれ。

 お前に話しておきたいことがあるんだ」

 

 あー、そうだった。僕も二乃さんの説得失敗の件を伝えなきゃ。

 それにしても、なんで教室の入り口に……?

 

「実はな、三玖に呼び出された。

 屋上で俺に話があるらしい」

「じゃあ、あの時に読んでた紙って──」

 

 放課後に来てという手紙だったと風太郎が小さな声で答えた。

 教室に戻ったら机の中に入っていたらしい。

 

 へえ、三玖さんって考えが読めないけど度胸あるな。他のクラスの教室に入るのってかなり勇気がいると思うんだ。意外とやる時はやるのかも。

 

「屋上に呼び出し……ずばり『決闘』だね」

「違う。ふざけてないで聞いてくれ」

 

 いけない、確かに悪ふざけが過ぎた。

 風太郎に謝りながらピシャリと両手で顔を叩く。

 

「昼休みの話の続きじゃないの?」

「……」

 

 違うのか。問題に答えなかった理由について、詳しい話を放課後にって思ったんだけど。

 

「そんな簡単な話じゃない。三玖は……好きな人ができたかもしれないんだぞ。恋ってやつだ」

「こっ!?」

 

 あっぶなー。何とかこらえたけど、それでも変な声が出たらしい。五月さんを含めた数人がこっちを見ている。

 

 何食わぬ顔をするのが難しい。まさか、勉強一筋で恋愛なんかクソ食らえという優等生の口から『好きな人』や『恋』という言葉が出てくるとは。

 

 手紙も挑戦状ではなく──そういうことなのか。

 ちょっと待って、それだと話が違ってくる。

 

「……恋は学業からかけ離れた最もおろかな行為って何度も言ってたのに」

「その通りだ! 俺は行かない。

 手紙もどうせイタズラに決まっている」

 

 笑い者になって恥をかくだけだ、と頭を振りながら教室を出ようとしている。

 予想通りの反応だな。高校生の本分は勉強という点では気が合う。

 

 でも本当にイタズラか? もし本気の呼び出しだったら、行かないのは最悪だ。風太郎だってそのことは分かっているはず。

 

 もしかして……迷っているのかな。

 

「風太郎、隠さなくてもいいよ。

 本当は興味あるんじゃない?」

「そんな訳ないだろ。いったい何を根拠に」

「だって、昼休みの時は嫌そうじゃなかったよ」

 

 ニヤついていて気持ち悪い、と五月さんは直球に言っていたけどな。今になって思えば、恋愛より勉強という顔には見えなかった。

 

「バカ言うな、お前に会う前は友情すら不要と思っていた俺だぞ。話は終わりだ。ついて来るなよ」

「えっ……うん、分かった。また明日」

 

 これは行かないと見せかけて屋上に行く気だ。答えを言っているようなものじゃん。

 

 とにかく、三玖さんが「どうして来てくれなかったの、フータロー」と怒る展開になることは無さそうだ。安心した瞬間、ぐぐぅと情けない音がした。

 

「ああ……お腹すいた。もう限界」

「少しよろしいでしょうか、宝条君」

 

 こ、この大人びた話し方の声は……まさか。

 

 振り返ると予想通りの人が腕組みをしながら立っていた。空腹と驚きで足が動かない。

 

「い、五月さん。もしかして、聞こえました?」

「もちろんです。隠しても無駄ですよ」

 

 まずい、小声で話していたのに。怒っているのは、ほっぺたをふくらませているから分かる。風太郎と三玖さんの件を聞かれたんだ……終わった。

 

 言い訳無用という勢いで近づいてきた。ここまでくると、ピンとしたはねっ毛が切れ味鋭い鎌に見えるくらい怖い。

 

「どうして言ってくれなかったのですか」

「な、何のこと?」

「カレーパンのことです!

 宝条君の大事な昼食だったのでしょう!?」

 

 いや、そっちかーい。

 

 とはいえ五月さんにとっては大まじめな話らしく、風船のように顔が赤くふくらんでいる。確かに言わなかったけど、そんな顔をされても。

 

「お、落ち着いて。あの時は僕より五月さんが食べなきゃ危ないと思ったから」

「……今はあなたのほうが限界なのでは?」

 

 うっ、と答えに詰まった。風太郎とのないしょ話は聞かれていなかったが、腹ペコの弱音は違っていたらしい。

 ここまで言ってくるんだ。もう強がっている場合じゃない。

 

「降参です。飲み物で何とかなると思ったけど……無理でした」

 

 やはりそうでしたか、とうつむく姿に胸がズキンと痛む。しまったな、半分こにすれば良かったか。この沈黙はまずい、と思った瞬間に五月さんが顔を上げた。

 

