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【モモトーク ヒフミ⇔アズサ】
アズサ:ヒフミ、私が来た。21:50
アズサ:店の周囲も調査した。百鬼夜行の生徒らしき一団が固まってる。裏口に五人、屋上に四人。それと、お店の上階にも怪しい人影がたむろしている。21:50
アズサ:先生も一緒。21:50
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「……!」
ヒフミの背筋が伸びた。それを見た百鬼夜行がチラリとオーナーを見る。オーナーはそれに応じて、
「失礼しやーす」と、ヒフミの画面を覗き込んだ。ヒフミは画面をオーナーに差し出す。アズサとの会話画面だ。オーナーはそれを見ていたが、やがて、
「異常なしっす」といった。
「不正は確認できません」
「そうか」と百鬼夜行は、意識をヒフミの手にしているカードに戻した。まるで古の戦士のように品定めする。
一方でヒフミは、さっきまで忘れかけていた体の力がだんだんと戻ってくるのを感じる。アズサからの文面は単純だった。百鬼夜行の増援らしき報告と、先生が来たという文章。
しかし、新しい文面を見て、ヒフミの全身に予想外の力が漲ってきた。
かつてヒフミは、モモフレンズからずっと力をもらっていた。携帯端末の画面越しにペロロ様を応援してきた。けれども、シャーレの先生と出会ってからは、あらゆる事柄が急激に変化した。これまで縁がなかった友達とも出会った。アズサ。コハル。ハナコ――そして先生。
ふと、夏のある日、アズサたちと一緒にビーチバレーをした光景を思い出した。そしてクルセイダー。海の写真をアズサたちと撮影したことも。スイカ割りやビーチバレーの写真は、まだヒフミの部屋に飾ってある。
海で遊んでいる時も、最初は手に力が入りすぎていた。本気になって遊ぶ時、体は強張らない。スムーズだ。例えばペロロ様のライブで応援する時、お腹の下の方は熱くて真っ赤だけど、手先は思った以上に力が抜けている。
視界が澄み渡るのを感じながら、ヒフミは思い切って力を抜く。ペンライトを振る時、高度に集中しているけれど、力はあまり入っていない。それを応用するのだ。カードをもう一回シャッフルする。ヒフミの目には、どっちか親ペロロでどっちが子ペロロなのかわからなくなりつつある。おそらくそれは良い兆候だ。
百鬼夜行を見ると、彼女の顔を汗が伝い落ちている。明らかにさっきとは様子が違う。
「おい、本当に何もしてないんだろうな」と百鬼夜行がいった。
「アプリ型のドーピングなんてしてないだろうな?」
「ンなもん存在しないでしょ」オーナーがにべもなく応じた。
「貴様……トリニティの生徒だろう。だったら作りそうだ! 貸せっ!」
百鬼夜行は身を乗り出すと、ヒフミの携帯端末を奪い取った。
「……!」
百鬼夜行は画面を見て唸る。ヒフミにとってやましいものはない。強いて言えば、百鬼夜行の人間が店中を囲んでいるという文章しか載っていない。そしてオーナーは黙認している。こうした寛容さにケチをつけることは、己の立場を悪くすることに繋がる。無言で歯噛みしながら彼女は、携帯端末を返してよこした。
よく見ると、親ペロロは左側。子ペロロは右側だった。しかし、ヒフミが意識をそらすとカードの模様が自分でもわからなくなっていく。ぼんやりと、百鬼夜行の強張った表情が見えるだけだ。彼女は右手を出して、左側をためつすがめつ、右側をうろうろとさせた。しかしカードには手を出さない。触れたら火傷すると思いこんでいるようだ。
「ぐ……っ!」
百鬼夜行が唸りながら、カードを抜いた。ぼんやりとヒフミは、自分の手に残った親ペロロを見つめる。百鬼夜行が引いたのは右側のカード。
