【今回で完結となります】
12
うわああ、といいながらアズサがヒフミの首にかじりついてくるのを受け止める。トモコは敗者特有の穏やかな目つきで〈スカイペロロ〉を眺めながら、胸元に手をやった。それを気にする間もなく、先生がヒフミに声をかけた。
「はい、先生――私、勝ちました」とヒフミは、にっこりと先生に笑顔を向けた。そのタイミングを見計らっていたかのように、先生が携帯端末を見るように教える。いわれた通りに携帯端末を取り出すと、そこにはモモトーク。
【モモトーク ヒフミ⇔コハル】
コハル:ちょっとちょっと!!!! 勝ったんでしょうね、絶対勝ったでしょ!!! 22:20
コハル:あんなに大変だった補習授業部の試験をこなしたのに、そんな理由で退学なんて許さないからねっ!! 22:21
コハル:あと、あの本! あれについては内緒だからね、お願いよ! 22:21
【モモトーク ヒフミ⇔ハナコ】
ハナコ:特に私からいうことはありません。たぶん、困難を乗り越えると信じていますからね。 22:18
ハナコ:その上で……あえて声をかけるとしたら、「おめでとう」でしょうか。既に打ち勝ったと思いますから。 22:18
ハナコ:あと、コハルちゃんの本……後で私にも見せてくださいね♪ 22:19
補習授業部の二人からのモモトークだ。どうやら先生が二人にも連絡をしてくれていたらしい。あるいは、さっき席を立ったアズサが二人に教えたのかもしれない。いつもはグループで会話しているが、どうやら二人とも、気を回してくれたらしい。コハルとハナコに返信をしていると、席を立ったトモコがポケットから何かを取り出した。ブラックカードだ。
「武士に二言はない。ペロロ様の銅像……拙者の社会的地位、
「いえ、主云々にはそれほど興味がないんですが……」と、ついヒフミは本音をこぼしてしまった。
「でも、トモコさんがモモフレンズ好きなら、あれこれモモトークとかでお話しましょう」
ヒフミがいうと、トモコがフレンド登録をするために携帯端末を取り出す。それをオーナーが横取りした。まだコヤツ呼ばわりを引きずっているらしい。
「フム。たしかに受け取りやした」とオーナー。
「ヒフミさんが持て余すようだったら、ウチで財産類は管理しますわ。クレジットカードや会員証は、ヒフミさんから連絡があり次第、郵送でお送りします。銅像の権利も正式にヒフミさんに移りましたんで、後でご自宅にお送りしますわ」
「容赦ないですね……ああ、それなら」とヒフミは思い出す。【トレード】と対になる概念があったのだ。
「【ペロロの持ち物はペロロに、フレンズの所有物はフレンズに】はどうですか?」とヒフミはいった。モモフレンズ界隈は深く、隠語も多岐にわたる。その中でこの言葉は、【痛み分け】を意味する隠語だ。このケースにおいては、財産権はヒフミが所有している上で、トモコに一旦戻される。しかしこの痛み分け制度は、【トレード】に比べて知名度が低い。たぶん奪い取って終わりという風潮が影響しているのだろう。
フムとうなずいたオーナーが、トモコに携帯端末を返す。
「か、かたじけない! それと、ヒフミ殿にお伝えすることがある。実は、上には拙者の仲間たちが詰めかけている。正確にいえば仲間ではなく、拙者は当座で雇われた者なのだが、拙者の動向を見ながら直にこの店に押し入って――」
ズン、と建物全体が地震のように揺れた。
店内の入り口は一箇所。プライベート用の出入り口はあるが、そちらはセキュリティが厳重だ。ヒフミは自身が降りてきた階段を見た。そこから数名のサムライのような格好をした戦闘員が降りてきたのだが、認識する間もなく、〈スカイペロロ〉の天井が炸裂した。ちょうどオーナーの真上で、彼女が退避できたのは僥倖だった。瓦礫と爆薬の破片が床に叩きつけられる。
「おらー巴トモコー! せっかく雇ってんのに負けてんじゃないかふざけんなー! 突入だ突入!」「ウチの金でよくも無駄遣いしたなー! ぜーんぶ没収だ!」「すべてうばえーっ!」「売りつくし盗みつくし! 今日からブラックセールだーおりゃー!」「斬るぞ斬るぞ斬るぞおおおおお! 抜けえええええ!」
「とつげ――――きっ!」
