戦いが始まってから半月が経過し、依然として曹軍が優勢であった。しかし、劉軍も不利とはいえ、諸葛亮の策で何とか持ち堪えており、両軍暫くにらみ合いが続いた。
それが暫く続き、月が変わり季節は夏になった。
劉軍本陣
劉軍武将A「劉備様。我が軍は、風土の馴染まない戦地での生活に体調を崩す兵が出てきています。酷暑で水源が枯渇し、汚水を飲むため、疫病が蔓延しています。」
劉軍武将A「昨日私が自ら視察に行きましたところ、感染した兵が多く見られ、二つほどの陣営がやられており、その影響で軍は厭戦気分になっております。」
諸葛亮「恐らく、これは郭嘉さんの策です。持久戦で私達を弱らせる企みだと思います。」
劉備「そうか・・・それで、皆はどう思ってるの?」
劉軍武将B「はっ。私が思いますに、ここは一旦、撤退すべきと愚考致します。」
この発言に
劉軍武将C「私も同感です。今の状態で戦えば、我が軍は敗北致します。」
劉軍武将D「私も同感です。」
他の将も同意見だった。
諸葛亮「私は撤退をしてはならないと思います。」
しかし、諸葛亮のみ撤退には反対だった。
劉備「どうしてなの、朱里ちゃん?」
諸葛亮「もしここで撤退なさったら、世間の者はどう思われますか?私達の大義が、国賊に負けたと感じてしまい、兵の士気は下がってしまいますよ。」
劉備「成程・・・確かにそうだね。」
劉軍武将A「しかし、このまま戦を続行すれば、飲み水が無くなり我が軍は干上がってしまうぞ!」
諸葛亮「この酷暑に苦しんでいるのは、相手も同じ事です!決して退いてはなりません!」
劉軍武将A「し、しかし・・・!」
すると
諸葛亮「誰か!この者を斬って下さい!」
諸葛亮が撤退を勧める武将の処刑を命じた。
劉軍武将A「お待ちを!私は意見を申したまで!劉備様ー!」
これに、他の将は絶句の表情を浮かべた。
諸葛亮「今日より、撤退を口にしたら誰であろうと首を刎ねます!」
そう、諸葛亮は狂気な表情で言った。
これには、将達は顔を俯かせたのだった。
曹軍本陣
純「そうか・・・奴らに動きは無しか・・・」
稟「はい。」
春蘭「おい稟!ここは一気呵成に攻めるべきではないのか?」
霞「ウチも同感や。ひと月は経過しとるが、依然ウチらが有利や。この勢いに乗じて、どんどん攻めれば・・・!」
稟「確かにお二方の意見は一理あります。しかし、私には考えがあります。」
稟「それまで、ご辛抱いただけますか?」
この言葉に
剛「ここは軍師殿に従おう。」
哲「そうだな。」
楼杏「ええ。稟さんの考えに従いましょう。」
秋蘭「姉者・・・霞・・・」
剛と哲、楼杏と秋蘭は宥めた。
純「・・・春蘭。霞。お前達の気持ちは良く分かる。俺も一気呵成に攻めてー。」
純「だが、ここは稟の策に従おう。」
純「稟。任せたぞ。何かあったら、俺が責任を取る。」
稟「御意。」
純「風も、良く支えてやってくれ。」
風「御意なのですよ~。」
そして、その日の軍議は終えた。
暫くして、劉軍の動きに変化が起きた。
それは、劉軍全軍が、暑さに耐えきれず山林の茂みに移動したのだ。
稟「フフッ・・・私の思った通りになりましたね。」
稟「山林の茂みに入れば、確かに酷暑は避けられる。しかし、そこに陣営を構えるのは、兵法にとって最大の禁じ手。火攻めの機会を与える。それに、ここ最近雨が降っていない為、その状態で火を掛ければ、どれ程燃えるのかしらね。」
それを隠密から聞いた稟は、怜悧な笑みを浮かべながらそう呟いたのだった。
風「しかし・・・諸葛亮さんがいるにもかかわらずどうしてなんでしょうね~?」
稟「さあ。流石の諸葛亮も、これには気付いていますよ。けど、しっかり諫めなかったのかもしれませんね。」
劉軍本陣
諸葛亮「桃香様!このような山林の茂みの中に布陣するのは、兵法にとって最も忌むべきところ!一旦火攻めを受けたら一巻の終わりです!」
