ヒフミは大掛かりな移動には、夏に拝借したクルセイダー戦車を用いている。しかし今回は用事も用事なため、クルセイダーもなしだ。移動には乗り合いバスを用いてきた。
ヒフミは背中に担いだ大ペロロ様バッグと肩にかけたアサルトライフルを担ぎ直す。武器の没収はされていないものの、もちろん店内では発砲厳禁である。誰かがおイタをした場合、相応の追求は免れない。
〈スカイペロロ〉店内は、モモフレンズに出てくる店内を模した内装が特徴的だ。そこら中に張られたペロロ様のポスターに、各キャラクターのふわふわしたぬいぐるみ。店のつくりはさながらアンダーグラウンドライブハウスのように薄暗いが、モモフレンズのグッズは明るさを引き出す。店内には極彩色と薄暗さを引き立てる照明が交互にスイッチされていて、店内の客たちを交互に照らし出す。ショップの中央には本日の目玉商品が鎮座している。商品は……色違いのペロロ様の像。十二体ある。強化ガラスのケースに保存された逸品だ。
(これは……!)
ヒフミはコレクター特有のすばしっこさでペロロ様の像へと近づいた。大きさは一メートルほどで、モモフレンズ作中の大きさより若干大きい。しかし、精巧さがすごい。つぶらな瞳の密度や、羽の密度まで再現されている。この商品は他とは違う。いうなれば金塊やプラチナ、あるいはファンタジー世界でいうミスリルやオリハルコンが陳列されているようなものだ。ヒフミは素早く携帯端末からペロロウェブのサイトを開き、値段を確認する。
価格は一体五十万円。安くはない金額だ。しかし買えなくもない。というより、むしろ安いぐらいだ。絶妙にダース単位で色が違うというのも欲望をそそる。ヒフミはモモフレンズに関する限り、小遣いを一月五十万円まで用意している。生活費や交際費、友達のコハルやアズサと遊びに行くための小遣いも必要だ。しかしペロロ様をこのまま見過ごすことはできない。色違いの像は十二体なので、五十掛ける十二イコール六百。単純計算で六百万円が必要になる。でも買おう。
決断したヒフミはペロロウェブを通して、ひとまず購入の手続きを進める――現代では携帯端末のほうが個人情報が詰まっているので、大掛かりな買い物には便利だ――しかし、レジの前まで来ると、ウェブ上に購入エラーが出た。確認すると、なんと現金払い以外は受け付けないのだ。
(しまった……!)
ヒフミは値段とグッズに対する興奮のせいで、〈スカイペロロ〉のアナログさを失念していた。ここにはやんごとなき身分の人物や、ウェブ払いのせいで足がつくのを恐れる人間に対する配慮がされている。逆に言えば、大口で買えない顧客に対してはそっぽを向くショップなのだ。ここのオーナーは一途な人間で、悪くいえば頑固といっても良い。とにかく方針を曲げない人物だ。オーナーと無茶な交渉をした結果、追い出された客を何人も見てきた。何度も買い物をしていたのに、銅像のクレイジーさに興奮して忘れてしまっていた。
財布の中身を見てみたが、三万円しか入っていない。〈オー・マイ・ペロロ〉のキーホルダーや〈絶海の孤島でペロロ様が崇められて困っちゃうTV〉のBDなら買える。が、目的はそれではない。
ヒフミは関係者専用の電子ドアへと足を向けた。オーナーと直接交渉をするしかない。現金払いしか受け付けていないショップに分割払いをお願いするのは、かなり無茶な交渉だろう。ヒフミは、常にロリポップを口に含み、ダウナーに客をあしらっているオーナーの姿を思い出す。下手をすればヒフミも店を追い出されるかもしれない。しかし、もしそうなったとしても、追い出されてから対処法を考えれば良いのだ。買わない選択肢はないのだから、突き進むしかない。
威圧感を与えるほど巨大な電子ドアに手をかけた途端、店内に淀んでいた殺気が、明確に己に向くのをヒフミは感じた。ヒフミは反射的に見回してしまう。