「いえ、私のほうこそパンを受け取った時に気付くべきでしたね。問い詰めて不快な気持ちにさせてしまい、申し訳ありません」

 

 驚いたけど嫌な気分にはなってない、これでお互いに貸し借りゼロと伝えると少し表情が和らいだ気がした。

 

「じゃあ、そろそろ帰ります。また明日」

「待ってください。

 もし迷惑でなければ……その……」

 

 どうしたんだろ。

 急に視線を反らしてモジモジとしている。

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

「ハフハフ……生き返ります~」

「す、すごい。あんなにあった肉まんが──」

 

 まさか買い食いで目玉が飛び出るほど驚く日が来るとは。

 

 1個や2個どころじゃない。いくら何でも完食は不可能だと思っていたけど、五月さんの食欲をなめていた。

 

 この見事な食べっぷりを見ると、空腹感が無くなるから不思議だ。食べ歩きって楽しいな。

 

「ありがとうございます、宝条君。

 急なお願いにも関わらず快諾してくださって」

「どういたしまして。

 僕もコンビニに用があったから」

 

 それに、買い食いには興味があったんだ。もっとも風太郎は手痛い出費なんか嫌だと考えているから表には出せなかったけど。

 

「そうですか、てっきり彼と帰るのではと思っていたのですが」

「えっと……風太郎は用事があるみたいです。家庭教師の打ち合わせをする予定だったんだけど」

 

 今ごろ、学校の屋上で三玖さんと向かい合っているはずだ。隠し事をするのは心苦しいけど、話したらあの2人に迷惑をかけてしまう。

 

「やはり彼もあなたも諦めてはいないのですね」

 

 聞きたくない言葉が出たのか、肉まんを味わっていた五月さんの笑顔が消えた。

 パンの一件では勉強してと言わなかったが、ずっとそういう訳にはいかない。

 

「もちろん。今日は二乃さんに復習ノートを渡そうとしたけど……失敗しました」

「に、二乃にですか!? 薬の件があるのに、どうしてそんな無謀なことを?」

「風太郎と僕の熱意が届かないから」

 

 確かに、親友が眠り薬を飲まされたことは気に入らない。風太郎の制止や四葉さんの言葉が無ければ、確実に二乃さんに手荒なことをしていた。

 

 しかし、今は信頼関係を築くことが最優先だ。僕が怒っても状況が悪くなる。

 

「宝条君……そこまで必死に教えようとするのはなぜですか?」

 

 真剣そうな目で五月さんが横から見つめてきた。

 恩人や自分のためというのもあるけど──

 

「勉強で5人の力になりたいからです。僕も1年前はひどい点数だったから、放ってはおけなくて」

 

 今はまだ補佐役だし、風太郎のような頭脳も自信を持てる実績も無い。5つ子にとっても力になるどころか、ほとんどジャマ者扱いされている。

 

 だからこそ熱意だけは無くさない。遊びでやっているわけじゃないんだ。

 

「そもそも、僕がやる気になったきっかけは五月さんですよ」

「わ……私!? ど、どういうことでしょう?」

 

 そんなに目を回さなくても。初めて会った時の言葉は忘れていない。

 

「風太郎と僕に『勉強を教えて』と言ってくれたじゃないですか」

「あれは気の迷いで……でも宝条君を悪く思っている訳では……うう……」

 

 今度はしどろもどろになっている。難しく考えているのか今にもオーバーヒートしそうだ。頭から湯気が出てきてもおかしくない。

 

 よし、こうなったら奥の手を使おう。風太郎が聞いたら何て言うかな。

 

「教わることに抵抗があるのは分かります。だったら、卒業試験で僕も五月さんも解けなかった問題をいっしょに勉強しませんか?」

「しかし、宝条君は80点だったはずです。5問しか間違っていませんよ」

 

 その5問こそが大きな意味を持っている。午前中に見直しをして初めて気づいたんだ。

 

「そのうちの1問は……五月さんだけが正解していました」

「えっ?」

 

 卒業試験の答案を取り出すと、半信半疑の様子ではあったが同じように自分のかばんから答案を出してくれた。

 やっぱり持っていてくれた、と安心しながらその問題をトントンと指さした。

 

「この問題は五月さんに教えを受けたいです。残りの4問も、不正解だった僕が上から目線で教えることはできません」

「私が……教える……」

 

 正解の丸印がついた問題を五月さんはじっと眺めている。補佐役としては情けないことに僕の答案はバツ印だが、今は恥をかいたっていい。

 