つまり相手が引いたのは子ペロロ、ハズレである。
勝負は一対一に持ち込まれた。次のカードの取り決めで勝敗が決する。ヒフミがすべてを失うか、百鬼夜行がすべてを失うか。そういえば、とヒフミは思う。まだ百鬼夜行の名前も知らない。しかしそれでいいのかもしれない。モモフレンズを崇める者同士に名前は必要ない。
次は百鬼夜行がカードをシャッフルする番だ。ヒフミはオーナーにカードを渡し、オーナーは厳かにシャッフルしてから百鬼夜行にカードを手渡す。彼女は食い入るようにカードを眺め、何度もシャッフルを重ねる。そのうちに瞳が抜き身の刀のようにギラついていき、手付きが恐ろしく速くなっていき……
「何してるの?」と違う方向から声をかけられた。
作業を邪魔された百鬼夜行が声の主をねめつけるように見る。そうしてから、あたふたと席を立つと直立不動の姿勢になった。慌ててカードをテーブルに伏せると、声の主に寄っていく。ヒフミはこちらに歩いてくる人影を見てキョトンとする。オーナーは、よりダウナーな目つきで闖入者を見やった。声の主は、アズサや他のモモフレンズライバルたちの横を悠々と通って近づいてくる。
「チチ……チセ様っ! 本日はこちらまで、どういったご用件で!」と百鬼夜行が叫ぶ。彼女はチセと呼ばれた少女を見る。いまにも足元に膝をつきそうだ。チセは屈託なく微笑んでから、百鬼夜行の女生徒の手を取る。
「俳句の……ほわほわがありそうだから、ちょっと来たの」
6
「スンマセン、失礼っすけど……いまは大事なゲームの真っ最中でして。関係ない方は、お引取り頂けますかー」とオーナーが割り込んできた。
「ゲームの中断は法に基づき禁じられています。法に反すれば、誰であろうと厳しい罰を受けます。つーか入店用のブラックカード持ってないすよね? そういうの禁止なんすけど」
「キ、貴様っ! チセ様に対して何て言い草だ!」
百鬼夜行が反論する。
「チセ様、気にしないでください。コヤツは物わかりが悪いのです」
コヤツとか呼ばれてオーナーの瞳の輝きが失せたのがヒフミにはわかった。チセは首をかしげる。ふわふわとした雰囲気の少女だ。
「お邪魔だった?」
「いえいえそんな! ただ、ちょっとコヤツは規則にうるさいだけで……すまんが、中座を提案したい!」と百鬼夜行がいう。
「……というと?」とオーナーが聞き返す。
「この対戦で私は精神的に消耗した。それに店には一時間近く滞在している。一度、外に出て新鮮な風を浴びてきたい。それに、あの、チセ様は、このお店初めてですか? ……うん、はい……チセ様用の入店カードも発行してほしい。急ぎでだ」
「対戦相手が許可した場合は構わないスけど。こちらは単なるゲームマスターなんで」
「……どうだろうか?」
百鬼夜行が懇願するような目つきでこちらを見る。彼女が初めて見せる顔つきに、ヒフミはつい頷いてしまった。それでなくとも、アズサと打ち合わせはしたいし、そうなると彼女用の入店カードも必要だ。チセのカードのついでに発行してもらおう。百鬼夜行は「かたじけない!」と立ち上がると、素早くチセに声をかけて入り口に向かう。そのままモモフレンズのグッズ紹介などしはじめた。
(チセちゃんってすごい人なんだな……)
ヒフミは考えた。状況的に考えると完全に修羅場だったのだが、そんな雰囲気が雲散霧消してしまった。チセという少女には場の流れを変える何かがあるのだろう。しかし百鬼夜行の少女のあの入れ込みようは、まるで推しアイドルに対するファンのムーブそのままである。あるいは市井に紛れ込んだ姫に出くわした一般人。
「発行までけっこう時間あるんで、トイレ行ってきていーすよ。知り合いの人が店来てるんでしたっけ?」