〈スカイペロロ〉の広さはおおよそ五十平方メートルほどの広さで、ライブ用のステージも併設されているので、ゲリラライブも開催できる。商品を数多く配置するのが目的だが、他には客同士がすれ違う際にぶつからないよう、通路を広く取っていることも関係している。以前に、持ち込んだショットガンとアサルトライフルがぶつかりあったせいで、危うく銃撃戦になりかけていた現場を思い出す。なんだか昔のサムライ同士の争いのようでもある。他には、お付きの者や護衛を連れて歩く際、不便さを感じないために通路の風通しを良くしてあるとも聞く。
殺気の源は、店内の壁に張ってあるかつてのライブポスターやモモフレンズのポスター、海外版モモフレンズのポスターである。しげしげとポスターを眺めている人物だ。背は高くない。というか小さくて、C&Cのエージェントや、ゲヘナの風紀委員会の委員長を彷彿とさせる。
ポスターには正式なものもあれば、ファンが勝手に作ったポスターも張ってある。殺気の一つは、企画書の前でペロロ様のぬいぐるみをためつすがめつしている人物。彼女はジャケットを二重に羽織っており、帽子も被っているため、顔は確認できない。しかし、ペロロ様の衣服をダブルで着ているところから見て、只者ではない。
殺気は合計して四つある。ポスターの人物。そして部屋の後方にいるロングコートの人物。ロングコートの女性はロングレンジライフルを携行しており、服装が百鬼夜行連合学院のそれだ。いまどきはロングレンジと侮るなかれ、数秒でパーツをつけかえることで、簡単に短銃身ライフルに早変わりするのだ。ヒフミの斜め隅には、最近出現したという巨大不明生物ペロロジラの動画を流しているモニターがあり、それを見ている人物が二人。スケバンの生徒と、無手の人物である。無手の人物はゲヘナの制服を着ているが、『銃 青春 かわいい』が大流行しているこのご時世に、武器を携行しないで行き交うというのは、それ自体が何かしらの脅威でもある。あるいは格闘戦に自信があるのかもしれない。
(たぶん、均衡を破ったのは私)とヒフミは考える。
距離感を測りながら彼女たちはペロロ様の像を狙っていた。像はそれこそ学校の校庭にしか置き場がないタイプの巨大な逸品で、今日を逃したら二度と入荷しないだろう。そこを新参者を急に掠めていったのだ、奪い合いになるのは必至だった。おそらく、店を出れば彼女たちは追跡してくるだろう。場合によっては戦闘も考えたほうがいいかもしれない。
(アズサちゃんを呼んだほうがいいかな?)とヒフミは別な思考を巡らせる。
しかし今回の〈スカイペロロ〉にはアズサを呼んでいない。このショップはブラックマーケットの中でもかなり敷居が高い方で、ブラックカードがなければ入店もおぼつかない。アズサにはハードルが高いと思ったのだ。しかし、争いも視野に入るとなると話は異なってくる。
電子ドアの前に立った。威圧的な巨大フォントで『PRIVATE ONLY』と記されている。ここをノックするにはかなりの胆力が必要だ。ヒフミが意を決して右手を差し上げると、向こうのほうからドアが開いた。
「あっ」
「……しゃっす」と声の主がドアから出てくる。ヒフミの目に、雑多なほどのヴィンテージ物で埋め尽くされた部屋が見えて、閉まった。オーナーだ。ヒフミよりちょっと年上ぐらいの感じで、ポニーテールというより、後頭部に野暮ったく長髪をまとめている。どっちかというと古着屋のアルバイトみたいな風体で、頭上のヘイローも心なしかヨレている感じがする。彼女がヒフミをジロリと見ながらいう。「……なんか用ッスか」
オーナーは〈&ペロロ〉というエプロンをつけており、更に装着しているマスクには、世界に二つとないアニメペロロ(非公式)イニシャルが入ったものだ。明らかに常人の域ではない。〈&ペロロ〉のエプロンに至ってはプラチナヴィンテージだ。間違いなく店の中で最大火力と権力を有している。
「あっ、えっと……!」
ヒフミは慌てながら口にする。
「あの、あそこのケースに陳列されている商品を買いたいんです!」
「ああ、りょっす」
オーナーがマスクを外すとロリポップを咥える。
「一体五十万円ですわ。グレーカラーとブラックカラーどっちにしますか」
「いえ、全部買いたいんです」