「そうです。上下関係の勉強が嫌なら、最初は対等でいきましょう。でも、僕だってすぐにうまく教えられるようになってみせます」

 

「……言いましたね?」

 

 あれ、何か雰囲気が変わったぞ。声が力強くなったような。

 

「分かりました。対等な関係からと言うのであれば話を聞きたいです。お互いを高めあうことができるなら──少し考えを改めてみましょう」

「ありがとう! 五月さん」

 

 良かったと胸に手を当てるとペンダントの感触が伝わってきた。

 

 そう、何としても一人前の人間にならなければいけないんだ。家族について知るためにも、そして『あの人』にもう一度会って成長した自分を見せるためにも。

 

「宝条君、どうしたのですか?」

「いえ、何でも。それより善は急げです。近くに図書館があるので行きませんか?」

「構いませんが……あ、あくまで同級生としてですよ。いいですね!?」

 

 うーん、家庭教師として認められるまでの道のりは険しいな。

 ぷいっと顔を背けて最後の肉まんを口に運ぶ五月さんを見て思った。ゴールはまだまだ先だと。

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

「へえ~、対等な関係かあ。それで、五月ちゃんとはどこまで進展したの?」

「そんなニヤニヤされても……卒業試験の見直しをしただけなんだけど」

 

 どうして、からかい上手の自称お姉さんと夕日が当たる教室のベランダで並んで話しているのか。

 ちなみに風太郎は、リベンジだと叫びながらどこかに行ってしまい不在だ。

 

 五月さんと勉強した翌日、学校で見たのは……日本史関連の本を手当たり次第に読んでいる風太郎の姿だった。図書室でかなりの本を借りたらしい。

 

 三玖さんにフラレて、やけ食いならぬ()()()()でもしているのかと最初は思った。

 

『ふ、風太郎? 三玖さんとの話は?』

『許さねえ。絶対に答えを見つけ出してやる』

 

 休み時間や昼食時もこんな感じだったから、会話どころじゃなかったよ。

 

 あんなに悔しがる姿は見たことが無い。決めつけはできないが、心当たりはある。三玖さんに打ち負かされたのではないか──日本史の問題で。

 

 風太郎にとって勉強は自信と努力の証。だからこそ必死だったんだ。

 

 あの様子ではリベンジするまで他の4人に声をかけるとは思えない。だから、まだノータッチだった一花さんの説得を放課後にしたわけだ。しかし……

 

「えーっ、2人っきりで勉強しただけ!? もったいないなー。フータロー君に差をつける絶好のチャンスだったのに」

 

 この言われようである。完全に話の主導権をにぎられた。

 

 別にどちらが先に五月さんの信頼を得るか勝負しているわけじゃないのになあ。もっと積極的にならないとね、って勉強以外に何をがんばれと。

 

 だいたい、一花さんのクラスに突入して連れ出すだけでも大変だった。輝きが半端ない男子生徒といっしょだったからなおさら勇気が必要だったよ。

 

「よーし、それならやる気を見せますよ。一花さん用の復習ノートです」

「勉強で見せられてもねー……ん? あれってフータロー君じゃない?」

 

 その手には乗らないよ。僕が校庭を見た時を狙って逃げる気だ。もう2回も逃げた前科があるから、だまされるわけにはいかない。

 

 なかなか視線を外さなかったせいか、一花さんがぷく顔になった。

 

「もうっ、本当だって。

 トーヤ君もあれくらい大胆にいかなきゃ」

「大胆っていったい……えっ!?」

 

 一花さんの細く白い指が差すほうを見下ろした瞬間、目を疑った。見覚えのある背の高い男子生徒がゆっくり走っている。その少し先にいるのは──

 

「ふ、風太郎が三玖さんと鬼ごっこ?」

 

 そんなバカな。運動が苦手な優等生が、体力勝負でリベンジするわけがない。まさか再戦を断られて実力行使に出たとでも?

 

 いや、風太郎が僕の考えも及ばない言動をするのは今に始まったことじゃない。五月さんへの発言が良い例だ。

 隣の自称お姉さんみたいに「青春だねえ」とおもしろがっている場合じゃないな。

 

「一花さん、すみません! 様子を見てきます!」

「えっ、待って! このノートは──」

 

 風太郎、早まってはダメだ。

 頼む、間に合ってくれ!




 果たして、五月が食べた肉まんの数は何個だったのか……原作では昼食をしっかり摂った日の帰り道でも「まだ2個目」と言っていましたが。

 そして、橙矢が成長した姿を見せたいと思う『あの人』とは?

 次回は風太郎による三玖の説得ですが、橙矢が赤面する事態になります。どうなるかお楽しみに。
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