フルアーマーサムライ装備で突入してきたのは、魑魅一座・ヤブサメ流の一味だ。大鎧は弾丸を通さないフル装備仕様で、防弾シールドまで持ち込んでいる。囮の役目か。案の定、ペロロショップ内のライバル達がこぞって射撃した。それぞれのショットガン、アサルトライフル、ハンドガンらの弾条が戦闘員らのシールドに突き刺さり、破壊するが、戦闘員らはは怯みもせずに迫る。
「フラッシュ投下!」上で掛け声のような声がすると、天井に空いた穴から何かが投げ落とされた。アズサが反射的にヒフミを掻き抱いて床に伏せる。白色の光が凄まじい音響とともに破裂して耳目を焼く。だが、ヒフミは至近距離で破裂したそれに思ったほどのダメージを受けていない。見ると、フラッシュの真上にトモコが覆いかぶさっていた。平均して、フラッシュバンの閃光は百万カンデラに近く、爆音も大きい。至近距離で炸裂すれば怪我は免れない。ヒフミがかけよってトモコを起こすと、お腹の辺りが真っ黒に変色していた。
「く、君主どの……怪我はないですか!」
トモコが切れ切れの調子でいう。ヒフミはコクリと頷くと、トモコを避難させるために部屋の隅へ走る。アズサは先生を連れて退避していた。
「ゴーゴーゴー! 総員抜刀っ! 刀を抜けえええ!」
上からロープが垂らされると、そこからラペリングした軽装のサムライたちが次々降りてくる。それぞれが百鬼夜行式のSMGと刀を手にして降下する。最初の二人がSMGを乱射すると、〈スカイペロロ〉中のグッズが銃弾で跳ね上がった。応戦しようとしたアズサの至近距離で弾丸が飛び散り、身を伏せる。ヒフミは己のカバンから自走式ペロロ様をつかむと、サムライたちに向けて投げ放った。
「助けて、ペロロ様!」
サムライたちの足元に転がったペロロ様が巨大化した。弾みで何人かが吹き飛ばされる、壁に体を打ち付ける。敵の注意が巨大ペロロ様に向き、SMGの弾丸が殺到する。しかしペロロ様は強靭であり、少々の弾丸ではビクともしない。天井に空いた穴――上階はカモフラージュ用のペロロショップ公式セレクトショップ――から光源が差し込み、さながらスポットライトを浴びてペロロ様の晴れ舞台を演出する。
「散弾!」と戦闘員らが叫ぶと、後続のラペリングサムライが大型のショットガンを抱えた。狭い屋内戦において、散らばる弾丸というものは一番の脅威である。ボガン、と爆発のような音がしてペロロ様が弾丸を食らい、直撃し、やがて吹き飛ぶ。二発、三発とショットガンが連射されると、ペロロ様を含めて壁までが穴だらけになる。
「敵は一人も逃すな! 財布を奪え! 我らヤブサメ流の養分となり、エネルギーとなるのだ! もちろん弾薬も没収だぁーっ!」
ヒフミとアズサが態勢を立て直し、先生は手持ちのスーツケースを開ける。中には緊急用のヘルメットとボディスーツが折りたたまれた状態で保管してある。ヒフミとアズサが協力し、先生に着させる。これで先生が撃たれて即死、という最悪のケースはなくなった。
ヒフミたちがいるのは店の奥側だ。店の手前側では乱戦が続いている。手前の方では、サムライの一人がスケバンと交戦している。スケバンはショーケースに隠れて弾丸を防いでいるが、ところどころケースが破損している。サムライの一人が腰から手榴弾を抜き、立ち上がったその時、アズサのライフルが狙撃した。
「Vanitas Vanitatum. Et omnia vanitas」
アズサが先ほどチセに話した言葉を呟く。それはアズサのおまじないであり、戦闘と硝煙に彩られた人生を生き抜くための、呪文――兜まで被っているサムライだが、横っ面を弾丸で殴られれば倒れるものだ。転がった手榴弾が爆発し、周囲の戦闘員が行動不能になった。
「キエ――――ッ!」
唐突にサムライの一人が、叫びながら長大な刀を抜いた。刀で壁を削りながら突撃! スケバンは銃で応戦するが、どうしたことかフルオートの弾丸を食らっても、サムライはビクともしない。アドレナリンが放出されているせいで痛みを感じないのだ。慌ててリロードしようとするスケバンの体を戦闘員が袈裟斬りにすると、不明になったスケバンがぐらりと倒れた。
「峰打ちじゃ、安心せえ!」
そう口にしたサムライが二人目の獲物を探そうとした途端、背後から巨大な弾丸に吹っ飛ばされた。
「おっ、どわっ!」
いくらサムライでも視認できない物体からの攻撃は防げない。見ると、ジャケットを二重に着込んだ無手の人物が何もない空間を掴み、銃弾を発射している。