ヒフミは喉がカラカラに干上がるのを感じながら口にする。店員の目に鋭い力がこもった。
「ぶ、分割でっ!」
オーナーがチラリと陳列されたケースを見て、そしてヒフミに視線を戻す。その眼光はまるでモモフレンズのように鋭い。
「……ウチはいつでもニコニコ現金払いなんですがね」
「いま、ちょっと持ち合わせがないんです。でも、必ずお支払いします!」
ヒフミはいいながら頭を下げた。ショップにおいて信頼は絶対である。こちらから無茶を言い出している以上、それを損ねる真似は避けたい。
「ふゥん……」とオーナーがヒフミの差し出したブラックカードを受け取り、レジのところに置いてあるラップトップパソコンに情報を入力した。おそらくこれまでのヒフミの経歴を調べているのだろう。ヒフミは下げていた頭を戻して、店内に湧き上がる熱気を感じ取る。オーナーがパソコンの画面とヒフミを交互に見て、それから口にした。
「お客サン、常連なんすね」
「あ、はい」とヒフミはいう。
「いちおう、ファンクラブに入っているもので……」
「でも、ウチでやっていくためにはちょっと実績が足りないッスね。それにウチ、個人ではこうした類の注文は受け付けてないんスよ」
店員は無慈悲にラップトップパソコンを閉じた。ヒフミは目の前が暗くなっていくのを感じる!
「残念ッスけど、ご縁がなかったということで」
ヒフミはがっくりと膝をつきたい衝動を抑えなければならなかった。交渉は失敗だった……いまから家へ戻り、ショップに来るべきか? 否、それではペロロ様の銅像は買われてしまうだろう。殺気を放っている四名のいずれか、あるいは大口の顧客に……
なお悪いことに、殺気の主たちはヒフミに相変わらず鋭い気配を向けている。これは即ち、ヒフミが空手で店を出ても、無事でいられる保証がないということだ。もともと熱気を放っていた店内をヒフミが刺激したか、あるいは一歩先んじたヒフミを見逃す道理はないということだ。ヒフミが思案していると、オーナーが口にした。
「左に二人、右端に一人、入り口に一人……ッスね」と店員がいう。はじめはその意味がわからなかったが、やがてそれが、殺気を放っている者だとわかる。
「……"お客さん”ですか?」とヒフミは訊いた。店側による注意喚起だろう。いまのところ、彼女たちは店のゲストだ。
「ソっすね、いまのところは。店で得物を抜けば合法的に排除しますが……外に出ちゃあ、ウチの範囲外ですわ」とオーナーがいう。
「サービスが通用するのは店内だけです。お客さん、こちらへはお一人で?」
もしヒフミが申し出れば、オーナーも多少の便宜は計ってくれるかもしれない。あるいは裏口を案内してくれるかもしれない。しかし、ヒフミはそこまでショップに甘える積りはなかった。なぜならヒフミはモモフレンズのファンクラブに属しており、ファンクラブ会員は自浄作用を持たなければならない。危機に対処できる者でなくてはファンは務まらないのだ。
「大丈夫です」
ヒフミは自分でも思いがけないほどハッキリとした声が出た。オーナーに笑顔を向ける。
「友達がいるんです。彼女に来てもらいますが……その際は、入店を許可してもらえるとありがたいです。それまで店にとどまっていてもいいですか?」
「ウィッス」
オーナーはいうと、レジの裏にある棚を漁り始めた。
ヒフミはモモトークを開いた。アズサは捕まるだろうか。
2
【モモトーク ヒフミ⇔アズサ】
ヒフミ:アズサちゃんいる? 21:32
アズサ:いまは自室だ。銃の整備をしていた。 21:33
ヒフミ:いま、〈スカイペロロ〉に来てるんだ。でも困ったことになって。アズサちゃんに来てほしい 21:34
アズサ:( ̄ー+ ̄) 21:35
ヒフミ:来れるってことだよね? 21:35
アズサ:うん。 21:36
アズサ:いま位置情報を受け取った。おおよそ十五分ほどでそちらに到着する。敵性対象に囲まれたのか? 敵は何人いる? 情報を知りたい。 21:37
