五等分の花嫁~盟友と僕は背中合わせ~   作:ケンドラ

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第007話 陰キャコンビと美少女の悩み

「アンタと上杉……一花と三玖に何したのよ?」

 

 風太郎が三玖さんの信頼を得た日の翌日、僕は再び二乃さんと学校の廊下で向かい合っていた。

 今度こそ復習ノートを渡すと燃えていたが、何かこの前と雰囲気が違う?

 

「勉強するよう説得しただけです」

「……ごめん、先に食堂に行ってて。ちょっと用事ができたから」

 

 いっしょにいた女子生徒たちがいなくなると、笑顔がギロリとにらむ顔に変わった。

 前回のようにびびりはしないぞ。

 

「とぼける気? 一花を教室から連れ去ったってうわさになってるんだけど」

「それは認めます。だけど話を聞いて──」

「まだあるわよ。上杉が三玖を追いかけまわしていたそうじゃない」

 

 ガリ勉陰キャが転入生の美少女をストーカーしていた、とクラスの友達から聞いたらしい。

 

 そう言われても、家庭教師と補佐役としてやるべきことをしないといけないんだ。

 風太郎と僕が動かないと何も変わりはしない。

 

「他の生徒の前で家庭教師の件は言えません。風太郎も三玖さんと向かい合おうと必死に──」

   

「フン、何と言われようとだまされないから。

 全員を説得できるなんて思わないことね」

 

 一花と三玖から「乱暴なことをされた」と聞いたら、タダじゃおかないと言い残して二乃さんは去っていった。

 ひどいうわさだ。といっても、悪い意味で話題になったのは今回が初めてじゃない。

 

「二乃との話は終わったの?」

「うわっ!?」

 

 ノートに目印のトランプを付け直している時に、この不意打ちだ。

 歴史好きと分かった今、背後にいた人物が忍者に見えてくる。

 

「み、三玖さん。ええ、たった今」

「そう……フータローから昨日のことは聞いた?」

 

 ばっちり聞いている。五月さんと勉強している時に届いたメールで伝言を受け取ったし、今朝だって詳しい話を教えてもらったから。

 

「トーヤがフータローを信じる理由が少し分かった気がする……おとといはありがとう」

 

 この笑顔は本物だ。さらに言うと反則級だ。

 

「うん、風太郎だってきっと──」

 

 感謝している、と言おうとした瞬間に数日前にも聞いた音が廊下に鳴り響いた。昼食を抜かして午後の授業でいやというほど耳にしたあの音だ。

 

 もう少し待っていて欲しかったと震える手でお腹をさする。

 

「……っ! ごめん。

 反応が何だか五月みたいだったから」

「わ、笑っていいです。

 ちゃんと朝食はとったのに」

 

 笑ってごまかしたが、心の中ではジタバタしていた。礼を言ってくれた人の前でお腹を鳴らすとは。

 

 三玖さんはクールな顔で「フータローはいっしょじゃないの?」と聞いてきたが、少し震えている。笑いをこらえているのは明らかだ。

 

「先に食堂に行きました。今から向かおうかと」

「私もいっしょに行っていい?」

 

 もちろんと答えると、嬉しそうに両手をにぎってガッツポーズをしていた。

 

 つい数日前までは勉強は嫌い、助けはいらないと言ってたのに……何がきっかけで変わるか分からないな。やっぱりすごいよ、風太郎は。

 

 食堂でいつもの定食を受け取ると、先に注文を終えた三玖さんが駆け寄ってきた。見覚えのある缶ジュースを持っている。

 

「この前のお礼と友好の証。

 きっとトーヤも気に入ると思う」

「ありがとうございます!」

 

 これ、気になっていたんだよ。どんな味なのかわくわくしてきた。

 

 もっとも、ご飯とみそ汁に抹茶ソーダという組み合わせを見て、席にいた風太郎と四葉さんが無表情になったのは数分後のことだった。

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

「上杉さん、宝条さん……私には選べませんっ!」

「ダメだ。さっさと決めてくれ」

 

 うさ耳リボンを揺らしながら、ぶんぶんと首を横に振る四葉さん。

 

 食べ終わった風太郎はため息をつき、三玖さんはサンドイッチをはむはむと口にしながら様子をじっと見ている。

 それにしても困ったな。家庭教師以外で真剣に考えないといけない問題が出てくるとは。

 

「四葉、どうして悩むんだ?