諸葛亮「どうかご再考を!」
実を言うと、諸葛亮はこの事を劉備に進言していたのだが
劉備「大丈夫だよ!聞くところによると、曹彰さんは武勇と兵の統率は凄いけど頭は悪いんでしょ。そんなのに気付くはず無いよ。」
劉備「朱里ちゃんの考えすぎだよ。」
劉備は呑気にそう返答した。
諸葛亮「確かに曹彰さんは武勇と軍才に優れ、戦に長けた猛将でありますが知略が足りないのが欠点です。」
諸葛亮「しかし、どのような意見にもしっかり耳を傾ける度量の広い一面も持っております。」
諸葛亮「とりわけ、曹彰さんの筆頭軍師の郭嘉さんは神算鬼謀の持ち主!これまでの曹軍の戦では、曹彰さんの武勇と統率力、将兵の精強さが際立っておりますが、郭嘉の知謀のお陰でより活かされているのです!」
諸葛亮「どうか・・・どうかご再考を!」
諸葛亮はそう必死に諫めたが
劉備「大丈夫って言ったら大丈夫!私だって、黄巾の時から戦を見てきたんだよ!少しは戦の流れは分かるもん!」
劉備「それにこの戦、正義は私達にあるんだから、必ず勝てるよ!」
劉備は耳を貸さなかった。
これに諸葛亮は何か言おうとしたが
諸葛亮「・・・。」
諦めたのか、顔を俯かせてしまった。
曹軍本陣
純「劉備らが、全軍を林に移動した?」
稟「はい。劉備らは、この酷暑に耐えかねて、全軍山林に移りました。」
風「幅七百里を超え、陣屋は四十余りです~。」
この事は、純の耳にも入った。
純「それはつまり・・・?」
稟「劉備は、これで敗北が決まりました。」
これに、純は身を乗り出し
純「何故そう思った?」
そう稟に尋ねると
稟「純様。茂みに駐屯するは、兵法の禁じ手です。しかも、七百里連なっては敵を防げません。」
稟「更に、この酷暑で草木が燃えやすく、火攻めを起こせば、劉備は無残な敗北を喫するでしょう。」
稟は冷徹に答えた。
純「成程・・・確かに俺は、かつて父上と一緒に戦に出たばかりの時、山林の中に陣を敷けば、敵に火攻めの機会を与え、大敗を喫する。決してそのような愚かな事はするなと言われたな。」
純「多分だが劉備は、この暑さを凌いで、秋になって涼しくなったら決戦に挑もうと考えたんだろうな。」
稟「まさしく!流石は純様です!」
純「良し!稟!風!皆を集めてくれ!」
そう、純は皆を集めるよう命令した。
純「この戦が始まってもうすぐひと月半が経つ。皆、この厳しい戦いの中よく戦ってくれた。しかし、それももうすぐ終わる。」
秋蘭「それは何故でしょうか?」
純「フッ・・・稟。」
稟「はっ。劉軍は、現在この酷暑と風土と疫病の影響で二つほど陣営がやられております。ただでさえ兵の心が纏まっていない状況でありますから、更に士気は落ちるかと思われます。」
純「この劉軍の損失は、大徳を唱えておきながら私利私欲で戦を起こし、人を殺し、大地と民を苦しめた天からの怒りに等しい!!」
これに
春蘭「はっはっはっは!!よくぞ仰いました、純様!!」
秋蘭「そういうことですか・・・!!」
楼杏「二十万の劉軍が、不義で病人の群れに成り果てという事ね!」
凪「成程・・・!!」
真桜「流石大将や!!」
沙和「スゴイのー!!」
霞「よう言うたでー、純!!」
剛「流石です、純様!軍師殿!」
哲「スゲぇ・・・!」
風「稟ちゃんの知謀は風を遙かに凌ぎますからね~。」
諸将は皆、そう讃える声を上げた。
純「病だけじゃねーぞ。そうだよな、稟?」
稟「はい。皆さん、目の前の山林をご覧になって下さい。」
そう、稟は皆に山林を見るよう指を指し
稟「乾いた薪が、竈に積み上げられたも同然です。後は火を用意するだけで、劉備らは、無残な目に遭うでしょう。」
秋蘭「成程・・・!」
純「そしてこの炎は、天地が裂けんばかりの勝利の炎となるだろう!!」
この言葉に、皆の心は最高潮に昂ぶり
「「「はっ!!!」」」
皆揃って純に拱手した。そして、それぞれ準備を進めたのであった。