ヒフミ:いまのところ、四人かな。武器はわかる人とわからない人がいる。ロングレンジライフルを持った百鬼夜行が一人と、スケバンの人が一人、それからジャケットをたくさん着こんだ人と、ゲヘナの制服を着た、無手の人。それで四人。21:38
アズサ:了解した。無手はなかなか聞かないな。構成はRABBIT小隊のような感じがするが、そいつらは組んでいるか? それとも別々で行動しているか? 外の誰かと連絡を取っている様子はあるか? 21:39
ヒフミ:チームのようには見えないね。連携できる位置にはいないし。外の人とは連絡を…… 21:40
3
「御免」と声がしてヒフミは驚いた。携帯端末を注視していたので反応が遅れてしまった。見ると、ヒフミのすぐ後ろにロングコートを羽織った、百鬼夜行連合学院の女生徒がいる。よく見ると、百鬼夜行のコートは〈ダッチペロロ〉製品で、年代物だ。いまどきはコレクターでもなかなか見つけられないアイテムだ。しかし、昔のサムライのような口調だったが、流行っているのだろうか。彼女のヘイローはまるで刀のように尖っており、鋭さを感じさせる。
「……しゃーす」と店員が対応する。客が相手となれば店員が入るのは自然で、ヒフミはレジから外れなければならない。アズサがショップに入ることができるようになるための対応はレジが終わってからだ。ヒフミは携帯端末をカバンにしまい、店内を歩き出す。アズサとの会話は途中になってしまったが大丈夫だろうか。
モモフレンズの生キーホルダーやハンドバッグを眺めながら店内を歩くが、視線が気になる。殺気は増えていないが、減ってもいない。まるで西部劇に出てくるガンマンのような気分だ。いつもなら時間を忘れて眺めているペロロ様のイラストも、今日に限っては集中できない。
携帯端末をいじるフリをしながら他の客を確認する。ロングコートの百鬼夜行はお会計をしつつ、制服の隙間からロングレンジライフルが覗く。ポスターの前にいたジャケットの女性は、場所を店内の隅にある更衣室に移動している。ペロTを試着するのだろうか。スケバン生徒と無手の人物は、いまは互いに離れて商品を眺めている。スケバンの武装はおそらくSMGかハンドガンだろうとヒフミは検討がついた。しかし、無手の人物は? まるで所持している素振りがない。この『銃 リボン かわいい』が大流行のご時世に無手というのは気になる。
このまま時間を稼ぐべきかな、とヒフミは考える。アズサがこっちに来るまで十分はかかる。店に居残っていれば、強襲される恐れは少ないだろう。それなら、アズサにその旨を連絡して――
なんとなくレジを見たヒフミは凍りついた。百鬼夜行の生徒はブラックカードを出してお会計をしていた。それはいい。問題は、その商品が例のペロロ像なのだ。オーナーはカードを見ながら頷き、スキャナーで情報を読み取ると、学校の校庭にしか置けないような銅像を、スキャンした。この店のスキャナーは特殊で、一定時間の情報を商品に対してタグ付けすることができる。指紋を残したくないという客の要望に答えるためだ。メモ帳を貼り付けず、電子的に解決するのは合理的だ。
そして銅像は、十二体すべてスキャンされた。つまり、百鬼夜行は六百万円をその場で支払ったのだ。ヒフミのような個人ではなく、おそらく学院がバックアップしている。ジャケットの女性が、スケバンが、無手の人物がその瞬間に百鬼夜行を見た。自分へと向けられていた殺気がたちまち移動するのをヒフミは感じとる。
ヒフミは崩れ落ちそうになった。いま目の前で、コレクターならば熱望してやまないアイテムが、誰ともしれぬ女生徒にかっさらわれようとしている。とてつもない無力感を感じた。いまでは、他の三人が己を襲撃しようとした理由も理解できる。この感覚から逃れるためならば、人はなんでもやるだろう。
だが、ヒフミは他のコレクターを闇討ちするような真似はしたくなかった。同じコレクターとして、奪い取るのは倫理にもとる行いだ。その瞬間にヒフミのコレクター魂は地に落ちるだろう。
だからヒフミは、心なしか勝ち誇ったような表情をして、ショーケースを運び出すための台車を待っている百鬼夜行の女生徒のところに、大股で歩いていった。