 好きなヤツを選べばいいだろ」

「無理無理! どうして体育が無いんですか?」

 

 そう、来月から始まる後期の選択授業のことだ。2学期の初日に希望シートが配られ、風太郎と僕はもう提出済み。ところが、四葉さんはまだらしい。

 

「スポーツが好きなんですか?」

「よくぞ聞いてくれました!

 体力なら自信がありますよ、宝条さん」

「道理で逃げた俺に一瞬で追いついた訳だ。

 だが体育は必修科目だから諦めろ」

 

 えっへんと得意そうだった四葉さんが、「むー」と口元をふくらませた。

 

 確かに悩むよな。これだという科目があるならともかく、興味が無いものばかりでは選ぶ気持ちにもなれない。

 でも、希望シートの提出期限が迫っている。

 

「美術、音楽、書道、工芸──そして情報。

 四葉さん、この5科目から選ぶしかないかと」

「むむっ……やっぱりそうですよね」

「四葉、自分で考えてくれ。俺たちがどうこう言うことじゃない。三玖は決めたのか?」

 

 急に話しかけられたからか、三玖さんがビクッとして食べかけのサンドイッチをトレイに置く。

 

「わ、私は大丈夫」

「なら安心だな。他の3人はどんな様子だった?」

「一花はすぐに選んだし、二乃も友達と話して決めたって言ってた。五月は難しい顔で考えていたけど、もう記入しているはず」

 

 じゃあ、まだ決まっていないのはお前だけかと風太郎が四葉さんをジロリと見た。

 大丈夫かな、早く決めないと頭のリボンを取っちまうぞという感じだ。

 

「上杉さんと宝条さんはどれにしたんですか?」

「僕は──」

「やめろ、橙矢。四葉にとって必要な科目を選ぶノイズになりかねないぞ」

 

 厳しいけど一理ある。去年だって風太郎と同じ科目にしたいと言ったら、そんな理由で選ぶなと注意されたっけ。

 どの科目にしたのかを教えてもらったことは一度もない。もちろん今回もだ。

 

「じゃあ上杉さんは──」

「悪いが俺も教えられない。じゃあな」

 

 いけない。このまま立ち去ってしまうのは、いくら何でもあんまりだ。

 

 アドバイスが「自分で考えろ」という言葉だけというのも……それに三玖さんもおそらく話があるはず。風太郎の居場所を気にしたり、ちらちらと見ていたりしていたから。

 

 少し待っててと三玖さんと四葉さんに声を掛け、後を追いかけた。

 

「風太郎、お願いがあるんだけど」

「言っておくが、俺が選んだ科目は教えないぞ」

 

 だったら、科目を選んだ動機や決め手になった点だけでも教えてあげてとひそひそ声で話した。

 体験談なら話しやすいだろうし、あの2人も興味を持つはずだ。

 

「待て、アドバイスならお前だってやれるだろ」

「ごめん。これから職員室に用事があるんだ。

 それに2人は風太郎から話を聞きたいはずだよ」

 

 埋め合わせはするから、と手を合わせた。

 

 しぶしぶといった様子の家庭教師の背中を押して席に戻る。

 風太郎が話をすると分かると、三玖さんと四葉さんの顔がパッと明るくなった。思った通り。

 

「じゃあ、用事があるから僕はこれで。

 三玖さん、抹茶ソーダの感想はまた今度」

「うん……約束」

「宝条さん、ありがとうございました!」

 

 風太郎のアドバイスや2人の反応の声がだんだん小さくなる。食堂を出て、廊下の壁にもたれかかるとホッと一息ついた。

 

(これでいい。風太郎の良さをどんどん分かってもらえるなら)

 

 残る一花さん、二乃さん、そして五月さんに授業をどう受けさせようか。ぼんやりと考えながら、抹茶ソーダの缶を開ける。

 

「うっ……な、慣れればおいしいかも」

 

 苦いのか甘いのかよく分からない、つかみどころが無い味だな。おもしろい飲み物を教えてもらったと頷きながら、職員室に急いだ。

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

「宝条さん、いま時間ありますか?