いや、何もないのではない。透明なのだ――ヒフミは考えて背中が冷えた。キヴォドスにおいて銃は当たり前の一品だ。それを透明にさせるのは思いつかなかった。どうやら銃の種類はショットガンのようだが、細かいタイプが判別できない。更に恐ろしいのは、ジャケットの人物も銃が見えてないだろうということだ。つまり、見ないで銃の状態を把握している。いくらヒフミでも、銃の装弾数や状態を、きちんと目視で確認しないと使えない。あの人物は完全に触覚や聴覚のみで銃を使っている。
無手の人物が打ち倒したサムライを、ポスターを眺めていた背の低い人物――彼女の服装はゲヘナの制服だ――が容赦なく弾丸で蹂躙する。種別はマシンガンのようだが、重量感のある銃身を片手で持っている。
「おごごごごっ!」
全身を巨大な弾丸に打ち据えられたサムライが動かなくなった。ゲヘナはジャケットの人物と頷きあい、別な方向へと駆け出す。
いまでは〈スカイペロロ〉の中をサムライたちが駆けずり回りながら、さながら戦場のような白兵戦が繰り広げられている。ジャケット、ゲヘナが協力してサムライたちと戦っているが、それでも多勢に無勢だ。それに上階からも援護射撃が飛んできて、こちらの動きが邪魔をされる。どう見ても弓矢に見えるものがいくつもペロロ様関連グッズやぬいぐるみに突き立つ。アズサがいった。
「先生! どうすればいい!」
右にアズサ、左にヒフミ――と先生が指示を出す。奥側から手前側へと進撃するのだ。トモコはスイッチングライフルを片手に立ち上がろうとするが、傷は深いと先生が押し留める。
と、サムライたちの真上へ、何かが降りてくるのが見えた。天井から吊り下がる電灯を伝って移動していた人物は、まるで妖精のようにショーケース上へと降り立ち、しゃがみこんで両手の拳でケースをガンと叩いた。演劇めいた動作にヒフミが息を呑んでいると、ショーケースから音を立ててペロロイラストが入った二丁の大型拳銃が飛び出し、その人物――オーナーの手に収まった。
いや、拳銃ではない。傍目に見えるのはグレネードランチャーだ。小型なので拳銃に見えただけだ。
「店内! 発砲っ……禁止!」
オーナーがトゥーハンドの構えでグレネードランチャーをそれぞれ発砲する。弾頭が壁に激突してヒフミは身構えるが、爆発しないタイプのようだ。暴徒鎮圧用の催涙弾に似ている。サムライ、ジャケット、ゲヘナもお構いなしの無差別銃撃である。ランチャーの弾が激突したサムライが吹っ飛び、壁にぶつかって動かなくなる。もはや銃弾ではなく、砲弾をぶつけているようなものだ。
銃口は並行してヒフミたちへと向けられ、発砲が続く。第二の自走式ペロロ様を取り出していなかったら直撃だった。オーナーはペロロ様を見て発砲を取りやめたが、ヤブサメ流の矢がペロロ様に突き刺さる! オーナーの砲弾がヤブサメ流に向くと、戦闘員らが反撃に移った!
「撃てっ、撃ち返せーっ!」
ヤブサメ流たちがアサルトライフルを突き出して発砲する。同時に整然と弓矢がつがえられて発射! ヒュンヒュンとタカのような音を立てて〈スカイペロロ〉を蹂躙する。しかし、ショーケースの上から宝石箱の上へと飛び上がって移動し、パルクールのように壁蹴りを多用して移動するオーナーには、誰も追いつけない。オーナーの後を白矢と銃弾が後追いし、強靭な矢が壁に突き刺さる。
まるで映画スターのようだ、とヒフミは思った。重力を無視して店内の狼藉者を蹴散らすその動作が、あまりに美しい。グレネードランチャーの弾が尽きると、オーナーは二丁ランチャーをモモフレンズ印のケースへと投げ入れて、ついで部屋の壁をドンと叩いた。再び、グレネードランチャーが出現。
「あーしのシマで好き勝手はさせないっ!」
オーナーが更に激昂しながら発砲を繰り返す。ショットガンを構えていた巨大なヤブサメ流のどてっ腹にランチャーの弾丸が命中し、物理的に彼女が吹き飛ばされる。外れた弾丸はペロログッズを避けて、店内の壁を破砕しながらヤブサメ流を吹き飛ばす。
「コワユミ隊ーっ! 床ごとぶっ潰せ!」
指揮官であるヤブサメ流の一人が耳元の無線に向かって叫ぶと、〈スカイペロロ〉の天井を破砕しながら弓が発射される! ズダン! ズダダン! と重機のような音を立てて、強弓めいた巨大な矢が床に突き刺さる! 上の人員らは〈スカイペロロ〉をまるごと破壊する積りだ!