「すみません」
「おや、先ほどの……買えなかった者か」と百鬼夜行が居丈高にヒフミにいう。
「なんだ、もっと近くで見たいのか? 構わんぞ。この銅像はこれから百鬼夜行の校庭でいつまでも愛でられる。貴様にとってはこれが今生の見納めだ。しっかり瞼に焼き付けるがいい」
あんまりな言葉にヒフミはめまいすら感じたが、ここで止まるわけにはいかない。ヒフミは三度己のブラックカードを取り出した。手付きが震えるのを感じる。これからヒフミは全財産を、社会的な地位すべてを投げ出しかねない行為をする。先生がいたら怒られるだろうが、ヒフミは背を向けるわけにはいかない。
「そのペロロ様の銅像、トレードをお願いします……!」とヒフミは、震える声でいった。
トレードは一般的には物々交換として通用している言葉だが、モモフレンズのファンにとって【トレード】は異なる意味合いを持つ。アニメのサードシーズンにおけるファンたちの熱狂的な争いと、それにともなう裏法律の制定によって、【トレード】は【互いの財産をかけて、ペロロ様のグッズを巡って争う】という意味が定着した。この財産は、自分の金額的な財産からID、所有しているモモフレンズのグッズに至るまですべてである。層が浅いメンバーは、単純な物々交換と考えて【トレード】を提案し、早晩に持ち物を剥ぎ取られて無惨な姿で見つかることになる。
もちろんトレードに勝てば相手の所有物を文字通りすべて奪い取れる。だが、あまりにもリスキーすぎて使われたケースは少ない。ヒフミが知っている限りでは過去に三件ある。トリニティの大富豪がゲヘナの新興IT企業を買収した時と、レッドウインターの財閥がカイザーコーポレーション相手に大訴訟を起こした時、また、ミレニアムとヴェリタスの間で超大型取引が持ちかけられた時だけだ。表向きは企業取引とか株式売買などを装っているが、内面はこのトレードだ。百鬼夜行のお祭り運営委員会でも、金策のためにトレードを使っている動きがあるとも聞く。
【トレード】は、持たざる者が持てる者と戦うための唯一の手段なのだ。これを持ちかけられた者は単純に無下にすることができない。無論、二度はない。
「トレードの意味……承知の上か?」と百鬼夜行は問いかけた。まるでサムライのような口ぶりである。ヒフミをまだ隠語としての意味を知らない浅いメンバーだと考えているのだ。しかしヒフミは、
「全ぐるみ、親ペロロ、子ペロロ込みです」と言い放った。
この意味は【一から十までお前のペロロ様の財産を引きずり出す。勝負せよ】という意味だ。もちろん浅いメンバーはこんな単語を知らない。
つまり本気である。全財産をかけて、ヒフミは決闘する。
「親ペロロ、子ペロロ込みか」
サムライのような女性はいった。
「はい」
「種目は?」
百鬼夜行の生徒は訊いた。決闘にもルールがある。単に銃撃戦をするだけでは華がないのだ。
「ペロロスタンダードで」とヒフミはいった。
百鬼夜行は頷いた。ペロロスタンダードとは、規程されたカード二枚を取り出して、先攻後攻に分かれてカードを引き合うゲームだ。親ペロロを引いた側が勝ち。これを三回繰り返す。そうして得点が多い方が、親ペロロを……つまり財産を総取りできる。平たく言えばババ抜きの反対版である。
「わかった。では、この店のオーナーに審判をしてもらう」と百鬼夜行はいった。ヒフミは己のカバンからペロロカードを取り出した。モモフレンズのファンクラブ会員のたしなみとして、ヒフミはこれらのカードを常備している。単純にババ抜きとして遊べるカードでもある。本当をいえば、アズサともこの遊びをする予定だった。しかし予定は変わった。
ヒフミはカバンから取り出したペロロカードをレジに持っていった。オーナーに渡すのだ。ダース単位の銅像をスキャンしていた、ヨレたヘイローのオーナーが、カードを見て目の温度が低くなる。ヒフミはカードを差し出した。