 相談したいことがあるんです」

 

 放課後に教室を出た瞬間、待ってましたというように四葉さんが駆け寄ってきた。

 一花さんもそうだが、距離感が近い。お嬢様学校に通っていたとは感じさせない人懐っこさだ。

 

「うん、大丈夫。借りを返させてください」

 

 尾行を許してくれたことだけじゃない。風太郎の授業を最初から快く受けたり、ネットで武将の逸話を調べてくれたりと礼を言いたいことばかりだ。

 

「よく分かりませんが、お役に立てていたんですね。えへへ……じゃあ、図書室に行きましょう」

 

 軽やかな足どりで四葉さんは廊下を通っていく。

 

 いったい何の相談だろう。風太郎は他のバイトがあるし、五月さんと勉強をする日でもない。だから都合が悪いわけじゃない。

 

 問題は内容だ。勉強ならともかく、『れ』から始まる相談だったらまずい。

 

「どうしたんですか、宝条さん。

 具合が悪いなら言ってください」

「いや、9月も半ばなのにまだ暑いなーって」

「分かります!

 私も部活動の見学で汗かいちゃいました」

 

 あの足の速さを見れば、運動部は放っておかないだろう。体育では確実に風太郎や僕よりも上の成績だとはっきり分かる。

 筋トレだけじゃなく、早朝のランニングを始めてみようかな。

 

「宝条さん、あの本棚の近くの席でいいですか?」

「ええ、日が当たっていないから助かります」

 

 じゃあ決まりですね、と四葉さんは図書室のドアを開けて一直線に向かっていく。素早いなあと驚きながら後に続いた。

 

 思ったより人がいない。大声さえ出さなければ聞かれることは無いだろう。

 

「よいしょっと……実はですね、相談というのは昼休みに話した選択科目の件なんです」

「と、いいますと?」

 

 良かった、『恋愛相談』だったら汗だくになっていた。だけど、これはこれで疑問が頭の中で花火のように次から次へと弾けている。

 風太郎のアドバイスを受けても、消えていない悩みがあるのかな。

 

「午後の休み時間に相談されちゃったんですよ。どうしても選ぶ科目を1つに絞れない、ってその人は言ってて」

 

 あー、なるほど。今度は四葉さんが頼られたんだ。元気で明るいから悩みを聞いてほしいと思う人がいてもおかしくない。

 

「本気で悩んでいるんですね、相談してきた人は」

「そうなんです。何とか力になってあげたくて。宝条さんなら協力してくれると思ったんですよ」

 

 よし、乗った。

 

 そこまで言われたらやるしかない。四葉さんのためにも、その相談者のためにも。

 

「分かりました。ぜひ協力させてください」

「わあ、ありがとうございます!」

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 どうやら、相談してきた生徒は2つの科目で決めかねているらしい。

 

「なるほど、どちらも良い所があると」

「そうなんです。上杉さんの教えを参考に好きな科目をすすめたのですが……」

 

 好きという理由だけでは決められない、と言われたとか。四葉さんは困ったというような笑みを浮かべる。

 いくつか意見を出し合ったけど、これだという決定打が出てこない。

 

 うーん、と両手で頭を抱えながらイスの背にもたれかかる。天井と後ろにある本棚の一部がチラリと目に入った瞬間、四葉さんのあわてたような声が聞こえた。

 

「じ、じゃあ……宝条さんが科目を選んだ決め手は何だったんですか?」

「えっ──少し待ってください」

 

 もたれかかっていた姿勢を正して、なぜか目が泳いでいる四葉さんと再び向き合う。

 

 選んだ理由や考えなら話してもいいかな。参考になるかはともかく、無言で頭を抱え続けているよりはマシだ。

 それに、風太郎に提案した僕が言わないのはおかしいし。

 

「その科目で学べることが最も勉強に生かせると思ったからです」

「勉強……国語や数学とかにってことですか?」

「うん。卒業までに何としても追いつきたい人がいるから」

 