「ゲヘナ! 上!」
ジャケットの人物が叫ぶと、バレーのレシーブめいたポーズを取った。一秒で理解したゲヘナの生徒が思い切りジャンプすると、無手の手に乗った。そして足を踏み込む。ジャケットの人物が拳を上へ振り上げると、ゲヘナが天まで届く勢いで跳躍した。そのまま爆破された〈スカイペロロ〉の上へ飛び出すと、片手でマシンガンを連射する。強弓サムライたちの悲鳴が響き渡った。
オーナーの動きはまるで竜巻のようだった。店内のグッズには傷をつけず、ただひたすらに戦闘員をなぎ倒していく。死神が大鎌を振るうように、ランチャーの弾を的確に射撃し、相手を失神に追い込む。オーナーは時に天井ごと射撃すると、明かりを落として下の人間を押しつぶす。
「オオダテ! オオダテ隊行けー!」
ヤブサメ流指揮官が命じると、最初に突入してきたフルアーマーサムライがマシンガンを連射しながら突撃してきた。まさにジャガーノートのような出で立ちだ。ペロログッズを粉微塵にしながら迫りくるサムライに、オーナーは跳んだ。ほぼ真上にジャンプするような格好になり、マシンガンの銃身が追いつかない。遮蔽物に隠れてオーナーを狙っていた一人を、ヒフミのライフルが撃った。
直角に降りてきたオーナーがフルアーマーの背後へと回り込んだ。
「なんだ――!?」
マシンガンから手を離し、脇差しを抜こうとしたサムライだが、間に合わない。後ろから膝裏を蹴られてバランスを崩すと、オーナーに羽交い締めにされて主導権を奪われる。鎧を着込んだ体重はそれなりだが、オーナーの膂力もまた凄まじい。
そして足払い。オーナーがサムライの足を刈ると、自重に耐えきれずフルアーマーが転んだ。そしてオーナーが態勢を崩したサムライにランチャーを連射する。
いまだ、チセ――と先生が携帯端末に吹き込むや否や、店内が急激にライトアップされた。どうやって乱戦の最中に準備したのか、光源が幾つも店の入口へと向いている。殺手たちが反射的に銃口を向けると、いつのまにかレジ台の上に立っていたチセが、両手を伸ばして「ここだよー」とアピールした。サムライたちもジャケット、ヒフミも動けなくなった。
「ここで一句。
軒先で
ネコけんかして
夏が来る」
マイクを通して発せられた俳句に、オーナーを含めて全員が止まった。
13(エピローグ)
チセが俳句の後で歌い始めてからは独壇場だった。おおよそ五分ほどだったが、全員が毒気を抜かれてしまった。チセが一曲歌ってから俳句を詠み、また一曲。更に一句。気づけばヤブサメ流の人間たちは疲れたように床に寝転がり、「もーやってらんねーっすわ!」「チセ様とペロロがコラボしちゃえよ」「チセ様のおうた聞いてると力抜けるんだよなー」「刀仕舞いましょ弓片付けましょ」「おうち帰って寝たい」とダラダラしはじめた。近所の通報で駆けつけたKSPDはそういうことはお構いなしにヤブサメ流たちを連行していき、指揮官は「おぼえてろよー!」といいながら連れて行かれた。
「あ、先生! 先生ではないですか!」と生活安全局の
「フブキさんなにするんですか!」とキリノは涙声になる。ちょうど二人は店の入口にいた。
「これはフラグじゃ……ここはブラックマーケット中の超ブラックなところ。もしここに一歩立ち入れば、無限に仕事が増えて、私の仕事も無限に増えていくことになるであろう……というフラグ。私そんなもん嫌だからね。なので、入っちゃダメ」
「ええーっ! それはないでしょう!?」とキリノが抗議する。ちょっとごめんね、と先生はヒフミにいうと、キリノたちのところへ向かった。
ヒフミは向き直る。そこには衣服だけズタボロになったオーナーと、ようやく意識を取り戻したトモコが座っている。オーナーには傷一つないが、あれほど動き回ったせいか衣服は大変な状態だ。「弁償総額は二億五千八百万円ぐらいッスね」と口にした。「支払いは二十回払いぐらいでいいッスよ」