オーナーがいうと、ポケットから出したロリポップを口に含んだ。たぶんグレープフルーツ味だろう。あとで一つ買おうかとヒフミは思う。
「あ、はい。あの……アズサちゃんっていう子で。あの子もカードの発行をお願いしたいんですけど」
「りょっす」
ヒフミは立ち上がると、こちらをチラチラと見つめている白洲しらすアズサのところへ向かった。近づくに連れて緊張が解けていくのがわかる。その場でハグしたかったが、あいにくここは店内だ。店員にトイレの場所を訊くと、「廊下の突き当りを左っす」。
女子トイレは思ったよりも清潔な空間だった。というより広い。クラブハウスの内装そのままだったペロロショップと比べても、遜色ないほどの面積を備えている。若干控えめにモモフレンズのポスターが貼ってある。トイレの個室は全員分空いている。つまり無人であり、話し放題だ。手近な個室にアズサを手招きすると、中に入って鍵を閉めた。そのまま勢いでヒフミはアズサの手を握ってしまう。
「~~~はぁ~~っ……! 良かった。アズサちゃんが来てくれて本当に安心したよ……!」
「限界だったのか?」とキョトンとした顔でアズサはがった。それからハッとして、「早くするんだ!」といった。
「えっ?」
「そんなに限界だったのなら、二人でトイレに入ってる場合じゃないだろう! 私は外に出るから、早く便座に! あれっ、鍵が開かない。上か……!」
アズサはなぜか慌てて鍵をガチャガチャと動かすが、慌ててもキーは動かない。混乱する余り上によじのぼって脱出しようとするアズサを見ながら、何をいっているかわからなくて考え込んだヒフミだったが、思いつくと手を振って否定した。
「ち、違うよ! 本当のトイレじゃなくて、作戦会議しようってこと! そうじゃなかったら二人でトイレなんて入らないよ!」
「……そうなのか?」とアズサが床に降りた。
「そうだよ! だいたい、どうして二人してトイレに入るって発想が出てきたの!?」
「この前、コハルが持ってた本に描いてあった」
ヒフミは凍りついた。コハルとは下江しもえコハルのことで、トリニティ総合学園の補習授業部に参加している。ちょっと雰囲気がネコっぽい少女で、気が緩むとすぐにハグしたくなってしまう。コハルは正義実現委員会にも所属しているので、たまにトリニティに持ち込まれる、学生にあるまじき品物を取り締まることもしているのだが……
「……アズサちゃん。その本、表紙に十八とか書かれてなかった?」
「ああうん、どうだったかな。前にコハルとお茶を飲んでいたんだ。そうしたらコハルに着信が来て席を立ったんだが、カバンを床に落としてしまった。直そうとしたら中身が見えたんだ。いわれてみれば、数字があった気がする」
アズサは考え込んだ。
「あとは、薄い本だった。女子二人でトイレに入るんだから、保健体育のパンフレットだと思ったんだけど……」
「……まあ、そういうこともあるかもね」
ヒフミはいいながら、あとでコハルちゃんと話をしようと思った。アズサは人一倍軍事に詳しいしそれは良いことだが、あまり薄い本に詳しくなってほしくはない。
ヒフミはため息をついた。そして蓋をしたままの便座に座り、アズサは扉にもたれた。
「外、百鬼夜行の人は何人いるかな? モモトークの時と変わってない?」
「ちょっと増員されてる。入り口に八人。裏手に十人。クルセイダーの横にも新しい車が増えてる。ヴァルキューレ警察学校に通報することも考えたけど、まだしてない。先生は入り口で待ってる」
「うん。たぶん通報しないほうがいいかも」
「フム。もみ消されるのか?」
アズサは慄然とした表情をする。
「百鬼夜行の影響力はすごいな」