 美術、音楽、書道、工芸、情報。どれも好きな科目ではない。

 

 だったら、自分だけじゃなく恩人のためにどんな力を身に付けたいのかと考えてみた。そうすると、驚くほどあっさり決まったよ。

 

 話し終えると、四葉さんが目を見開いていた。

 

「感動しました! 尊敬する人のためにそこまで考えたなんて……」

「あ、ありがとう。とはいえ参考になるかどうか」

「いえ、今の話はきっと役に立ちますから」

 

 勢いよく立ってペコリと頭を下げてきたから、嬉しさとおかしさが交じった変な気持ちになった。

 尊敬する人か。こうもはっきり言われるとさすがに照れる。

 

「良かった。じゃあ、あとは相談してきた人に話をするだけですね」

「はい、まだ校内にいるはずです。今すぐ行きましょう!」

 

 えっ、僕も? ついて行っても相手からすれば誰だコイツ状態にしかならないよ。

 それにこんな時間に学校にいるってことは、部活中なんじゃないかな。

 

「気にすることありませんよ、宝条さん!」

「分かったから……引っ張らないでください」

 

 腕をつかまれ、あっという間に図書室から連れ出された。

 しばらく心当たりがあるという場所を探したが、どうも四葉さんの様子がおかしい。

 

「ここ、さっきも確認しましたよ」

「えっ……そうですか? あれー、変ですねー」

 

 入れ違いに教室に戻ったと考えたとしても、もう3回目の確認だ。

 さすがに、相談者はもう帰ったのでは。

 

 そう言うと、急にあわあわとしはじめた。

 

「ごっ、ごめんなさい。そうみたいです」

「大丈夫。明日、声をかければいい。僕の分まで力になってあげて」

 

 四葉さんを頼ってきたんだから、と言うと少し残念そうに見えたけど頷いてくれた。

 僕は相談者について何も知らないし、出しゃばるのは良くない。

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

「風太郎……逃げたな」

 

 数日後、教室にチャイムが鳴り響くなかで席を見た瞬間に絶句した。選択科目の事前説明がこれからそれぞれの特別教室であるのだが……

 

 どうして、こういう時に限って風のように素早く動けるんだ。

 でも、風太郎は重要なことを忘れている。5分の1の確率で僕と同じ科目になり得ることに。

 

 今から特別教室をしらみつぶしに調べていくなんてことはしない。目指す所はただひとつ、と教室を出て目的の場所へとゆっくり歩いた。

 

「ここか」

 

 部屋の名前が書かれたプレートを確認しながらドアに手をかける。かなり生徒がいるのか、話し声が聞こえるな。さて、風太郎は来ているか。

 

 ガラッとドアを開けると、室内に知っている顔の人は──いなかった。

 

「……5分の1の確率は当たらなかったか」

 

 そりゃそうだ。ハズレの可能性が高いのに何を期待していたのか。別に1人でもどうってことない、と一番後ろの隅っこの席に座った。

 

 目の前には電源が入っていないパソコンがあり、キーボードもマウスもきれいで汚れていない。僕が選んだ科目は『情報』だ。

 

 上杉君といっしょじゃない、ぼっちでかわいそうとヒソヒソ声が聞こえるけど無視だ。

 二乃さんのストレートな物言いのほうがまだ好感が持てるよ。聞くに値しない。

 

 早く授業説明が始まらないかなとキーボードを適当に叩いていると隣に人の気配がした。

 どこに座るか迷っているのだろう、とパソコンを眺めていたのだが……

 

 異変に気付いたきっかけは教室がざわついたこと、聞き覚えのある声で呼ばれたことだった。

 

「……えっ?」

 

 思わず間の抜けた声が出た。

 僕の隣の席に座ったのは──




果たして、橙矢と同じく情報の授業を選んだ人物は? ぜひ予想してみてください。

①一花  「同じだなんてお姉さんびっくりだ」
②二乃  「はあ!? マジありえない!」
③三玖  「トーヤも……ゲーム好き?」
④四葉  「ややっ、いっしょですね!」
⑤五月  「お互いがんばりましょう」
⑥風太郎 「……よ、よう」

正体は次回に判明する……かもしれません。お楽しみに!

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