「ちょっと……それは持ち合わせがなくて……」と小さくなるトモコに、オーナーはやや笑った様子で、
「ヤブサメ流に全部請求するっすよ。あーしも鬼じゃないんで」
「さっきは鬼のようだったが……」と小声で反論するトモコを置いて、店員がヒフミに水を向けてきた。
「ヒフミさん、さっきの戦闘で結構な数のペロログッズが破損しちゃって……もう売り物にならないンすよ。よかったら引き取って頂きたいんですが、どうしますか?」
「いいんですか!?」とヒフミは瞳を輝かせる。ペロロレコード、マグカップ、絵巻物、そしてぬいぐるみ……正直なところ、戦闘でいつもペロロ様は破損しているので、ヒフミは気にしていない。遠慮なしにヒフミは傷物になったグッズいくつかと、隣にいたアズサのために大型ペロログッズをドシドシ貰い受けた。銅像の他にもたくさんの掘り出し物だ。
「お、おい……そんなにもらっていいのか?」ともじもじするアズサに、ヒフミは反論する。
「何いってるのアズサちゃん! こんなにたくさんのグッズ、いつ手に入るかわからないチャンスなんだよ! ……あと、これはあなたにあげます」とヒフミは、トモコに大型のぬいぐるみを差し出した。足と羽にプラチナム模様が入ったモモフレンズ謹製の品物で、百万円はくだらない。羽が若干欠けているが、愛でる分には困らないだろう。
「拙者に……えっ、拙者に? いいんですか? こんなスカンピンの拙者に?」
「いいんですよ! モモフレンズのファンに貴賤はありません! それにもう、私達は友達じゃないですか!」
一度ヒフミは言葉を切る。そして続ける。
「それから今度、一緒にモモフレンズのライブ、見に行きましょうよ。アズサちゃんも。あとでコハルちゃんとハナコさんにもモモトークするから」
「ライブなんてあるのか」とアズサ。
「あるっスよ。来週ぐらいッスね。ちなみに、ウチの隣の闇ライブ空間で十九時よりスタートッス。S席は八万円からっス。まあ、来週ぐらいには店の改装も終わっているでしょう。チラッ」
オーナーがヒフミをチラ見した。何かを誘っている。
「チラッチラッ」
「……オーナーさんも、来ます? でもお仕事忙しいんじゃ……」
「大丈夫っスよ。あれだったら、ライブの時間だけ休みにできますんで……ウチが忙しくなるの、グッズ販売の時間ッスからね。じゃ、お店の片付けしてきますわ」というと、オーナーは内側に引っ込んでしまった。いいたいことだけをいってとっとと帰ってしまうタイプのようだ。
「そういえば、あのジャケットを着ていた人物と、ゲヘナの生徒はまだいるのですか? さっきは手助けをして頂いたので、礼を申し上げたいのですが」
「見ませんねえ……ゲヘナの人はもう帰っちゃったみたいなんですが。ジャケットの人は……あ、」とヒフミが見回すと、パーカーの人物が階段を上がるところだった。その人物は汗を掻いて疲れたらしく、マスクとジャケットを脱いで素顔をさらけ出した。トリニティの生徒だった。
(……ゲヘナとトリニティって、伝統的に仲が悪いんですが……)とヒフミは考えた。ジャケットの人物はそのまま帰ってしまう。
(モモフレンズ好きは、みんな同志ですしね)
「すみません、見間違いでした。そういえば、これからみんなでラーメン屋に寄って行くので、良かったらどうですか? 紫関ラーメンっていうんですけど」
「こんなスカンピンの拙者に……」
「それはもういいですよ! みんなでカンパしますから! ほらアズサちゃん、先生呼んできて! キリノさんやフブキさんと一緒に行こう!」
ヒフミはトモコの背中を押して入り口に向かう。
やがて〈スカイペロロ〉から一人、また一人と去っていく。閉店時間を大幅に過ぎた〈スカイペロロ〉から喧騒が抜けていき、静かになっていく。強盗たちも用事が終われば消え去る。そうして騒ぎの中心地であったショップは、静けさを取り戻すのだった。
【グランド・セフト・ペロロ 完】
お読みいただきありがとうございました。