「ううん。どっちかというと、KSPDの中にも熱狂的なモモフレンズのファンがいるから。たぶん、思った以上に詰めかけてくるかも……オーバーキルみたいな感じで」
「なるほど。……私も、モモフレンズのショップで無用な争いは起こしたくない」
アズサは頷いた。
「ヒフミも予想がついてると思うけど、百鬼夜行たちの目的はペロロアイテムの強盗だと思う。上階には高級セレクトショップが入っているし、このフロアには裏モモフレンズグッズが山のように置いてある。私はまだそこまで詳しくないけど、計算したら、十億円ぐらいいくと思う。そんな大量の品物を横流しすれば、そうとうの儲けになる。でも、それならどうしてあいつはヒフミとカードゲームをしているんだ?」
アズサは首をかしげる。
「まとめて強盗するなら、別に個人と競う必要なんてないだろう」
「あはは……それは、私がペロロ様の銅像が欲しくて……」
ヒフミはごにょごにょという。話が飲み込めないアズサに、ヒフミは事情を話した。
「なるほど。銅像をもらい受けたくてトレードを仕掛けたと」
アズサは唸る。
「ヒフミのコレクター魂は仕方がない。……けれど、百鬼夜行の目的は、まだ納得がいかない。どうして後で強盗するのに、その前に買い物なんてするんだ? お金を出す必要なんてないだろう」
ヒフミは考えてからいった。
「もしかしたら、百鬼夜行も一枚岩じゃないのかもね。あの銅像は、サムライみたいなあの人が個人的に欲しいのかも。強盗チームに全部任せちゃうと、ペロロ様の銅像も売られちゃうから、少しでも手元に残しておきたいのかもしれない。
それと、スカウトの役割もあるのかも。戦場で先んじて偵察して、敵を補足し、観察する役割……お店のセキュリティを確認する意味合いもあるのかも。だから、たぶんあの子が帰ったら、本格的に強盗が始まると思う」
「でも、そうしたらあのチセ……和楽わらくチセという子は? 強盗の雰囲気はまるでしなかった」とアズサがいった。
確かに、とヒフミは思った。流れから見て、チセは強盗集団に何らかの寄与をしていると見なすのは当然のことだろう。例えば、本隊からの要請を受けてチセがやってきたとか。しかし、チセの様子は自然だ。気負いがない。というか自然すぎる。ヒフミも前に強盗したことがあるので経験でわかるのだが、あんなにふわふわした子はなかなかメンバーに加えにくい。
「彼女は偶然じゃないかな」とヒフミはいった。
「たぶん、本当に何かの拍子にここに入ってきたのかもしれない。なんだっけ、俳句……の刺激のために。あの様子だと何も知らない感じだから、外の百鬼夜行の人に見つからないでお店に入っちゃったんじゃないかな」
「フムン。とすると無関係の可能性もある……それなら、襲撃前に外に連れ出される可能性もあるかもな。そういえばチセって、あの和楽わらくチセのことかな。聞いた覚えがあるけれど、陰陽部のアイドルとして人気がある子がいるらしい」
「ちょうどペロロ様みたいなんだね」
「フウム。それで、百鬼夜行が犯行に及びそうなタイミングは、やはりトレードが終わってからになるかな」
「うん。百鬼夜行の人が店を出た直後、ぐらいだと思う。でもどうしようか。オーナーさんに通報しようにも、取り合ってくれるかどうかわからないし、たぶん警備はAI任せだろうし……オーナーさん一人でお店を仕切ってるのかなあ。近くにはブラックマーケットはあるけれど、そこと提携してるって話は聞かないし」
「それなら」とアズサがいった。若干文脈からズレた発言でもあった。
「ヒフミがトレードに勝って、あの生徒から文字通り"すべて"を巻き上げてしまえばいいんじゃないか? 財産の中には、武装・装備・情報が含まれる。この強盗計画も自白させれば良いだろう。法に則るというのなら、可能だ」
ヒフミは顔を上げた。
《続く》