「……しゃーす」とオーナーが受け取ると、スキャンを中断して、店の奥まったボックス席へと二人を連れて行く。周囲の壁は異様にボコボコしているが、盗聴防止に違いない。おそらくこうしたゲームに立ち会ったことがあるのだろう。ペロロショップには珍しく、ボックス席にはペロロ関係のポスターが飾られていなかった。それはきっと、参加者がペロロを見て安易に心を落ち着けることのないようにだろう。それほどこのゲームの殺伐さは他から抜きん出ている。
ヒフミの目に、入り口の小階段を降りてきたアズサがチラリと見えた。アズサは店内を見やってヒフミを発見する。しかし、いまのヒフミにはアズサに構う余裕がない。注視するべきは百鬼夜行の彼女だ。オーナーもチラリとアズサを見る。
百鬼夜行の生徒がボックス席の奥側についた。店内を監視しようという腹だろう。ヒフミにその積りがなくとも、習性が身についている。自然、ヒフミは手前側に着席する。オーナーが素早くヒフミのカードをシャッフルする。
「先攻後攻は、コインで」
オーナーがいうと、ポケットから一枚のコインを取り出した。それは掛け値なしの純金であり、表にはペロロ、裏にはダークペロロが彫られてある。店員は立会人としても十分な力量を供えている――ヒフミと百鬼夜行が頷くと、オーナーはメダルを真上に弾き、キャッチした。
「表です」とヒフミはいった。
「ならば裏」と百鬼夜行が返す。
オーナーが手の甲を見せた。出てきたのは、ダークペロロ――裏である。つまり先攻は百鬼夜行。
「……セット」とオーナーがカードを差し出した。先攻は百鬼夜行。彼女がカードを受け取り、油断なく混ぜ合わせてから二枚をヒフミに差し出す。もちろん透かし見ることはできない……世界屈指の技術をもってしても、このカードを偽造するのは無理だろう。
いつしか、店内には新しい熱気が立ち込めている。ジャケットもスケバンも、無手の人物もヒフミを見つめたまま動かない。ヒフミはゴクリと緊張の唾を飲み込む。
右か、左か。
運任せに引くより他はない。しかし、心理戦の余地がないだろうか? 百鬼夜行は左を先に出した気がする。それをいうなら、右側のカードがやや上がっている。それでいて左側は塗装にムラがあるように感じるし、左側は――
南無三。ヒフミは右側のカードを取った。その瞬間、百鬼夜行の瞳が笑んだ。
あえて彼女を見ないまま、ヒフミはカードをゆっくり確認した。結果は……子ペロロ。
百鬼夜行が先取。
もしも再びヘマをすれば、ヒフミはすべてを失う。全財産、そして家族や友人からも縁を切られる。というより、この場合はヒフミから絶縁を申し出ることになる。そしてヒフミは自分の意志で学校を退学し、名前を変えさせられ、名も知らぬ荒野で一人彷徨いながら生きることになる。トレードとはそれほど過酷なゲームなのだ。
「しゃいっす」とオーナーが口にして、カードをシャッフルし、ヒフミに差し出した。さすがに彼女も無感情ではいられないようだ。眼の前で、決定的に誰かの人生が変わるゲームが繰り広げられている。ドラマでも映画でもなく、現実である。その事実に心を動かされないものは滅多に居ない。差し出されたカードを受け取る時に手が震えてしまった。膝も震えている。
ヒフミは百鬼夜行の生徒のように、カードを混ぜながらチェックする。親ペロロは右、子ペロロは左だ。つまり、右を取られた瞬間にヒフミの敗北が決定する。ヒフミはカードを放り出して逃げ出したくなる自分を懸命に抑えつけた。心で負けてはゲームに勝つなど不可能だ。
ヒフミは目を閉じて、再度シャッフルした。今度は親ペロロが左、子ペロロが右。カードを直してどうにかなるのだろうか? 一度兆した疑いの念はなかなか消えない。百鬼夜行の目が鋭くなるのがわかる。おそらく、ヒフミの動きに感づいている――
ヒフミの携帯端末が鳴った。
一度目は無視した。しかし、二回、三回もピロピロと音が鳴ると、邪魔になってくる。ヒフミはためらったが、百鬼夜行が首を振って「構わん」といった。
「貴様の手の内はバレている。そんな端末如きで敗北は揺るがない」
「……すみません」とヒフミはいった。通知の欄からモモトークを開く。
宛先人はアズサからだ。
《続く》